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竜の花嫁たち  作者: 151A
二つの鼓動
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喜ばざる命


 部屋に戻るとメイはどこか虚ろな瞳をして腹を撫でていた。


 もしかしたら耳の良いメイには聞こえていたのかもしれないし、鼻の利く彼女にはこの先の不穏な気配を嗅ぎつけていたのかもしれない。


「メイ、大事な話があるんだ」


 寝台へと近づいて来るレンを見つめ、怯えたように鼻を鳴らした。

 そっと寝台の縁に腰を下ろしてメイの手の上に自分の手を重ねて深いため息を洩らす。

 大切な伴侶の腹に二つの命が宿っている。


 それは喜ばざる命。


 歓迎できない出来事。


 それをどうやって伝えればメイは傷つかず、素直に受け入れてくれるのか、ちっとも考えがつかない。

 ウィルとスージーをくっつけ、メイを里へと連れ帰ることができた時には幾つもの方法や答えが頭の中にあったというのに。


 今はなにも思いつかない。

 きっと彼女を傷つける以外に方法は無いからだ。


「あかちゃん、うめない?メイ、わるかた?」


 巫女の様子やレンの動揺にメイは自分が悪かったのかと心配し恐がっている。


 腹の子になにかがあったのだと誤解していることを利用して、どちらかを諦めさせることもできるな、とちらりと考えたがここで真実を告げずに嘘を吐けばメイの信頼を永遠に失うだろう。


