21 「埋めてあげないと雪ゲーム機になる」
朝食を終え、ユサのひとり語りが再生を終えてから食器を下げて簡単に洗った。その後でベッドの上に投げ捨てた携帯電話を拾って、保存された留守番電話の音声を再生させる。まず最初にあたしだけどと年齢の割にハスキーな女の子の声が聞こえた。それから、あまり聞き慣れない躊躇いがちな口調の声が続く。これ、キシの携帯で合ってるよね? まだ寝てるの? もし、起きて、これを聞いたら、返事が欲しいんだけど。とりあえず、これから、ゲーム機を買いに行こうと思ってる。昨日、壊しちゃったやつを。その他にも、あたしが、壊しちゃったものがあれば、それを聞きたい。買い直すから。お昼前に、キシのところに行く予定だけど、都合が悪ければ教えて。連絡待ってます。電話を通して聴く女の子の声はこれが初めてだったと思うけれど、いつも顔を見合わせて話す時と違う、言葉がつかえながら焦れたように話すその生硬な喋り方は、アルコールの影響をにじませながら喋るユサの声ときれいなシンメトリーをえがくようにして僕に印象を与えた。ともかく、別にゲーム機を買い直してくれる必要はないと女の子に伝えるため、僕は着信履歴にあるその番号にコールをした。でもそれは、繋がらなかった。何度かかけ直してみたけれど、それはその度に留守番電話に繋がってメッセージを残すように求められるだけだった。お昼前に来ても構わないけど、と僕は諦めてその留守番電話の指示に従う。でも、ゲーム機を買い直す必要はないよ。別に壊れてなんかいない。早めにこっちに来てお昼ご飯の手伝いをしてくれる方がありがたい。通話終了のボタンを押して、ふと疑問に思う。女の子はどうやって僕の携帯電話の番号を知ったのだろう? 教えたことはあっただろうか?
女の子が来る前に、部屋の片付けをした。まだ収集の日ではない燃えないゴミの袋は押入れの奥にしまいこんで隠した。壁にできた傷や汚れはコート掛けを移動させたりカレンダーの位置を変えて誤魔化した。簡単に掃き掃除をし、お昼に何を作ろうかと冷蔵庫の中を覗いた。昨日買い込んだ野菜がいろいろ入っているけれど、特定のレシピをすぐに思いつくことはなかった。パスタでも作ればいいだろう、と軽く考えて、僕はすぐに冷蔵庫の扉をしめた。
十一時ごろ女の子は部屋にやって来た。僕が留守番電話に送ったメッセージも虚しく、女の子は新品のゲーム機の箱を右手に提げていた。留守番電話を聞かなかった? 僕が訊ねると、表情に不機嫌さの影をにじませてそれを無視しつつ逆に僕へ質問をした。パソコンの方に昨日メールを送ったんだけど、見なかった? 昨日はメッセにもサインインしなかったよね。ノートパソコンがネットに繋がらなくなったとは言えず、昨日は友だちと飲みに出かけていたから、と口実を見つけてそれを躱す。女の子は疑わしげにじろりと僕を見つめ、それから右手を前に突き出す格好で僕にゲーム機の箱を差し出した。壊れてないから返品してこればいい、と咄嗟に嘘をついた。女の子は挑みかかるような目付きで僕を見つめ、じゃあ、ゲームしようと冷たさを感じさせる声でつぶやいてから、箱を手にしたまま僕の隣を通り抜けてリビングに入った。テレビの前で探す素振りをしながら、ゲーム機はどこ? とひどく技巧的な声で繰り返し訊ねる。どこに行ったの? これ以上言い訳を見つけることもできず、僕は諦めて押入れの中の紙袋に入ったゲーム機を取り出して女の子に見せた。それは外見上は特に破損しているようには見えない。女の子はなぜか不安そうな声で、ちゃんと動くの? と僕に訊ねた。僕は首を振って、映像出力が不能になっていることと、ゲームディスクのイジェクト機能が失われていることを伝えた。
それじゃ、と女の子はさらに不安さを増して、その分実直そうに聴こえる声でつぶやいた。昨日のゲームのディスクは取り出せないの? このままだと女の子はそのゲームソフトまで新調しに行きかねないと思い、僕はこだわりなく装った声で言った。どうせちゃんと動かないんだから、機械を壊して取り出せばいいよ。それを聞くと女の子は一瞬だけ僕を非難するような目付きで見たけれど、すぐに視線を落として壊れたゲーム機を見つめ、ぼんやりと、方向性を欠いた声でつぶやいた。でも、本当に壊れてるの? そしてそのゲーム機を手に取るとテレビの前まで持っていき、実際に配線を繋いで電源をつけた。起動こそするものの、やはり出力された画面は真っ暗で何も映さず音はくぐもっている。女の子は配線の具合をいろいろと試しているようだったけれど、それは結局何の代わり映えも与えなかった。テレビの前にアヒル座りで画面を見つめる女の子は小さく首を横に振って、確かにダメになってる、とつぶやいた。
