第01話 転生から幼児生活
素晴らしい先達の作品の影響を受けて、全力で書き始めました。お気に召したら幸いです。ご指摘、感想をいただけるとありがたいです。
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目を開けると、薄暗い部屋の中にいた。
ぱちぱちと木が燃える音が聞こえる。暖炉というやつだろうか。
優しい灯りと暖かさが部屋の中を満たしている。
喉の渇きを感じて起き上がろうとしたが、思うように身体が動かない。傍に人の気配を感じて声をかけようとするが口も満足に動かせない。
焦りと恐怖から喉に力を込めると赤ん坊の泣き声が出る。
他にできることもなく、胸に湧く例えようのない不安を、全身を使って吐き出していると何者かに抱え上げられた。部屋の温度とは違う温もりがさらに身体を包み込む。
いつしか不安も渇きも満たされて再び目を閉じた。
今の自分は男の赤子のようだ。身動きがとれず世話をされている。しかもここは日本ではない。父と母がいることはわかったが自分の知る両親の顔ではない。
寝ている部屋には電気の灯りもエアコンもない。部屋に出入りする人間には両親以外の者もいる。兄と思われる小さな男の子と……年のいった男女も見かける。
身体の自由が利かない状況では考えることしかできない。暇に飽かせて少し記憶をさかのぼってみる。
確か……仕事が終わってコンビニで酒と、晩飯を買っての帰り道だ。二人組の男に絡まれている女性を見かけた。すぐ店に引き返して店員とともに助けに入った。
二人組は立ち去り、女性からお礼を言われて別れる。明るいコンビニの駐車場で迎えを呼ぶと言っていたので大丈夫だろう。
時間がたってしまったので自分もコンビニに寄り、一本目のために冷たいビールを買い足して帰路に着いた。
…………あれ。家に帰り着いてないな。
んー……。あ、普段車通りのない住宅街の、狭い路地でやけにスピードを出す車がいたな。ハイビームが眩しかった。
で、気がついたらこれか。
……死んだかな。死んだら何かに裁かれるんじゃなかったっけ。行いがよければ天国、ダメなら地獄。どっちでもなければもう一周最初からやり直しだったか。
輪廻転生ってノークッションでリスタートするのかね。しかも部屋の中の設備を見るに、元の日本からするとちょっと難易度上がってるっぽい。
……でも記憶があるのはいいのかな。赤ん坊なのに、こんなにはっきりと。
あ、でも成長すると薄れたりするかもしれん。いかん、自我を保たなくては。俺は俺だ。親より先には死んでしまったかもしれんが……他人に恥じるような人生は送っていないつもりだ。
今の俺が無くなるわけにはいかん。自分の記憶を思い出せ。せっかく残ったのだから頑張れ。
しばらくの時がたち、歩けるようにはなった。今のところは何とか自我も保てている。日本語で思考しつつ家族や周囲との会話は現地の言葉を使う。
会話というほどの現地語はまだ扱えないが幼児相応の言葉遣いには不足はない。ぶつぶつと聞き取れない独り言が多いくらいではそれほど不審がられることはないだろう。
咄嗟の行動や感情によっては、つい日本語が出てしまうこともあるが周りの者には面白がられている。
家には両親と兄、使用人のような者が男女二名いた。それ以外の人間も出入りはしているが、短期の奉公人や農繁期に連れてこられる奴隷などのようだ。
家屋の規模や来訪者などを見るに、どうも父は農業を営む小さな村の村長をしていることがわかった。領主の土地を預かり、ここでともに暮らす村の人々をまとめているみたいだ。
家の畑で扱う主な作物は麦や桑、他に豆に野菜と少しの果樹がある。両親ともに働き者で農作業はもちろん村の雑務も忙しく、日中は世話しなく動き回っている。
使用人と兄も両親について仕事に励む傍ら、まだ幼い自分は畑の傍で過ごす。
むせ返るような、草と土の匂いが心地よい。前世では都会暮らしのサラリーマンだったから新鮮に感じる。もう少し大きくなれば兄と同じように畑の仕事を手伝うようになるだろう。
今はまだ遊んでいられるが、だからといってのんびりとするつもりはない。歩くことができるならトレーニングができるはずだ。
運動能力、体力の基本は足腰だと考える。子供の身体で無理はよくないがやれる範囲で今から積み重ねることは必ずプラスになる。今の自分には意思と記憶と経験がある。
前世でよく夢想していた記憶を保ったまま人生が子供からやり直せたら、が実現しているのだ。食べて寝る安楽な生活も魅力的ではあるが、今世は健康で強靭な肉体を作ることを最優先にしよう。
