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ねこキラーの逆襲  作者: AK
第11章   ──模倣された「アイスパレスの王女さま」 ──
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「手紙」

 こんにちは、キシさん。お元気ですか?

 送り主の名前の書いていない手紙ですみませんが、わたしが誰か、見当はつきますよね?

 そうと仮定して、続きを書きます。きっとキシさんは、ふたつの意味でこの呼びかけの言葉に驚かれているんじゃないでしょうか? まず、あなたの本当の名前はキシさんじゃないですものね。それは、あなたの書いた「ねこキラーの逆襲」という作品の主人公の呼び名であって、あなた自身の名前は、実は関係のないものです。このへんの用心深さはあなたらしくて、ちょっと微笑ましかったです。だからこの手紙も、あなたの呼びかけにはそのままキシさんという言葉を使わせてもらいます。別に当てこすりでこんなことをするわけじゃないです。この手紙を、あなたがもし「ねこキラーの逆襲」の最後のオマケに引用したいと考えるなら、それは構わないですよと伝えたいからです。そのときに呼びかけの言葉を修正するかどうか、あなたが悩まなければいいと思って、作品と地続きのこの呼び方を採用します。いいですよね、キシさん?

 もうひとつ、キシさんが驚かれるとしたら、この丁寧語の文体と合わせて「さん付け」で呼びかけていることだと思います。実際に顔を合わしているとき、わたしはずっと呼び捨てであなたを呼んでいました。作品の中では、キシって呼んでましたよね。七月の下旬に顔を合わせて、九月にわたしが引越しをして会えなくなるまで、わたしはずっと偉そうな態度でキシさんに向き合ってました。もっと前、ノベルワークでの交流の時から、わたしはキシさんに限らず全ての人に対してそういう態度で接していました。どうせ誰とも顔を合わせることはないと思っていましたし、初めにそういうキャラを作っちゃいましたから。それでも、キシさんの自宅に初めて出かけていったとき、キシさんが不在でアパートにも入れなくてエントランスでじっと待っている間、わたしは自分の態度を決めかねていたんです。ネット上のキャラをそのまま演じようか、それとも年下の女の子として自然な態度で接しようか、ギリギリまで迷っていたんです。あのときキシさんは、エントランスのところで待っているわたしに、遠くから睨まれてるって感じたんじゃないでしょうか? 遠くからそれっぽい人がこっちに近づくたび、わたしはその人の感じを見極めようと必死で観察していたんです。本当は、ビクビクしてたんです。失礼な態度をとって怒られそうなら、偉そうな態度はやめようって、情けないことを考えていました。キシさんがわたしに、こんにちはと挨拶して笑いかけたとき、失礼な話だけど大丈夫だなって判断したんです。この人なら変なことをしても怒らないって。その判断は、まあ正しかったわけですけど、わたしは今でも思います。もしあのとき、違う判断を下していたら、わたしは本心からキシさんにいろいろなことを相談できたのになって。もっと素直に弱みをさらけ出せたはずだし、そうしたらもっと、わたしの悩みは良い方向に解決されたかもしれないです。キシさんにも、こんなにご迷惑をおかけしなかったと思います。

 とりあえず、ネタばらしはここまでにして、本題に戻ろうと思います。キシさんからメールで完成した「ねこキラーの逆襲」を送ってもらって、わたしはすぐに読み始めました。引越しをしてから、わたしはメッセにもログインしなくなりましたし、もらったメールにも返事をしませんでした。キシさんにしてみたら、音信不通になったとしか見えませんよね。実際にそう心配するキシさんからのメールは受け取っていましたし、読んでいました。でも、返事はしませんでした。辛かったからです。どう辛かったのかと、説明しろと言われると難しいんですけど、本当はメールを開くのも怖くて、キシさんのことを思い出すのも、悲しかったんです。恐る恐る開いてみるキシさんのメールは優しくて、わたしはときどき泣いちゃうことだってありました。信じられますか? わたしがめそめそ泣いちゃうんですよ。ともかく、キシさんがやっとのことで完成させた「ねこキラーの逆襲」は、すぐにプリントアウトして読み始めました。このお手紙は、その感想を書く事が目的です。すっかり前置きが長くなってしまいましたけどね。

