「名前探しの迷宮」
作成日時:2009年8月16日
更新日時:2009年9月4日
(以下プレイ内容を記述)
(真っ黒なウィンドウに白の文字が現れる。文章はセンテンスごとに表示され、エンターキーを押すと次の文章が流れる仕組み。一度表示された文章は消えず、スクロールバーでこれまでの文章を追うことも可能。BGMや効果音などは一切なく無音)
「名前探しの迷宮」
「少女は自分の名前を探していた。それはどこにでもありそうで、でもどこにもなかった。とりあえず思いつく限り、少女はいろいろな名前を名乗ってみたけれど、それは全然馴染まなかった」
(カラスの写真表示)
「いつも名前を変えてばかりいたら、とても大きなカラスがやってきて、耳元で大きな声で叫んだ。おれは名前のない人間が大好きなんだ、何故なら丸ごと食べ尽くしても誰にも文句を言われないからだ! ところでお前は、何だか名前がなさそうに見えるのだが? もし名前があるのなら、言ってみろ。お前に名前がなければ嬉しいんだがなあ。少女は震えながら、クロ、と名乗った。それはカラスの色から取った、でまかせの名前だった。カラスは不思議そうに、かあ? と鳴いて首をかしげた。クロだと? そんなふうには見えないが、ともかく名前があるのなら仕方がない、おれはものすごく腹が減っているのだが、お前を食うわけにはいかないから他を当たるよ。お前、誰か名前のない人間を知らないか?」
(飛び立つカラスの写真表示)
「そして少女はクロと名乗るようになった。それはやっぱり自分の名前として馴染まなかったけれど、人食いカラスが怖かったので、もうその時の気まぐれでコロコロ名前を変えるのはやめにした。これからはクロとして生きていこうと心に決めた」
(こちらを睨む黒白ねこの写真表示。アパートのエントランスで度々見かけたあのねこに似ているから、同一のねこかもしれない。黒白ねこはアスファルトの地面を踏みしめている。それがどこなのかは、写真からでは分からない)
「でもあるとき、友達のねこが少女に言った。君のことを、僕はクロなんて呼ばないよ。だってそれは、君の本当の名前じゃない。それに、そのクロって名前だってどうせすぐに変えるんだろう? そんな名前は、僕がもらう。クロは今日から僕の名前だ」
(お尻を見せて逃げていく黒白ねこの写真表示。場所は先ほどと同じらしい)
「逃げるねこを少女は追った。待って、あなたがクロと名乗るなら、わたしは何て名乗ればいいの? ねこはちょっとだけ立ち止まると、振り返らずに少女に教えた。ここから北に歩いていくと、恐ろしい迷宮がある。そこは名前探しの迷宮と呼ばれている。とても危険な場所で、中に入ったら、君は命を落とすかもしれない。でもそこには、君が見失った君の名前が隠されている。それだけ言うと、ねこは走り去ってしまった」
(雑木林の風景写真表示。木々は稠密で風景の中に人工物は見当たらない)
「仕方なく少女は北の方角に歩いていった。本当に迷宮なんて存在するのかと半信半疑だったけれど、道ですれ違ったねこに訊ねてみると、確かにこの先に迷宮があるということが分かった。森の中を少女は進んだ。ほとんど道なんてなかったけれど、通りがかりのねこに話しかけると、みんな迷宮の方角を教えてくれた。しばらくして、本当に森の中に迷宮が現れた」
(イラスト表示。垂直に切り立った崖に、古びた木製の扉が閉ざされている。フルカラーだが緻密な絵とは言い難く、大雑把なフリー素材という印象)
「迷宮の扉の前には門番が立っていた。門番は少女に言った。ここは名前探しの迷宮、お前が見失ったお前の本当の名前の眠る場所。しかしそこには数多くの困難が待ち構えている。そこでお前は命を落とすかもしれない。お前は本当に、自分の名前を見つけたいと思っているのか?」
(選択肢表示。該当の数字を入力することで選択)
「1.本当に自分の名前を見つけたい 2.見つからなくてもいい」
(1を選択)
