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どうせこういう話が好きなんだろ? (コラム名:地球最後の音楽家)

作者: 丸屋嗣也

当テクストは「『ゆるゆるSF企画2』参加作品」です。

 母なる星・地球に音楽家がいるかもしれない――。そんな話が駆け巡ったのは一年ほど前のことだ。 

 地球から照射されるある種の電気的な信号に音楽に似た揺らぎがある、もしかすると地球には人類がいて音楽を電気的な信号に変えているのではないか――、というものだった。

 最初、その話を信じられずにいた。

 この私の言い分はこれをお読みの皆様にも理解していただけることだろう。大国の対立に端を発した全面戦争により投入された新兵器による土壌の破壊。そして、私たちの祖先が荒廃しきった地球を捨てて筏のような宇宙船で宇宙へ逃げ出し、宇宙で新たな人類文明を築き上げた。そうして地球は無人になったはずだった。

 だが、荒廃しきった地球上に人間による小さなコロニーがあるのではないか? そんな言説はずっとくすぶり続けていた。地球を観測する望遠鏡に人工物のようなものが写っている、あれは地上に残った人々の生活痕、たとえばムラのようなものなのではないか、と。しかし、こういった話は地球から採取した土壌や空気サンプル、また地球観測用の無人ロボットのもたらしたデータにより否定されている。『地球はいまだ人間の住める環境にない、また、生物の痕跡などあろうはずもない』と。

 私もその連邦発表を信じていた。

 だが、そんな私が“宗旨替え”をしてみようと思ったのは、私が音楽ジャーナリストだったからだろう。『地球上に残る音楽家』というものにある種のロマンチズムを感じたのだ。

 そして、思い立ったが行動をしてしまうのが私の悪い癖だ。

 大きな声では言えないが、実は、『地球は死の星である』という連邦発表を信じていない一団というのが一定数存在する。中には科学のなんたるかを知らず、かの星には我々が崇める神がおわしますのだ、などと与太を言っている連中もいる。しかし、私が接触したのは、『地球死の星説』を科学的な知見から懐疑の目を向け、独自に調査をしているアカデミックな一団だった。

 私はその代表に聞いてみた。「あの噂はどこまで信じることができるのか」と。

 すると、代表(笑顔が素敵な男性だ)は肩をすくめた。

「限りなく眉唾だと思うよ。我々の調査でも、高山帯に動植物が少し残っているだろう、程度の観測だからね」

 きっと、私は落胆を隠せなかったのだろう。代表は私をなだめた。

「そうだ、今度、地球に行ってみないか」

 地球に行くことができるのか!?

 疑問でいっぱいの私に、代表はこともなげに続けた。

「ああ、我々は地球船を所有している。高山帯への着陸なら難なくできる。もうすでに何度か地球に無人船を送っていて、次のフライトの時には有人飛行をするつもりなんだ。――どうだろう、君が望むのなら地球船へのクルーとして乗ってみないか」

 いくらなんでも話がうますぎる。

 そういぶかしんでいると、代表は少し顔をしかめた。

「いや、この有人飛行はかなりのリスクを負っているんだ。だから、あまりうちの仲間たちを使いたくない。だから、君ひとりで行ってもらう形になるんだ。――言い方は悪いけど、君はライカみたいなものだ」

 ライカ。かつて人類が地球から月へと飛び出そうと躍起になっていた時代、初めて宇宙に飛び立った犬の名前だ。宇宙に飛び出して数日後、無重力のストレスで死んだはずだ。

 ライカとは経緯があべこべだが、いずれにしても、実験動物であることには変わりない。

 この代表の親切な態度にも納得ができた。ならば、ここは――。

 その瞬間、行きます、と即答していた。

 音楽ジャーナリストとして地球の音楽を聴きたいということもあった。しかし、もしかするとその時の私の胸に去来していたのは――。そう、功名心ではなかったか。再び地球の土を踏む最初のスペースノイドとして、私の名前が歴史に残る。その名誉に酔っていたのではあるまいか。

 いずれにしても、私は地球船に一人搭乗し、地球を目指したのだった。


 私が着陸したのは、かつてヒマラヤと呼ばれていた大山脈の尾根だった。

 着陸、とは書いたが、私が操縦したわけではない。ほぼすべての機体制御はコンピュータによって行われ、私がしたことといえば出発時と着陸時にボタンを押したくらいのことだった。

 ハッチを開き表に出た瞬間、私は声をなくした。

 そこに広がっていた光景は、連邦の発表とほぼ等しいものだったからだ。

 もちろんその時の私は防護服を着ていた。だから異常はなかったが、手に持っていたセンサの針が一気に吹っ切れた。その針から目を離せば、岩肌の露出した荒涼たる光景がどこまでも広がっていた。木はおろか草花の類すら生えていない。まるでパウダースノーのような砂が風にあおられて舞っている。そして、赤い薄雲の向こうにおぼろげながら太陽が覗いている。

