バカと枕が紙一重
「怪我ないですか?」
改めて、目の前に女の子を確認していても、何の変哲もない女の子だった。
ただ、ひとつ疑問に思うことといえば、こんな普通の娘にさっきまで烈火の如くぶちキレていたモンスターが無邪気な顔をして首を擦り付け、子馬のような態度で接しているってことだ。
「危なかったですね。この生き物は『ユニコーン』って言うんです。怒るとすっごい怖いんですよ」
それは俺たちが一番良く知っている。なんせさっきまで貫かれそうになってたからな。
首元を撫でられているユニコーンはどこか満足気。まるで子猫が飼い主にすがるような、そんな優しい目をしていた。
「でもちょっとかわいくない? いいなぁアタシも撫でたい!」
そういってリーナも首元をさわろうとすると、さっきみたいに角に電気を溜め始める。
「なんで?」
「へっ? 自然の生き物っていうのは心の汚さを感じ取るもんだから。お前の性根の汚さをかんじたんだろうよ! まぁみてな。モリタニアの動物番長と呼ばれたこの俺が!」
絶対にその異名自分で考えたんだろうな、と一瞬思ったがここでなにか言うのも無粋だと思ったおれが黙って佐々木の行末を見守った。
「あぁっ! 危な」
目の前の女の子の警告も聞かず、佐々木が不用心に右手を差し出すとと、見事に右手を角で貫かれていた。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
悲鳴を上げる佐々木はリーナに泣きつきながら回復魔法をかけてもらっている隙に、俺は目の前の女の子に集中した。
佐々木の悲鳴にびっくりしたのか、はたまた自分が注意したのにけが人が目の前に出てしまったのを気にしているのか、目を見開いてキョロキョロと大きな黒目を動かしながら次の言葉を探していた。
「佐々木の事は気にしないで? あいついっつもこんな感じなんだ。そ、それでなんだけど……」
こういう時まず何を言えばいいんだろう。助けてもらったんだから俺を先に言えばいいのか、それとも自己紹介をしてもらうのがいいのか?
「そうですよね。自己紹介がまだでしたね。私、小日向・ドラウ・ひなって言います。」
俺が次の言葉を探していると、ひなちゃんは自己紹介をしてくれた。
でも俺の気持ちを察してくれたことより驚くことが一つ。目の前のこの利発そうな女の子は偶然にも宿屋の店主から聞かされた名前と同じじゃないか。
頭の中に響くファンファーレ。見つけたぞ! 宿屋の娘を見つけたんだ!
しかしなんだ、この胸の高鳴りは。見れば、緊張しているのかモジモジと足をすりあわせ、警戒心から目も合わせてくれない。だがこの胸から湧き上がる庇護欲はなんなんだ。
「かわいい」
俺は思わず口から本心を零していた。
「えっ先輩のタイプってこういうのなんですか?」
「弥太郎ちゃんも他の男と一緒でこういう処女っぽい子がタイプなんだ。あぁやだやだ。男っていっつもそう。たまにはあの手この手で攻めてくれるタイプの女性がいいとか言ってくれるお金持ちいないのかしら」
絶賛治療中の二人が俺から漏れでた言葉にすかさず反応してくる。コイツはいつもこうだ。肝心なことは何一つ聞いてなかったりするのに俺のこう言う失言の類はサイクロン式掃除機のように隈なく拾ってくる。不良品の掃除機たちがこれ以上騒音を上げるのが嫌だった俺は、慌てて否定した。
「いやそうじゃないから! お前らはこの娘を見てなにも思わないのか? どこか洗練されつつも、それでいてほのかに香る芋臭さ。まるで生まれたての子猫のような可愛さを! 例えるならマラソン大会の時に最後尾でゴールする奴を迎え入れるような、そんな心の暖かさなんだよ!」
「は、はぁそっすか……」
今まで見せたことのないようなテンションで力説をしている俺をみて、多分目の前の佐々木とリーナは俺の事を気持ち悪いと思ってるに違いない。
もし仮に、他人がそんなことを力説している現場に俺が居合わせたら、そう思うに違いない。
普段は自分の意見をここまで主張することをしない。だってオークの俺なんかがこんなことを言い始めたらブタ箱行きは免れないからな。
