表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫騎士はオークに捕まりました。  作者: 霧山 よん
姫騎士はオークに捕まりました。
7/10

Let it go

「昨晩はお楽しみでしたね」

 ゲヘヘっていう効果音がぴったりの随分とゲスな笑顔をひなちゃんのお母さんに向けられながら、俺たち一行はドラゴンが住んでいるらしい山への道を歩いていた。

「いやー昨日はたいへんでしたね。先輩もうちょっと緊張感持ってくださいよ!」

「うるせーよマザコン!」

 俺がいかに大変だったのか一から聞かせてやったうえで、俺がどれだけ大変だったかを感想文にして提出して欲しいぐらいだ。

「はぁもうサイアク。もう次は絶対にヤる!」

 リーナはリーナでブツブツと呪詛みたいになんか危ない事をつぶやいてる。

「しかし、ドラゴンの巣ってどういう所なんですかね?」

「えっと……、この先の山の頂上に古城があるんですけど、そこに向かって飛んで行くのを部活の帰りに見たんです。たぶんそこにいけばなんか手がかりぐらいは……」

「えっ……ドラゴンが根城している場所知っているわけじゃないの?」

「バカだなぁ先輩は、こんなかわいい女の子がドラゴン間近で見られるわけじゃないですか。まっ手がかりがあっただけでもよしとしましょうよ!」

 まぁそうだよな……。そんな有益な情報がその辺に転がってたら、とっくの昔に俺たち以外の奴らがお姫様見つけ出してるか。

 校章の入ったシミひとつない開襟シャツ。チェックのスカート。それにリュックサックという出で立ちで黒髪を風に揺らしながら軽快に歩くその姿には、リーナがとっくの昔に失ってしまった爽やかさみたいなものがにじみ出ている。

「アタシの顔になんかついてる?」

 ついてないから安心しろ。

 ひなちゃんのガイドがいいのか、はたまた運がいいのかわからないけれど、モンスターに合わずに気がつけば目的の山の麓まで来ていた。

「ここがドラゴンを私が見た山です」

「山って……どっちかっていうと崖っすね」

 村の近くに広がっていた景色どこに行ってしまったんだろうっていうぐらいに黒ずんで鈍い色をした空。そしてむき出しの岩肌。溶岩の流れる川からくる熱気は甲冑の中の俺の肌をジリジリと攻撃してくる。

 さらに山頂に目を向けると、一定の間隔で爆発音みたい音とともに噴煙が上がっているのがみえる。

「あっつい!」

「いい加減甲冑脱ぎません? 全員先輩がオークだって知ってるし、オークにビビるような人も居ませんよ」

 昨日の一件で俺がオークだという事もひなちゃんにはバレているけど別段気にしていない様子だ。そもそも生き物が俺たち以外に存在していないんだからぬいでも問題はないだろうけど、いつモンスターが襲ってくるか解らないような状況で呑気にすっぴんになるのも気が咎めるのもまた事実だ。

「じゃぁ皆さん私にはぐれないようにしてくださいね!」

「つうか臭い。なぁリーナオナラしたっしょ?」

 辺りには卵が腐ったような腐敗臭も充満していた。

「はぁ? するわけ無いでしょ? あんた失礼にも程が有るわよ!」

「これは硫黄の匂いだろ?」

「なんすかそれ? 硫黄? 世界って広いなぁ」

 バカは放っておくとしてもここはいたいけな女子校生が来るような場所じゃない。

「ていうかさアタシ一つ気になってるんだけど、こんな所にくる部活ってなんなの?」

「たしかに……」

 どっちかといえば、屈強な男戦士が修行の場として使っていてもおかしくないような雰囲気だ。

「ねぇひなちゃ……ん?」

「しっ! 静かにしてください!」

 疑問を解消しようとひなちゃんに話しかけようとしたその時だった。そたらから聞いたことも無いような鳴き声が聞こえる。

 ギエェェェェェェェェ!