「よろしい。ここから先は理不尽な迷宮、間違った道を選んだものには過酷な死が訪れるだろう。しかし奥へ奥へと進むにつれ、お前は少しずつ自分自身を取り戻す。そして最奥の部屋にはお前の名前が眠っている。だが忘れるな、お前は生まれた時から名前を持たなかったのではない。それを捨てたのはお前自身なのだ。でなければ、お前は自分の名前を見失うはずはないのだから」
(迷宮の扉がゆっくりと開くアニメーション表示)
「さあ、行くが良い。行って、確かめるがよい。お前が自らの名前を持つに値するのかどうか、それは迷宮が判断するであろう。中へ入れば、もう戻ることはできない。最奥の部屋へたどり着いて自らの名前を見つけ出すか、あるいは命を失うか、どちらかしかない」
(選択肢表示)
「1.迷宮に入る 2.迷宮に入らない」
(1を選択)
(画像表示。洞窟の風景イラスト。すぐ先に降りの階段が見える)
「少女が迷宮の扉をくぐると、背後で扉の締まる音がした。前に進むとすぐに降りの階段が現れ、少女は踏み外さないように慎重に降りていった。階段が終り、最初の迷宮が目の前に広がる」
「地下一階」(通常より大きいフォントで表示)
「ほのかにかび臭い湿った空気を少女は感じる。道の先に明かりが見える。そこは小さな部屋になっていて、その先はさらにふたつの道に分岐している。壁に石版がはめ込まれていて、深く文字が彫り込まれている」
(薄暗い小部屋の写真表示。小さな机の上にランタンが灯っている)
「石版にはこう書かれている。いつからか目に見えるものが現実とは限らなくなっていることに気づいていた。それを受け入れるとあらゆることが可能性という言葉で肯定されるようになった。わたしは死んでいるかもしれないし生きているかもしれない。聡明かもしれないし馬鹿かもしれない。右手は左手かもしれない。明日は昨日かもしれない。ここはここではないのかもしれない。全てが肯定されるから、否定さえも肯定された。それこそが迷宮の原理。でも迷宮を進もうとすれば、さまざまな可能性の中からひとつの答えを選択しなければならない。さてここで問題です。わたしはねこを殺したのでしょうか? 右の道は肯定。左の道は否定。可能性を摘み取りなさい」
(選択肢表示)
「1.右の道を進む(肯定) 2.左の道を進む(否定)」
(2を選択)
「細く長い道を少女はおそるおそる歩いた。闇の度合いとかびの臭いは少しずつ強くなった。時折染み出した地下水が小さな水たまりを足許に作っていた。やがて少女は行き止まりに突き当たった。これ以上先に進めないのかと思いつつ壁に触れると、それは扉だった。ぼんやりとした光が隙間から漏れた。中は先程と似た小部屋で、机と椅子があり若い男が腰掛けている。男はようこそと少女に言った」
(写真表示。大学生風の若い男のポートレート。知らない顔)
「男が椅子をすすめるので、少女は彼と向かい合って座った。男は机の上に置かれていた箱から煙草を一本抜き取ると、ライターを使って火を点けた。顔をしかめながらひとしきり煙を味わうと、火は消さず灰皿の上に載せた。均質な太さの細長い煙が静かに真上に立ち上る。男は机の上で両手を組み合わせて少女を見つめた。UFOについて話をしよう、と男は言った。君はUFOを見たんだろう?」
(選択肢表示)
「1.見た 2.見ていない」
(1を選択)
「男は満足そうにうなずいた。そう、その通り、君はUFOを見たんだ。夜空を飛行する不可解な光。飛行機じゃない、ヘリコプターじゃない、星でもない。君は俺の話を知っていた、だからあいつらが何をしでかすつもりなのか、よく分かっていた。あいつらがどんなに危険か、よく分かっていた。だから君は恐怖した。君にとってそれは真実だった。俺はあいつらに何もかもを奪われた。そのことを君は、理解していた」
(写真表示。やや見上げる角度に送電線と薄暗くなり始めた空。そして楕円形の形をしたオレンジ色の光がふたつ、上空を飛んでいる様子が写されている)
