男のアレを石化するのはいくら何でもひどくね!?
「ちょーっと浴場覗いたくらいで、あんなにキレるかよ普通!?」
今まで女子寮に忍び込んだときは落ち度はなかったのに、何たる失態。
どこで情報の漏洩があったが知らんが、寮長含む風紀取締隊が待ち伏せてやがった。
あいつらマジで容赦ねえ。
俺のことを魔法でフルボッコに叩きのめした挙句、(ある意味)禁術をかけやがった。
「ああああ、俺の息子が~~~、男の尊厳が~~~」
股間を確認したところ、俺のアレは、裸体の彫像で目にするような硬質で、灰色一色に固まっていた。
女子寮での騒動を終えた現在。
男子寮にある自分の部屋に籠り、俺は一人悶絶していた。
「ぐすん、もうお婿に行けない」
その夜、俺はあまりのショックに枕を濡らしながら、床に臥した。
魔法学園エレメンティア。
ここは魔法を主軸として、人材育成を目的とする養成校である。
敷地内を取り囲む城壁。その内部には学園はもちろん、食堂、図書館、研究所、演習場などが設けられている。
昨夜の一件ですっかり石化してしまった一部分。
早急に治療してもらおうと、授業なぞすっぽかして俺は医務室に直行した。
「あら、今日も保険の講義を受けにきたのかしら? ヴォル君?」
俺を出迎えてくれたのは、白衣を身に纏った大人の色香漂う女性、ジュリア先生だ。
「いえ、今日訪ねたのは割と深刻な理由からでして」
「妊娠でもさせちゃった?」
「そこらへんの抜かりはありません。実は昨夜、こんなことがありまして」
負傷した経緯を一通り説明し終える。
「ヴォル君らしいわね。じゃあちょっと見せてもらえるかしら?」
おいおい、まじかよ。憧れのジュリア先生に俺の愚息を診てもらえるなんて。
自身の下半身を脱衣させると、無機質な形状が発露した。
「あらあら、ウフフ」
彼女は至近距離でじっと見つめる。
こんなシチュエーション、興奮しないわけない。
しかし悲しいかな、全身を貫く反応はなく、虚しさだけが残る。
「特殊な呪いは重複してなさそうね……単なる石化よ。軟化薬を使えば治りそうね」
「よかったー」
安心したのは束の間、新たな不安要素が発生する。
「申し訳ないけど、ちょうど軟化薬を切らせてしまってるの」
「そ、そんな。どこにあるか心当たりはありますか?」
「そうねえ、研究所に行けばあるのだけれど、いま騒動の真っ最中なのよ。なんでもモンスターが脱走したらしくて……。街まで買いに行ってもらうしかないわね」
「そうですか、わかりました」
俺は医務室を出ようと、扉に手をかけたとき、
「それにしても息ピッタリね、二人とも」
という呟きが、後ろから聞こえた。
学園を飛び出し、街道をしばらく歩くと、賑やかな街並みが見えてきた。
門をくぐり中に入ると、周囲の喧騒で耳が支配される。
ここは各国と繋がる商業の中心地だけあって、人の往来が激しい。
大多数が商人の恰好をしていた。
広場で開かれている市場まで足を運ぶと、露店商がズラリと立ち並んでいた。
珍しい出土品からおいしそうな食べ物まで、目を惹かれる。
購買欲を抑えて俺が向かった先は、小奇麗な建物だ。
扉を開けて中に入ると、先ほどまでとは打って変わって静けさに満ちていた。
ここは薬品を販売する店だ。
薬品の取り扱いには国の特許申請が必要で、個人では販売できない。
受付には二人の店員がいて、一人は応対中だ。片方の女店員に声をかける。
「すみません、石化用の軟化薬って売ってますか?」
「軟化薬ですか? 少々お待ちください」
そして程なく戻ってくる。
「申し訳ございません。実はつい先ほど最後の一つが売り切れてしまいまして……。入荷は数日先になってしまいます」
「そ、そうですか」
参ったなー。薬品を取り扱ってるのって、ここしかないんだよなー。
ふと、隣の客と店員の会話が耳に入る。
「お待たせしました。こちらが軟化薬となります」
最後の一個って、この客だったのか。
特に個人的な恨みはないが、顔だけは覚えておいてやろう。
と、その顔を目で捉えると、覚えるまでもないことに気が付く。何せ、忘れたくても忘れられない顔だからな。
「おい待てこら!」
スタスタと帰ろうとしている人物の背中に呼びかける。
それに呼応して、こちらを振り向く。
「あら、誰かと思えばイ〇ポ君じゃない」
「ぐぬぬ、誰がこうしたと思っているんだ」
「あんたが覗きをするのが悪いんじゃない」
くっ、反論できない。
高飛車な言動のこいつは、スカーレット。
真っ赤な髪を腰まで伸ばし、澄ましたような表情で俺を蔑んでいる。
何を隠そうこいつは女子寮の寮長で、俺の大事なところを石化させた張本人だ。
「お前がサボりなんて珍しいな」
「ふん、あんたと一緒にしないで頂戴。私は寮長の権限を使えば公欠扱いにしてもらえるのよ」
どう見ても越権行為だろ。
「なあ、お前が買った軟化薬、一体何に使うつもりなんだ?」
「へ!? な、何でもいいでしょ」
ばつが悪そうに動揺している。怪しい。
「まさか……」
「な、何よ」
「俺が買いにくることを見越して、買い占めやがったな」
確信めいたことを言ったつもりがスカーレットは、はあーっ、と一つ溜息を吐いた。
何としてでもそいつを手に入れたい俺は、彼女に宣言する。
「その軟化薬を賭けて決闘を申し込む」
「いいわ、やりましょう。私が勝ったら、あんたを一日犬にするから」
俺たちはバチバチと音がなりそうな強い視線を交わした。
街を出て街道から脇道に進む。
段々と平地の幅が狭まり、辺りは草が生い茂ってきた。
ここまでくれば人通りもほぼないだろう。
「ルールはいつものでいいわね」
「ああ」
参ったと言わせるか、急所へのとどめのアクション、もしくは気絶させれば勝ちだ。
壊すと危ないので、軟化薬は脇に隠しておく。
俺たち二人の間合いは歩幅十歩分くらい。
静寂が周囲を覆い尽くす。
そのとき、二人の間に突風が吹き抜けた!
