tamesidori2009-09-03.wav
作成日時:2009年9月3日
更新日時:2009年9月3日
(以下録音内容を記述)
(三十秒ほど無音)
(機材か、重い椅子を動かすような音、その後マイクの間近で拾ったようなくぐもった咳払いと、あーあーというユサと思しき女性の声)
(二分ほど無音)
(軽く、とはいえない程度に酔った様子のユサの声で)わたくしユサトモコは、1988年6月12日、神奈川県横浜市のひなびた産婦人科医院でそこそこ元気な女の子として生を受けました。体重は、まあ細かい数字は憶えていませんけど、3000グラム前後。普通に生まれて、特に悪いところもなく、スーパーに並んでるパック詰めのお肉みたいに行儀良く保育器の中に収まっていました。きっと担当のお医者さんもわたくしのことなんかその日のうちに忘れてしまっていることでしょう。夜の六時ごろに生まれて、関西に出張していたわたくしの父親は、残念ながらその日のうちにわたくしの顔を見ることはできませんでした。
芋虫みたいに這いまわってたころのことなんて、憶えてません。ときどき胎児のころの記憶があるなんて言い出す子供がいるそうですが、そんなのは構って欲しいだけの子供の心理を利用した、大人の汚い話題集めに過ぎないと思います。つまりわたくしはもちろん胎児の頃の記憶なんてこれっぽっちもありませんし、幼稚園のころの記憶だってほぼ皆無です。たぶんわたくしの人生は小学校に上がったときから始まったのでしょう、どこの病院で生まれたとか、父親が生まれた日に来れなかったとか、そんなことはわたくしにはどうでもいいのです、正直なところ。
でもひとつだけ、おそらく小学生になる少し前だと思うんだけど、原風景というか、ここがある意味で自分の出発点と思う風景というか光景というか、ワンシーンがあるんです。わたくしは母親とふたりでいます。日曜日の午前中です。どうして日曜日だと分かるか? それはテレビ画面に、ビューティフルサンデーという文字がでかでかと表示されていたのを憶えているからです。おそらく番組のタイトルコールなんでしょうね。もちろんその意味なんてそのときのわたくしには分かりません。その言葉だけカタカナで憶えていて、中学生になって初めて英語に向かい合ったとき、ああそういえばあの言葉はそういう意味なのか、と理解することができたのです。わたくしにとって義務教育とはそういうものです、たまに地味なところで微妙に役に立つ知識を提供してくれるもの。まあともかく、それは美しい日曜日の午前中の出来事だったのです、ビューティフルサンデー。
絵を描いていました、わたくしとわたくしの母親は。その日の朝刊に付いてきた広告の、裏が無地のやつを抜き取って、それを紙にして、わたくしと母親はそれぞれに絵を描いておりました。母親が何の絵を描いていたのか? そんなことは憶えておりません。それがやたらにカラフルだったことを記憶しているだけです。一方わたくしは、つるつるの広告紙に黒のボールペン一本で絵を描いておりました。何の絵か? これは憶えています、道路の絵です。自転車と歩行者用の歩道がついていて、標識がにょきにょきと立っている風景です。歩道と車道の段差、それから道路標識のディテールに、かなり気合を入れたことを憶えています。母親にそのつもりがあったのかは分かりませんが、わたくし自身はこれは勝負のつもりでした。わたくしとわたくしの母親と、どっちがすごい絵を描くのか? 正直なところわたくしには自信がありました。これだけ素晴らしい歩道の段差と道路標識を描く人間はこの世にはいないだろうと確信しておりました。立体的な段差の表現の仕方など、ほとんど革命に近いものだと思いました。