 鳥の様な、爬虫類のような。なんとも判別しがたい鳴き声が辺りに響き渡る。

「これが……ドラゴン!?」

「違います! いえ、たしかにドラゴンに似てるんですけどスイカとスイカを模したアイス、『スカイバー』ぐらい違います。あれはこの辺に住むトカゲの一種ですね。あっでもすごいおバカさんで、ドラゴンと比べたらもう雲泥の差ですね。だからすぐ喧嘩仕掛けてくるんですよ」

「ようするにあれでしょ、佐々木ってことね?」

「おい!!!」

 空からくる一億の佐々木に俺たちは恐怖した。

 火山から舞い上がる灰で空は黒を通り越して邪悪な色になっているっていうのに、その黒い空の中からポツポツと黒い影がこちらにいくつも向かってくる。その数は次第に増え、黒い空に蠢くそれに俺たちは恐怖した。

「佐々木! なんか魔法使えねーのかよ! ムラムラムとかさ!」

「距離が遠すぎてかかりませんよ! やばいよぉ~、死んじゃうよ~」

 本当に肝心な時になんもできなくて嫌になる。でも仕方ない。いっぱい噛み付かれるだろうけど俺がやるしか無い……。

「いやでも、お前村でなんか買ったんじゃねぇのかよ!」

「あっそっか……。そうです買いました。風の魔法!」

 俺が聞くと、佐々木は新呪文の存在をすっかり忘れていたようだ。やっぱりバカだ。

「空飛んでる相手だったらいかにも有効そうじゃん! あるなら初めから使えよゴミ虫!」

「言われなくても唱えるよ! はっ!」

 佐々木が杖をぐるぐる回し、ブツブツと何かを唱えると俺たちの周りに優しい風が吹き込んだ。

「ま、まるでそよ風」

 俺の脳内には『またか……』という安心感というか、既視感というか。そんなものが湧いてくる。

「あっ今先輩、どうせ微風が吹いて終わりとか思ったでしょう? 違うんだよなぁ……。」

「何ッ!?」

「ここから更に呪文を唱えます! いいですかこれが俺の全力全開だぁぁぁぁ!」

 ゴツゴツの佐々木の足元には、佐々木を中心とした魔法陣が浮かび上がる。これは……、このエフェクトはどうかんがえても上級魔法。

「喰らえッ!」

 空に無数に浮かぶ黒い影に向け杖を向ける。しかし、電撃も火柱もそこには現れない。俺たちの中に失敗した空気感が流れたその時。突如として変化は起きた!

「クシュン! クシュン!」

「ど、どうしたいきなり!」

 リーナがくしゃみを始めた。しかも一度二度の騒ぎではない。目は朱く充血し、うっすらと涙が浮かんでいる。鼻水も止まらないようで、いつものの砂糖を煮詰めたような甘い声から鼻声に変わっているじゃないか。

「成功です! これが新魔法『アレルゲン』です! 体内の抗体を過剰反応させて……。」

「なんでお前はそういう魔法しか買わねーんだよ! 隕石降らすとか火柱作って敵を足止めとか他に色々あるだろうが!」

「だって店員さんに聞いたら俺ならこれが一番だって!」

 おおかた、人間だからそういうかっこいい系の魔法は魔力が足りなくて使えないんだろう。だからってくしゃみを起こす魔法ってなんなんだよ!

「ちょっと……クシュッ! だからってなんでアタシにかかるのよ! せめて敵にかけなさいよ!」

「別に誰にかけるとかじゃなくて範囲魔法だもん! お前がたまたま過剰に反応しただけだろうが!」

「はぁ!? 異常ステータス直す魔法だって無料ただじゃないんだからね! 弥太郎ちゃんなんかいってやってよ!」

 敵の空飛ぶトカゲは、もう目と鼻の先まできている。慌てふためく佐々木とリーナはいいとして、心配になってひなちゃんを探すと俺たちの先頭に立ち、目を閉じて何かをブツブツと唱えている。

 魔法じゃないことは確実だ。なんせ処女だしな。

 じゃぁなにをつぶやいているんだ。

 俺は、考えた結果ある一つの結論に辿り着いた。

 遺言的なやつをつぶやいているに違いない。

 何度もいうが、ひなちゃんはいたいけな女子校生だ。ひなちゃんは夜中トイレもにも一人で行けないし、男の子を見るとはずかしくなっちゃうんだ! 学校と部活が忙しくて恋もできないんだ。頑張り屋さんなんだ!

 そんなひなちゃんにこんなところで死の覚悟をさせるなんて俺は男失格だ。

 よし男は度胸っていうじゃないか! 所詮オークだ。社会の爪弾きものだ。だったらせめて傾いてやろうじゃないか!

