月並みな僕の月並みな話
三日三晩歩き続け、王都はもうすぐそこ。月明かりで大きな城の影が見えるぐらいの位置まで俺たちは来ていた。
偶然にも初めて姫様と会った場所にほど近い何もない草原。空気の重さも相まって俺は皆の後を後ろから着いてくいった。感情をぶつけることになんとなく嫌悪感を覚えていた俺には初めての事が多すぎて、どうすればいいのか分からないというのが本音だ。心の切れ端を何処かにおとしたようなそんな気がする。
「あぁもう旅もおわりぁ……先輩就職活動で派遣やめちゃうんですよね……? 寂しくなるなぁ。」
空気を読んでなのか、読まないからなのか、時折佐々木は俺にはなしかけてきてくれるけど、その優しさというか、気を使われるのもなんだか罪の意識みたいなもの感じてしまう。
だったら普通に話せよってリーナには言われるだろうけど、素直に慣れない自分がたまらなく嫌だった。
女子は女子で、女子トイレで話すような、男が聞きたくないような本音トークに花を咲かせている。
「ねぇ姫様~。王都着いたら合コンしようよ。お忍びで!」
「ご、合コン!? 結婚した男女のほとんどが、友人の紹介って言ってるけど、実のところ合コンで知り合うっていう例のアレか!?」
「そうよそうよ。男女四対四でお互いになんとなく見初めあった男女が当日にホテルに入っちゃうその合コンよ。姫様黙ってれば可愛いから行けるわよ!」
「師匠! 私も連れてってください! お願いします」
「いいわよ。天然・清楚・セクシーで良いチーム編成だわ。勝ちに行くわよ!」
「とりあえず夜営でもする?」
気まずそうな佐々木が女子チームの会話に割って入ると妙な沈黙が産まれた。たしかに俺の体にも疲労の色は隠せない。
ドラゴンとの戦闘で焦げた肌は火傷からくる熱で妙に腫れぼったい。体全体が熱を帯びて若干の悪寒さえ感じる。
「うーんここまで来たら、一気に行っちゃいたいような気もするけど……。あら純ちゃんお眠む?」
「はい……さすがに連日連夜歩きっぱなしだったんで私は休みたいかもです」
もう夜更け。まだ成人していないような子を連れ歩くような時間じゃない。それに幾ら王都が近くても前みたいに野盗が出ないとも限らない。
「あぁここらへんがいいんじゃないですか?」
少し開けた場所。ひんやりと吹き抜ける風も疲労で火照った体には心地いい。
「あっ……!?」
佐々木が声を上げると、そこには先客が一人。いつか俺たちを追いかけたオークの野盗だった。
「あっ!?」
向こうもコチラに気づいたようだ。二度、三度、コチラを確認するとおもむろに声をあげ立ち上がった。
佐々木が軽く会釈をすると、むこうも軽い会釈で返してくれた。やっぱりいい人だ。
「おいっ! この前はお前ら随分な真似してくれたじゃねーか。」
「あぁその節は大変お世話になりました。今日はどうしたっす?」
「いやね、風の噂でよ……なんでも姫様助けたってヤツがいるっていうんだよ。そんで横取りしようと思ってよ。それにしてもこの前は俺様から逃げ切るなんて中々肝の座った奴らじゃねーか。どうだお前ら仲間にならねーか。」
「そ、そうっすね。ちょっとそういう危ないのはちょっと……。それに今連れもいるんで、へへへ」
すこしの愛想笑いと同時に、佐々木が視線を後ろについてくる女子組に送ると、釣られて野盗も同じ方向に顔を向けた。
「そうか、残念だな。しかしお前らこんな所でなにやってんだ?」
「いや……まぁ……。旅の帰りっていうか……。そのなんていうか……そう! 観光帰りっす」