しかし一度上がってしまったテンションはそう簡単には下がらない。鉄も一度熱が入ってしまえば熱を冷ますのに水をぶっかけるぐらいしか方法は無いってもんだ。
あっそうそう。水といえば、何故か目の前に居るひなちゃんの瞳はなぜか水で溢れてる。水というか涙なんだろう。
まるで気持ち悪いオークでも見たみたいに悲しい表情をしているんだから不思議だなー。それにヒックヒックと苦しそうな呼吸までしているじゃないですか。まったくこんないたいけな女の子を泣かす酷いやつが居るなんて。
「あれっ? 先輩、泣かしちゃった系ですか?」
「弥太郎ちゃん今のはさすがに厳しいよ。泣くって、普通の女の子は」
泣かしたのは間違えなく俺だろう。いつもは責める立場の佐々木もリーナも今回ばかりは俺の行動を激しくバッシングだ。不慣れな立場に俺の脳内もショート寸前だった。
「よ、よくなんて、よくなんて無いですよ! 処女なんて!」
「えっそこ!?」
俺たちはこの旅始まって以来の驚異的なユニゾンで声を張り上げてしまった。
森の中でえづくひなちゃんをなだめていると、か細い声がちょっとずつ話し始めた。
「わ、私……グス……ま、魔法使いの学校行ってるんですけど……。その……処女だからいじめられてて!」
「ど、どういうこと?」
鼻をすすりながら、ひなちゃんは、未来を悲観して絶望にうちひしがれたような声で話し始める。
「皆さんは村から来てるからもう分かってると思うんですけど男の人居ないじゃないですか……。この街じゃ男の人は十二歳ぐらいから都会に出るのが決まりなんです」
「まぁ自活するってことでしょ? なんも問題ないんじゃない?」
「は、はい……でももう一つ問題があって、ヒクッ、それだと私魔法使いなれないんです! その精神的な穢れがま、魔力に影響するらしくてだから処女だと魔法使いになれないんですよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「そうもんなのか佐々木?」
「あっちょっとリーナもうちょい優しくして! 痛い!」
傷の手当に夢中な二人はそれどころじゃないみたいだ。それにコイツに聞いても無駄か……なんせ通信教育だもんな。
「だからお願いします! わ、私の処女もらってくれませんか?」
「えっ!? 待って待って? ちょっと良く聞こえなかったわ。もう一回言ってもらえる」
「で、ですから……その私の処女を……」
「いいから弥太郎ちゃんもらってあげなよ! 男じゃ分かんないだろうけど結構コンプレックスなんだよ? 処女って」
やはり経験がないというのは男女関係なく侮蔑の対象みたいだ。なんという世知辛い世の中。
とりあえず俺の認識している知識を繋げるとこういう事になるらしい。村の女は都会にでて処女を失いシングルマザーになって育てる。ちなみに男の場合は十二歳ぐらいで上京。通りでダークエルフの男のホストが多いわけだ。それに春になると、王都じゃ春先になるとダークエルフの未成年が補導されるっていうのはこういうことだったのか!
「お願いします。これじゃ私……私……実習にもいけないんです……。周りの友達はドンドン大人になってくし、そりゃ最初は他の街の学校と合コンとか組んでくれたんですけど……。男の人苦手で……。次第にいじめられるようになって……。だからいっその事山にでも籠もって一生過ごそうって。それにユニコーンも居てくれるし」
「ゆにこーん?」
「私、魔法使いの学校行ってるから、動物とも話せるんですよ」
「そうなの?」
俺は振り向き佐々木に確認したが、佐々木の顔からは、『えっ嘘!? そんなのできんの?』っていう表情しか汲み取ることはできなかった。
「えぇいいなぁ! じゃぁそのユニコーンにアタシが触らせてもらうように言ってよ!」
一仕事を終え満足感に満ちあふれているのか、佐々木の杖に灯った小さな火にタバコを近づけたながらリーナが言うと、ひなちゃんはユニコーンの耳に何かを囁いた。
ヒヒーン、ヒヒヒヒン、ヒヒヒヒヒヒ!
