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竜の花嫁たち  作者: 151A
危険がいっぱい
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ルピナスの葛藤


 野盗の根城は道から少し離れた山の中腹にある。


 多くの盗賊たちが条件としてあげるのは見晴らしのいい高い場所と近くに水場があること、道に人通りが多いこと、切り立った崖や岩場が剥き出しになっており攻め込まれにくいこと。


 他にも色々あるらしいが、幸運なことにルピナスの知り合いに野盗はいない。


 ノアの口車に乗せられて野盗が住みついている場所までやって来たことを後悔しながらそっと嘆息すれば、茶色の帽子がくるりとこちらを向いてにやにやと人を喰った笑顔を見せる。


「下からくる敵にばっかり気をつけてる奴らなんか、ちっとも恐くないや」

「頼むから、恐がってくれ」


 山肌に大きく口を開いた洞窟の前に車座になって騒いでいる野盗たちの数は十五名ほど。

 切り出した木を使って矢倉を組んで見張り台として使い、他にも小屋を一棟建てているくらいなので、かなり器用な人材が集まっているようだ。


 初めて見る野盗たちの暮らしは想像以上に快適なように見えた。


「盗みなんてことする奴らだから、どんな破落戸ごろつきかと思えば」


 それだけの技術があれば人里でも重宝されただろうに。

 なにがあって真っ当な道から転落したのか解らないが、人にはそれぞれ事情があるのだろう。


 ノアの指摘通り矢倉の上の男は頻りに下の方を見ている。


 だがルピナスたちがいるのは反対方向である山の上で、そこは人族であれば上るのが難しい断崖絶壁からほんの少し張り出した岩場の上だった。


「で?どうする?どんな風にしてあいつらをこらしめてやろうか?」


 岩場の縁から身を乗り出して様子を窺っていたノアは普通ならば気が遠くなるほどの高さだというのに、無造作に立ち上がった。

 そして浮き浮きと声を弾ませるノアの不謹慎な言葉にルピナスの心が深く沈んでいく。


 一緒に考えようと提案したものの、荒事抜きで野盗をこの界隈から追い出すというのは難しい。


「俺には野盗をぶちのめせないのはちゃんと解ってんだよな?」

「解ってるよ。ふかしんなんだよね?大丈夫」

「ほんとかよ……」


 一応念を押したが軽い口調で受け流されたような形になり不安が増す。


「全く大丈夫な気がしないんだが」


 子供がひとりで母親の元へと旅をしていると聞き迂闊な親切心を抱いたせいで、竜族の行く末を左右する事態になるとは皮肉なものだ。

 放っておいてもノアはひとりの力で母親の住むドルの町へと辿り着くことはできたに違いない。


 それでも。


 ルピナスはやはり放ってはおけなかったのだ。


 自分が手に入れた情報を得意げに話す顔や、決めたことは最後までやり遂げようとする強情さ、不幸な現状を明るく笑顔で乗り越える前向きさも、置いて行かれた寂しさを必死で消化しようとする健気さも。


 大声を上げて泣き叫ばずに堪えようとするノアを知ってしまったら。


「放っておけるわけねぇだろ……」

 

 母親の腕の中で安心しきったノアを見ることはできなくても、ドルの町に無事に辿り着き手を振って別れるその時まで。


 焚火を囲んで酒でも飲んでいるのか野盗たちが楽しげに歌を唄っている声が風に乗って聞こえてきた。


 暢気な調子はずれのその歌が、収穫の喜びと自然の恵みを讃える内容だったのが妙にそぐわず尻の穴がむずむずする。彼らが昔は田畑を耕し、その稔りに感謝して生活をしていた普通の男たちだったのだと改めて気づかされた。


 勿論盗みや殺人は罪深い悪行だ。

 それを許すつもりも認めるつもりも無いが、竜族であるルピナスが手出しできるものではない。


 人族にしか彼らを裁くことも戒めることもできないのだから。


 非力な人族たちは暴力という非常な行為に対して抗うという方法をなかなか取ることができない。

 他者の命を奪うという禁忌を本能で怯えているのだろう。


 家畜や動物を生きるために殺すことはできても、同じ人という枠に囲まれた仲間を悪人とはいえ退治することに消極的だ。


 悪に手を染め一度罪を犯してしまえば、きっと彼らのように歯止めを失う。そうなることを恐れているのかもしれない。


 なにもできずに問題を先送りする人族を愚かで臆病だと思っても、責めることはできないだろう。

 竜族や獣人族のように戦う術や能力を本能の中に持っていないのだから。


「もし、」


 相手の攻撃を受け流したつもりが、力加減を誤って薙ぎ倒してしまったとしたらどうなる?

 転倒して打ち所が悪く命を失ったとしたら?


 それは事故かもしれないが、避けられる事故でもある。


 野盗がいるという場所へわざわざ出向いて行ったのだから、縄張りを荒らされたと激昂した彼らが攻撃してくるのは当然で。


 そうなると事故であるという言い訳は通らなくなる。

 覚悟の上での行動だと見做されるだろう。


「くそ、分が悪い」


 相手が罪人でも、悪人でも、人族に危害を加えることは曲げられることができないことわりのひとつで固く禁じられている。


 獣人族が人族の住むグリュライトへと侵略をしてきた時もその理を犯したとして彼らは帰るべき故郷を永遠に失ったという。


 そして自由と誇りも。


 ぶるりと身を震わせてルピナスは奥歯を噛み締める。

 獣人族は一族全ての総意で決断した結果の報いなので、誰を責めようもない。

 彼らの子孫全員が辛酸を舐めている現状を過ちを実行した祖先たちが知ることができたなら、きっとグリュライトへやって来て人族を大量に殺そうとはしなかっただろう。


 できない。


 竜族が同じような目に合うのだと解っていて、ルピナスが独断で野盗と戦うなど到底決断できるものでは無い。

 正しいことをしようとしているのだと声高に言っても、竜族の力は強力で“戦う”ではなく“一方的な殺戮”になってしまう。


 それだけ竜族は己の力に責任を持たなければならない。

 誤って人を傷つけたり、殺めたりすることがあってはならないのだ。


「どうしたの?」


 深く考え込んでしまったルピナスを心配してノアがそっと肩を揺さぶってくる。

 強く。


「竜族が滅ばないように、なんかいい方法考えついてくれよ」

「大げさだなー……でも、そうだね」


 ――竜族も人族もみんなが幸せな方がいいよね。


 青い瞳が酷く真剣で、心の底からそう思っているような顔で頷く。だからルピナスも釣られたように首肯していた。


 どの種族もみんな幸せであって欲しい。

 そう願うのは傲慢では無く、どこまでも純粋な想いだ。


「あいつら抵抗すれば女も子供も殺したって言ってたから……」


 ノアは鼻の穴を広げて憤りを顕にすると腕を組んで賢そうな目をくるりと回す。


「心の中に少しでも善い心が残ってるなら効果あるかも」


 そう言ってから小さく笑い「試してやろうよ」と意地悪く男たちを見下ろした。



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