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竜の花嫁たち  作者: 151A
喜びの雨
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移り気


 燦々と降り注ぐ太陽の光を受けてニスはどこへと行く訳でもなく広場に置かれた長椅子に腰かけてぼんやりと乾いていく大地を見つめていた。


 ぬかるんでいた土が柔らかくなり、次第に白っぽくなって硬くなっていくさまは昨夜抱き合った女の変わり身の早さと素っ気無さに通じているようで面白くない。


 そんなに簡単に切り変えられるものだろうか?


 悔しいがニスの体中に女との行為の名残があり、それを辿るだけで即座にめくるめく欲望の海に漂って行きそうになる。


「……欲求不満か」


 呆れつつも刻みつけられた快楽と共に女の明るい声がニスを誘う。

 目を閉じれば想像の中で何度でもイケそうだ――。


「なにしてるんですか?」

「っ!?」


 不埒なことを考えていたと知られたのかと狼狽えながら目を開けて勢いよく顔を上げると、薄茶色の髪を肩に垂らしている若い娘がはにかんだように微笑んでいる。

 薄青い瞳はくっきりとした二重で、意志の強そうなはっきりとした眉が前髪の隙間から見えていた。

 丸顔の娘はニスの隣を指差して「座っても構いませんか?」と確認してくる。

 戸惑いつつも頷き、人目の多い場所で堂々と竜族に声をかけてくる度胸に若さを強く感じた。


「で、なにをしてたんですか?」

「なにを……」


 再度問われてニスは返答に困る。


 昨夜燃え上がった情事を思い返して悦に入っていたとはとても口に出来ない。

 そんなことをすれば潔癖で初そうな娘に忽ち悲鳴を上げられて平手打ちでも食らいかねなかった。


「大地を……乾いていく、大地を見ていた」


 同時にそこに女の姿を重ねていたのだが、そのことは言わないでおいた。

 娘が「ふ~ん、大地を」と呟いて、ニスが見ていた辺りに視線を向ける。


「おもしろいですか?」

「……暇潰しにはなる」

「じゃあ、私とお話しましょう。嫌でなければ……ですけど」


 この町の女性は割と積極的なのだろうか。


 昨日に引き続き女の方から声をかけられていることに意外な印象を受けながら、さりげなく辺りに目を配る。


 通りを歩いているのは比較的夫持ちが多く、町の男たちがニスの動向を厳しく見張っていた。

 今も眉を潜めて娘を見ては、けしからんと言いたげに最後にはニスを睨む。


 まるでなにも知らない若い娘をたぶらかしていると思われているようだが、娘の方から近づいてきたのだ。


 不本意ながらもこういった視線も態度にも慣れているので甘んじて受け入れるしかない。


「えっとまずは自己紹介からですね。私はナシス、十八です」


 年齢をはっきりと口にしたのは小娘だと思われないようにとの気負いだろうか。


 十八歳ならば十分に婚姻できる年齢に達しており、丁度適齢期といわれる歳でもある。

 早熟な者は十六くらいでとうに男女の仲を経験しているらしく、ナシスと名乗ったこの娘も己から接触してくるくらいなのだから、そこそこ遊んできた方なのかもしれない。


「青竜のニスだ」


 竜族にとって自分の年齢はあまり重要では無い。


 幼体から成体へと変わるのに年齢は関係なく個体によってまちまちで、一概にいえないことから重要視されていないのだ。

 寿命も長いこともあり、自分の歳を数えることが馬鹿馬鹿しいと言っている竜族は多い。


「青竜、なんですね」

「……他の竜が良かったか?」

「違います!青竜の方とお近づきになりたかったから、嬉しくて……つい」


 噛みしめるように青竜であることを確認してきたので、他に目当ての竜がいたのかと思っていたら、ナシスは慌てて首を振り喜びを伝えてきた。


 人族の女性の中で青竜は曲がったことが嫌いで多くを語らず、女性に尽くすという噂がまことしやかに流れており、何故だか知らないが人気がある。


 人気があるといっても婚姻率が他の竜族に比べてずば抜けて高いわけでは無いことを考えれば、どうせ付き合うならば大切にしてくれて誠心誠意尽くしてくれるような相手が良いというだけのことだ。


「そんなにいいものでもない」


 ニスにしてみればいい迷惑で、実際に付き合えば「こんなはずじゃなかった」と理不尽に責められて嫌な思いを何度もしていた。


 どうせナシスも噂を鵜呑みにして見目麗しい竜族と懇意になり、あわよくば良い目を見たいと思っているのだろう。


 竜族はえてしてそういう女たちの見栄や優越感を得る火遊びの相手として都合よく扱われる。


「どうしてですか?竜族は美しくて気高い種族です。そんな風にいわないで下さい」


 勿論ニスは竜族であることを誇りに思っている。


 ナシスが憤慨しながら反論してくることにこそ違和感があり、過剰な憧れと賛美が感じられて虫唾が走る程だ。


「どの竜も必死だから、青竜だけでなく女には尽くす」

「どういう意味ですか?尽くすとか、必死だとか」


 よく解らないと首を傾げて、嫌悪に近い表情を浮かべる。


 逆にこちらの方が不可解な心持になりながら「竜は伴侶を得るために必死で、女はそれを逆手にとって駆け引きをする」それは全て経験談からの発言だったがナシスは眦を上げて不満を顕にした。