これはもちろん後に分かったことなのですが、わたくしの母は美術大学を出ておりました。ですから、まあ、それなりに絵が描けて当然でした。詳しい絵の内容はこれっぽっちも憶えていませんが、母親の描いた絵は、そこそこにお上手な絵だったと思います。そして母親はさまざまな色を使っておりました。母親の絵を見て、そのことにわたくしは物凄いショックを受けました。黒一色のわたくしの絵と、恐ろしい数の色を使い分けた母親の絵。秘密兵器は、128本入りの書類入れみたいな色鉛筆セット。緑は緑だけで何種類もあって、赤は赤で何種類もある、それらが順番に並んでいて、凄く綺麗なグラデーションをえがいている。キレイな人を見るように、わたくしは恍惚とした気分に、少なくともそれに近い気分に浸っておりました。ちなみにわたくしの母親はなかなかの美人です、わたくしとは似ないで。そしてわたくしとわたくしの母親の絵も、そんな感じの対比だったのです。
それで、わたくしは、うっとりと色鉛筆の並びを見つめていたんですが、ところどころ歯抜けをしているんです、それはつまり、その抜けている部分の色鉛筆をわたくしの母親が使ったということで、横座りに床の上に座るわたくしの母親のまわりには、無造作にそれらの色鉛筆が転がっておりました。母親は、自分の絵を見落としがないか確認するようにじっと見つめた後、それほど満足はしていない様子で、ともかく自分の周りの色鉛筆をケースにしまい始めました、色の並びを全然無視して! 緑の隙間のところに赤を入れて、赤の隙間のところに灰色を入れる、そんな具合に綺麗なグラデーションには全然無頓着にただただ隙間を埋めるようにして色鉛筆を戻していくのです。こんなの、例えば美人が公衆の面前で平気な顔で鼻をほじってるようなものです。そんなことをしちゃダメなんです。わたくしは多分顔を真っ赤にして、おそらくは人生で初めて、自分に関わらないことについて憤りを感じました。それで、わたくしの母が色鉛筆のケースの蓋を閉じようとするので、わたくしはわたくしの手で元の秩序を回復しようと思い立ちました。赤は赤のグラデーションのために並び、緑は緑のグラデーションのために並ぶ、正しい状況のために。美しいものが美しくあるために。
色鉛筆のケースに手を伸ばすわたくしを、わたくしの母はとても面倒臭そうに遮って、こう言いました。バカ、イタズラしないの。
(沈黙、その後で何かをすするような音)
(二分ほど沈黙)
(少しだけ酔いの調子を覚ました様子で)小学生。わたくしはそのころニュートラルな人間関係というか、特定のグループに所属するというふうじゃなく、要するに割とどうでもいい人間として過ごすことを心がけていました。特に誰かと親しいわけでもなく、特に誰からも嫌われるわけじゃなく、そういうバランスをキープして。根暗キャラで通っていたわけじゃないと思うけど、少なくともわたくし個人が誰かたちの話題に上がるということは極めて極めて稀だった、それは女子グループの間でも男子グループの間でも、というところです。他人の話題に適当に合わせることは簡単にできたし、誰が誰を嫌っているかとかを的確に見極めることができたから、その流れを壊さないように動くことができました。そんなセイジ的なパワーバランスが果たして小学一年生のときからあったのか? もちろん正確なところは覚えてはいませんが、でもきっと、小学一年生には小学一年生なりのセイジ的パワーバランスが存在したのだと思います。それはみんなが成長するに従い、少しずつ磨かれて洗練されていくのでしょう。
人並みに友達はいました。わたくしとしては、それほど深く付き合っているつもりはありませんでしたが、まあお誕生日会に呼ばれるくらいには友達でした。でも正直なところ、お誕生日会なんて全然行きたくありませんでした。わたくし自身はそんなものは一度も開催しませんでした。そんなものに付き合うくらいなら、わたくしはひとりで家でゲームでもしてる方がずっと楽しかった。だから学校以外で遊ぶことは面倒でした。同級生たちのパワーバランスを把握することはできましたが、そんなことに神経を使うのがそもそも煩わしかった。その点、男子グループの構図はずっと単純で分かりやすかった。強い奴がいて、弱い奴がいる。そしてその中間にうようよしている。そこには駆け引きというものはほとんど存在しませんでした。何故ならパワーバランスにおいて彼らには隠し事が存在しないからです。それは分かりきったこと、前提として、彼らに浸透しているのです。わたくしにはそれが不思議で、まあくみしやすい点では歓迎なんですけど、ときどきこいつらは馬鹿なんじゃないかと思うこともあったのです。何故クーデターが起こらないんだろう? と。全部ひっくり返してしまえよ、なんて。