「俺はオークだ! オークだぞぉおおおおおおおおお」

 そう叫び、俺はひなちゃんの前。空飛ぶのトカゲの前に立ちはだかった。

「やっぱこええええええええええええええええ」

 敵意むき出し、よだれ垂れ流し、牙全開のトカゲの群れが俺の肌とコンタクトしようとするその瞬間だった。

 目の前で雷光のようなものが光る。

 ズババババン!

 グギャァ!

 ドスンッドス!

 打撲音というのだろうか。それとも生き物が肉になる音というんだろうか。いや魂の狩られる音と表現してもいいだろう。

 あまりの早さに手がどんな動きをしているのかは、常人の俺たちには理解できなかった。しかし眼鏡の左レンズには、おそらくトカゲのものであろう青い体液が滴っている。

 いや眼鏡だけじゃない。ひなちゃんの体がジョジョに蒼に染まっていく。

 放射状に広がった惨劇は終幕し、エンドロールにはニコッと笑ったひなちゃんが立っている。

「あ、あの一つお伺いしたいんですが、部活って……なんなんですかね?」

 佐々木が恐る恐る聞くと彼女は、体液を拭いながらこう答えた。

「殺戮遊戯部ですよ♪」

 山の中腹で噴火の音がうるさいはずなのに、俺たちの唾を飲み込む音はしっかりと体内で響いたのは分かった。







「ではこれから『ひなちゃんちょっと強すぎて今後どういう距離感をとっていのか会議』を始めたいと思います」

「正直言って、俺もうどうしていいのかわからないっす」

「アタシもそうよ。ちょっと強すぎるわよ。なにあれゴリラじゃん」

「おいバカリーナ! 声がでけぇよ! ひな先輩に聞かれたらやられちまうぞ」

「本当だよ! ちょっと空気読んで!」

 真っ赤な水面からはボコボコと気泡が湧き、一面が黒と赤のコントラストで構成された マグマの湖の中心には古城がそびえ立っている。

 俺たちは城まで伸びる、丸太の橋を渡りながら今後のパーティのあり方を決める為、佐々木とリーナで会議をしていた。

 ひな先輩は、橋を渡るのに慣れているのかすでに城門前でコチラに向かって手を振っている。

「魔法使いなのに、なんで殺戮遊戯部なんて入ってるんすか。つうかそもそも殺戮遊戯部ってなんなんすかね?」

 俺たちが一歩進むごとにギシギシと不安定に揺れ動く橋は、まるで俺たちみたいだった。

「俺に聞かれたって分かるわけねぇだろ佐々木!」

「一子相伝の殺人拳とか学ぶ系のやつじゃない?」

「だったらなんとか神拳部っていう名前になるだろ普通。アレだ、きっと暗闇で人をいかに殺すかとか考えてる部活なんだよ。うわぁマジダークエルフおかっねぇ!」

「あっ今一瞬アタシの方みたでしょ。言っとくけどアタシはエルフだからね。ダークエルフじゃないから! なに人を殺し屋みたいな目で見てるのよ」

 佐々木がちらっとリーナを見ると、それに気づいたリーナはすかさず反応した。

「ていうかさ、あの娘いじめられてたんでしょ? あんな強いのにいじめって女子校の奴らどういう事になってんだよ。魔法使いの養成校とかいってるけど、絶対煮えたぎる油に浸かる修行とか、釘のついたグローブとかで殴り合いしてんだろ絶対に!」

「前もアタシ言ったけど、女子同士っていうのはそういう一つのステータスが飛び抜けてたりするとそれだけでいじめの対象だったりするんだって! 弥太郎ちゃんだってオークの特徴でいじめられて、オークの特徴でやり返したら『これだからオークは』とか言われちゃうでしょ? それと同じよ。とにかく今はひなちゃんの機嫌を損なわないようにするのよ。特に佐々木!」

「わ、分かってるよ!」

 ひとしきり会議が終わるとひなちゃんを待たせない為にダッシュで橋を渡りきった。

「遅かったですね。どうかしました?」

「す、すいません。それよりひな先輩。村で魔法使い志望って行った時にバカにしてすいませんでした。あのお願いですからころさ、にぃ!!!!!」

 佐々木が早速言わなくてもいいこと言ったので、すかさずリーナがスネにつま先をねじり込んだ。

「なんでアンタはそう、極端なのよ。そんな露骨な事言ったら、気使わせちゃうでしょ? 死にたいの?」

 小声でそうつげられると、黙り込んだ佐々木は全身を硬直させた。対するひなちゃんといえば、頭の上に疑問符を浮かべていたので、すかさず城にはいろうと促すと笑顔で返してくれた。