突拍子もない答えに思わず声を上げそうになってしまったが、喉元まで出かかった声を奥歯ですりつぶした。
「へぇ可愛いじゃん。羨ましいねぇ人生楽しんでて」
「おい佐々木このナイスガイはどちらさま? 嬉しい事いってくるじゃないの~」
気を良くしたのか、佐々木と野盗の会話に参加するために女子チームが駆け寄る。もちろん顔には満面の笑みがこぼれている。
「おうおう、近くで見たらすげーかわいいじゃねぇか。うらやましいなぁ」
「えぇ、お兄さんこそかっこいいですよ! ねぇ師匠?」
「そうね、ねぇ佐々木この人は? 自己紹介した方がいいの?」
眺めていると、女性陣は野盗と会話に華を咲かせていた。
「や、止めた方がいいんじゃないかなー?」
「佐々木! 貴様は何を言っているんだ客人に失礼だろう。挨拶は基本だぞ?」
「あ、あの~そうなんだけど。この人達そういう堅苦しいの苦手だから! そういう形式バッタやつ嫌いな人だし」
「向こうはだめでもコチラがちゃんとしないと気持ち悪いのだ。どう思う純殿?」
たしかに社交界ではそうだったのかも知れないけど、姫様今日だけはその理論武装を解除してくださいと、届くはずの無い願いをこめたけどやっぱり伝わるわけもない。
「挨拶は人間関係の潤滑剤っていいますもんね」
非常に頭が痛くなってきた。
やめろ……やめてくれ……。
そんな無言の叫びが通じるわけもなく、純ちゃんの解答にどこか満足気なお姫様は意気揚々と右手を差し出す。
「私は、この国で王女をやらしてもらっている島津・ナイト・杏樹だ。よろしく頼む」
姫様が差し出した右手に立ち上がって、どこか満足気な表情をした野盗。そうだろとも。なんせ目的の人物が目の前にいるんだから。
「ハハハハハハハ!!!! そうかそうか! お前らが……。不運続きのこの人生に終止符を打つのだ! おっと動くなよ!」
野盗が右手を強引に引っ張ると、間抜けな顔した姫様の首元にはよく手入れの行き届いた刃が印象的なナイフがあてがわれている。
「おい! なにしてんだよ!」
不用心だった。完全に気を抜いていた。それもこれも全部俺のせいだ。
「なぜこのものは私の首に……ナイフを!?」
「野盗だからだよ!」
「もう姫様何回目なの捕まるの? 弥太郎ちゃんに捕まって、ドラゴンに捕まって、そんで今度は盗賊? もういい加減にしてよ!」
「ふっ油断したな。これでも姫騎士として生きてきたんだ! 武器さえあればって……私今武器ない!?」
「そうだよね~。あるわけ無いよね~。だってドラゴンに今まで監禁されてたんだもん。ドレス姿だもん。持ってるわけ無いじゃないの!」
「いい加減なんとかんないんっすか? 純ちゃんより酷い天然ですよ?」
「ちょっと佐々木さん! 前から思ってるんですけど私天然じゃありません!」
「純ちゃん……世の中の天然物の天然は『天然』っていうと怒り出すのよ。キレながら言ったって説得力ないわよ!」
「いいから姫様返せ! この人数だったら勝ち目ないのはわかるだろ!」
「お前らみたいな半人前……俺一人で十分だ!」
切っ先が薄皮にあたりうっすらと赤い雫が大地に零れ落ちる。
「ちょっとアンタなにしてんのよ! そんなんやったら死罪よ死罪!」
「ちょっと先輩! どうにかしてくださいよ。なんで何も離さないんですか! このままじゃ姫様どっかに連れてかれちゃいますよ!」
じゃぁ俺はなんて声をだせばいいんだ?
勇者でもない。
貴族でもない。
イケメンでもない。
気の利いた台詞が言えるわけでもない。
ないないずくしの俺が何できるっていうんだよ!