 まず前半の第1部は、だいたいにおいて実際にあった出来事からお話を作っていますよね。もちろん順序やパーツの組み換えはあちこちにありますけど、読んでいて、そんなこともあったなあとところどころで思い出したりしました。ビデオ録画を見ているみたいで、すごく詳細に眼前に突きつけられるようなところもありましたから、ときどき恥ずかしくなったりもしましたけれど、それでもわたしは引き込まれて読みました。当時の気持ちが蘇ることもありました。あのころわたしは、割と本気でキシさんにムカついてることもあったなって、意外な気持ちで発見することもありました。そういうのを上手に再現していると思います。それにしてもキシさんは、わたしのことをよく書きすぎですよ! なんだかわたしが完璧な美少女でもあるみたいに書いてますけど、キシさんの目にはそういうふうに見えてたんですか? なんて、冗談を書いてみたくもなります。

 キシさん自身の投稿作品の引用は、当然ですけど実際に投稿されたときのものから書き直されていましたね。それについて文句を言うわけじゃないんですけど、ノベルワーク時代の空気というか、キシさん独特のやんちゃでちょっと無謀な作品の雰囲気は、だいぶマイルドにされていました。そう考えると、小説投稿サイトでの作品というのは、それ自体に独特の雰囲気というのをもつのかもしれませんね。わたしは二重に楽しめましたけれど、それは当事者としての感じ方で、作品そのものの評価とは別のものだと思います。仕方のないことかもしれませんが、通常の作品部分とあまりにも似通った文体というか雰囲気というか、地続きに同じ空気を吸い続けているような印象なのがわたしには気になりました。あれは、別世界にワープしているようなものですから、もっと明確に違いがあればいいのになと、わたしには感じられました。そうしたほうが、作品後半での展開によりインパクトを与えるんじゃないでしょうか? そういう使い分けは、とても技術の必要なことだとは分かっていますけどね。

 その後半部分、第2部ですけれど、これは前半部分の終りに書かれているとおり幻想パートですね。ほとんどがキシさんの空想から作られています。当たり前ですけどわたしは佐伯ちひろという女子高生と出会ったりはしませんでしたし、キシさんだって実際にツバメとお話をしたりなんてなかったんじゃないですか? もちろん、本当にあったこともあそこには書かれています。例えば「夜鷹」さんとは実際に東京で会ってましたよね。でもこれも、物書き仲間のオフ会なんかじゃなく、ただ「夜鷹」さんと会うだけの交流だったみたいですけど。このあたりの、実際にあった出来事を巧みに小説用に加工するテクニックは、思い当たる部分があるとなるほどなあと感心してとても面白かったです。もちろんこれも、当事者としての楽しみ方なので作品の評価とは別物として捉えなくちゃならないですけど。

 実際のわたしは、確かにプログラミングの本をキシさんに借りて何か作ってやろうと挑戦していました。けど、結局何かを作るところまでは行きませんでした。作品の中で女の子は「名前探しの迷宮」というゲームを作っています。アイディアも技術もわたしにはなかったものです。ここで語られる女の子の悩みというか苦しみは、もっと拙い方法でわたしがキシさんに伝えたものです。「名前探しの迷宮」のパートを読んでいて、こういうことがわたし自身もできたら、もっと上手にいろいろなことを打ち明けられたのに、と悔しい思いを味わいました。それと同時に、もしもわたしがこういう方法を用いていたら、作品の中の女の子と同じくらいシビアな結末を迎えていたかもしれない、という恐怖もありました。行くところまで行くしかないという感覚です。あそこまで巧みに演じていたら、きっとそうなっていたでしょう。

