─下─
「———マーク。『まじぇすてぃか♡らぶ!〜ビター編〜』ってゲーム知ってる?」
帰宅途中の私たちは馬車の中で素早くマークに確認をとる。
「……テレストラのゲーム?知ってるよ」
「やっぱりマークもテレストラからの転生者だったの?」
にこ、と笑ってこちらをちらりと見る。どこか含みのある笑顔。私にいたずらしているときの笑顔に、どこか似て居て、少し違うこの顔。
———この笑い方は知っている。
私に何か秘密がある時の顔。
何か、隠し事をしているときの顔。
例えば、私がなぜ「まじぇらぶ」作中になかった「竜神の化身」という設定なのか。
例えば、なぜビター編のマークとシュガー編のマルシアが同時に存在するのか。
例えば……どうして、「マルシア」をいつも助けてくれるのか。
「知りたい?」
「……勿論」
「全部?」
「……全部」
「わかった。そしたら、就寝時間になったら僕の部屋に来て」
「……うん」
今晩。何もかも……ではないかもしれないけど。謎が解ける。
「……マルシアはやっぱり今の素の表情に素の口調なのが一番いいなあ」
「何の話?」
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とっぷりと夜も更けたころ。
私は寝間着姿のままマークの部屋に向かった。
「マーク、お待たせ。寝間着姿でごめんね」
「やあマルシア。見慣れてるから大丈夫だよ」
———見慣れてる?
「み、見慣れてるって……?」
「前は見てないっていうか、そもそも同じ母の胎からじゃないから会えてなかったけど、ほら、前の前とかは毎晩一緒に寝てたから」
「前……?」
「前世のこと」
ああ、やっぱりそうだった。
マークも転生者……しかも、何度も転生を繰り返してる。今の口ぶりならおそらく……私の記憶にはないけど、私も一緒のことも何度か、いや何度もあったんだろう。
「……マークは『まじぇらぶ』を知ってるんだよね、どうしてここに転生したか分かる?」
「前世で知った作品世界の中で、どうしても安全、平和、かつマルシアと双子で生まれられる可能性が高いところを選ぼうとしたからさ。まあ、この世界における『ビター編主人公』と『シュガー編悪役令嬢』はどちらが生まれるかによって世界線が変わるレベルのものだったけど、そこに無理矢理両方をねじ込んで双子ってことにした」
「無茶がすぎる」
「よく言われる」
つまり、私と双子で生まれるためにマークはここを選んだってことらしい。
他にも色々世界はありそうだと思ったが、マークの魔術的なコントロールでなんとかできそうなのんびり具合かつ平和具合なのがここだったのだそうだ。
「えっと、前の前って?」
「ああ、生まれは今回とあんまり変わらないよ。ウィストリアっていう世界のミアルっていう国のサイレス公爵家ってところでね、僕がマーク・サイレスで、君がマルシア・サイレス。まあ、色々あって君は竜神としての力に目覚めて……そのあとその国を、ってかウィストリア全部を滅ぼしてしまったからね、そこに居られなくなって急いでテレストラに転生したんだ。急だったから双子の運命を探せなくて、別々の家に生まれてしまったけどね」
「……前の前と、今で、名前が変わってないのは何で?」
「ああ、前は別の親から生まれたからね。双子の時は……一番最初に竜神の母と人間の父の間に双子として生まれてからずっと、何度生まれても、僕が双子の兄のマークで、君は双子の妹のマルシア。双子で生まれるとき、名前だけはずっと保持されるようにしてるんだよ。」
「で、でもゲームでも……」
「『まじぇらぶ』のキャラもマークとマルシアだった気がしてたってこと?」
「うん。私、『悪役令嬢のマルシアに転生しちゃった』って思ったから……」
「それはね、因果が逆なのさ。マルシアが悪役令嬢に収まったから、悪役令嬢の名前がマルシアだったことになった。マルシアの記憶ごとね。ちなみに、マルシアが僕と双子でまた生まれたから、竜神というのがこの世界にあったことになって、マルシアはまた竜になった」
