CAT 第12話
「ほんと……この街はつくづく異常だ。優雅じゃない」
街周辺でもっとも高いところ、《壁の上》に立つその青年は誰も聞いていないことをわかった上で独り事を漏らす。
彼が見下ろしているのは、自らの住む街。
至って平凡な街の夜景だ。街自体は。しかし、その回りを、円を描くように大きな壁が設置されている。この街は隔離されているのだ。
「まぁ、隔離している理由は大体わかるけどね……」
また独り事を漏らして彼は反対側を振り返る。
自分たちの住む街とは逆の、壁の外側。こちらも見ている限りは同じ街だ。平凡な世界。
自分はこのような狭い所にいたくない。そう思う者も、いるだろう。と青年は思いながら、壁の外側へ歩みを進める。
「おやおや、理由をわかっていて、行ってしまうのですか?」
「……やっぱり現れたかい。クロ」
「それはこちらのセリフですよ。このような高い高い壁の上に立てる人間がいてもらっては困るんですがねぇ。いや、貴方はもう人間ではないのですかね。《怪盗セブン》さん♪さっそく警察に突き出しましょうか?」
「警察はここに踏み入らせていいのかい?」
「……それもそうですね♪さて、私は貴方を止めないといけません。ここから出ようとするCATを見逃すわけには行かないのでね」
目の前の男。《クロ》は懐に手を突っ込んだままセブンに対して睨みつける。
彼の足元が黒く淀み始める。
その刹那、クロが物凄いスピードでセブンに向かって突進してくる。
「くっ!」
セブンは拳銃を出現させて奴の眉間に放つ。
弾丸が奴の頭を貫通。しかし、奴の姿は影のように揺らめき消える。
「後ろですよ!」
直後、後ろから横っ腹に衝撃。
その衝撃で街の中に向けて壁から場外に出される。
「こんのっ!」
セブンはパラグライダーを出現させる。
「君の相手は少々骨が折れる。今日はこの辺で、逃げさせてもらおう!」
そう叫びながら彼は街の中を飛空し、クロから逃げた。
「とんでもないほどの、負け台詞ですねぇ……。しかし怪盗。まんまと逃げられてしまいました。私としたことが」
クロと呼ばれたスーツの男は、そっと手に握っていた彼の衣服の欠片を見つめる。
蹴り飛ばしたつもりはなかった。蹴り飛ばせばあのように逃げられるのがわかっていたから。
蹴った瞬間に逃げられないように掴み、そのまま外へ持っていき《警官》に渡すつもりだったのだがどうやら掴んだ部分を咄嗟に刃物で切られてしまったようだ。あの怪盗セブンはやはりただでは捕まらない。
「奴は一体……ここで何をしていたのでしょうかね?街の外に出たいと言う欲求でもあるのですかねぇ?」
クロは一人首を捻りながら、考えたが。答えが出そうにもなかったのでその場で姿を消した。
「さて、この街の長はどこにいるんだろうねぇ」
誰にも聞かれていないことをわかっている独り言を呟きながら
怪盗セブンは夜の街に消えていった。
「…………」
怪盗セブンが壁から街を見下ろしていた夜。
一人の少女。水野碧もまた、とあるものを見つめていた。
それは、見慣れぬ部屋にあるポスターである。
最近某牛丼チェーン店の宣伝をしている人気声優のポスターだ。
彼女がその牛丼を持っているポスターが張られている。
もちろん水野碧本人はその女の人が声優だなんて知るはずもなく
ただ可愛らしい顔をした少女が牛丼を持っている宣伝ポスターになんとも言い難い感情を含みつつ
さらに、今自分がお邪魔になっている家の壁に貼っていると言う違和感が
彼女をそのポスターから目を離せない理由であった。
女の子のポスターなら、一人の男として貼っていてもおかしくはない。
けれど、グラビアとかではなく、飲食店の宣伝ポスターなのだから、不可解すぎて困惑している。
「ん?なんや、どないしたんや碧ちゃん」
「へっ、あ……いえ」
「そうかしこまらんでええのに、あぁそれか?知り合いにもうたんよ」
自分が言葉が出ない間に、現れた青年。難波薫がすらすらと話を勧める。
彼はその手に二つのさらを持っており、その片方を水野碧に対して渡した。
「これ……」
「シーザーサラダや♪食後は家でこれ作ってくうのがええんやぁ」
彼は水野碧の倍はある量のシーザーサラダを口いっぱい広げて食べ始める。
彼女も箸でつまんで食べてみる。
(お、美味しい!?大食いなだけでなく、料理も出来るのこの人!)