「それはニスさんがそんな女の人としかお付き合いしてないからじゃないんですか!?」


 私は違いますから、と強く言い放ち何故だか頬を膨らませてぷいっと横を向く。

 その幼い行動にニスはうんざりしながら嘆息した。


 どうしたものかと悩んでいるとナシスは己の言動を後悔したのか「ごめんなさい」と小さく謝罪して澄んだ水色の瞳で見上げてくる。


「私が青竜に拘るのは理由があるんです」

「なんだ?」


 覗き込むとまるで雨上がりの空のような色をしていて、知らぬうちに吸い込まれそうになった。

 くるりと上がった睫毛が微かに震えて、綺麗な色の唇がきゅっと引き結ばれる。


「子供の頃、危ない所を助けてもらったから」


 だから青竜は自分にとって特別なのだと打ち明けたナシスはじっと怖じ気もせずに見つめ返していた。


 真っ直ぐな視線にニスの方がたじろぐ。


「……それは、俺ではない」

「解ってます。でも、あの日からずっと青竜が町に来るのを待っていたのに、なかなか機会が無くて」


 ようやく訪れた青竜がニスだったというわけだ。

 だから仲良くなりたいと思ったのか。


「その青竜の名は?」

「ああ、違うんです。その青竜に会いたいとかじゃなくて、ただ純粋にお話がしたかっただけなんです」


 私の単なるわがままですから――。


「気にしないでください。それから、よかったらまたお話しさせてもらえると嬉しいんですけど……」


 駄目だろうかと視線だけで聞いてくるのでニスは構わないと意思を籠めて頷く。

 すると娘は本当に嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と礼まで述べた。


「じゃあ、また。次はなにか美味しいものでも持ってきます」


 声を弾ませて次の予定を心待ちにしているナシスの提案に申し訳ない気持ちばかりが募ってくる。

 また話したいと思わせるような会話をしてはいない上に無礼なことばかりを口にした気がして。


「……悪かった」


 そんな思いが突然の謝罪になり、それを聞いたナシスがきょとんとした顔で瞳を瞬かせる。


「色々と、失礼なことをいった」

「ああ……それは、私もなんか偉そうなこといっちゃいましたしお互い様です」


 えへへと照れたように笑ってそそくさと立ち上がった。

 スカートの尻の部分をパタパタと叩いて汚れを落として、若さ溢れる溌剌とした様子で「それではまた」と会釈するとゆっくりと歩いて行く。


 その足取りが不自然で。

 右の方へと体重をかけながら進んで行く後ろ姿にニスは慌てて腰を上げた。


「ナシス、足を」

「え?」


 伸ばした手で右肘を掴んで引き止めると、ぐらりと傾いでナシスは大きくよろめいた。

 転ぶと身を硬くした娘の腰に手を添えて支えてやると、ほっと安堵するどころか身を縮めるようにして竦んでいる。


「どうした?」

「だ、……だって、近いっていうか」


 耳を赤くして震えているナシスは腰に回されたニスの腕にしがみ付いて必死で言い訳をしている。

 確かに転倒しないようにと咄嗟に手を出したが、我に返ってみれば後ろからナシスを抱きすくめているような形になっていた。


「ちょ、ちょっと離れて」


 焦っている様子に何故か悪戯心を擽られ、ニスは薄く笑みを浮かべる。


「これくらいで動揺していては仲を深めることは難しいだろう」

「ふ、ふふ深めなくていいからっ!」

「では何故声をかけた?」

「それはっ、憧れの青竜が折角町に来てるのに指を銜えて遠くから見てるだけなんて嫌だったから」

「……がっかりしたか?」

「しちゃいそうです!だから、放して」


 ふるふると赤面して逃れようともがいているのを見ているのは思いの外心弾む物だった。


 確かにこれは嗜虐趣味を煽られる、心地良い反応である。


 昨夜自分がやられていたことを、年若いナシスにして楽しんでいるのだから相当、性質たちが悪い。


「送って行こう」

「だ、大丈夫です」


 漸く解放されて後退りしながらナシスは青ざめて拒否する。

 冷や汗を流しながらひとりでも大丈夫と主張するナシスの足をちらりとニスが見ると、何故突然引き止めて送って行こうと言い出したのかに気付いたようだった。


「それこそ大丈夫です。これは痛めたわけじゃなくて、これ以上はもう治らないものだから」


 昔青竜に助けられたという話に関係があるのだろうか。


 ナシスは苦笑いして「こういうのは気にされる方が傷つくもんですよ」と詮索を避け、更に無用な気遣いはするなと釘を刺してきた。


 仕方なくニスは頷き、数歩下がって元通り椅子に腰かける。

 ほっとした顔でナシスは「また」と手を振って、歩きづらそうに去って行った。


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