俺たちでは到底理解できないような会話がひとしきり終わったひなちゃんはなにかを迷ってるような態度でまたモジモジ仕出してしまった。やっぱりそのモジモジかわいいね。
「どうしたの?」
「いやその気を悪くしたらごめんなさい。これは私の意見じゃなくてユニコーンの意見なんで」
そう改めて念を押したひなちゃんは淡々とユニコーンの言葉を翻訳してくれた。
『お前みたいな、非処女が俺様に触れていいと思ってるのか! この売○婦が! お前が視界に入ることすらそうとう頭にくる! そもそもなんでそんなに股が緩いんだ? 履き古したパンツでそんなにゆるくないからな。触ったら刺し殺すつもりなんでよろしく!』
ひなちゃんはまだ話途中のようだけど、とてもじゃないが年端もいかない女の子が軽々しく言ってはいけないワードの応酬に、俺は佐々木の傷具合を確認するふりをして後ろに下がった。
気配を消し、誰かの逆鱗に触れないために。
ひなちゃんが話を終わるとリーナは体を小刻みに揺らし、さっきの激昂した状態のユニコーンにも負けないぐらいのプレッシャーを放っていた。
「ねぇ弥太郎ちゃん?」
「は、はいなんでしょう」
「なんかさ馬肉って美味しいらしいよ。知ってた?」
「い、いえ」
そんなこと言われて、俺はどんなリアクションが正解なんだ? いくら考えてもでないであろう結論に俺はたじろいでしまった。
「おいそこの馬ぁ! 上等じゃねーか! ここで真っ赤な雨で降らしてやろうか!? あぁん?」
『あぁん? 中古がいきがってんじゃねぇぞ? なぁおい? 声を聞くだけでもムカつくわ! 処○膜から声がでてねぇーんだよ!』
「なんで馬風情にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ! 処女だったら何なのよ! 勝手に期待して勝手に失望するとか意味分かんない! そもそも女の股から生まれてくるくせにどういう言い分なのよ! ねぇもう弥太郎ちゃんあの馬ムカつく!」
ひなちゃんの口から発せられる罵詈雑言に耐えられなくなったのか、俺に抱きついたリーナは涙ながらに訴えてくる。
佐々木はといえば、流れについてこれないと判断したのか、一歩離れた地べたに体育座りをしながらニヤニヤとコチラの様子を観察していた。クソッ! 安全圏でのうのうとしやがって!
リーナに酷い言葉を投げかけ、ひなちゃんにはデレデレなところをみると、女が苦手とかではなく非処女が殺したい程嫌い、というのが俺のユニコーンに対する分析だった。
しかしまぁユニコーンの気持ちも分からんでもない。
俺自身、童貞で恋愛経験も皆無だ。他人は普通に生活していれば恋愛の一つや二つするはずなのに俺はそんなの一切ない。皆無ってやつだ。だからそんな日陰ものには恋愛やその他諸々を経験している奴らがたまらなく眩しいんだ。俺たちだって人様に迷惑かけずに生きてきたのに。どこで差が着いてしまうのか。
出口の見えない迷宮に取り残され、次第に屈折していく感情がどこに向かう先なんか簡単に想像が着いてしまう。
「あ、あの念を押しますけど、私が言ったわけじゃ……」
「あぁもう多分リーナも分かってると思うし、大丈夫だと思うよ」
「安心しました。それでなんですけど、私の処女はもらっていただけるんですか?」
「ぇぇぇぇぇぇ」
話題が戻ってしまった。これはよくある『はい』というまで永遠に続く例のやつなのかもしれない。
「先輩これも人助けですよ」
「人助けね」
「こんな人助け聞いたことねーよ! だったらお前やれよ!」
「だから俺は彼女一筋だって言ってるじゃないっすか! それに先輩彼女居ないっぽいしいいじゃないですか!」
「え、えっと私お付き合いとかそういうのはいいんです! ただ処女をもらってくれれば!」
「余計ダメだわ! そんな擦れたOLみたいなの。ねぇリーナ、同じ女なんだからなんとか言ってくれよ!」
「あのね~女子の世界っていうのは、弥太郎ちゃんが考えてる以上に体育会系なの! 皆横並びだから調和するのよ。いい? 皆と違う。それだけだっていじめの対象になっちゃうのよ! 学校で人気の男子にちょっかいだそうものなら、周りに袋叩きなんだから。まっ私はそういうの慣れっこだけどね!」
「か、かっこいいですねリーナさん!」
「ちょっと何余計な事教えてんだよ! もうめんどくせーからお母さんに説得してもらおう!」