 第1部の章ごとの終りにキシさんの短編小説が添えられているのに対して、第2部ではキシさんと関わる女性の創作物が挟まれるというのは構造として面白いです。ユサという女性が、実際にキシさんのお友達として存在しているかどうかはわたしには分かりませんが、第2部ではとても活躍している印象です。自家中毒的だった前半に対して、後半では横の拡がりを少しだけ感じさせます。それが、作品の幻想パートとして書かれているのが何とも皮肉な話ですけど。「夏祭り競作企画」のオフ会や、「それいゆ」のライブなんかが、全て純粋な幻想パートの産物だとしたら、少し寂しい気もします。

 物語の最後の方で、少し唐突にノゾミという名前が出てきます。わたしが最初に名乗っていた名前で、わたしのイマジナリーフレンドでもあるということです。これは全てキシさんの創作ですけど、わたしにも実は少し心当たりもあって、キシさんどうして知ってるんだろうって、ちょっと不思議な気持ちでこの箇所を読んでいました。ノゾミというのはいい名前ですよね、それは希望を連想させます。それでも作中で与えられたノゾミのポジションは、あまりいいものじゃないですけど。その少し前に現れた、「アイスパレスの王女さま」のねこの目の女の子の幻影は、ノゾミとして捉えたほうがいいんでしょうか? でもノゾミは、わたしが演じきろうとしている超人的なイマジナリーフレンドに与えられた名前だから、ねこの目の女の子みたいに最後に泣き出したり、「敵」でいいからなんて感傷的なことを言ったりはしないかもしれませんね。それとも、やはりノゾミ自身も苦しんでいるんでしょうか? だとすれば、何とかその苦痛を解き放ってあげたいと、願わずにはいられません。第9章のタイトルとしてキシさんが付けた、悪の双子、イーヴィルツインとしての役割とは矛盾するかもしれませんけどね。

 ところでこのノゾミという登場人物が、キシさんの書く「閉じ込められた女の子」の原型のような気がするんですけど、これは当たっていますか?

 さて、ラストシーンを含む第11章で、佐伯ちひろがかなり豹変します。あからさまなねこ殺しとして、キシたちの前に立ちはだかります。これはもちろん与えられた役割をこなすという色合いが強いですけど、あんまり露骨すぎて少し可哀想な気もします。直接は関係ないですけど、幻影としてのねこキラーにイマイチだったと評される点も含めて、佐伯ちひろには同情というか、いたたまれない気持ちにさせられます。最初のねこキラー長編の企てでは、佐伯ちひろは主人公格でした。いわゆる優等生で、さまざまなプレッシャーやらストレスやらで傷つき、それを補うためにねこを傷つけてしまう。でもそれを自分では認めなくて、ねこキラーという幻影を、自分の恋人として作り上げてしまう、そいつがねこを殺していると思い込もうとする。そういうあらすじです。その佐伯ちひろとこの佐伯ちひろには、ズレがあるような気がします。新しい「逆襲」のほうではキシさんは、佐伯ちひろに共感する余地は全く用意しませんでした。ひたすら無機質で、人間味のない、それこそ「敵」として彼女を用意しています。それは、第1部のラストで女の子とした約束を、忠実に実行しているということです。女の子と佐伯ちひろは、全く別の存在だ、同一視はできない。そのことを証明するための第2部ということだと思うので、そういう味付けは仕方のないことなのかもしれません。でも、やっぱり、佐伯ちひろが可哀想に思うんです。彼女には彼女なりの苦しみが、きっとあるはずだと思うんです。それはひとつも書かれませんでしたけれど。

 最後にキシさんは動物病院を探します。そこで物語を終らせていることに、わたしは作者としてのキシさんの感傷を感じました。仔ねこが助かるかどうかの結果を書くとすれば、絶対にキシさんは「仔ねこは努力の甲斐もなく死んでしまった」と、リアリスティックに書かざるを得ませんよね。それがキシさんの作品の作り方というか、流儀のようなものだとわたしは理解しています。やっぱり同じような意味合いで、わたしがねこを殺したかどうかの判断は、推定無罪というところで終らせています。これもキシさんの感傷。そしてわたし自身の最大の失敗。そう、失敗です。