 地獄とはこのようなところのことを言うのだろう。

 あの代表の言葉は何だったのだろう。俄然怒りがわいてきた。高山帯には多少なりとも動植物が残っているのではなかったのか。そして、この山は地球上で一番高い山の一群ではなかったのか。ここがこうもダメならば、おそらく地球上全体が死滅しているだろう。

 だが――、一方で考え直す。ここは山の中腹にあたる。もっと上を目指せば、状況は変わるのかもしれない。

 気を取り直して地球船に乗り込んで、尾根沿いに山の頂上を目指した。

 だが、どこまで行っても風景は変わらない。地球船のモニターに映し出される光景は、どこまで行っても地獄のような景色の連続だった。

 やはり、この星は死んでいるのだ――。

 そう思い、探索を諦めようとした、まさにその瞬間だった。

 モニターに「生体反応あり」という表示が浮かび上がった。

 そのモニターを操って拡大させる。と、そのモニターには、苔植物が大写しになっていた。そしてそれからは「生体反応あり」の表示がモニターのそこかしこに浮かんだ。最初は苔ばかりだった。だが、そのうち背の低い草花が現れ始めた。さすがに木は見られなかったが、これはここが高山帯によるものだろう(木は高山帯には育ちにくいという特性がある)。

 そして、ここに植物があるということは……。地球船外部に設置されているセンサを作動させる。すると、下界の汚染度が嘘であるかのように、ここ一帯は清浄を誇っていた。この数字ならば防護服など着なくてもいいはずだ。

 これはすごい。

 そう思っていると、モニターがまた何かを大写しにした。

 なんだ?

 モニターを見ると、そこには、にわかには信じがたいものが写っていた。

 だが、これは実際に目で確認しなくてはならない。

 即座に地球船を着陸させると、ハッチから表に出た。

 そこは、草原だった。やわらかい葉が生い茂る草原。そしてところどころ、貧相な黄色い花が咲いている。防護服の内蔵モニターが、この花がチューリップの祖先に当たる花であることを教えてくれている。そして、そんな風景の真ん中に、確かに人間が立っていた。

 その人間は私に気づいた。

 その人間は、若い女だった。金色の髪の毛をたなびかせ、一体形成の白い服(これがワンピースだということをモニターが教えてくれた)をまとう少女だった。

 意思疎通を図ろうと、私は手を差し出した。だが、彼女は何か恐ろしいものでも見るかのように肩を震わせている。もしかして、この防護服がまずいのか。そう気づいた私は、あたりの汚染度が限りなく低いことを確認して防護服のヘルメットを取った。

 同じ人間であることを理解したのか、彼女はほっとしたような表情を浮かべた。

 私はといえば、耳と口に翻訳機をはめて、彼女に語りかけた。あなたはだれなのか、と。

 すると少女はにっこりとほほ笑んだ。

「私は、マリア」

 マリア、君は何者なんだい?

「私? 私は音楽家よ」

 音楽家。思わず翻訳機の故障を疑ったくらいだった。しかし、その言葉が飛び出るより前に彼女が音楽家なのではないかということに気づいていた。なぜなら、彼女の手には、あるものが握られていたからだ。もうモニターは見ていないから誰も説明してはくれないが、あれはかつて地球上音楽で使われていた、ヴァイオリンという楽器のはずだ。

 私は身分を明かした。宇宙からやってきた、かつての地球人だと。

 きっと彼女――マリアは聡明なのだろう。青い目を少し伏せてうなづいた。

「私は、この地球に残った人間です」

 残った? なぜ?

 そんな質問に、彼女は少し言葉を濁した。だが、突っ込んで話を聞くうちにいろいろのことがわかってきた。

 彼女の先祖である人々は、かつてこの地球を飛び交っていた飛行機械に搭乗していた。だが、その搭乗中にあの大戦争が勃発し、その飛行機械がこの山に不時着したようだ。そして、山に降り立った人々は木すら生えないこの過酷な自然の中でコロニーを作り百年余りを生きてきたということらしい。

 このような荒涼の大地に投げ出されてしまったとは。この人々の苦難は想像するにあまりある。だが、彼女はあっけらかんとしていた。

「私たちは、宇宙に人類が飛び出したことを知っています」そう彼女は語る。「母なる船(飛行機械のことを彼女はそう呼んでいる)の中には技師さんがいたのです。だから、世界の動きを逐一知ることができた。そして、宇宙に飛び出した人類にコンタクトをとる手段もあった。けれど、それをしなかった」

 なぜしなかった?