 着いたのは外とは一転して少しひんやりとした城内だった。人が住んでいた頃は華やかなシャンでイリアが照らす素敵な空間であろうロビーも、今では白骨化した骸骨達が力なく横たわるだけの寂しいものになっていた。

「と、とりあえず、ドラゴンさがそっか?」

「そうですね。あの子達もドラゴンのせいで住処をなくしたって言ってましたし……間違いないと思います」

 さっきひき肉になることを逃れたもの死に体になっていたトカゲを尋問した結果、ここにドラゴンがいるのは間違いなさそうだった。

「動物とは普通に話せるのに、男性って意識しちゃうとロクにコミュニケーションもとれないんです。お笑いですよね……。」

「そんなこと無いっす! 自分ひな先輩尊敬してるっす」

 そんなことは断じて無い。どっちかっていうと、オークなのに背の小さい俺やエルフのくせに淫乱なリーナのほうが恥ずかしい。もうこのパーティでの発言の優先度はまずひなちゃん。その次に俺とリーナ。そして佐々木の順番になっている。

「あっこれ見て下さいよ弥太郎さん! ドラゴンの鱗ですよ。大きいですねぇ!」

 ひなちゃんの指差す方向に広がっていたのは大広間。左右にはシンメトリーに上のフロアに続く階段が設置されている。照明もなにもない暗い中でよく目を凝らしてみれば、そこかしこに鉄板みたいに分厚いドラゴンの鱗が落ちている。

 ソレを見つけたひなちゃんは駆け寄り、目を輝かせながら力を込めて、正拳突きを叩き込むと割れることもせず、まるで金属みたいな音だけが辺りに響き渡る。そりゃ盾とか武器とかに使う素材だもんな。

「すごーい。私が叩いても割れないなんて! ビックリ!」

 無邪気にはしゃぐひなちゃんを尻目に、俺たちは白目を向いていた。

「佐々木、アレ腹に仕込んどいた方がいいんじゃね? まさかの時に役立つかもよ?」

「先輩バカじゃないんすか? 普通大人三人ぐらいで運ぶのがいっぱいっぱいの代物なんですよ。それに見て下さいよ! この俺の腕を! 女の子一人支えるのがやっとって感じの細さでしょ? 運ぶんだったら先輩が持ってください。それにしてもドラゴンどこに行ったんですかね?」

 目の前には鱗も落ちている。本来であればこの近くでドラゴンが眠っていて、俺たちの会話が耳に入り寝起きのドラゴンと強制戦闘なんてイベントが合っても良さそうな気配なのに、俺たちの周りの空気は平和そのものだった。

「コンビニとか行ったんじゃない? それよりお姫様って合コンとか組んでくれるかな? アタシいい男と合コンしてみたいんだけど!」

 男旱おとこひでりの姫様だ。むしろ合コン組んでくれって金髪の髪を振り乱しながら頼む事だろう。

「コンビニでもなんでもいいけどドラゴンなんて会ったって面倒臭いんだから、鬼のいぬ間になんとか姫様助け出したいけどねぇ」

「お力になれず申し訳ないです」

「いや全然大丈夫よ。むしろここまで来てくれて感謝してるよ」

 感謝を告げると、顔中の筋肉という筋肉が緩みっぱなしのひなちゃんは何度も何度もドラゴンの鱗をバンバンと叩いている。その度に鳴り響く重い鐘のような音が妙にこわかった。

「あっそうだ! はいはいはい! 先輩!」

 ドスンドスンと鈍い音が鳴り響く大広間で、颯爽と手を上げ発言を求めるのは佐々木だった。

「あぁそうっすね。この手のお城にお姫様とくれば相場は決まってます。最上階! 最上階目指しましょう。絶対そこです!」

 どうせ、彼女に読んでもらった絵本かゲームで得た知識なんだろう。しかし城に入って多少散策はしたけどお姫様がいそうな気配のする場所なんて他に見当たらない。あながちこの根拠の無い自信が正論に思える。