 安心してください、別にこれは懺悔の手紙なんかじゃありません。わたしはキシさんの感傷に、水を差したりはしません。箱の中で生きているか、死んでいるかは教えません。それは、もう今さら、ということですから。わたしたちは箱を開けるタイミングを逃してしまいました。本当は、開けたかった。でもわたしの中のノゾミがそれを邪魔したんでしょうね。もし開けることができていたらと、後悔する気持ちはありますけど。でも、もう、全ては遅い。

 この作品を、一般的に評価するにはわたしは当事者として関わりすぎています。きっと正しい評価はわたしにはできないでしょう。それでも、とても楽しめたとお伝えすることはします。キシさんは自分の文体をうまく長編用に修正したと思うし、何だか知らないけど読み続けてしまう文章という意味で、これはとても長編に向いています。ビギナーズラックというやつでしょうか。ともかくこれは、ノベルワーク時代ではとても書けなかった作品ですよね。仮にあのサイトが今でも消えずに残っていて、キシさんも投稿を続けていたとしたら、きっとこの作品は生まれていなかった。キシさんがごく一部の物書き仲間を除いて誰とも繋がらず、黙々と書き続けたからこその作品です。もちろんその前提として、キシさんがノベルワークでさまざまな短編小説を投稿して楽しんだ、という下地があるのだとは思いますけど。

 そのノベルワーク時代にならって、五つ星評価でこの作品を評価するなら、いくつの星をつけよう? この手紙を書くと決めた時から、わたしはそれを考えていました。これはとても難しい問題です。正しい答えがない、というところを越えて、全ての答えが間違っている、という思いがします。採点不能で何も言わないのも間違っています。わたしは何かを決めなければいけません。実はここまで書きながら、ずっと考え続けていましたけれど、やっぱり答えは出ません。追い詰められています。どうしよう?

 決まりました。

 ☆☆★★★

 星ふたつです。

 わたしがノベルワークで一番多くつけた評価です。

 低すぎると思いますか? 確かにわたしはこの作品をとても楽しめました。でも一般的に言って、この作品は傷が多過ぎると思います。口の悪い人は、どうでもいいような部分も含めてたくさんの攻撃材料をこの中から取り出してくると思います。昔のわたしみたいにね。

 もうひとつの理由は、これがキシさんの作品だからです。キシさんの本当の力は、まだまだこんなものじゃないでしょう? これからキシさんは、もっと、もっと面白い小説を書いていくはずです。それに比べたらこの作品なんて、星ふたつでもぬるいくらいだ。そんなふうに思える作品を、これから作っていってくださいという叱咤激励です。わたしに言われなくても、キシさんは書くと思います。ほら、こうやって追い詰めてるんですよ。「僕はもう、小説なんて書けないんだ」、なんて言わせないために!

 さて、もうそろそろ書くのをやめようと思います。念の為に言っておきますが、この手紙は友達に手渡して、わたしもどこだか知らないポストに投函してもらっています。だから消印に書かれた場所は、今わたしがいる場所とは関係がありません。わたしがどこにいるか、教えませんけれど、だいたいは分かりますよね? すごく遠いところです。すごく。

 これからも、メッセにログインしたりメールに返信したりはしません。ときどきこうして、手紙を送ろうかなとも思いますけど、それも実際にどうなるかは分かりません。もしかしたら、もう二度と送らないかも。

 その上で、とても図々しいことをお願いします。これからも、キシさんの書いた小説を、送ってくれないでしょうか? キシさんの書いた日本語を読んでいるとき、わたしは結構安らかな気持ちになるんです。もちろん書かれている内容に心を乱されることもあるんですけど、全体として、というよりも文体に、わたしはとても落ち着くんです。いろいろなものを思い出して、しかもそれは、辛くない。

 キシさん、お元気で。わたしはまあ何とかやっていきます。いつかゲームを作れたらなって思っています。そのときは、キシさんにも遊んでもらおうと思います。方法は未定ですけど。

 さようなら、キシさん。面白い小説を、どうもありがとうございました。

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