「言い伝えがあります。私たち人間は、地球とともにあるもの。地球が滅ぶのならば地球とともに死ぬのが人間であろう、とある人が言い、それに皆が同調したようです」

 きっと彼女の服は麻だろう。このような雑な素材の服しか作れないということは、かなり文明レベルが低いとみるべきだ。あの大戦争が起こったときよりもはるかに文明レベルが後退しているこの状況にもかかわらず、この少女の祖先は決してスペースノイドに助けを求めたりはしなかった。その理由がどうしても納得できない。

 それで、あなたたちはコロニーを作り生きてきた?

「はい。母なる船に乗り込んでいた人々は実に様々な人たちでした。技術を持った人、知恵を持った人、体力に自信がある人、手先が器用な人……そういう人たちが分業して、今のコロニーができています。そして、私のご先祖はこのヴァイオリンの奏者でした。だから、私もヴァイオリンの奏者をしているのです」

 どうやら、このコロニーは世襲社会のようだ。そして、彼女の口から語られる生活様式は、中世のそれ、贔屓目に見ても近世のそれだ。

 では……。私は質問をした。もし、宇宙に行けるのなら行きたいか、と。

 彼女は首を横に振った。

「私は、いえ、私たちはここで生きています。だから、外になど行きたくありません」

 そうですか。では、あなたのヴァイオリンを聞かせていただくことは出来ますか。

 すると、彼女は頷いた。

 彼女はヴァイオリンを構えて弓を弦にあてがった。そうして、彼女は一つの音の連なりを奏で始めた。

 だが――。私の予感通りだった。

 周知の通り、あの戦争の際、音楽家は皆戦禍に消えてしまった。そのため、地上の音楽と宇宙の音楽には深い断絶があるとされている。特に、宇宙進出時代初期に三百六十度すべての方向から響く『宇宙音楽』が勃興したことにより、かつての地上の楽器は唾棄され、ことごとく断絶の憂き目に遭った。『宇宙音楽』に目覚めてしまった人類は、かつての地上の音楽では物足りないはずだ。つまり、百年前の音楽は私たちにとって理解不能な音の連なりでしかない可能性があった、ということだ。

 そして、その可能性が事実として目の前に提示されてしまったことに、とにかく戸惑う私がいた。

 私たちはもう地上の音楽を理解することはできない。それは、宇宙に住んでいる我々が地球から拒絶されているかのようだった。

 こうして、宇宙に戻り原稿を書いている今も考えている。もう、我々はあの母なる星に戻ることはできないのではないか。宇宙という場に最適化した我々は、宇宙空間を漂う小さな塵として消えていくしかないのではないかと。

『どう、素敵な音楽でしょう?』

 ヴァイオリンを演奏し終えた後の彼女のあどけない笑顔が、わたしの胸を刺す。理解できない、という事実が私の心をささくれ立たせる。

 地球人である彼女にとっては素敵な音楽なのだろう。しかし私もスペースノイドだ。スペースノイドは地上の音楽を解することができない。

 音楽は心象風景そのものだ。そんなことを言ったミュージシャンがいた。もしその言が正しいとすれば、私たちはもう、地球人として大事な何かを失ってしまっているのではないか。そう思わずにはいられない。

 私は確かに地球の土を踏んだ最初のスペースノイドとなった。しかし、地球に拒絶された最初のスペースノイドでもあったのかもしれない。




 【AS103年3月5日ニュース記事】 

 本日、音楽ジャーナリストのヘイデン容疑者が嘘の情報を嘘と知りながら流した偽情報頒布罪で逮捕された。今年二月、有料情報共有サイト「AZOMA」にて、「地球上に人間が生息している」というコラムを頒布した疑い。調べによれば、ヘイデン容疑者はこのコラムを発表したのち地球再生の投資話を持ちかけて高齢者から資金を得ていた模様で、警察は詐欺罪も視野に捜査を進めている。ヘイデン容疑者は容疑事実を認め、「どうせ世間の連中はこういう話が好きなんだろ? だから嘘を書いたんだ」などと供述している。


※地球について 地球学博士 ミヤガワ教授の談話

 地球上には現在有害物質が生物の致死量をはるかに超える濃度で空気中や土壌に含まれており、その全域において生物が暮らせる環境ではない。最近地球上に生物がいるなどという疑似科学が流行しているようだが、こんな与太話を餌にした詐欺にはご注意願いたい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「人間が宇宙に出た結果、地上に居た頃とは感性が変わってしまった」というコラムの内容に反して、実際は全く変わっていなかったというオチが「フフッ」と笑えました。 [一言] 一回読んだ時点では、…
[一言] 人類は宇宙生活者になっても「月刊ムー」を読み続けるのであろうか……。
[一言] 拝読しました。 オチにびっくり。前半がいい話だったからこそなおのこと、おお!? と。 末尾の談話まで世界観が一貫していて、凄いです。 ヘイデン氏は才溢れる詐欺師でしたね……!
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