クーデターはともかく、わたくしは段々と男子と遊ぶ機会が増えていきました。と言っても、もちろん女子と遊ぶことの方がずっと多かったですけど。パワーバランスの煩わしさを感じず、ただ単純に遊んでいればいいだけなので男子とつるんでるほうがずっと楽だと気づいたのです。もちろん、それによってわたくしに対する向かい風が吹かないように、注意を払う必要もありましたけれど。でもそういうことを気にしなければならないのは、ほとんどの場合強い奴のグループの男子に関わる時だけで、わたくしはもっぱら中間うようよ層と遊んでいました。まあ、もちろんその中にも意外と女子の人気を集めてる、というタイプの男子はいるので、そういうところは注意して。缶蹴りとかサッカーとか、そういう遊びに混じるようになって、わたくしは少しずつ「男の子っぽい」という評価を頂くようになっていきました、まあルックスに拠るところも大きいんだろうけど。
初恋の話をします(と言って、十秒ほど沈黙。その後で先ほどと同じ何かをすする音、そしてまた三十秒ほど沈黙)。四年生のとき、わたくし自身は別にそんなに仲がいいとは思っていなかったけど、まあたまにゲームのこととかで話をする女の子がいました。ユウコちゃんといいます。ユウコちゃんはお人形みたいに可愛くて、お勉強もできて、運動神経もそこそこよくて、周りのことにもよく気がつく子で、要するにそういうポジションをとても上手にこなす子でした。うん、だから可愛らしいというよりも、整ってるっていったほうが近いかな。もちろん男子からも人気があって、先生方の信頼もあって。分かるでしょ? いつの時代にもどの学校にもいるタイプの、あれ。
女子グループのポリティクスで指揮を執るような立場ではないけれど、一目置かれるご意見番的な位置と言えばいいのかな。ともかく一番ホットなエリアにいる子だから、わたくしはむしろあんまり近づかないようにしてた。変に巻き込まれたりはしたくなかった。まあ、しょっちゅう話をするわけじゃないし、向こうだって半分は義務みたいにこちらに声をかけてるだけだろうって思ってました。ほら、誰も仲間外れにはしませんってオーラ、出すでしょ? それかなって思ってた。だから半分は鬱陶しく思ってた。でももう半分では、確かに嬉しくも思ってたのかもしれない。
ある日すごく意外な出来事が起こります。放課後、家に帰るために下駄箱で靴を履き替えてると、ユウコちゃんがわたくしを呼んで手招きをしているのです。ねえ、ちょっとこっち来てくれない? そのとき周りには誰もいなくて、でもユウコちゃんは誰かに見られるのを恐れているみたいに、あちこちにキョロキョロ目を走らせながらわたくしを呼んでいました。わたくしは、履きかけていた靴を脱いで、下駄箱にしまったばかりの上履きを履き直しました。ユウコちゃんの方へ行くと、ユウコちゃんはわたくしの手をぎゅっと掴んで、こっちこっち、とささやくように言ってわたくしを引っ張っていきました。その引っ張る強さが、小動物みたいに圧縮された力を思わせました。連れて行かれたのは女子トイレで、個室に鍵をかけてわたくしとユウコちゃんはふたりでその中に閉じこもりました。走り疲れたことだけが理由じゃないと思いますが、荒く息をついて上気させた顔の間近で見るユウコちゃんは、あれ? と思うくらい可愛かったです。確かにいつも可愛かったけど、ここまで可愛かったっけ?