「男は燃えさしている煙草を指でつまむと、結局口には付けず灰皿に押し付けて火を消した。そしてまた顔の前で手を組んで、少女に訊ねた。君がUFOを見たのは、八月の終りだった。具体的には、何日のことだっけ?」
(数値入力指示。半角数字指定)
(26と入力)
「UFOの下部に小さなオレンジ色の光の球が生じた。それは少しずつ大きくなり、光を強めた。そしてそれが十分な大きさになったとき、線香花火の球が重みに耐え切れず落下するように、オレンジ色の光の球はUFOから離れ、ひどくゆっくりと落ちていった。そして高層ビルの林立する市街地の地表まで後わずかという瞬間に、それは楕円形の拡がりをもって凄まじい強さの光を放出した。そして、巨大な爆発が起こった」
(焼けただれたふたつの死体が折り重なっている画像が大きく表示。爆撃で死んだ人間を思わせる写真)
「ゲームオーバー」
(ニューゲーム)
(全ての選択肢は以前と同じ。表示される文字や画像は直前の部分まで省略する)
「男は燃えさしている煙草を指でつまむと、結局口には付けず灰皿に押し付けて火を消した。そしてまた顔の前で手を組んで、少女に訊ねた。君がUFOを見たのは、八月の終りだった。具体的には、何日のことだっけ?」
(数値入力指示。半角数字指定)
(25と入力)
「そう、八月二十五日、君は自宅に帰る途中夜空を飛行する正体不明の光を見た。東の方角へ、UFOは飛んでいった。君は以前に、ねこキラーを見ていた。腰まで伸びた黒い髪の、美しい女性。それは幻覚かもしれなかった。でもねこは確かに殺されていた。君は殺していないのに、君がねこを殺したと噂された。だからこそ君は、あのUFOもどこかの地方都市を爆撃するんじゃないかと、不安で不安で仕方がなかった。どのような形であれ、多くの人が犠牲になるような惨事が起こるんじゃないかと、君は震えていた。君はUFOを識別したいと思った。あのUFOは違う、街を爆撃したりしないUFOだと、確信を持ちたかった。もちろんそれは馬鹿げている。アンアイデンティファイド、つまり未確認であることがUFOの定義なんだから」
(イラスト表示。扉の絵)
「男は立ち上がると扉を開いた。さあ、早く奥へ進みなよ。自分の名前を持たなければ、君自身がアンアイデンティファイドになってしまう。可能性の中に消滅してしまう。俺と妹のようにね。手遅れになる前に、早く進むといい」
(画像表示。洞窟の風景イラスト。すぐ先に降りの階段が見える。以前使用されたものと同じ)
「少女が扉をくぐると、背後で扉の締まる音がした。前に進むとすぐに降りの階段が現れ、少女は踏み外さないように慎重に降りていった。階段が終り、二番目の迷宮が目の前に広がる」
「地下二階」(通常より大きいフォントで表示)
「階段を降りた先は半円形の部屋になっていた。そして複数の道が先に続いていた。それぞれの道の入り口には、壁に数字が刻まれている。少女が足許に目を向けると、床には文字が彫り込まれていた」
(床に彫られた古い象形文字の写真表示。おそらく壁画の写真を九十度回転させて床のように見せていると思われる)
「少女は文字を読んだ。違うことが怖いことと思うようになってから、わたしは自分を隠すようになった。褒められることに怯えるようになった。笑わなくなった代わりに笑顔が多くなった。怒らなくなった代わりに謝ることが多くなった。そうして装えば装うほど、本当に親しくしたい人たちとの距離が開いて、そして大人たちはわたしを褒めた。わたしについて影で悪口を言うのは、決まってわたしが本当に仲良くなりたいと思っていた子たちだった。違うこと。わたしとみんなと何が違うというのだろう? さてここで問題です。わたしの本当の友達は、一体何人いたのでしょうか? それぞれの道の入り口にある数字、それがわたしの本当の友達の数。真実を規定しなさい」
(数値入力指示。半角数字指定)
(6と入力)
