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竜の花嫁たち  作者: 151A
アリウムの恋
8/48

深まる



「お帰り、アム」


 寝台の上から優しげな微笑みを浮かべてアリウムの帰りを喜んでくれているゼルの顔色はいつもより血色がよく調子が良さそうだった。


 これならばいつも飲んでいる熱冷ましを飲まなくてもあまり苦しまないかもしれないとほっと安心しながらゼルの待つ寝台の傍へと歩み寄る。


「ただいま、ゼル。しかも今回俺、エリスの恋人の座を射止めて町へ入れたんだよ。祝福して」

「本当に!?おめでとう、アム」

「ちょっと!滅多なこといわないで!」


 果汁を水で割ったものを入れたコップを持って入って来たエリスが会話を聞きつけて柳眉を逆立てる。

 姉の取り乱した様子に弟はくすくすと笑い、アリウムはほんの少し不満げに唇を尖らせた。


「なんで?本当のことなのに」

「うー……事実かもしれないけど、そういうことはあんまり人前で軽々しく口にするものじゃないでしょ。しかも弟の前で!」

「なに?照れてるの?可愛いなぁ」

「違います!」


 否定しているがわざと不機嫌そうな素振りをしているのが解り、素直じゃない所がまたアリウムには愛しくて知らず知らずのうちに頬が緩んでしまう。


「照れてるとこ申し訳ないけど、あの書類に署名したからにはもう町中に俺たちが恋人同士だって知れ渡ってるからね?」

「え!?そういうものなの!?」


 どうやら署名は単なる手続きのためだけで、二人の仲が知り合いから恋人へと昇格したことを知るのはあの場にいた男と報告が行く町長のみだと思っていたらしい。


「……本当になにも知らないんだなぁ」


 そのことが酷く胸に刺さる。

 エリスが全く竜族に興味がないのだと彼女の無知さが語っているから。


「どうしよう……」


 蒼白になって己の軽率さを悔いているエリスは持っている盆が斜めになり、その上に乗っているコップが滑り落ちそうになっているのにも気づかない。


 アリウムが腕を伸ばして盆を支えるとはっと我に返って唇を引き結び申し訳なさそうな顔でこちらを見てきた。

 その視線の意味が解らずに「なに?」と問いかけると、まさか理由を問われるとは思っていなかったのか狼狽して目を伏せる。


「……ごめんなさい。なにも、知らなくて」


 続いたエリスの謝罪で更に訳が解らなくなる。


 なにが彼女を謝らせることへと繋がったのかアリウムには理解できず、その不可解さが不安で恐い。

 言葉の壁は無いはずなのに、ちゃんと伝わらないことが酷く恐ろしい。

 自分が口にしたどの言葉がエリスをそんな感情にしたのか思い返した所で答えは見つからずにただ呆然とするばかりだった。


「優しすぎるのも問題だわ」


 苦々しく呟いてエリスは盆を強く引きアリウムの指から取り戻すと、寝台の横にある台の上に一旦置きゼルの背中を支えて起き上がるのを手助けする。


「朗報よ。彼がゼルの病気を治す方法を見つけて来てくれたんですって」

「アムが?本当に?」


 目を瞬いて喜色に顔を綻ばせながらゼルが見つめてくるので、慌てて笑顔を作って「そうだよ」と応えた。

 ちゃんと笑えているのか自信は無いが、ゼルもエリスも普段と変わらない反応だったので不自然では無かったのだろう。


「ただゼルにとっても、エリスにとっても辛く苦しい時間を過ごすことになると思う」


 それを実行するか決めるのは二人だった。

 アリウムには強制することはできないから。


「いいよ、やる。どんな方法なの?新しい薬が強すぎるとか、激痛を伴う治療方法なのかな?」

「んー……新しい薬は逆に効き目が弱くて、今使っている薬が身体から抜けるまでの間がゼルにとって一番きついというか」

「どういうこと?はっきりいってくれなきゃ解らないわ」

「うん……」


 エリスが苦労して与えていた薬がゼルの病状を悪化させているのだと伝えることが果たして正しいのか解らずに言い淀んでいると焦れたように「アリウム、話して」と懇願された。