今日学校に来たときね、とそのユウコちゃんが言うのです。机の中に、これが。そう言って、ランドセルの中から紙切れを取り出しました。そして、何か不吉なものを押し付けるみたいにそれをわたくしに差し出すのです。それが何であるかおおよそ確信しながら、わたくしは畳んであった紙を開いて、そこに書かれた文字を読み、そしてその稚拙な文章にぷっと吹き出しました。誰? と目配せをすると、ユウコちゃんも笑いを噛み殺しながら、差出人の名前をわたくしの耳元に囁きました。それは、強い奴グループの男子のひとりで、まあそれなりに成績も良くて運動神経も良くて先生の信頼もうんぬんというタイプの子でした。ほんとに? と言って笑いを噛み殺しながら、それでもわたくしの頭の中ではこの展開に疑惑も浮かべていました。どうして? 少なくともわたくしにとってはそれほど親しくないと思える間柄なのに、ユウコちゃんはなぜこの秘密をわたくしに打ち明けるのだろう? ひとつ考えられるのは、これはわたくしに対する罠だということです。わたくしを何か罠に引っ掛けて、みんなで笑いものにしようと仕組まれているんじゃないかと思うと、急に背筋が冷たくなりました。ひどい話だと。残酷な話だと。だからわたくしは自分の発言や行動に細心の注意を払いながらユウコちゃんと会話しました。罠にかからないように。貶められないように。一番考えられるのは、わたくしがその男子のことが好きだと考えていて、それを暴露してやろうと狙っているという展開です。でもわたくしは、動物園の猿山みたいなヒエラルキーを作ってる男子たちのことを見下していて、好きになるとかそういうことは一切ありませんでした。まだしもゲームや漫画のキャラクターのほうが夢中になるくらいです。まあ、それはともかく、わたくしはその男子のことを好いているなどというふざけた濡れ衣を着せられないよう余計に慎重になって、ユウコちゃんと話をしました。
あたし、どうしよう、とユウコちゃんは耳まで真っ赤にしてわたくしに訊ねるのです。ユサっちどうしたらいいと思う? 演技だとしたら大したものだな、とそのとき思いました。それでもわたくしは罠が潜んでいないかを点検しながら、ゆっくりと訊ねました。ユウコちゃんは、あいつのこと、どう思うの? ユウコちゃんは小刻みに震えながら、小さく首を横に振りました。無理、無理、とユウコちゃんがすごく真剣な顔でつぶやくので、わたくしは思わず吹き出しました。ユウコちゃんもつられて笑いながら、ゴメンね、と言うのです。え、どうして? とわたくしは訊ねました。だって、とユウコちゃんは何故か先程よりももっと恥ずかしそうに顔を赤くしました。ユサっちが好きだったら、こんなふうに言っちゃ、悪いから。わたくしはもちろんその言葉に罠を疑いましたが、怯えた小動物みたいに自分の内側に縮こまるユウコちゃんの様子には、狡猾なところは少しもありませんでした。わたくしはだいぶ気を軽くして、こだわりなく首を横に振りました。あたしも別に、好きとかじゃないし。まあ、あいつを好きな子は結構いるみたいだけど。
そうなんだよね! と急に顔を輝かして、ユウコちゃんは言いました。そして、無邪気な様子で、彼に内心好意を寄せている女子の名前を、つらつらつらと列挙し出したのです。あの子も、あの子も、実は好きなんだよ。わたくしはまず単純にびっくりして、その次に怖いな、と感じました。おいおい、そんなことあたしに言っちゃって大丈夫なのかよ、と思ったわけです。そういうのって、ごく仲間内だけの秘密にしておくものだろ? でもなんの衒いもなく嬉しそうにしゃべりまくるユウコちゃんの天真爛漫さは、純粋に可愛かった。そしてこんなに可愛い子とこっそりと秘密を共有するということに、ものすごく大きな喜びも感じました。わたくしに罠をかけているのではという疑惑も、それでほぼなくなりました。恥ずかしさの幕はすっかり払われて、別の種類の熱にまだ顔を赤くしたまま、ユウコちゃんはまた少し表情を曇らせて告げました。それで、手紙の最後に書いてあったんだけど、返事を聞きたいから放課後体育倉庫の前に来て欲しいって言われてて。そうつぶやきながら、でも行きたくないと表情にありありと書かれていました。なのでわたくしは、無視しちゃえばいいよ、と誘導尋問に乗っかる形でアドバイスをしました。もし怖いんだったら、あたしも一緒に帰ってあげるよ。ユウコちゃんはそれを、思いがけない幸福のように無邪気な喜びを見せて受け入れました。
