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第10話 最初にふっかけて次に簡単にしたら、ならいいかってなるやつ

10


 猟師のエドさんと神官のテオドル先生、村人二人と冒険者三人の合計七人が山の森の中で隻眼(せきがん)魔物熊(まものぐま)の肉を解体している。戦いのあったその場所からもう少し北方向へ向かって歩くと森の端となり、草原へ出られるらしい。

 俺達を助けてくれた女冒険者のアキュレイさんの説明からすると、ほぼ(ふもと)まで逃げ落ちて来ていたようだ。


 先生から手当ては受けたものの、俺の疲労とダメージは軽くない。俺達が森に入ったことは両親と家の者にも報せがいっている筈だから、かなり心配をかけてもいるだろう。本当はすぐに村に帰るべきなのだが、そうはせず俺は再び山道を南に登っていた。


 体中が包帯だらけのため前世だったら交通事故でベッドから動けない人がこんな感じなんじゃないかな。CTやレントゲンも無しにある程度身体の状態がわかるってんだから魔力ってヤツは凄い。誰にでもできることではないらしいから本当に凄いのは先生だが。


 俺が今、昼に走った時とは違って絶対安静の半ミイラ男にも関わらず、(のぼ)りの区間タイムを更新しているのも魔力のおかげである。


「……魔力で痛覚を麻痺(まひ)させて、筋肉と骨を強くする感じ……。おお、何とかなるな」


 今日一日で、魔力の操作についてはかなりの量の実践研修を、強制的に受けさせられた感がある。()て学び、身体で受けて学ぶ。剣に(まと)わせての斬撃、ナイフの投擲(とうてき)

 ……熊にドツかれた時はキツかった。その後すぐに防ぎ方を見せてもらえたからあれもできるようにならないとな。


 そして無我夢中で…………。うん、気持ちのいいものではなかったが忘れるわけにはいかない。あれ以降、身体と心の()りようが変わった。何かと聞かれるとまだうまく説明はできないが。




 木々に囲まれた森の道、トンネルの出口が見える。明るくなった山道は炭焼き小屋が近いことを教えてくれる。日差しはもう随分西方向に移動している。熊の解体はどこまで進んだだろうか。


 ん。…………何かいる。


 いや、いるつもりで登ってはきたのだが、思ってたのと違う。かすかな魔力を感じる。……武器はもうない。


 ちょっとだけ道を外れて茂みを上がり、身を隠しながら小屋の前の広場を確認する。何もいない。静かなものだ。

 大きな魔力でもないし、さっきの今で危ない獣もいないだろうと広場に降りた時、目当ての人の声がした。


「……なんだお前か。(おど)かすんじゃないよ」


 小屋の裏手からアキュレイさんと馬が一頭現れた。……魔力はこいつのものか。ということは魔物だ。


「なんだよその顔は。言いたいのはこっちだ。魔物が全て人に害をなすわけじゃあないんだよ」


 馬具の装備と(くく)り付けられている荷物からすると、これはアキュレイさんの馬か。そうか、旅の途中にしては身軽な格好だと思ってたが馬をつれていたのか。


「何しに来たんだ? 随分前から上がってくるのが丸分かりだぞ、それ。そのくせ回りこんで来やがって。素人なのか刺客なのかはっきりしろよ」


 あ、そっか。魔法を使える冒険者なら魔力感知は当たり前か。今は常時身体強化してないと歩けないのに迂回しても無駄だ。しかも俺はアキュレイさんに会いたかっただけなのだが、向こうからしたら警戒の対象でしかないわ。


「あの神官のジジイの差し金かと思ったが……小僧とはな。ああ、無断で悪かったが、ここで野営させてもらうぜ」


「驚かせてしまってすみません。ですが、あの方は僕の先生です。アキュレイさんが考えてるような人ではありませんよ」


 はあぁ。その発想はなかった。でもそうだよな。女一人で冒険者の旅をしてたらそれぐらいは想定するよな。実際に依頼達成の後、危ない目にあったこともあるのだろう。


「で、お(うち)にも帰らずにそんな格好(なり)でここまで何しに来たのさ」


 良かった。彼女の顔に笑みが戻った。……なんか前にもこんな大事なところで嫌な汗を掻いた気がする。その場で俺は地面に(ひざ)を突き、両手を着いて頭を下げる。


「雑用、荷物持ち、盾でも壁でも何でもします! 俺も旅に連れて行ってくださいっ!!」


「…………」


 顔はまだ上げない。返事がない。


「……人にモノを頼む時には目を見て言えよ。何急に突っ伏してんだ? 矢でも飛んでくるのかと思ったじゃねえか」


 あ! 土下座通じない! 緊張しすぎてアホなことやった。慌てて立ち上がる。気をつけの姿勢だ。真面目な顔で彼女を見つめる。


「……おかしいな。さっきまでは賢いガキだと思ってたんだが……、やっぱり打ち所が……」


 いかん、悲しげな眼で俺を哀れんでいる。守れなかった……すまない、とか呟いている。


「いや大丈夫です! 正気です。僕も冒険者になりたいんです。強くなりたいです!」


「あたしについてくる? 明日から山越えをするのに? そのケガで?」


「は、はい!」


「あぁ? それジジイは許したのか? 装備は? 金は持ってんのか? あたしがいいよっつったらそのまま付いてくる気か? 親は? アタシは村長のガキを(さら)ってお(たず)ね者になンのか?」