 もう面倒事はたくさんだ。目の前に人参が吊り下げられた馬状態の俺は、駆け足で階段を登った。

 蠢く骸骨も、宝箱の形をしたびっくり箱みたいなモンスターも居ない城をただ走り回り最上階まで辿り着いた俺たちの前に現れたのは、オークの俺でも苦労しそうな重いドアだった。

 きっと中から何度も開けようとしたんだろう。少しだけコチラ側に傾いたドアの隙間からは光が少しだけ漏れていた。

「そもそも姫様ってなんで最上階にいるんだろうね。」

「それはですね師匠。敵に襲われた時とかに兵士が守りやすいからって聞きましたよ」

「ひなちゃん物知りぃ~。アタシなんてそういう勉強全然だよ」

「いえいえ師匠こそ!」

「ほら静かにしろよ! 先輩部屋見ましょう部屋!」

 俺たち四人がトーテムポールみたいに頭を重ね中を伺うと、そこに居たのはあの時、大泣きしたお姫様ご本人だった。

「うぉ! 姫様スウェット着てる!」

「姫様を連れて帰るまでがお仕事なんですよね? ちゃんと王都連れてくんですよね。私困りますよ。連れてってもらえないと私困ります!」

「大丈夫よきっと! 姫様に頼んで合コンしてもらいましょ。私飲み会のトークはイけるほうだから!」

「でもアレですね……部屋きったないですね~」

 たしかに、ビールの空き缶につまみの包装。あとはお弁当の空の容器なんかがベッドを中心に広がっている。

「そりゃいつもは御付の人とかがそういうことやってるからしょうが無いって」

 姫様は居た。別に誰かと話してる様子もないし、気配もない。だけど……。

「あぁ~♪ 何故私は囚われたの~♪ 誰も助けに来てくれないの~♪ 私の王子様~♪」

 鼻歌を通り越して本気で歌を歌っているお姫様。もしこれで俺らが強引に入ったら独り言を言っていて、ふと振り返ると人がいた時のようなバツの悪さを感じるはずだ。

「集合」

 俺が皆に聞こえるようにそうつぶやくと、ドアから一歩引いた場所に頭を突き合わせた円陣が一瞬のうちに形成されていた。

「……誰が行く?」

「俺嫌っすよ? ぜったい空気重くなりますもん。ここは先輩が! リーダーでしょ?」

「えぇ俺リーダーだったの? やだよ。リーナお願いできない。これキツイよ?」

「アタシ!? 嫌よ! だってこれあれでしょ。熱唱しながら自転車漕いでる人を追い抜くようなそんな気まずさじゃない!? あれ結構恥ずかしいのよね。んで熱唱してる側はこっち気配に気づいて音量下げるんだけどさ。鼻歌でごまかすのも限界あるし!」

「リーナお前、チャリ漕ぎながら熱唱するタイプだろ!」

「ち、違うわよ! そ、そのあ、あくまで一般論をね」

 純白のウェディングドレスみたいに白かったリーナの肌がゆでダコみたいに茹で上がり真っ赤に染まった。

「よし、ここは平等にじゃんけんしよう。せーの、最初はグー」

 大人だからわかる空気感。きっと相手もさぞかし恥ずかしい思いをするんだろう。しかも相手は一国のお姫様。今までぬるま湯のように配慮された環境で生きてきたはずだ。そんな人がいきなりこれは死にたくなる。

「お姫様ぁ~何歌ってるんですか?」

 しかし天然娘はそんなのお構いなしだ。仮にモリタニアの王様が裸でパレードしていたら、裸ですよっていの一番に言っちゃうのがひなちゃんなんだ。もうしょうがない。これも個性なんだ。