今の自分の行動範囲から見るに、この世界はあまり文明が発達していない。治安に関しても元いた日本のようには期待はできないだろう。戦う力がなければ後悔するかもしれない。
武器としたものに触れることができるのはだいぶ先になると思うが、せめて棒きれくらいは振っておこう。おそらく存在するはずの弓矢はできるだけ早く手に入れたい。
日々の努力は、身体の成長に影響を与えていることが記憶と経験から実感できる。幸いなことに生まれ変わった身体はなかなかに頑丈だ。
今日もいつものように村の周囲を駆け回り、森の中で飛んだり跳ねたり転げまわる。まずは基礎的な持久力と、体勢を崩されてもケガをしにくい身体の使い方を覚えるつもりだが、合っているかどうかはわからない。
今のところ幼児の奇行でしかないが手首足首、膝と腕、肩と股関節、それぞれの間接を柔らかく使うことをがんばって意識する。
当然だが刃物などは触れないので森で拾った木の棒で代用する。剣を想定した短い棒、槍を想定した長い棒を振り回す。前世で剣道や専門的な武術を習っていたことは全くないが、振っていればつく筋肉は無駄にはならないだろう。
村には年の近い子供たちもいるのでチャンバラごっこのようなものをやることもある。毎日の訓練が無駄ではない証だろうか、年上を相手にしても手加減が必要なくらいの体力はついているようだ。
やはり男たるもの戦う力を身につけるのは楽しい。農民の自分には本格的に武芸を学ぶ機会はないだろうか?
ある日の訓練の後、喉が渇いたので台所に水をもらいに行く。前世の日本よりは湿度が低いような気がするが、生まれた時からこのままの今の身体では気候の細かな違いまでは明確に体感できない。
「お水ちょうだい!」
昼食の用意を始める使用人に声をかける。彼女は体格のよい三十代の女性だ。
「あら、まぁレノ様! またそんなに泥だらけにしちゃって! 早く着替えてください、奥様に見つかる前に洗っちゃいますから。お湯沸かしますので少し待っててくださいね」
彼女、ジェーンはそういって大きな鍋に水を張り、かまどに乗せる。細い薪を入れて火口の草に火をつけた。指先で。
「え!? ジェーン! 火がついた!」
「そりゃつきますよ。それより大声出したら奥様に見つかっちゃいますって!」
「どうやって?」
「あら。レノ様、魔法見るの初めてでしたっけ? このくらいの火をつけることなら難しくはないですよ?」
そう言ってジェーンはにこにこしながら立てた指先に、ライター程度の大きさの火をつけた。
魔法……!? 魔法がある!?
……そういえばジェーンが火打石をガンガンやってるのを見たことがない。今まであまり気にしてはいなかったが、他にも夏の飲み物がちょっと冷たかったり、刃物の手入れが妙に行き届いていたり、よく考えると設備的にも時間的にも不思議なことがいくつもあった。
ウチの使用人達は凄腕だな! とか思ってたけどそういうカラクリか。いやいや魔法! これは是が非でも身に付けたい!
「やりたい! 教えて!」
「まだダメです。そもそも使えるかどうかわからないんですけど、危ないから七歳になるまでは教えちゃダメなんです」
「火じゃないやつ! 危なくないやつ!」
「えー、あー。……いやでもこればっかりはご両親に内緒にはできません。旦那様と奥様にきちんとご相談なさってください」
まあそりゃそうか。火がつけられるような魔法七歳でも危ないわ。あと才能がないと使えないやつか。とりあえず使えるかどうかだけでも教えてもらわないと困る。このままでは七歳までにストレスで不健康になる。
自分が使えないのなら使える奴から身を守る方法を考えなければならない。使えるのなら言わずもがな極めたい。魔法の熟達にも今持っている記憶と経験と意思がたぶん役に立つはずだ。
……はっ。まずは早急にこの汚れた身体をきれいにして母の機嫌を損ねることを防がねばならない。
「うん! 服洗うの手伝って!」
「はいはい。あいかわらず聞き分けの良い子ですねぇ。ライ様のときは……ってこんなことレノ様に言っちゃダメですね」
「?」
言っていることがわからないふりをしつつバンザイして服を脱がしてもらう。桶のぬるま湯で泥を落としながら魔法について考える。
兄のライムンドは魔法が使えるんだろうか? 今までそんな様子は無かったし、今のジェーンの口ぶりでは齢相応の自制心だろうから隠しているということもないだろう。
もし遺伝するようなものなら両親も気になる。村で一番の使い手は誰だろう。
才能の有無ってどうやって調べるんだ? 誰が何を持って計るのか? 正確に判断できるのかね。間違ったら今後の生活に影響がでかいだろう。いきなり親に聞く前にちょっとやれる範囲で調べてみるか。