 それだけは嫌だった。


「メイのお腹には二つの命が宿っているんだって」

「しってる。メイ、うんだ。まえもふたご」

「…………そっか」


 ようやくその気になってくれたメイを抱いた時にその身体は初めてでは無かったから、もしかしたら出産の経験もあるのかもしれないと思っていた。


 ただそのことを本人から直接聞くのは随分と衝撃が大きい。

 獣人族が身体の繋がりを持つ時、それはすなわち子を成すためだからだ。


 意味合いが違う。


 竜族はどれほど伴侶を愛しているかを伝えるための求愛行動であり、その行為はメイがいうように常に盛っているともいえなくも無い。

 その延長上で子供ができれば喜び、多くの危険を乗り越えて産んでくれた伴侶への愛情は更に強く深くなる。


 だが獣人族はその行為を繁殖のためと割り切っているところがあった。

 勿論群れに属し決まった番としか契ることは無いので節操がないわけではない。


 つまり、メイにはレンの他に番がいたということだ。


 これを打ち明けられて冷静でいられる訳がない。

 だが今傍にいるのはレンであり、唯一の番であるのもレンだけだ。


「レン、おこた?」

「うーん……怒ったというか、心への衝撃が大きかったというか」


 レンが黙ってしまったのを怒ったのだと受け取ったメイは不安げに瞳を揺らす。


「ちがう。つがい、レンだけ。まえうんだ、こども、おおかみのこ。メイ、わるい人族おわれるまえ、おおかみのむれ、いた」

「狼の群れ?」

「メイ、きづいたらひとり。まだ、ちいさかた。おおかみ、なかましてくれた。むれのあたま、はつじょしてちかくいたメイおそわれた」

「ちょ、それ」


 強姦と同じだ。


 狼は獣であり、獣に理性はない。

 本能のみで行動する野生の動物の中で生活していればそういうことも起るのか。


「あたま、えらい。さからう、ない。で、うんだ」

「メイ」


 望まぬ行為と出産を経たメイがレンを番と認めていながら拒み続けていた気持ちが今やっと解った気がした。


 辛い経験からの拒絶であればレンが負った痛みなど大したものでは無い。


「ごめん。知らなくて、無理強いした」


 肩に腕を回してメイの頭を胸に抱き寄せると、小さく首を横に振って「いい。レン、すき。やさしい、だいじょぶ」だから捨てないでくれと細い腕を背中に回してくる。


「その時産んだ子供は?」

「むれのおんな、うむこ。みんなむれのこ」


 つまりメイの手の届かない場所にあるということだ。


 群れの一員として狼として生きている。


 グリュライトにメイが産んだ狼の子供がいるのだと思うと不思議な気がした。

 草原を駆け、森に暮らし、群れと生きる。


 逞しく生きているのだろうか。


 思いを馳せているレンの腕の中でメイが「だから」と言葉を続けた。


「だいじょぶ。ふたご、うめる。メイそだつ」

「“育つ”じゃなくて“育てる”だね」


 言い直してやるとメイは真剣な顔で「メイそだてる」と首肯する。

 少し硬いメイの灰色の髪の中に指を差し入れて、こめかみにそっと口づけた。


「でもどちらかを選ばなきゃならない」

「どして?」

「負担がかかりすぎるから」

「メイ、からだじょうぶ。つよい、だからだいじょぶ」


 胸に両手を着いて身を起こそうとするメイを必死で掻き抱き、それはできないと告げるのはとても苦しく辛いことだった。


「無理だよ、メイ。竜族の子を宿して産み落とすのは至難の業だ。いくら獣人族であるメイの強靭な身体をもってしても、両方を産むのは難しい」


 確実に死ぬ。


 先に出てくるのが竜の子ならば、メイは体力を消耗し次の子を自力で産むことができない。


 そうなると陣痛は遠ざかり、獣人の子は腹の中で死ぬだろう。

 そして先に獣人の子を産み、次に竜族の子を産めば出産途中か、あるいは出産後にメイは力尽きて死んでしまう。


 結果的に竜の子が生き残り、獣人は命を落とす。

 片方か、もしくは両方か。


 それが解っていて両方を望めるわけがないのだ。


 誰を助けたいかと問われれば、レンは間違いなくまだ見ぬ子供よりも今目の前にいる愛しいメイの名を挙げる。


「だから選んで欲しい。メイ。獣人の子か、竜族の子か」

「いやだ!どっちも、えらぶ。メイうむ!ふたご、うむ!」

「メイ!」

「レン、ひどい。こども、ころす。メイにえらべいう!」


 泣きじゃくり胸を叩くメイの拳は弱々しく、いやだという言葉とは裏腹にレンを激しく攻撃する拒絶の痛みは感じられなかった。


 メイが本心から怒っていないことが解り、レンの瞳からも涙が溢れてくる。


「メイが選べないのなら私が選ぶよ。それでいい?」

「ない!よくない。あかちゃん、ふたりのこ。どちもかわいい」


 そうだ。


 もちろんどっちも愛おしい。


 メイと自分との間に生まれる子供だ。

 当然可愛いと思うし、無事に生まれて来て欲しいと思っている。


 でも。


 メイの命には代えられないのだ。


「解って欲しい、メイ」

「やだやだ、レン、おねがい」


 懇願するメイをなんとか宥めて落ち着かせると、寝台から下ろして家路へと着く。


 そして泣き疲れたメイは「ねる」と宣言して寝室へと籠り、レンは居間のテーブルに座りどちらを選ぶか真剣に考えすぎて、気付けばいつのまにか転寝していた。

 静まり返った室内に心細さを覚えながらレンはゆっくりとテーブルの上から起き上がる。


「メイ?」


 呼びかけた後で、そう言えば寝室で休んでいるのだったと思い出す。

 椅子から腰を上げて居間を出て、寝室の前にたった時違和感を抱く。


 メイの気配がない。


「メイ!?」


 勢いよく開けた寝室には横たわった形跡の残る寝台だけがあった。

 メイの姿はなく、駆け寄って触れた布団の冷たさから随分と前に起きていたことが解る。


「どこに、」


 口にしながらもメイのいきそうな場所はひとつしかない。

 レンは拳を握り、踵を返した。


 どうか短慮を起こさないで欲しいと願いながら、毎日のように通っている道をただひたすらに駆けた。


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