そりゃ俺だって童貞だからな。なんとなくはわかるさ。だけど見ず知らずの、それもこんないたいけな少女にそんなことできない。俺は最期の望みを母親に託し、嫌がるひなちゃんの手を引き帰路に着いた。
宿屋に戻り無事おつかいをクリアした俺たち三人は、ありがちな母と娘感動の再会を見守っていた。
「お母さんごめんなさい!」
「アンタって娘は!」
それから、ひなちゃんに悪いとは思いつつも事情を説明すると、お母さんは驚いた顔をしながらも、さほど驚いた様子もなく淡々とその事実を受け入れていった。
「ナルホドねぇ。女親なのに、そういう事気づかなかった私も悪いわね。ごめんねひな。でもいじめかぁ、引っ越すって言ってもお店あるし村は離れらんないしどうしよっか?」
「どうしっよかって娘さんの事でしょう? 俺たちに聞かないでくださいよ!」
「私だっておばあちゃんだって。この村の女はみんな社会の荒波を乗り切って大人になって帰ってくるの。それにいじめが嫌で学校行かないんだったら、いじめの根本の原因をどうにかするしか無いんだから」
そう言い終わったひなちゃんのお母さんは、メデューサみたいに鋭い視線でプレッシャーを放ってくるので、俺は石になるのを回避するためにそっと視線を落とした。
「よ、よろしくお願いします弥太郎さん!」
「だからお願いされても困るって! ねぇリーナなんとかしてよ?」
皆の注目の中、自慢の胸を強調するように大きく息を吸い込みながらリーナが一歩前に歩み出た。
「いい? 初めての時は緊張してるから、自分のポテンシャルを引き出せないと思うけど、まずは大きく股をヘボァ!」
佐々木は無言でリーナの頭をひっぱたいくと、リーナは椅子と机の隙間に器用に倒れこんだ。
「とにかく娘さんを無事に連れてきたんですから約束の情報を!」
「情報?」
「ドラゴンの巣ですよ! 知ってるんでしょ?」
「あぁそれね。私は知らないわよ。」
「は?」
お母様から飛び出た衝撃の発言に、俺は思わず心の底から威圧とも取れる語気の強さの叫びが漏れてしまった。
「そんな怖い顔しないの。知ってるのはひなよ。あっいいこと思いついたわ! ひな、この人達と一緒に旅に出なさいよ。そんでなんやかんやでなし崩し的に大人になったら帰って来なさい!」
「えっちょっとなんで! そういう話じゃなかったでしょ?」
「だって結局アンタ達王都に戻るんでしょ姫様助けたら。だったら王都でちゃちゃっとやってきなさいよ」
「うん! 有難うお母さん! 私、女になってくる!」
猛烈な倦怠感が俺たちを襲う!
「じゃぁそういうことで! 私仕込みがあるから厨房戻るわね! アンタ達お腹すいてるでしょ? 今日はひなの好きなお赤飯とシチューにしてあげるからね!」
「ちょっと! お母さん! まだ話は終わってないよ! ねぇ! もどってきてー!」
なにも解決しないままひなちゃんのお母さんはドアの奥に消えていってしまった。
「なんかそういう事なんでこれからよろしくおねがいします。弥太郎さん!」
「ちょっと待って下さいよ! 俺は反対っすよ!」
俺とお母さんの会話を後ろで聞いていた佐々木がすかさず声を上げた。
「なによぉ! もういいじゃない。ドラゴン退治にパーティ四人編成なんてよくある話じゃない。まぁアンタを戦力に数えたらの話だけどね」
「そこじゃねぇよ! 四人なのはいいけど! 魔法使いはダメっす! いいですか先輩! コイツ魔法使い志望なんすよ?」
「だから?」
「俺とキャラがかぶるんすよ! そりゃ戦士とかはかぶっても武器で差別化できますよ? だけど魔法使いと魔法使いじゃ構成に無理があるんですよ! バンドにドラム二人は成立しないでしょ?」
「アンタ、ドラムじゃなくてどっちかって言うと、タンバリンとかカスタネットよりじゃないの! 魔法もロクに使えないんだから!」
「なにをぉ!」
「あの~私魔法つかえないですよ、処女なんで」
俯いて今にも泣きそうな声。
「お前純ちゃん次泣かしたら首だぞ!」
「ちょっと先輩その娘の事になると目がマジで怖いんですけど!」
知ったことか、次に佐々木が失礼な事を純ちゃんに言ったらその時がお前の人生の最期の時なのだ。
「と に か く ! 無事にひなちゃんも助けだしたわけだし、今日はもうすること無いよね? アタシ疲れちゃったしお風呂入りたい!」
「それもそうだね。えっと部屋は……」
「あぁご案内します! あと今日は部屋数が少ないみたいなんで、リーナさんは私と一緒の部屋でいいですか?」