「少女は6と刻まれた道を進んだ。その道は石畳で舗装されていて歩きやすかった。ところどころに燭台が灯されていて明るさも十分だった。6個の燭台を通り過ぎた後、小さな部屋に辿り着いた。そこにはダークスーツに紺のネクタイを締めた若い男が呆然としたように立ち尽くしていた」
(背広を着た若い男の写真表示。画像はモノクロ)
「男の着ている服はぐしょぐしょに濡れていて、右手にはレジ袋が提げられている。男は少女をちらりと見つめると、乾いたため息をついた。自嘲気味に笑いながら首を振って、どこに行っちゃったんだろうなあ、とあてもなくつぶやいた。中身の入ったレジ袋を机に置いて、前髪をいじりながら少女に話しかけた。何かが間違っているという思いを君も抱えて生きているんだろう。気づけば何かが微妙に違う。でもそれに思い当たっても今度は何が正しいことなのかが分からなくなっている。そうして、息苦しくなるんだ。でも同じだよ、多かれ少なかれみんなそういうふうにして生きている。みんなそんなことはすぐ忘れて、ただちょっと息苦しいのが残るだけ。だから息抜きをする。テレビを見たり漫画を読んだり旅行に行ったり。ビデオゲームに熱中する人もいるし、お酒を飲んで気分をほぐす人もいる。君がオンラインの小説を読み漁ったのも、そういう文脈においてなんだろう。そして君はノベルワークを見つけた。そこは誰もが気軽に自作の小説を投稿できて、そしてそれを読んだ人は自由に感想を書くことができるシステムだった。五つ星満点で作品に点数も付けられる。君はずいぶんたくさんの感想を書いた。そしてそれにともなって、ずいぶんたくさんの作品に点数を付けた。さて、当然五つ星が最高評価ではあるんだけど、君が最も多くの作品に付けた星の数は、いったいいくつだったと思う?」
(数値入力指示。半角数字指定)
(2と入力)
「その通り、君が一番多く付けたのは二つ星評価だった。ちなみにその次は一つ星評価、これは最低評価だ。数字の上でも明らかに、君は辛口の評価に傾いていた。君は作品の欠陥を見つけるのが好きだった。それが致命的であればあるほど、探し出した時の君の心は躍った。君の書く感想は論理的で分かりやすく、そして攻撃的で相手を怯ませる性質のものだった。だから君に辛口の感想を書かれた投稿者は、大抵卑屈なお礼の返事を寄こすだけだった。文字の上では君の指摘に感じ入っているように書きながら、でも結局のところ君に言われたことなんて無視するだけだった。要するに君は場の空気を乱す悪役だったし、それは君自身そういう風に演じてもいた。君は自分の感想の正しさを自分自身で信じていた。だからそれで平気だった。君にとってノベルワークに投稿されている作品はどれも取るに足らない稚拙なものだった。真剣に取り合う価値のないものだった。だからこそ君は、ある日キレイに返り討ちにあったときにとてもとてもうろたえることになった」
(イラスト表示。扉の絵)
「男は立ち上がると扉を開いた。僕のことをボロクソにこき下ろしたことは気にしなくていいよ、と男は苦笑しながら言った。君の言ったとおり僕は惨めさ以外のなにものも表現してはいないんだろう。でも誰にだって惨めさはある、君にだって。死にもの狂いで自分の名前を探す君は十分に惨めだ。でも惨めさを隠そうとしていた以前の君よりは、ずっといい」
(画像表示。洞窟の風景イラスト。すぐ先に降りの階段が見える。以前使用されたものと同じ)
「少女が扉をくぐると、背後で扉の締まる音がした。前に進むとすぐに降りの階段が現れ、少女は踏み外さないように慎重に降りていった。階段が終り、三番目の迷宮が目の前に広がる」
「地下三階」(通常より大きいフォントで表示)
「細い道が長く続いている。天井は高く、ところどころに街路灯を模したような電灯が取り付けられていて、粘性を持つ闇に待避所のような明かりを転々と点していた。地面はコンクリートで舗装されたように均質な固さをキープしていた。しばらくして丁字路が見え、突き当たりの壁には白く光る四角いものがかけてあった。それはディスプレイ・モニターで、白い背景に文字が書かれていた」