「全然わかんない」
「わかんないよね。僕もうまく説明できないんだ」
寂しそうに笑うマーク。こんな表情、知らなかった。
ああ、もしかして、私の知らない、かつての私を思い出してるんだろうか。可愛かったのかな。優しかったのかな。強かったのかな?かっこよかったのかも。
「……でも。一つだけ、確かなことはね。最初に僕がマーク・ユージンとして生まれ、君がマルシア・ユージンとして生まれ……最初の父の死があって、最初の母の暴走があって……膨大な魔力を持て余してるくせに、『共に生まれた何よりも誰よりも大切な妹とだけは、死んでも離れたくない』と祈ってしまった愚かな兄がいたってだけなんだ」
「愚かじゃないよ!……まあ、無茶ばっかりして、って気はするけど」
「あはは、また言われた。でも今世ではあんまり言われてなかった気がするな」
「無茶だな、よりもすごいな、って思ってたからかも。私、直前のテレストラでの記憶しかなかったから、なんかマルシアに双子の兄がいて、しかもバリバリ有能内政チートですごいなあって」
「そりゃあ、僕が無理矢理ねじ込んだからとはいえ没落が約束されてしまった悪役令嬢なんかになっちゃったマルシアのこと、責任もって守りたかったからね!」
「そうだったの?!あ、ありがとう……」
前世より前も、それより前も、何度もずっと私の双子の兄だったこの人は。
びっくりするくらいの深い愛でずっと、今も、私と共にいてくれたのだ。
私は、全然、ずっと、そんなこと知らなかったのに。
「マルシア、なんだか素直になった?お嬢様生活かなあ?テレストラの生活かなあ」
「変わった、ってことならもしかしたらテレストラの生活かな?少なくとも『霜沢茉莉花』としては大学出て、社会人として働いたりしたし」
「えっ、ほんと?!マルシア僕がいなくても働けるんだ!」
「心に刺さるdisだねそれ?!」
「えー!褒めてるんだよ!」
ちょっと感謝したらこれだ。
ほんと、前から思ってたけど、時々失礼なこと言うんだから、もう。
———前から?
この「時々失礼」を「マルシア・ドロマー」は受けたことがなかったはずだ。
ああ、なら、きっと私の魂の何処かにある「マルシア・サイレス」か、「マルシア・ユージン」か…もしくは他のいつかの記憶なんだろう。
どこか心が温かくなる。私の知らない、でも大切な記憶。
「……マルシア」
「なあに?」
「結婚するの?王家の誰かと」
そうだ。今日私は、スティーブン・エニストル陛下から第二王子か、第三王子か、その他の誰か王子か、もしくは自分と婚姻を結んで欲しいと言われているんだった。
「したいって言ったら?」
「んー?今世のマルシアは思ったよりもしっかりしてるなーって思うくらいだけど。やっぱりテレストラで社畜やったせいかな」
「社畜じゃないもん!」
「そうなの?」
「公僕……かな……」
「社畜並みのひどいやつだそれ」
白湯を口にする。
マークが用意しておいてくれたものだ。ほんのりと暖かくてとても落ち着く。
ずっと話していたくなるような、不思議な気持ち。
「まあ、社畜経験あるなら王妃もそれほど難しくないんじゃない?」
「えっなんで私がスティーブン様推しだって知ってたの?」
「えっ」
「えっ」
「……いやそうじゃなくて、君と結婚する相手を立太子するでしょ?君は王妃になるわけだ」
「あっ、うん、アハハ……」
笑ってごまかす。あっ、すごい顔してるぞ。ごまかせてないなこれ。ダメ系のそれだこれは。
こんなに可愛い妹が直前の前世の記憶しかない上にしかもその前世はイケオジ好きの残念なオタクでごめんね。許してね。
……でも、これで少なくとも私が昼までに抱いていた謎は解けた。
私が竜神の化身なのは、最初の母が竜神だった因果からだ。
ビター編のマークとシュガー編のマルシアが同時に存在するのは、マークがどうしても双子に生まれたかったからと、そう望んだからだ。
『マルシア』をいつも助けてくれるのは、マークが……
……あれ?