壊して取り出すしかないね、と僕は言った。引き出しの中から眠っていた工具の箱を引っ張り出してくる。初めはプラスドライバーでひとつひとつネジを外して丁寧に分解していこうと目論んだけれど、残念ながらネジの規格が違いそれはうまくいかなかった。実力行使するしかないか。僕の言葉に反応して、女の子はまた非難がましい目で僕を見たけれど、それについて特に賛成も反対もしなかった。僕は金づちとノミのような工具を選んだ。ディスクドライブを傷つけないように、まずは外側のカバーを合わせ目のところからこじ開けようと考えた。ノミのような工具の先端を溝の部分にあてがい、金づちで衝撃を与えようと構えると、ふいに焦れたような声で女の子が訊ねた。それ、長くかかりそう? 僕は腕を下ろして、時計を見つめる。どうだろう、やってみなくちゃ分からないけれど。女の子は立ち上がってキッチンへ向かいながら口を開いた。じゃあ、先にお昼ご飯にしよう。手伝うよ、何すればいいの? そのやや性急な態度に込められた信号を読み取って、僕は工具を箱に戻し立ち上がると女の子の後に従った。
生クリームを使わないカルボナーラをふたりで作った。女の子が積極的に手伝いたがったから、僕は指示をするだけでほとんどを任せた。ただ、最後のパスタと卵のソースを絡めるところだけ、熱のいれ方が難しいので僕が担当した。女の子はその様子をじっと見つめていた。最後に黒コショウをまぶしてから皿に盛り付けてリビングまで運び、ふたりで食べた。悪くないできだった。僕も女の子も無言で皿に向かい、黙々と口に運んだ。テレビの前に放り出されたままの壊れたゲーム機を、ときどき横目で見つめながら。食後にコーヒーをいれ、熱いマグカップを両手で弄びつつ、僕は女の子に判断を仰いでみた。それで、どうしよう、今からゲーム機を壊してディスクを取り出す?
そうしよう。あっさりと返ったその答えに、僕は意表を突かれて咄嗟に言葉が出なかった。てっきり、このままなし崩し的に放って置かれることになると思っていた。でも女の子は、はっきりと意志を感じさせる固定された視線でゲーム機を見つめ、そしてしっかりとした声でつぶやいた。ちゃんと壊して、ディスクを取り出そう。
それに従うしかない状況だったから、僕は気乗りしないながらもマグカップを持って席を立ち、再びゲーム機のそばに腰を下ろした。ゲーム機をいろいろな角度から点検して、それから先ほどのノミと金づちを手に取る。女の子は離れた位置からその様子をじっと眺めている。何か後ろめたさのようなものを感じながらも、僕は作業に取り掛かる。先ほどのように機械外殻のつなぎ目にノミをあて、まず金づちで一撃を加える。それは思ったよりも頑丈で、多少隙間はできたもののこじ開けるまでにはいたらなかった。ディスクドライブに影響がないよう注意を払って角度を見極め、先程よりも力を入れて金づちを振り下ろす。大きい音を立てて機械はわずかに歪み、つなぎ目の隙間も少しだけ大きくなった。それでもまだ、ゲーム機はその原型を留めている。金づちを何度も打ち下ろして、少しずつ繋ぎ目を壊していく、鈍く大きい音がそのたび部屋に響く。僕は「アイスパレスの王女さま」のラストシーンでねこの目の女の子がダッシュボードを繰り返し蹴りつけるシーンを思い出した。いつまでも続く、不毛にも思われるささやかな破壊の音。それでも確実に、ゲーム機の外殻は歪みを増していく。しばらくして、十分な大きさに開いた繋ぎ目に、僕は指を入れて力任せに手でこじ開けた。機械内部のケーブルに繋がれた基盤とともに、金属片で覆われたディスクドライブが姿を現した。さらに力を加えると、外殻の片側が蓋のように外れて機械内部が剥き出しになった。