ほぼ同時に詠唱を開始。
先手を取ったのはスカーレットだ。
ほぼ無詠唱に近い速さで、ファイアーボールを数個量産させる。
火の玉は、予め準備しておいたウインドシールドが間に合い、どうにか無効化。
風の盾に、火の玉が掻き消える。
スカーレットは火の系統を得意とする攻撃型。
一方俺は、風の系統を得意とする守備・反撃型。
俺が風の魔法に重点を置いた理由って、スカートのパンチラ目的に他ならないんだがな。
その後も、互いにドンパチやりまくっていると、気が付けば魔力の残量も半分程度。
そろそろ、大技を決めに行くかと思い立った矢先、スカーレットの背後から異様な物体が近づいていることに気づく。無論彼女はそんなこと露知らない。
「おいバカ、後ろ向け! モンスターが近づいてるぞ!」
「そんな安い誘いに乗るもんですか」
忠告むなしく、モンスターはスカーレット目がけて攻撃を繰り出した。
直前で振り向くも、時すでに遅し。
モンスターの口から吐いた不気味な液体により、彼女はカチコチに固まった。つまり石化したのである。
とにかくこっちにおびき寄せないと。石化した身体が分解してしまったら一大事だ。
こっちに狙いを変えてもらおうと魔法を当てる。すると、羽根を広げながらこちらに迫ってきた。
俺は風を身に纏って加速した足で、繁茂した草陰に身を潜めた。
「何でバジリスクがこの地域にいるんだよ」
雄鶏と蛇を組み合わせたような巨体をもつバジリスクは、危険モンスターに指定される。国の管理外にしかいないはずなのになぜ……。
そこで俺は今朝ジュリア先生が言っていたことを思い出す。
そういえば研究所でモンスターが脱走したと話していたな。まさかこいつなんじゃないか?
参ったなー。このまま隠れてやり過ごしてもいいんだけど、街に向かって被害が出たら大変だし。
やるしかないか。
草陰から頭を出し、周辺の様子を探る。
いた! 見失った俺のことを執拗に探しているようだ。
奴が俺のいる真横の平地を通った瞬間に合わせ、事前に魔力を込めていた魔法を発動。
地の系統魔法で、俺そっくりの土の人形を作り出す。
平地に出現させ、遠隔操作。奴を誘導させ隙を作る。
真後ろを向いたところを狙って、すぐさま平地に飛び出し、魔法詠唱。
ありったけの魔力を練って、上級魔法を完成させた。
くらえ!
「ライトニングトルネード!」
雷と風の混合魔法。
奴の巨体の中心から渦巻き状の上昇気流が発生。その中心部では、雷鳴を伴う稲妻によって、幾度も点滅を繰り返す。
ゴオーーーという轟音は、徐々に収束し、魔法の効果が消えた。
ドシーンという地響きと大きな揺れが発生。
魔法の発動場所には、巻き上げられたバジリスクが、横になって倒れていた。
よかった、どうにか勝てた。
あ、そうだ。軟化薬でスカーレットを治さねば。
最初にバジリスクに襲われた場所まで戻る。
石像のような、一見しただけでは職人が作ったようにしか思えないな。
脇に隠してあった軟化薬を拾い上げ、石化した彼女の頭から、液体を垂らす。
段々と、元の肌の色に変色していく。
全身に艶が出始めた。
彼女の目がキョロっと動き、俺の視線と合致した。
「よう、どうだ調子は……? あれ」
突然、足がふらつき、まともに立っていられなくなる。
そして背中を大層打ち付けたかと思うと、視界が暗転した。
目を開くと、茜色に染まる空が遠くに見えた。
どうやら仰向けになって寝そべっているらしいな。
ん? なんか頭に柔らかい感触があるな。あっ視界の隅に、誰かの顔があった。
「ヴォル大丈夫!?」
「ああ、何とかな」
顔の正体はスカーレットだったようだ。
俺は今、長椅子の上でこいつに膝枕されているっぽいな。――ふむ。
「私の目の前であんたが急に倒れたからびっくりしたわ」
「たぶん魔力枯渇で身体が持たなかったんだ」
何かの記憶を蘇らせたのか、彼女は眉をひそめた。――スリスリ。
「そうだ、私、モンスターに襲われたのよ。もしかしてあんたが倒してくれたの?」
「まあ、な」
――スリスリ、痛ってー。くそ、膝枕を急に解きやがって。病人は優しく扱え。
「その……あり、がとう」
スカーレットの顔色は、夕陽の影響か、別の要因か知らないが、真っ赤になっていた。
「さあ、帰るわよ」
「ああ」
沈みゆく夕陽を背景に、俺たちは学園への道を歩き始めた。
あっ! 俺のアレが石化したまんまじゃねーか。この状態はいつまで続くのやら……とほほ。