「マーク。何で私を助けてくれるの?」
「えっ?可愛い妹をついつい助けたり甘やかしたり愛でたり弄ったりするのは兄の役得にして義務だろ?」
……マークがシスコンだったからだった。うーんわかりやすい。
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後日。
ドロマー家では王家との会談が開かれた。
結局私はスティーブン現王に嫁ぐことになった。最推しのイケオジと結婚できてちょっと舞い上がってる私もいたのは秘密である。
でもこれからが大変なのは私にもわかりきっていることでもあった。
なにせ本来後宮の1番後ろからスタートするはずの新入り妃がいきなり正妃スタートなのだ。
「うわっめっちゃ虐められそう。竜神の化身ということで納得してもらえないだろうか。でもそれもなんかかさに着てるみたいで嫌だな……」なんて思ったりもしたが、なんだかんだで自分がかさに着なくても勝手に偶像化して敬い奉りきゃあきゃあ言われ、拝まれたりお供え物もらったり私が買ったドレスが社交界のブームになったり……まあ、少なくともあまり不便もなければ、他の妃の皆様に嫌われたりもせず王家に入ることができた。
入れ違いで出ていったことになるジュリアス王子は、王位継承権を失った代わりに王家の領地の一部をもらって新たな公爵家を起こすことになったのだそうだ。廃嫡されて追い出されてきた側近達を雇い込んで、なんか仲良く楽しくやっているらしい。
しかもいつの間にやら隣接するウィロウ伯爵家の娘さんともよろしくやっていたそうで。子宝にも恵まれて、幸せに暮らしたそうだ。
ミロア嬢とリリカ嬢は竜神に祝福された恋人同士として正式に結婚式を挙げ、今はカーブレン家の離宮で二人仲良く暮らしているらしい。カーブレン伯爵家はミロア嬢の兄が、フェイン家はリリカ嬢の弟が家を継ぐので二人は存分に一緒に居られるのだそうだ。
ちなみに「それもこれも皆の前で改めて祝福してくださったマルシア様のおかげですわ!」とミロア嬢が言って居たので、私が「祝福します」と言ったことそのものが二人がそんな暮らしができている原因らしい。
あっ、さては廃嫡された側近達が仲良くジュリアス王子の公爵家に雪崩込めたのもなんか誓われてる時に「あなた方は許されないことをしましたが、それでも私はあなた方の真の愛を祝います」とか言っちゃったせいなのでは?もしかしなくても、私が祝ったらみんな祝わなきゃいけなくなる奴だったのか。
慎重になるべきか、スナック感覚で祝うべきか。悩んだ私は突然「真の愛を見抜く目」なる能力に開眼し、そんでもって真の愛を持つものをガンガン祝った結果祝われた者達によって竜神を祀る神殿が建ったりした。
もちろん現時点で愛は無くとも正直に「今はまだ愛はありませんが二人で民を愛し幸せな領地経営をしていきたいです」などと言った貴族なんかもガンガン今後の発展と愛を祝ったので新たに富と愛がたくさん生まれたりもした。
私自身も王との間に子宝に恵まれ、しまいには「竜神の愛に満ちる国エニストル」なんて呼ばれたりした。
竜神の化身としての力、愛を見抜く目などは私と王との間に生まれた娘が17になる頃に譲渡され、私に残ったのは「竜愛の王妃」の二つ名と、竜に変じて飛ぶ能力くらいだった。スティーブン亡き後、娘は女王となって、さらにこの国を発展させた。
ああ、マークは王家の側近として、またドロマー公爵家を継ぐものとしてその命終わる時まで立派に勤め上げた……のだそうだ。
というのも、私が先に老衰で死ぬところだったところにマークがすっと現れて、
「マルシア、今世は幸せだったかい?」
なんて問うものだから、
「勿論、みんなと、マークのおかげで、幸せでしたよ」
って言ったものなので、
「じゃあ、次も一緒に生まれようね。また必ず幸せにするよ」
なんてことを言い出したので、
「じゃあ、また来世で」
なんてことを言いながら私は其の世を去ったので、それから後のことはわからない。
でも、また再び双子で生まれたマークがそう言って居たので、きっと、そうなのだろう。
ちなみに今は———
———私たちは山猫人族の双子の有名な戦士として、ナフテルの森を守っている。
……ちょっと!前世と差ぁありすぎじゃない?!