今思えば話は簡単です。ユウコちゃんがあたしにこの秘密を漏らしたのは、それが一番リスクが小さいと感じたからなのでしょう。つまり他の人を選んだとき、その子がもしその男子に少しでも好意を寄せていたら? わたくしにその可能性が全くなかったわけではないと思いますが、その場合にも傷を小さく利用できると踏んだのだと思います。何よりわたくし自身が、努めて波風を立たせないように慎重に行動するタイプでしたから。そういう部分まで見て取っていたのだと思います。でもこの種の小狡さも、ユウコちゃんの魅力のひとつだったと思います。きっかけはどうであれ、この日を境にわたくしとユウコちゃんは急速に仲が良くなっていきました。ユウコちゃんはわたくしの前では、その狡賢さを開け広げに見せてくれました。それは何よりもわたくしの心をくすぐりました。ふたりでずいぶん悪戯をしました。そして一度もわたくしたちは見咎められませんでした、それくらいユウコちゃんは狡猾でした。ちなみに、体育倉庫でユウコちゃんを待ち続けていたであろう哀れな男子は、次の日とその次の日体調不良で欠席しました。担任教師から朝礼の時間にそれを告げられたとき、離れた席にいたわたくしとユウコちゃんは、こっそり目配せをして含み笑いを共有しました。後日ユウコちゃんはわたくしに、その男子が手紙のことは誰にも言わないで欲しいと必死な口調で懇願してきたと、笑いながら教えてくれました。
(ここで二十秒ほど間を置く)
一緒に遊ぶようになって、少しずつユウコちゃんの嗜虐性を感じるようになりました。初めはささいな、例えばアリの巣に水を流し込むとか、そういう遊びでした。それが少しずつエスカレートしていくようでした。意味も無く蝉の羽をむしったり、ダンゴムシを水の中に落としたり。ある日ふたりで下校していると、歩道の隅に親指くらいの大きさの毛虫が這っているのを見つけました。ユウコちゃんは小石を集めてきて、その半分をわたくしに渡しました。かわりばんこに投げて、どっちが先に当てられるか勝負しよう! そして嬉々として、まず初めの石を自分で投げつけました。毛虫にぶつかりこそしなかったものの、間近に落ちた衝撃に驚いて、毛虫はいそいそと進行方向を変えました。それを見てユウコちゃんはあどけなく笑いました。わたくしは、この種の遊びに乗り気ではありませんでしたので、わざと狙いを外して投げつけました。でも繰り返すうち、思いがけなくわたくしの投げた石が毛虫を直撃してしまい、ゲームは終了しました。ユサっちやるなあ! と上機嫌と悔しさの混じった顔で、ユウコちゃんはわたくしを見つめました。わたくしは、粘性のある体液を滲ませながらもがき苦しむ毛虫の姿を、舌の上に苦いものを感じながらただ見つめていました。
それを境に、ということだったかもしれません、ユウコちゃんの残虐な嗜好はより発展していきました。クラスで飼育していた金魚を一匹、砂場で砂まみれにして殺したときは、ちょっとした騒動になりました。もちろんわたくしもユウコちゃんも罪を問われることなく逃げおおせました。殻に閉じこもったカタツムリを車道において、車が轢き殺すまで待っていたこともあります。でもこのくらいのことなら、異常とまで言えるほどのことではないかなとも思いますし、わたくしも嫌々ながら付き合い続けてきました。何と言ってもそれは、ふたりで共有する秘密の中でも最大級のもののひとつでありましたから。後ろめたさと嫌悪感と一緒に、喜びがなかったとは言いません。それがなければ付き合い続けるわけもありませんから。でも、物事には結局限度というものがあります。ある日いつものように一緒に下校をしていると、秘密を伝えるときのいつもの癖で、ユウコちゃんはふいにわたくしの顔の間近に顔を寄せ、できるだけ小さな声でささやきました。仔ねこを殺しにいかない?