(電子掲示板の写真表示。おそらくどこかの大学のものと思われるが、書かれている内容まではうかがえない)
「少女は近づいて文字を読んだ。好かれるということがどういうことなのかよく分からなくなっていた。もっと小さいころはそれを当たり前のように感じていたような気がするのに、いつからかそれが全て演技にしか見えなくなっていた。そうしたら案の定、ある日突然手のひらを返された。下地はとっくに出来上がっていたんだと知って、もう誰も信用できなくなった。何がいけなかったんだろう? どこで道を間違えてしまったんだろう? 名前、名前。わたしには本当の友達が6人いた。でも誰もわたしを助けてはくれなかった。さてここで問題です。助けてくれなかったのはわたしが悪い? それとも友達が悪い? 前者なら左の道、後者なら右の道。時間だけがそれを知っている」
(選択肢表示)
「1.左の道を進む(自分が悪い) 2.右の道を進む(友達が悪い)」
(2を選択)
「右の道を進むと緑色の醜悪な怪物が目の前に現れた。怪物はドブ川のように臭い息を吐きながら少女を犯して殺した」
(画像表示。緑色の人型のモンスターが少女を強姦するイラスト)
「ゲームオーバー」
(ニューゲーム)
(全ての選択肢は以前と同じ。表示される文字や画像は直前の部分まで省略する)
「少女は近づいて文字を読んだ。好かれるということがどういうことなのかよく分からなくなっていた。もっと小さいころはそれを当たり前のように感じていたような気がするのに、いつからかそれが全て演技にしか見えなくなっていた。そうしたら案の定、ある日突然手のひらを返された。下地はとっくに出来上がっていたんだと知って、もう誰も信用できなくなった。何がいけなかったんだろう? どこで道を間違えてしまったんだろう? 名前、名前。わたしには本当の友達が6人いた。でも誰もわたしを助けてはくれなかった。さてここで問題です。助けてくれなかったのはわたしが悪い? それとも友達が悪い? 前者なら左の道、後者なら右の道。時間だけがそれを知っている」
(選択肢表示)
「1.左の道を進む(自分が悪い) 2.右の道を進む(友達が悪い)」
(1を選択)
「右の道を進むと紫色の醜悪な怪物が目の前に現れた。怪物はドブ川のように臭い息を吐きながら少女を犯して殺した」
(画像表示。紫色の人型のモンスターが少女を強姦するイラスト)
「ゲームオーバー」
(ニューゲーム)
(地下二階に降りるまでの選択肢は全て同じ。地下二階までの文字や画像は省略する)
「地下二階」(通常より大きいフォントで表示)
「階段を降りた先は半円形の部屋になっていた。そして複数の道が先に続いていた。それぞれの道の入り口には、壁に数字が刻まれている。少女が足許に目を向けると、床には文字が彫り込まれていた」
(床に彫られた古い象形文字の写真表示。おそらく壁画の写真を九十度回転させて床のように見せていると思われる)
「少女は文字を読んだ。違うことが怖いことと思うようになってから、わたしは自分を隠すようになった。褒められることに怯えるようになった。笑わなくなった代わりに笑顔が多くなった。怒らなくなった代わりに謝ることが多くなった。そうして装えば装うほど、本当に親しくしたい人たちとの距離が開いて、そして大人たちはわたしを褒めた。わたしについて影で悪口を言うのは、決まってわたしが本当に仲良くなりたいと思っていた子たちだった。違うこと。わたしとみんなと何が違うというのだろう? さてここで問題です。わたしの本当の友達は、一体何人いたのでしょうか? それぞれの道の入り口にある数字、それがわたしの本当の友達の数。真実を規定しなさい」
(数値入力指示。半角数字指定)
(0と入力)