 心も頭も言いたくないと拒絶しているのに、口が勝手に開き舌が動く。


 拒絶も懇願も愛する人からのものならば反応せずにはいられない本能を呪いながら、今服用している薬の副作用のことや止めることで回復するだろう胃腸や発疹の件について、そして病の元である高熱に関して完治は難しいことも伝える。


 更に二日は苦しむことになること、新しい薬を飲むことができるのは一週間後で、前の薬の効能が残っている内に丸薬を飲ませれば死に至る可能性があること。

 粉末の熱冷ましよりも丸薬の方が安全性が高い分効き目が弱いことも忘れずに話した。


 全てを聞き終えた後でエリスは右手で額を覆って唸り、「…………私は一体なにをしていたの」と苦しげに声を振り絞った。


「姉さん」

「大事な弟を苦しめるために薬を飲ませていたなんて」

「違うよ。エリス、この土地には丸薬の原料になる薬草が自生してないから粉末の熱冷ましを飲ませるしか方法がなかったんだ」


 決してエリスのせいではないのだと解って欲しかったが、先程言いたくないと口籠ってしまったアリウムの言葉には説得力がない。


「ごめんなさい、ゼル。治すどころか貴方を苦しめて」

「姉さん、それは違う。僕は姉さんがいてくれなかったらとっくの昔に死んでいたよ。感謝はしても責めるなんて感情は持ち合わせてない。姉さんがしてくれたことは全て無駄なんかじゃないんだから」


 痩せた手を伸ばしてゼルは傍らに立つエリスの腕をそっと掴んだ。

 袖に食い込む細く青白い指が痛々しさを増して映り、困ったように微笑む弟は悲嘆に暮れる姉を必死で慰めようとしている。

 その中に割って入れるほど二人との間に絆がないことが苦しくてアリウムはぎゅっと下唇を噛んだ。


「ごめんなさい。ちょっと、頭を冷やしてくる」


 エリスが身を引いて踵を返すとゼルの手は簡単に振り解かれてしまう。

 「姉さん」と呼び止める声にも歩を緩めずに入口へと足早に向かうその横顔をなす術も無く見送って、アリウムは小刻みに震える喉の奥へ力を入れてなんとか抑えこもうとしたが無理だった。