「えっ!? ちょっとなに言ってんの?」

 さっきまでじゃんけんで何を出すのか必死に考えていた佐々木は、旅一番の素早さで円陣から抜け出しドアの前で大声を出すひなちゃんを引き剥がした。

「何がですか、佐々木さん?」

「いやいやいや。こういうのはね……その~なんていうの? 向こうのお姫様が何となくコッチの気配に気づいて、受け入れ体制バッチリになったら声をかけるやつなんだよ?」

「もうひなちゃんダメよ。そういう輪を乱す行為は! あの人が徒党組む系の女子だったら、明日には教室の机ベランダから確実に投げられてるからね?」

 中を見ると、恥ずかしそうに俯いたお姫様が体を小刻みに震えさせていた。

「い、怒りで我を忘れてる! 助けないと先輩!」

「よしやり直そう! しょうが無いから。うん。いい? 俺たち階段登りました。目の前にはドアあります。そっからね?」

「了解!」

「分かったわ!」

「は~い」

 辺りが静まり返る。

「う、うわぁーなんて大きなドアだみんな協力して姫様を助けだすんだ! みんな協力してくれ」

「おー」

「はい」

「了解っす」

 気のない掛け声に気のない返事。お姫様を助けるコンテストがあったらワーストのほうでグランプリを取れるほどの緊迫感の無さだ

「その声は!? どちら様ですか!?」

 ドアの隙間から声が聞こえる。

「アナタを助けだしに来ました。さぁドアから離れて!」

 ドアの隙間からはきちんと声が聞こえた。

「さぁ行くぞ! いち! に! さんっ!」

 みんなで声をだし、ドアに肩をぶつける。

 ズリッ……ズリッ……

 少しづつではあるけれど、扉が動き始める。この人数でようやくこの速度……、お姫様じゃ開けられないのは聞かなくても分かる。

 ようやく人が通れる程の隙間が開くと、そこにはドレス姿に、いぜんとは違い少し髪が伸びたお姫様が立っていた。

「時間、足りなかったみたいね」

 リーナがそういうのも当然だ。まるで誰かが来るのが分かっていたように、さっきまでの毛玉だらけのスウェット姿も消え、純白のドレスを身にまとい、頭にはダイヤらしきものが大量についたティアラ。ただし時間がなかったのかティアラは頭頂部というより耳の上にくっついているし、服装は乱れに乱れていてまるで乱暴された後のようだった。

「あぁなんていう勇敢な人なのでしょう? ぜひあなた達のお名前を!」

「俺はえれめん…た……!!!」

 俺は慌てて自己紹介する佐々木の口を塞いだ。仮にも俺と佐々木は誘拐の片棒担いだ悪者だ。もしそんなことわかればあった時みたいに敵意むき出しで斬りかかられるかもしれない。

「名乗るほどの者じゃないので姫様いきましょう」

「なんという紳士な……。しかしそれでは私の気持ちが収まりません」

「ちょっと弥太郎ちゃん! まだ姫様ヒロインモードだよ?」

「わ、わかってるよ。あの姫様! 時間ないんでもういいですか?」

「ちょ、ちょっと! 普通こういうのはアナタが心の籠もった詩とか、歯の浮くような熱い台詞言うんじゃないの? 困るわよ! それでも貴族なの?」

「いやこっちも時間ないんですよ。アナタを王都まで届けなきゃいけないんで。それにそもそも貴族じゃないですよ我々」

「届ける? 貴族じゃない? なんでよ? 普通こういうのって隣の国の王子とか、名家の貴族の勇敢な一人がここまで到着するんじゃ?」

「あぁまぁ半分合ってるっすね。ぼくら貴族に依頼されて来てるんで! 俺たちの仕事は貴族に姫様を届けるのが仕事。ちなみに女性陣はなんやかんやの流れで来ました」

「ちょっと本気で言ってるの? 嘘よね? 一国の王女助けるのにノリで来たの? 『コンビニ行くんだけど買い物ある?』『あっ一緒に行くわ』みたいな感じで来たわけ!? 信じらんない!」

 取り乱した姫様、金髪を踏み出しひどく童謡したみたいだ。膝から崩れ落ちると顔をあげ確かめるように女性陣に質問を投げかけると

「私は男漁りの流れでここまで来ました。師匠もそうですよね?」

「まぁ男漁りっていうのは正しくないわね。私が興味あるのは弥太郎ちゃんだけよ。もっと正確に言えば、弥太郎ちゃんの男せい……」

 佐々木がリーナの頭を叩くと乾いた音がした。おそらく中身が空っぽなんだろう。

「な、なんということだ? じゃぁ王立騎士団は? 他の貴族は何をやっている!?」

 床に手をつき、途方にくれているが、そんなにゆっくりしている時間もない。なんせここはドラゴンの巣。ゆっくりするのも事情を説明するのもどこかの街についてからだ。

「俺、姫様に悪いことしちゃったかな?」

「俺も先輩と同じで胸の奥がチクチク痛みます」

 姫様は顔を下に向け、まるで明日が世界の終わりみたいな絶望の表情をしていた。

次回投稿は2014.08.25の18時前後に投稿になると思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