「少女は0と刻まれた道を進んだ。その道はひとつの灯りもない暗闇で、足許は常にぬかるんでいた。目の前に何があるのかさえ分からなかった。少女は手探りしつつ、少しずつ前に進んだ。すると前方から、ふいにねこの鳴き声が聞こえた。目を凝らすと、道の先にオリーブ色のふたつの瞳が浮かんでいた」
(黒白ねこの写真表示。暗闇の中で撮られたものらしく、瞳と口許の白い体毛の部分だけが闇に浮き上がって見える)
「闇の中でねこは前脚を舐めているようだった。少女が近づくとその動きをやめ、非難がましい目つきで少女を見上げた。君は友達がいなかった。少なくともあの事件の後は、君はもう誰も信じることができなくなっていた。だから君は僕みたいなねこに話しかけるしかなかった。僕は毛づくろいをしながらにしても辛抱強く聞いていただろう? 君は僕に触りたがろうとした。でも僕はしっぽを立てて威嚇した。ねこだからね。訳の分からない人間に簡単に触らせるわけにはいかないんだ。でも君は僕に負けじと辛抱強く、少しずつ少しずつ距離を詰めたね。時には缶詰で懐柔したりしてさ。僕の君に対する警戒サークルは徐々に小さくなって、ついに君は、ある時僕の胴を両手で捕まえた。滅茶苦茶に抵抗すると思った? 僕は逆に、喉を鳴らしながらしゃがみこんでる君の体に自分の体をすり寄せたよね。かえって君の方がドギマギする有様だった。それからの僕は、たまに威嚇の鳴き声を出すこともあったけど、概ね君になついている態度を示すようになった。君の姿を見かければ鳴き声を上げて近づいていったし、嬉しいときは君の顔に鼻先を押し付けるようにもなった。友達になったんだ。でもいざ友達になってみると、君は不安を覚えた。僕がねこキラーの餌食になるんじゃないかと。そしてそれは現実になった。君はまたひとりぼっちになった」
(お腹を切り裂かれて死んだ黒白ねこの写真表示。以前女の子が携帯電話で見せてくれた画像と、おそらく同一)
「でも君は本当にひとりぼっちなんだろうか? そう決めつけてしまうのは、あまりに身勝手じゃないだろうか? 困ったときに助けてくれなければ、本当の友達じゃない? 君のことを100パーセント理解していなければ、本当の友達じゃない? そんなことは不可能だと君だって分かってる。相手を理解したと思えるときはそう誤解している時だけだ。それこそ偽物の友達だ。君の本当の友達は、君のことを全然理解できていないことを知っていて、だからこそ君のことをもっと理解したいと思う、そういう人たちだ。君の周りにそういう人間が、例えば十人以上いたとは思わない。でも全然いなかったなんてことは絶対にない。思い出してご覧。その子たちは確かに君が困っているときにすぐに最前線に身を乗り出して君を庇ってくれるほどには強くなかったかもしれない。でもそれは、その子たちが悪いわけじゃないしもちろん君が悪いわけでもない。もう誰かが悪いなんて考えるのはやめよう。僕は結局君の友達にはなれなかった。こうしてお腹を切り裂かれて死んでしまった。僕のことを唯一の友達だなんて考えるのはやめて、前に進もう。そうしなければ君はねこキラーに取り込まれる」
(小型のカッターナイフの写真表示)
「少女はカッターナイフを手に入れた」
「道はそれで行き止まりだった。もうそれ以上は進めない。少女は来た道を引き返した。もう一度、半円型のフロアへ戻る。たくさんの道が分岐している。掲げられている数字を、少女は選ぶ」
(数値入力指示。半角数字指定)
(7と入力)
(以下、展開は全て先ほどと同じ。ただ6という数字が7に置き換えられているだけで、表示される文字も画像も同一のもの。同じ選択肢を選び、再び地下三階の丁字路での選択肢までたどり着く)
(選択肢表示)
「1.左の道を進む(自分が悪い) 2.右の道を進む(友達が悪い)」
(操作を放棄してしばらく待機。三十秒ほど経過しても何も変化なし。そこでキーボード操作で選択肢のカーソルを繰り返し往復させてみると、十回ほど経過したところで文字が表示される)