 うおっ! 眉間に(しわ)がより、表情が険しくなる。低い声がさらに怒気をはらんで低くなる。怖い。ふっかけ方を間違えたかもしれん……。


「……えー、あ。ダ、ダメですか?」


「……お前、わかってて言ってるだろ? ダメだっつったら次はどうすんだ?」


「あ、はい。僕に……魔法を……教えてください」


 腕組をしたアキュレイさんに上から(にら)まれて、俺は白旗を上げざるを得なかった。五歳の子供の身体では大人の本気の凄味(すごみ)に抵抗できない。


「最初からそう言え。クソガキが。お前が半端に賢いのはわかったが、その手は十年早え」


 くっ。中身の合計は多分あなたより年上です……。


「つってもなあ。教えてやるのはかまわねえが、あたしは本当に急いでんだよ」


 あ、急いでいるのは村に来たくない方便じゃなくて本当なんだ。


「……そうですか。元素魔法(げんそまほう)の初歩の初歩、というのが使えるようになりたかったのですが」


「……は? 四元素? お前できねえの? 魔力伝導(まりょくでんどう)はおろか魔力智覚(まりょくちかく)までやってんのに?」


「まだ七歳になっていないので魔法も魔力も先生からは教えてもらってないのです。今やってるこれはさっきできるようになった見様見真似(みようみまね)です」


「…………イセリーの子は確か(とお)になる筈……。いや十歳でもこの魔力は……」


「イセリー? ああ母さんのことをご存知ですか。僕は五歳です。十になるのは兄ですね」


「……デタラメなガキだな。あいつも大変だ」


 ああ、俺が魔法を覚えようとしたら機嫌が悪くなる母さんはこの人と知り合いか。村に寄り付かないのもそのせいかな。

 父さんは知ってるのかな? ……いや、よく知りもしないことを想像するのはやめておこう。何か事情がありそうだし、他人の過去をあれこれ詮索するのは好きじゃない。






「…………あ!! レノー! テオドル様、レノ戻ってきた!」


 森の奥の炭焼き小屋から、今度はちゃんとした山道を降る。先生達から離れて一時間半くらいかな。すでに解体も片付けも終わっており、いなくなった俺を心配していたようだ。


 さすがに暗くなる前には村に戻りたいので、アキュレイさんに元素魔法を教わるのは明日の朝にした。引き受けてくれた彼女はそのためにもう一日だけ小屋に滞在してくれるとのことだ。


 七歳未満に魔法を教えないという法に触れるのはいいのか聞いてみたところ、彼女はその法に懐疑的なようだった。もともとは立場上、強い魔力が必要な貴族社会での問題がもとで定められた法らしい。

 法が守られているのも表向きのことで、裏では今もまだ跡継ぎの魔力を高めるためには乳児の頃から専門的な教育が行われている。ましてや武官の家臣の子などは……と、俺の顔を見てそこでその話は打ち切られた。


 話題を変えようと、基礎の魔法とはいえ四つ全部を一日で覚えるのは可能なのかという疑問を口にしてみた。

 彼女からは魔力智覚(まりょくちかく)身体強化(しんたいきょうか)ができてるんだからやれるだろう、と言われた。そんな根拠で大丈夫か?

 さらに上位の攻撃魔法や元素の組み合わせによる魔法は、詠唱も制御も会得するためには時間がかかるらしく、七つになってからジジイに聞け、とのお言葉もいただいた。


 もちろんこれらは、子供のお願いを快く聞いてくれる優しい大人の善意というわけではなく、アキュレイさんの山越えのための食料と酒を、命を助けてやった礼も含めて持ってこれるだけくすねて来いとの要求もあった。当然、両親には彼女のことは秘密である。


 ……やばいな。ちょっと今日明日ハード過ぎやしないか? 帰ったら治癒促進(ちゆそくしん)も試してみるか。普通に考えたら明日の朝起きれる気がしない。

 痛みに関しては鎮痛どころか麻酔状態を保っている。これは幼児の身体にはあまりよくなさそうだ。身体強化とあわせてかけっ放しだが魔力が尽きる様子だけはなかった。



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