まとわりつくケーブルを、僕は躊躇わずハサミで切り離した。機械からディスクドライブを引きはがして、その金属の鎧も取り去ろうと試みる。幸いそれはプラスドライバーで緩めることのできる規格のネジで固定されていたから、僕は工具の箱の中の一番細身のドライバーを取り出して時間をかけながらも丁寧にひとつひとつのネジを抜いていった。取り外したネジを床に散らかしたままにしていると、女の子はそれに気づいて拾い上げ始めた。不思議に思って理由を訊ねると、なくさないように、と面倒臭そうに答えた。どうせ捨てるんだからなくしても構わないのに。何気なくつぶやくと、女の子は嫌悪感に表情を明確に固くした。そして、それきり何も言わなくなってしまった。僕はネジを外すと、その都度女の子に手渡すようにした。女の子は小さな手のひらでひとつひとつ大切そうに受け取った。ネジを全て外し終え、ディスクドライブから金属片の装甲をはぎ取ろうと取り組んでいると、謎かけのようにぽつりと女の子が言葉を放り投げた。お葬式を。
お葬式? 僕は振り向いてその言葉を繰り返した。
お葬式。女の子はうなずきながらもう一度繰り返した。手のひらのネジを見つめながら、この子達の、と付け加えた。
ゲーム機のこと? ようやく金属片を外し終えて、剥き出しになったディスクドライブの構造を確かめながら、僕は訊ねた。そう、とだけ女の子は答えた。新たなネジを外しながら、僕はそれについて考えてみた。ゲーム機のお葬式? 取り外したネジを、掬った形の手のひらを差し出して女の子は受け取ろうとした。手のひらのネジの堆積の上に、僕はつまんだネジを落とす。写真を撮ってあげよう。ネジとネジのぶつかる涼しい音の後で、女の子は秘密をささやくように言った。それから、土に埋めてあげよう、ねこみたいに。
今までそうやって、ねこを埋めてきたの? 作業の手を止めて、僕は女の子の顔を見ながら訊いた。女の子はうつむき加減に僕を見ないで言った。そう。写真を撮って、それから近くに埋めた。偉いね、と無感覚に言いかけて僕は口をつぐんだ。そしてその代わりに、ゲーム機は土に還らないから怒られそうだけど、と軽い冗談のつもりで言った。女の子は腹を立てたようだった。再び表情を硬化させて、じっと手のひらのネジに視線を落とし何も言わなかった。僕はディスクドライブの最後のネジを抜き取って、そっと女の子の手のひらに落とした。蓋を外して、中に収まっていたディスクを取り出す。そしてそれを、女の子に示す。出てきたよ。眩しいものでも見つめるように眉をしかめてそれを見るので、光を反射させてしまっているのかと僕は疑った。女の子はネジに視線を戻して、小さな袋はないかと訊ねた。ジップロックの小さなサイズの袋を渡すと、手のひらのネジを、こぼさないようにその中へ入れた。お供え物みたいに、その袋をゲーム機の前に置いた。
女の子は立ち上がり、いつものピンク色のリュックの中から携帯電話を取り出して戻ってきた。そしてそれを目の前に構えて、カメラの画面越しにゲーム機を見つめているようだった。僕も工具をしまいながら、壊したばかりのゲーム機の残骸を眺める。複雑な構造があらわになったディスクドライブや基盤よりも、それらの内蔵を吐き出した空っぽの外殻の方に僕は何故か感情移入するふうだった。それは何か大事な役目を果たしたものの尊厳すら感じさせた。工具をしまい終えたとき、シャッター音が聴こえた。女の子は難しい顔で携帯電話の画面を見つめていた。改めて構え直して、女の子はその後も数枚の写真を撮った。
それで、どうしよう? 携帯電話を折りたたんでリュックの中に戻した女の子に、僕は訊ねた。どこに埋めたらいいんだろう? その言葉に、女の子は意外そうに少しだけ目を大きくして僕を見つめた。それから視線を外すと、考え込むようにしばらくの間うつむいた。僕は持ち運びができるようにゲーム機の残骸を再びカルディの紙袋の中に収めていった。最後にネジの入った袋をしまったとき、女の子は小さく首を振りながらかすれた小声で言った。どこに埋めたらいいんだろう?
僕に訊かれても、と言いたい気持ちを押し切って、僕は女の子に訊ねた。ねこはともかく、どうしてゲーム機のお葬式なんかが必要なの? ゲーム機はねこと違って生き物じゃない。埋めてあげる必要はないんじゃないかな?