 追いかけた方がいいと解っているのに足は床に縫い取られたかのように動かない。


 以前は不甲斐無い兄を叱咤して代わりに義姉を奪うとまで嗾け尻を叩いたことがあったが、今ならあの時の兄の気持ちが解るような気がした。


 あの時はまだアリウムは幼体の銀竜だったし、男女の仲のことなどなにひとつ解っていなかったのだ。


 恐い。


 失うことも、嫌われることも。


 でも母が言ったように誰からも愛されないことが一番恐ろしい。


 こんなにアリウムの中からエリスへの想いが湧いて溢れているのに、彼女から愛されないかもしれないと思うと途端に怖気づく。

 振り向かせてみせると意気込んでいたのに、それすら叶わない気がして不安になる。


「アム、なにしてるの?追いかけないと」

「――――解ってる」


 こんな時に追いかけない恋人がいるわけがない。

 例えエリスの中では偽りの恋人だとしても、アリウムの中では真実の恋人なのだから。


「何度でも諦めずに伝え続けると決めたのに」


 目の端に映った枕元の台の上には盆に乗せられた三人分のコップがあった。

 病気のゼルの分だけでなくアリウムの分まで用意してくれたエリスの細やかな思いやりが嬉しくて一縷の望みを繋ぎとめる。


「エリスはちゃんと待っていてくれたのに、俺ってば」


 いつ戻るか解らないアリウムを待っていてくれたことだけでも成果はあった。

 必ず治療方法を持って戻ると信じ、治療師からの真摯な告白と申し出をエリスは受け入れずにいてくれたのだから。


 自分が随分と欲深くなっていることに気付いてアリウムはゆっくりと深呼吸した。


「ありがとう、ゼル」

「どういたしまして。未来の義兄にはよくしておかないと、姉さんが幸せになれないから」


 コップを引き寄せて持ち上げゼルは楽しそうに声を立てて笑う。

 病み疲れた身体が揺れて頼りないが表情はやはり明るい。


「それから姉さんに伝えてくれるかな?僕はどんなに辛くても、苦しくてもアムが持ってきてくれた方法で今よりも必ず元気になるって」


 柔らかな色を常に湛えている茶色の瞳に見たことも無い強い輝きを宿してゼルが決意を口にする。

 そこに迷いも不安も無いことに驚き、アリウムは人族の強さを見た気がした。


「解った、全力で俺も支えるから」

「あはは。僕よりも姉さんを支えてあげて欲しいな」

「俺は欲張りなんだ。だからどっちも支える、支えてみせるよ」


 どちらかひとつではなく、両方を選ぶことはきっと誉められたことでは無いだろう。

 でもエリスの気持ちをこちらへ向けるためには片手落ちではアリウムの本気が伝わらないから。


 執念深く、欲深く、何度でも、何度でも――――。


「エリス!」


 解っていた通り家の中にも工房にも、中庭にもその姿は無かった。

 傷心の彼女がどこへ行ったかなど知らないし解るわけもない。


 アリウムが愚かにも時を無駄にしたせいで道の真ん中で途方に暮れる。


 自慢の嗅覚に頼りたくても正確なエリスの匂いを嗅いだことがないからそれも難しい。


 体力だけは有り余るほどあるので虱潰しに町中を走り回るしかなかった。

 名を呼びながら探し回るアリウムを胡乱気に眺める男たちや、既に恋仲になってしまったことを知っている若い娘たちが物憂げな顔で見つめてくる。


 汗を流してエリスを探すアリウムに親切に教えてくれる者は皆無だった。


 夕暮れて行く景色の中を彷徨い、愛しい女性を探し当てることのできない憐れな自分を無力だと悔いるのは簡単だ。


 それでも諦めたくなくて足を動かし続けたが流石に喉が渇いていることが我慢できなくなった。

 何気なく周りに視線を向けるとエリスを早朝に待ち伏せた水場の近くにいることに気付きそちらへと歩を向ける。


 もしかしたらアリウムが見当違いの場所を探しているうちに家へと戻ったかもしれない。

 水場で喉を潤したら一旦家へ帰ろうと決めて、茜色に染まる道を曲がって水場へと出た。


 清水の流れる涼しげな音と爽やかな匂いが漂って来て喉がごくりと鳴る。

 同時に腹も鳴って、空腹であったことも思い出す。


 結局キキが持たせてくれたサンドイッチを食べそこなっていたので、渇きと共に腹も満たそうと地面に膝を着いて両手で水を掬う。


 掌の中にできた水溜りの中に情けない顔が映っていて思わず嘆息するが、それすらも飲み干そうと口をつけて傾ける。


 鼻孔を通り抜ける透明な空気と喉の奥を流れて行く微かに甘い水がアリウムの焦りを鎮めてくれるようだった。


 濡れた手を腿のあたりで拭ってからその場に座り、懐から油紙に包まれたパンを取り出して頬張る。