たかがサラダ、されどサラダ。作る人が作ればそれは嗜好の料理となるものである。
水野碧は目の前の青年に確かな敗北感を感じその場で沈んだ。
「ん?どないしたん?碧ちゃん」
「い、いえ……お料理上手なんですね」
「まぁ、自分でも食いたいもん作りたいからなぁ」
そういいながらまたサラダを頬張る。
やはりまだこの空間になじめない。《男の人の家》と言う空間に。
さきほどから落ち着かずにモジモジしている自分がいる。
水泳一筋だったので、こういう男の家に遊びに行くなんて事はしたことがなかった。泳ぐこと以外に無頓着で、他人とも仲良くしてこなかったから、こういう時どういう態度でいればいいのか。
「……碧ちゃん何モジモジしてんの。かわええなぁ」
「かっ。かわっ!?」
「はっはっは。悪い悪い。んで、本題入るで?」
「ほ、本題!?お、男と女が部屋で二人きりで……本題!?」
「お、落ち着きぃな碧ちゃん……」
「ふぇっ!?」
「はぁ……。ええか。碧ちゃんは確実に《何者か》に狙われとる」
今までテンパっていた心が、その言葉で落ち着く。
そしていつも笑っている難波薫の表情が真剣さを帯び、彼女もその顔を見つめる。
「わいと初めておうたときの不良も、そのあとの奴らも、みんな碧ちゃんCATって知ってて襲ってる。ただの人間が、CATとわかってる人間に喧嘩売るとはとても思われへん。ここには、だれかバックの人間がおる気がするんや。碧ちゃんがCATやとわかってもビビらへん奴が」
「…………」
「となると、バックの人間はだいぶ限られてくる。第一、相手もCATってことやただ、なんで本人がけいへんのかはわからんけどな。次に碧ちゃんが狙われてるってことや、わいや他のCATやない。碧ちゃんが狙われてるってこと」
それを聞いた水野碧は小さく頷く。
確かに、この話を聞いていて一番疑問だったのはそこなのだ。
水野碧は、自分の力を知っているが、それを使役したことはない
強いCATを求めるなら、それこそ噂になっている《夢乃》や《怪盗セブン》
そして最近頭角を現し出している《鈴村大我》を狙うべきだろう。自分が狙われる理由がわからなかった。
「もしかしたら碧ちゃんは舐められてるのかもな」
「はい?」
「相手が求めとるんは、《弱いCAT》やとしたらって話や。自分が研究者の立場で考えればわかる。弱いCAT捕縛して、そのDNAを採取、研究とかな」
水野碧は一気に寒気がした。
自分の身体が、見ず知らずの研究者たちに弄られるのが怖かった。
「まぁ、とにかく碧ちゃんを奪われたらまずいやろうしな。しばらくは悪いけど、わいの家で過ごしてもらうで、ええな?」
「は、はい……」
「なら。今日はそのベッドで寝えな。わいちょいと風呂入ってくるわ」
「か、薫さんはどうするんですか?」
「わいはその辺の壁に凭れて寝るで?」
「そ、それじゃああまりにも」
「かと言って、女子高生と同じベッドで寝るのもあれやろ?」
「……////」
「ほな入ってくるわ」
そういって難波薫は風呂場へ向かっていった。
彼女は、特にすることもないので、難波のベッドに横たわり、テレビを付けた。
「……難波さんの匂いがする」
「……見つけた。しかし……あの難波薫と一緒か」
一つのアパートを見つめる少女。
その背には翼が生えていた。
「私一人では、荷が重い……か。とりあえず、《あいつら》に報告するしかないわね」
彼女は翼をはためかせて空を飛ぶ。
見つけた。後は……機会をうかがうだけだ。
「はぁ……。あのシャローナって奴に会って以降、他のCATに会ってねぇなぁ……喧嘩してぇ」
男、鈴村大我は夜の街を徘徊していた。
シャローナに出会った昼時になぜか柔らかいもののせいで気を失う。
目が覚めてシャローナも夢乃もいなくて、こうして夜徘徊しているのだが、だれとも出会わない。
またジョーとか、シャローナとやりあいてぇ……。怪盗セブンともリベンジしてぇな。
「…………ん?」
その時、鼻をくすぐる異様なにおいを感じる。
鉄の匂いのようで少し生々しい……これは、血の匂い?
「きゃ!何?」
一人の通行人にぶつかったが、そんなことはどうでもいい。
この血の匂い!なんか不味い気がする!
走った。とにかくその匂いの先へと走って行った。
「あそこの……路地裏だ!」
俺は建物と建物の間の道に曲がり入っていく。
まだ先。まだ先のほうで血の匂いがする。
匂いにしたがって奥へ奥へと入っていく。
「近い……ここの左だ!」
俺は勢いよく細い通路へ曲がった。
「っ!?」
「おや?誰ですかぁ?こんな隠れ通路に一般人が……おやぁ?一般人じゃないですねぇ」
「てめぇ……何してやがる!」
目の前には、真っ黒いスーツを着た痩せた男。
そいつが、長い髪を掴み、こちらを見ている。
その長い髪は、女の髪だった。意識を失っている女が、ボロボロになっていた。
俺が嗅いだ匂いは、この女の血……!
「何って、物資調達ですよ物資調達。貴方こそ何をやっているんですか?《No15》鈴村大我くん」
「てめぇ……ぶん殴る!」
単純な怒り。
目の前で女性に酷いことをしている男に対する純粋な怒りが大我の心にふつふつと湧く。
「いいでしょう。No15の実力を見てみたかった所ですし、時間も空いてます。相手して差し上げましょう」
そういうと目の前の男は気を失っている女を無下に放り捨てた。
鈴村大我と、黒服の男の闘いが始まる。