(何かをすする音と、静かに息を吐く音。三十秒ほど沈黙)
ユウコちゃんは薄笑いを浮かべていましたが、でも冗談を言っている顔ではありませんでした。わたくしは全身がピリピリ痺れたようになって、その場に立ちどまりました。捨てねこがね、とユウコちゃんは手提げカバンの中を探りながら言いました。家の近くで最近にゃーにゃー鳴いてるの。まだ生まれたての、本当にちっちゃなねこなんだよ。まだネズミみたい! だから解剖してみたいなって、思いついたの。ホラ、図工の時間のために彫刻刀を買ったでしょ? とってもちっちゃいから、これでもちゃんと解剖できるよ!
そう言って自慢げに真新しい彫刻刀の箱を取り出すユウコちゃんを、わたくしは無力な気持ちで見つめていました。彫刻刀の柄の部分は、ティッシュペーパーでぐるぐる巻きにされていて返り血で汚れない工夫がされていました。何よりも今日は雨が降っていて、ユウコちゃんはレインコートを着ていました。ユウコちゃんらしいなあ、と妙に感心したのを覚えています。わたくしは声が出せませんでした。喉がカラカラに乾いて、指先が冷たくなっていました。ユウコちゃんが微笑みながら、あっちにいるんだよ、とわたくしを促します。わたくしは答えることができませんでした。雨が降っています。わたくしは傘をさしています。傘に落ちる雨粒が大きな音を立てています。立ち尽くしたまま黙り込んでいるわたくしを見て、上機嫌だったユウコちゃんの顔は、にわかに曇っていきました。どうしたの、行こうよ? 可哀想になるくらい不安げな声で呼びかけるユウコちゃんに対して、わたくしはやっとのことで首を横に振りました。その動作の意味を悟ると、今度は少し怒りを帯びさせた声で訊ねました。なんで?
可哀想だから、とわたくしは何とか声に出せたようでした。それはあまりに喉の奥でかすれてしまって、自分でもうまく言葉として発声できたか覚束なかったのですが、ユウコちゃんには確かに伝わったようなのです。明確に腹を立ててユウコちゃんはこうまくしたてました。自分の母親は、子供の頃学校でカエルの解剖を授業としておこなった。今でこそ学校ではやらなくなったけれど、それは教育として大切な意味を持っていたのだと思う。今回はそれがカエルからほんの小さな仔ねこに変わったに過ぎない。見た目の可愛さはこの際意味を持たないし、それに健康なカエルを犠牲にすることに比べて、どうせ誰も拾わずそのうちに死んでしまう仔ねこを選ぶことは、命を大切にすることと矛盾しない。何がいけないの?
わたくしはもちろんそれに納得しませんでした。でも否定も肯定もしないで、ぐずぐずとその場に立ち続けていました。もういいよ、とずいぶん長い時間が経ってからユウコちゃんは打ちのめされたようにつぶやきました。知らない。勝手に帰っちゃえば? あたしはひとりで行く。これは大事な勉強だから。分からない人は、どうせ分からないからいいよ。ユサっちは、もっと頭いい子だと思ってたのに。そう言って歩き去っていくユウコちゃんの後ろ姿を、わたくしは見えなくなるまでずっと眺めていました。ユウコちゃんは一度も振り返らず、一定の速度で坂道を登っていきました。(ここで十秒ほど沈黙)泣きたい気持ちだった。呆然としてた。ユウコちゃんの去っていった方角から背を向けて、自分の家の方へ帰っていくときも、ろくに物事が考えられなかった。ずっと痺れた感覚が残り続けた。家に帰ると、今ごろユウコちゃんは仔ねこを殺しているんだろうか、とふいに思いついて、吐き気がこみ上げてきた。その日は夕食を食べられなかったし、家族とも話ができなかった。早々と自分の部屋にこもってベッドに潜ると、もし仔ねこが殺されたとしたら、それはユウコちゃんを止めなかった自分の責任なんだ、という考えがふと浮かんで、まるで自分が仔ねこを殺したような気分になった。急いで部屋を出てリビングに戻って、くだらないバラエティ番組を映しているテレビ画面に向かったけど、全然何も面白くなかった。唇の感覚がなくなった気がして、ずっと噛み締めているといつの間にか擦り切れて血が滲んでいた。家族はそれに気付かなかった。