 もぐもぐと咀嚼していると靴底が擦れる音がして冷ややかな「なに暢気にパンに齧りついてるわけ?」という声が背後から聞こえた。


「う~ん。散々探し回ったけど見つけられずにいた寂しさと虚しさを埋めるために、食欲に走ったんだけど……怒ってる?」

「別に」


 振り返らずに答えると呆れたようなため息が聞こえた。

 衣擦れの音が近づいてきて横に立つと徐にしゃがんで来たので視界の端っこに青い色と金茶の髪が入ってくる。


「はー……疲れた、貴方一体どこを探し回ってたわけ?お陰でくたくたよ」

「くたくたって……?」


 エリスは渋面のまま白い両手を水に浸けると上半身を前に屈めて思い切りよく顔を洗う。

 水飛沫がきらきらと夕日に照らされて赤く染まる。

 汗で項に張り付いた髪が目に入り漸く彼女もまたアリウムを探してくれていたのだと気づく。


「町の人にあの憐れな竜族をなんとかしてやれって言われたの?」

「…………そんなところ」

「そりゃ申し訳ないことしたなぁ」


 エリスの行方を教えてはくれなかったが、アリウムが血眼になって探していることは彼女に報せてくれたらしい。


 そのせいで疲れ果てているエリスには本当に悪いことをした。


「俺を探して追いかけなくても、見つかりやすい場所でじっとしてくれていればこっちから探し当てたのに」

「……そんなことができる可愛い気のある女なら苦労はしないわ」

「エリスは素直じゃないところが可愛いんだけどな」

「また、そんな思っても無いことよく口に出来るわね」


 苦々しい口調の後で頭を振って余計な水滴を振い落し、エリスは大きな嘆息を吐く。

 まるで責めるような言い方に戸惑いながら、自分が嘘や偽りを口にしていないと首を振った。


「どうして?本心だけど、」


 だが最後まで発言を許しては貰えず、ぐいぐいと袖口で顔を拭いて顔を上げたエリスから疑い深い視線が注がれた。


「ご存知の通り私は気が強くて強情だし、可愛い気も無いわ。顔も地味でぱっとしないし、胸や腰も張ってない。女の魅力なんて欠片も無いのに貴方が本気だとはどうしても思えないの……。戯れに面白がって遊ぶ女には向かないんだから、いいかげん優しさの押しつけみたいな同情は止めたら?」


 驚いたことに彼女は自分自身の魅力について認知できていないようだ。


 アリウムの気持を恋では無く同情であると決めつけて、そんな感情ならば迷惑だと言っている。


 解っていたことだが、それが悲しくて辛い。

 がっくりと肩を落としてアリウムは天を仰ぐ。


「同情でも興味本位でもないんだけど、エリスに俺の想いが伝わってないってことはまだまだ努力が必要ってことだね」

「ちょっと、はぐらかさないで」

「なんで?はぐらかしてなんかない」


 さてどう伝えれば彼女にアリウムの想いが届くのか。


 言葉とは本当に不完全なものなのだなと感じながら、エリスの視線を受け止めるために顔を向けた。


 途端にぶつかる茶色の瞳には憤慨しているのか激しい感情が浮かんでいる。

 それはどうしようもない感情なのだろう。

 エリス自身もどこか戸惑っているような雰囲気があり、手に余る激情を消化するために勢いで口を開く。


「いい加減認めなさいよ。貧相な身体を使って弟の治療や薬を手に入れるしかできない可哀相な女なら少し優しくしただけで好きなようにできるって思ってたって!おあいにく様。私はそこまで馬鹿でも鈍くも無い。甘い恋や遊びを楽しめるほどの余裕も無いし、引き継いだ仕事のひとつも満足にできない能無しだし、結局はお情けで求められて嫁ぐしかない女で―――だから、せいぜい憐れで愚かな女だと笑えばいい!」


 大きく肩で息を継ぎ、エリスはどこか痛むかのように顔を顰めて苦しそうに喘いでいる。

 彼女がどうしてそこまで卑屈な考え方をするのか解らないが、根本にある劣等感や自信の無さが原因のような気がした。


 年頃の女の子なら普通に恋や異性、お洒落に興味を抱くはずなのにその全てと正面から向き合おうとしないのはすぐ傍に美人で明るい友人がいたからかもしれない。


 メリッサのようになりたくても自分は可愛くないし、地味で暗いから選ばれないと思い込み引っ込み思案になっている。


 それが悔しくて。


「……笑わないよ。笑うわけない。エリスはなんにも解ってないんだ。俺がどれだけ君を好きなのか。触れないと約束したことをどれだけ後悔しているか」


 女としての魅力がないと思い込んでいるエリスの無防備さがどれだけアリウムを落ち着かなくさせるのか全く解っていいないのだ。


「町外れまで駆けつけてくれたこと、名前を呼んでくれたこと、エリスから触れてきてくれたこと……それだけじゃなくて、こうして同じ時を過ごせるだけで俺がどんなに幸せな気持ちになれているか」