「ディスプレイ・モニターに新たな文字が現れる。人は人を簡単には助けられない、ということをわたしは学んだ。ひとりでやっていくしかない。そう思い始めたとき、新しい道が現れた」
(写真表示。青に点灯している車両用の信号機を夜の闇の中で撮ったもの)
「光を放っていたディスプレイ・モニターが消灯し、目の前の壁が振動しつつ左右にスライドした。まっすぐに進む、新たな道が現れた。少女はその道を進んだ。ところどころに信号機があって、それら全ては青色に光っていた。地面はその光を反映していた。やがて道の先に小さな部屋が現れた。部屋の中は過剰に取り付けられた蛍光灯の光で眩いほどに明るかった。テーブルとソファー式の椅子があり、少年が腰かけて雑炊のようなものを食べていた。少女の姿に気づくと、笑いながら向かい側の席を勧めた」
(写真表示。小学校高学年くらいの男の子がファミリーレストランで食事をしている)
「君も何か食べる? と少年は言った。少女は断った。少年はスプーンで雑炊を掬いながら、笑顔を崩さずしゃべった。君も夜の散歩支持派だったから、僕の話に興味を示してくれた。深夜の幹線道路や孤独な信号機の雰囲気が、君はとても好きだった。だからこそ君は、最初のファミレスのシーンは不要だと主張した。深夜の神秘的な静けさの中でツバメに出会うほうが、物語としてふさわしいと思った。だから手厳しくそのようにコメントを寄せたんだけれど、君は思いがけず反撃を食らうことになる。ラストシーンで僕が口にする暗号の電光掲示板という言葉がこのお話のひとつの核になっているんだけれど、それを構成する光のひとつとして、物語にはファミリーレストランの描写が必要性を帯びてくる、キシは君のコメントに対してそう反論した。ノベルワークで行われる君とキシとの戦いの開幕だね。君は大きく感情を揺さぶられる。それは君がキシの言葉に少なからずそのとおりだと納得させられてしまったからだ。負けず嫌いな君はキシの他の作品を手当たりしだいに読んで、そしてそれぞれにコメントを書いた。慎重に、攻撃的に。そしてキシもそれらのひとつひとつに丁寧な反撃を試みた。キシもあれで負けず嫌いな性格なんだね。キシの反論にさらに君がコメントを書くということもたびたびあった。その延長として、ノベルワークに併設されたチャットルームで君とキシは長々と論議を戦わせるようになった。時間制限のあるそのチャットルームが手狭になると、今度はお互いのメールアドレスを交換して、メッセンジャーでのチャットを利用するようにもなった。そして今ではキシの家に遊びに行くようにさえなった」
(写真表示。僕の住むアパートの写真)
「全ての始まりはクリスタル・パレスだった。それが僕たち幻想の出発点だった。君は今でもあの言葉に捕らわれている。暗号の電光掲示板。それを読み解こうと君は戦っている。どうしたら読み取れるんだろう? ツバメは最後にひと言つぶやいた、誰が書いているんだろう、と。それも分からない。でも君には暗号の電光掲示板という概念がとても重要だった。リアルだった。君がキシの作品を読み続けたのは、初めは負けず嫌いな性格がそうさせただけかもしれない。でも途中から、それだけじゃなくなった。君は明らかにキシの他の作品の中に、暗号のコードを探すようになった。それがどこかに見つかるかもしれないと君は思った。それはときどき、本当に見つかりそうに思えた。その手触りや重さを感じることもあった。形が見えそうなときもあった。そして君はねこキラーに出会った。これこそがコードだったのかもしれないと君は思った」
「暗号を入力してください」
(文字入力指示)
(「ツバメ」と入力)
「暗号が違います」
(写真表示。セーラー服を着た少女がアスファルトの地面にうつ伏せで倒れている。頭部からはおびただしい量の血が流れている。飛び降り自殺を図ったように見えるが、フェイクか本物かは分からない)
「ゲームオーバー」
次回更新は8/2(火)を予定