「た、たすけて」
か細い姫様の声が耳に残る。
「もういいっす! そうやって強情張ってろ! オークだからなんだよ! 図体ばっかでかくて肝っ玉は小さいすね。俺が魔法でやっつけてやる!」
杖を向け何かを唱えるが、変わった事が起こるわけでもない。
「んなっ!?」
「佐々木ぃ! なに肝心な時にマジックポイント切らしてるのよ! ちょっとひなちゃん自慢の殺戮遊戯でなんとか!」
「無理ですっ! あの距離だと姫様巻き込んじゃいますよ~」
俺たちがワタワタしていると、姫様と野盗は森の奥に消えていってしまった。
「あばよ! お前ら!」
捨て台詞の余韻が森の暗闇にこだまする。その場に残された俺たち四人はただただ立ち尽くしていて、焚き火の中でパチパチと弾ける小枝の音がだけが鳴り響いている。
「せ、先輩! どうするんすか?」
「ど、どうするって……」
佐々木は大きなため息をついた。
あぁまただ。
旅が始まってから忘れていた、他人との距離とか自分の立ち位置とかを気にして、結局ドライな人間関係しか作れない。だから人と必要以上に仲良くしない。本さえあればソレでいい。
失望されたくないし、したくない。
だってオークだし、嫌われ者だし。
「どうせ優しい先輩の事だから、嫌われたとか思って頭のなかぐるぐるしてるんでしょうけどこのため息は違いますからね。このため息は『しょうがねぇな』ってため息です」
「えっ?」
「ここにいる全員、別に先輩の事オークだからってキモいとか言ったこと有りました? オークだから乱暴とか思いました? はい思った人挙手!」
ひなちゃんもリーナも手を上げることはしなかった。
「あのねぇそんなこと思うわけないんすよ。ここにいる全員みんなはみ出しものなんですよ。俺なんか酷いですよ。貴族の妾の子供として生まれて、ぐれて家飛び出して結果ホストやって。そんでも貴族の奴らぎゃふんと言わせてやりたいし、ビッグになりてぇと思ったから魔法使いとか似合わねー事やってるんですわ」
「佐々木……」
「アタシだってそうよ。エルフの癖にって言われて教会に預けられて。だからずっとアタシの事しらない場所行きたかったの。まぁなんとか村も出られたしよかったけど。お笑いよね。エルフのくせに淫乱なんてさ。でも別にみんながしいたレールの上歩いてなくてもいいじゃない。」
「リーナ……」
「私も旅は怖かったですけど、みなさんとっても楽しそうだし、同世代の友達以外って初めてですっごくたのしかったです。だからその……そんなに自分で自分の事責めないでください!」
「ひなちゃん……」
皆、俺の顔をしっかりと見つめてくれていた。
「……こう」
「えっなんていいました? 小さくて聞こえませんよ?」
「ふっふふなんだよ突発性の難聴にでもかかっちまったのか佐々木。これは小説でもなんでもねぇ、俺自身の人生……いや物語なんだよ!もう一度いうよ。助けに行こう! 姫様を!」
「しかし探すって言ってもなぁ。どうするか」
意気揚々と佐々木にかっこいいこと言ってみたはいいが、なんとも腰砕け。本質的に俺は主人公という才能がないんだろう。
世の中には主人公みたいな人間がわずかながらに存在する。
最終回ツーアウト。フルカウントから逆転満塁サヨナラホームランを打つやつ。朝起きたら全裸の女の子が添い寝している状況が毎度発生するプレイボーイ。そんな奴とは一線を画する俺は狼狽えていた。
おそらく姫様が連れされたであろう森を、俺たちは早足で歩いていた。
細かい事は分からないだけど、こいつらとならなんとかやっていけそうなそんな期待にも似た何かが心の底から湧き出てくる。
「あっそうだ! はいはい! 私が森の動物に聞くっていうのはどうですか?」
そう言ったひなちゃんはまたしても何かしらない言語で大きな声を上げた。
すると近くの茂みからはリスやら、ふくろうやらがドンドンと増えていき、しまいには動物でできた輪に取り囲まれる。
動物達はそれぞれ何かを訴えかけるように、さえずったり鳴いたり。まるで動物園に来たような感覚さえ覚える俺たちと、真剣な顔で鳴き声を聞くひなちゃん。
「向こうの方に川があるんですけど、そちらの方に知らない男女が居るって言ってますね。後それから……」
指をさしたのは王都を中心と考えた時の東の方角。空はもうすぐ夜明けをのようだ。進行方向の空は深い藍色の空から水色へと衣替えをしている。
「それだけ分かれば、十分だ! 行こう!」
少し進むとすぐに川のせせらぎが俺たちを出迎えてくれた。多分近くに学校があったら夏休みはここで遊んじゃいけないっていう手紙が保護者に周るような流れの早そうな川だった。
「弥太郎ちゃん。手分けして探しましょ」
「そ、そうだね」
いつもはだらだらとあてのない会話を続ける俺たちにも団結力って言葉が合ったのには以外だ。四方八方持ち場を決め散開した。
「姫様……どこいんだよ~」
お金の為に探すはずだった姫様を、今ではなにか違うものの為に探している気がした。このままじゃいけない。なんとなくだけどそんなことが脳裏に浮かんだ。
喧嘩別れなんかつまんない。
別にどう思われてもいい。
だけど、せめて自分が納得出来ないことをもうそのままにするのは嫌なんだ。
俺は変わったのかも知れない。いや変わってる最中なんだろう。だからこそ姫様を見つけ出したかった。
水色の空が朝焼けに染まる。陽の光が差し込み黄色というより黄金にきらめく川の終わり。
断崖絶壁の川の畔に、目的の二人はいた。
「おい!」
俺が大きな声だすと、振り向いたのはさっきの野盗と腕を強引に握られた姫様だった。
「ちょっとアンタなにしてんだ!」
「うるせー知るか! 就職失敗して、もうどうしようもない人生なんだ! 仕事もねぇ、恋人もいねぇ。家もなぇ! 今まで勉強だけやってきたのになんなんだこの扱いは! もう牢屋入るぐらいしか道が残ってねぇんだよ! 覚悟がちげーんだよ覚悟が!」
涙がでそうになるほど俺とそっくりの境遇に胸に何かがこみ上げた。
「だからっていたいけな女の子さらっていいとは限らないだろうが」
自分で言うのもなんだけど、自分が過去にやった事を棚に上げ轟音に負けないぐらいに喉を張り上げる。
「く、くるな! これ以上近づいたら姫様落としてやるぞ! こうなったらヤケだ!」
「た、助けて!」
姫様も声を上げる。
あぁもうなんでこんな男前な事しなくちゃいけないんだ。第三者がこの状況をみたら、イケメンだと思われちまう。オークがやることじゃないだろ。
だけど、やってやる。
俺は武道の経験も無ければ、運動が得意なわけでもない。
だから助け方なんて分からない。
でもわからないならとりあえず行動しよう!