 知って欲しいのに。

 言葉じゃ足りない。

 抱き締めて、口づけて、二度と離さないと囁くことができれば――。


「笑うなら俺を笑いなよ。どうすれば好きなを振り向かせられるのか解らずに途方に暮れて、空回りばかりしてる馬鹿な竜族を」

「――――そんな、笑えるわけ」


 その後に続くのは否定の言葉。

 そのことに背を押されて、支えられてアリウムは言葉を続ける。


「嘘の恋人でも、期間限定の恋人でも俺には嬉しいんだ。だって、エリスは笑っちゃうほど真面目だからちゃんと義理立てして、その間は治療師と繋がらないでいてくれるから」

「…………解らないわよ。私はゼルのためなら何度だってシランさんと、」


 どんなに嘯いてもエリスは絶対にアリウムを裏切ったりしないと解っている。

 だからにこりと笑って答えられた。

 堂々と。


「大丈夫。信じてるから、俺」

「そんなに簡単に人を信じるものじゃないわ」


 堪らずに視線を反らしたのはエリスの方。

 最初に信じてくれたのは彼女だ。


 アリウムが必ず戻ってくると信じて治療師に返事をしないで待っていてくれたから、次はエリスを信じる番だった。


「俺、エリスとの約束は必ず守るよ。だから俺の言うこと少しは真剣に受け止めてくれたら嬉しいな」


 汗だくになってまで町中を走り回ってアリウムを探してくれた一生懸命さや、仕事に向かう真摯な態度、弟のために身を削る愛情の深さ、真面目な所も謙虚を通り越して卑屈な所も全て愛おしい。


「エリスという存在全部が俺を惹きつけて止まないんだ。そのこと忘れないで」


 外見だけじゃなく厄介な性格もひっくるめて好きなのだから。


「――――本当に、竜族ってそんな歯の浮くような台詞を平然とした顔で言えちゃうのね」


 信じられないと呟いてエリスはゆっくりと腰を上げる。

 夕暮れが深まり辺りは薄暗くなっている。

 あまり帰りが遅いとゼルが心配するだろう。


「エリスにだけだよ、こんなこと言うの」

「もしそうなら、とんでもなく見る目の無い種族なのね」

「違うってば、ちゃんと俺の言うこと聞いてくれてた?」

「そのつもりだけど?」


 質問に質問で返してエリスが不思議そうに小首を傾げる。

 水に濡れた前髪が額に張り付き、重く湿った後れ毛が揺れた。

 勢いよく顔を洗ったせいで胸元やエプロンまで濡れているが頓着しないまま踵を返して家へと向かう後ろ姿を慌てて追う。


「エリス、俺何度でも言うよ。君に気持ちが伝わるまで。絶対に諦めないから」


 覚悟しといて。


 アリウムの宣戦布告など無視してもかまわないのに律儀に反応して、視線を肩越しに向けてきた。

 そこに嫌悪や迷惑そうなものはなく、困惑の感情だけを浮かべていたので全く勝ち目がないわけでないことを知る。

 そのことにほっと安堵し、恋人なのだからと後ろを歩くのではなく隣を歩くために彼女の左隣へと並ぶと一瞬驚いたように目を丸くしたが咎められなかったので気を良くする。


 こうやって少しづつ理解して、進んで行けたらいいなと思いながら歩くたびに小さく揺れる左手を横目で盗み見しながら「いつかは手を繋いで歩きたい」と今は触れることすら許されない繊細そうな指先を想う。


 ささやかな願いや希望を叶えられる日が来ることを今は夢見て、そっと隣りを歩くことで心を満たしながら帰路に着いた。


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