ねこキラーは殺したねこを土に埋めたりはしなかった、と女の子がふいに文章を朗読するような平板な口調でしゃべり始めた。僕は驚きつつそれを聞いた。だから、殺されたねこたちは雪ねこになって、いつまでもねこキラーのまわりをさまようことになった。誰かが殺されたねこを埋めてあげなくちゃいけない。そうしないと、世界は雪ねこで溢れてしまう。それは良くないこと。誰かがそれを止めなくちゃならない。
それじゃ壊されたゲーム機は。少しだけ苛立って、言葉に嘲弄の毒を滲ませながら僕は言った。埋めてあげないと雪ゲーム機になるってこと? 女の子は静かに僕を見つめた。肯定も否定もなく、感情もなく透き通った目で僕を見つめるだけだった。僕は居心地悪く感情をかき乱された、それを誤魔化すため、僕は立ち上がってカルディの袋を手に取ると押入れの中に戻した。不思議そうにその様子を見つめる女の子に、埋める場所を思いつくまではとりあえずここに置いておこう、と僕は留保して言った。女の子は小さくうなずいた後で、聞き慣れた言葉をつぶやいた。ゲームをしよう。箱の中から真新しいゲーム機を取り出すと、元あった配線を再利用してテレビに繋いだ。取り出したばかりのゲームディスクを、その中に挿入する。女の子が無言で差し出すコントローラーを、僕は受け取った。そして、ゲームを始めた。僕らは示し合わせたように昨日と同じ車種を選び、昨日と同じコースを選んだ。シグナルが点灯し、レースが開始される。女の子は昨日と変わらず、というよりもむしろ昨日よりもさらに巧みな操作を見せた。あっという間に一位に躍り出て、そしてそのアドヴァンテージをどんどん伸ばしていった。僕はへまばかりやらかした。沼に突っ込んだり、自分で仕掛けた罠に自分でかかったり。結局どんでん返しも何もなくごく当たり前のように女の子は一位でゴールをし、僕は五位でレースを終えた。コントローラーを両手に、横座りで座る女の子はじっとテレビを見つめて動かなかった。次のレースでは僕は善戦した。ときどき、女の子を躱して一位に浮上することもあった。でも女の子は、その度的確に補助アイテムを使用して僕を追い抜かした。このレースでは女の子が一位、僕が二位だった。調子を取り戻してきて、その次のレースでは僕が一位を奪い取り、女の子は三位だった。ポイントが僅差のまま最終レースに突入した。このレースで一位を取ったほうが総合優勝を勝ち取れる。僕は手を抜いて、女の子に勝ちを譲ろうかとも考えた。でもすぐにそんなことを忘れて、真剣にレースに向かっていた。一瞬たりとも気を抜けないデッドヒートの末、一位を獲得したのは僕だった。張り詰めていた緊張から解き放たれて安堵したけれど、すぐに僕は我に帰って女の子を横目で見た。
女の子はぐったりと肩を落として、画面を見つめながら疲れの感じられるハスキーな声でつぶやいた。まだキシには勝てないのか。そこに怒りのニュアンスはなく、ただ純粋に悔しがっている様子なのに僕はほっとすると同時に意外な気もした。運が良かっただけだよ。僕は気を取り直してそう伝えた。女の子は首を振って、それは違うと頑なに言った。結局あたしがまだまだだからキシに勝てなかったんだ、今日も、昨日だってそう。もっと練習しなくちゃダメだね。もうかなり、練習してきたつもりだったんだけど。
女の子は立ち上がると、今日はもう帰る、と方向性を持たない声で小さくつぶやいた。もっと練習しなくちゃ。そしてしっかりと僕を見据えて、次はキシに勝つから、と明確に発音するしゃべりかたで言った。いつになく意志を感じさせるその話し方は、やはりいつもの女の子に似合わない態度だったけれど、それはそれで好もしい変化のように僕には思えた。いいよ、いつでも勝負しよう。僕は笑いながらそう答えた。女の子は帰っていった。僕は食器の洗い物をして、その後でノートパソコンを起動させ、もう何度も試しているようにインターネットへの接続を試みた。予想していたとおり、今度もそれは成功しなかった。女の子が昨日僕に送ったというメールが気になったので、大学のパソコンからそれを確認することを考えた。時計を見ると、午後三時少し過ぎ。僕は戸締まりを確認し、出かけることにした。
ところでゲーム機のコントローラーはもともとふたつあったけれど、女の子の買ってきた新品のゲーム機にも、ひとつ新しいコントローラーが付属されていた。コントローラーは、これでみっつになった。
次回更新は7/28(木)を予定