一歩、また一歩。少しづつ足を踏み出す。しかし距離はつまらない。
「く、くるな!」
そういった野盗も俺と同様に距離を離す。
しかしそれも永遠には続かなかった。なんせ野盗と姫様の後ろには崖しかもうないんだから。
「もう抵抗しても無駄だぞ!」
俺がそういった瞬間だった。
ズルルッ
「きゃぁあああああああああああああああああ」
足を踏み外した野盗に引きずられる形で目の前から、姫様が視界から消える。
何が起こったのか考えるまでもない。姫様は滝壺に真っ逆さまってだけの話だ。
「あぁぁもう!」
俺は走りだした。
一度掴みかけた何かをもう一度掴むために
崖のギリギリの距離を思い切り踏み込み滝壺にむけて飛び込む。
「こえええええええええよ」
予想外の滝の高さに涙が出たのか、それとも滝から跳ねる水しぶきがかかったのかは分からない。
「まだ死にたくないよぉぉぉぉ、せめて結婚したいよ~!」
落ちた姫さまはこちらを向いて必死に手を伸ばす。このままでは死へのカウントダウンはほんの数秒でゼロになってしまうだろう。手を伸ばしなんとか空中にいる間に姫様をキャッチして、俺の体を下に潜り込ませる。これが今俺に求められている役割だ。
「とどけぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇ」
届け!
届け!
届け!
バゴォォゥン
盛大な水しぶきが上がり、派手に水面にたたきつけられた。
もちろん俺の背中からだけど。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ」
水面に浮かんでいると背中からトゲでも刺さったんじゃないかっていうぐらいの痛みが全身にはしった。『これ本当に岩でも貫通したんじゃないか?』と妙に不安になった俺が胸の辺りをさすると、そこにはびしょ濡れになって高貴さのかけらもない姫様の小さな頭がちゃんと乗っかている。
「た、助かったの……?」
「た、たすけましたよ……すげー背中痛いですけど」
「そっか……あ、ありがと」
「なにしおらしくなってるんですか? いつもみたいにそこのオーク大義であったぞとか言わないと。お姫様なんだから」
「別に許したわけじゃないからね誘拐の手伝いしたの」
「わかってますよ」
「あと……」
「なんですか?」
「姫様じゃなくて、杏樹って呼んで。堅苦しいの……いやなの……」
「了解です。姫様」
はたから見れば、今最高に気持ち悪い笑顔をオークがしているはずなんだけど、そこはまぁ命の恩人というか助けた補正をかけてもらってなんとか許してもらおう。
「杏樹! でしょ!?」
いつもの凛とした表情が消え、潤んだ瞳に柔らかくはにかんだ杏樹が、命の恩人である俺の鎖骨の辺りを叩くと何かが折れる音がした。
おそらく本人軽く小突いたつもりだろう。
しかしただでさえ落下の衝撃で瀕死状態の俺の可愛い可愛い鎖骨ちゃんは体内で粉々に砕け散ってしまった。
鋭い痛みで頭の冴えた俺は、『あぁおっぱいって素晴らしいんだな』という触覚を刺激する電気信号に感動さえ覚えていたのは秘密だ。