(一分ほど沈黙、そしてため息があり、さらに三十秒ほど沈黙)
次の日学校に行くのは怖かったです。今思い出しても、あの日自分が学校に行けたということにびっくりします、そんな勇気は、きっと今のわたくしにはないのでしょう。でもともかくわたくしは学校に行きました。そして教室で会ったユウコちゃんは、わたくしが畏れていたどんな可能性とも違って、屈託のない笑顔で話しかけてきたのです。昨日はゴメン! あたしちょっとどうかしてたんだと思う。ユサっちが正しいよ。変なことに巻き込もうとしちゃって、本当にゴメンね。ユサっち許してくれる? わたくしは、昨日から続いた息苦しいほどの責苦からいっぺんに解き放たれて、もちろんだよ! と本当に晴れ晴れとした気持ちで答えました。わたくしとユウコちゃんは、はしゃぎ合いながら抱き合いました。たぶんわたくしの目には涙くらいは潤んでいたと思います。幸せでした。人生で一番不幸せな日の次に、人生で一番幸せな日が来たのです、今のところ。でもわたくしとユウコちゃんの関係は、結局元には戻りませんでした。その日一緒に下校をしようと思っていると、ユウコちゃんはそれを避けるように足早に別の友だちと帰っていきました。表面上は仲良く一緒に遊ぶこともありましたが、ユウコちゃんが以前のようにわたくしに心を開いているようには感じられませんでした。秘密の共有も、あの日以来なくなりました。日が経つにつれてどんどん疎遠になっていきました。以前手紙を送った男子と、いつの間にか仲良くなっているようでした。どの程度の仲なのかは結局分からずじまいでしたが。
五年生に上がる前にわたくしは愛知県の地方都市に転校することになりました。友達がお別れ会を開いてくれましたが、そこにユウコちゃんは来てくれませんでした。そして何事もなくユウコちゃんとは別れてしまい、それ以来連絡を取り合うことはありませんでした。
わたくしは後悔していました。わたくしは何としてでもユウコちゃんと仲良しで居続けるべきだったのにと、しばらくの間はそればかりを考え続けていました。手紙を送ろうかとも思いました、今みたいに携帯電話で気軽にメールを出し合う時代ではなかったので。でもそれは、結局書けませんでした。わたくしとユウコちゃんの関係は、あの雨の日に終ってしまったと確信していたからです。それはもう壊れてしまって、あまりに粉々になりすぎて、もうどうしようもないのだと、わたくしはある部分では冷静に理解していました。手紙を送ったら、もしかしたら返事をくれるかもしれません。でもどうせそれは義務的に、手紙が来たから返事をしなくちゃならないというルールに基づいた、意味のないものでしかないと分かっていました。わたくしが欲しかったのは、そんなものじゃなかった。
やり直すとしたら、あの雨の日しかありえないのです。あそこで全ては終ってしまっていたのです。今思えば次の日の和解は形骸化しすぎた儀式みたいに虚しいものでした。きっとあの日以降もユウコちゃんは生き物を殺し続けていたのでしょう、おそらくはひとりきりで。もしかしたら仔ねこも殺していたのかもしれません、わたくしはその光景をときどき思い浮かべます。たぶんユウコちゃんはひとりきりで笑わず、黙々と、抵抗する仔ねこに刃物を突き立てていたのでしょう。裏切ったわたくしのことを、小さな声で罵っていたかもしれません。雨は冷たかったと思います。仔ねこは鳴きながら死んでいきます。嬉しそうに微笑みかける相手は誰もいません。そんな光景を思い浮かべると、わたくしにはユウコちゃんが可哀想で可哀想でたまらなくなりました。どんな形であれ一緒についていてあげたかった。そしてこうも思うのです、そのためなら、仔ねこの一匹くらい躊躇うことなんてなかったのに、と。
(三十秒ほど沈黙)
多分それが呪いの始まりだったのだと思います。
(再生終了)
次回更新は7/26(火)を予定