安堵のため息が意識せずに出る。ただでさえ野宿の連続、その上リーナと一緒の部屋にでもなったら余計疲れるに決まってる。
「えぇアタシ弥太郎ちゃんと同じ部屋がいいなぁ……。でもこのゴミ虫と純ちゃん一緒に寝かせるわけにもねぇ……。」
「お前、俺の扱いちょっと悪すぎるだろう。しかしそれも今日まで! 先輩俺この夕方の時間を利用して魔導書屋に行ってこようと思います!」
「わかった……あんま無駄なもんばっかり買うなよ」
「バカだなぁ先輩は! 俺が無駄なもん買うわけ無いじゃないですか! いってきま~す」
そういうと勢い良く佐々木は店の外に駆け出していった。
食べて、飲んで、大騒ぎしてをひと通りこなし、非常に満足度の高い一日を過ごしたような気がする。以前は人とこうやって騒ぐなんて考えたこともなかったし、しようともおもわなかったのに。
相も変わらず外では狼男が遠吠えをしている。しかしなんなんだ。半人前の魔法使いに淫乱僧侶。それになにもできない女の子。こんなのでドラゴンかお姫様を助け出せるんだろうか。少なくとも俺はそんなパーティでドラゴンからお姫様を助けに行く奴らなんて聞いたことがない。でももうこれにかけるしか無い。
ベッドに大の字に倒れこみ天井のシミを数えながら、俺はそんな事を考えていた。
「明日も早いからもう寝ようぜ……」
グガッ~ガッガガ~
首を捻ってみれば、旅の疲れからなのか睡魔は夢の中に連れて行ってしまったようだ。ベッドから一度出て佐々木の毛布を直してやると、ふと室内の光が反射してまるで鏡のような窓に自分の姿が写り込んだ。額からは角が生えて、犬歯は人のそれとは比べ物にならないくらい大きい。それにこの浅黒い肌。醜いもんだ。
ただ、コイツらと旅をしてる時は自分の種族がなんなのかも忘れてしまう。だって人間なのに魔法使いだったり、僧侶なのに淫乱だったり。そのうえ今度はダークエルフの処女の女の子。
社会のイメージと照らし合わせたら“らしくない”奴らばっかりだ。誰かは底辺だと笑うかもしれないし、学のあるエリート様から言わせればそんな連中と遊んでたらキャリアアップできないって言うかもしれないけどな。
「もう……食べられにゃいよ……」
今どきこんな古風な寝言を聞く事ができるのも派遣のお陰だと思うと少しは成長できたのかな……。たしかにここの料理は美味しかった。きっとエルフの郷土料理かなにかなんだとは思うけど香草とスパイスが複雑に絡み合った優しい味がした。佐々木もリーナもたくさん食ってたし。さぁ明日からはドラゴンの巣に本格的に向かうんだ。きっと朝も早い。寝よう。
俺は壁に付いたスイッチをオフにして、月明かりだけでベッドまで向かうとギシギシと板張りの床が鳴く。
季節は初夏。甲冑を着ていれば暑いぐらいの日中に比べ夜は冷え込む。毛布に包まっても少し肌寒い。
「少し冷えるな」
枕も体に合っていないのかどうも居心地が悪い。寝返りをして気持ち悪さを解消しようとすると、真正面に肌が透けるように薄いサテンの生地の名称も定かじゃないような露出の激しい下着を身にまとった笑むリーナの顔が目の前にあるじゃないか。
「じゃぁアタシが温めてあげるね?」
「り、リーナッ!?」
「なぁに?」
「なんでお前がここにいるんだよ!?」
「あのね、ひなちゃんがそういう知識が無いっていうからさ~、アタシ的にはやっぱ目で見て耳で聞くっていうのが教育には一番重要な事だと思うわけよ。それで今に至るみたいな?」
「へ、へぇ……じゃぁいつからここに? さっきまではいなかったよね?」
「そりゃもう弥太郎ちゃんがお風呂に行ってる間にベットの下に潜り込んで息を潜めてたわワケですよ! でも聞いて! 待ってる間佐々木が誰かと電話してる事ところ聞いちゃったんだけどさ。マジキモかった。赤ちゃん言葉だよ!?」
多分保育士をやっている彼女さんだろう。しかし聞きたくない情報を聞かされるコッチの身にもなってほしい。
「あぁそれで……。ベットの下にはひなちゃんいるわけ?」
「いいや? ほらあそこドアの隙間から覗いているわ」
俺がドアの方を覗きこむと、隙間から誰かしらの瞳がこちらを伺っているのが見える。もし誰が覗いているのかわからなかったら軽いホラー映像だ。
「し、師匠! 頑張ってさださい!」
「任せな!」
親指を立てドアに向けてたかだかとリーナが上げると、ドアの隙間からは小さな親指が少しだけ顔をだした。いつの間にやら女子チームには熱い信頼関係が形成されているみたいだ。
男の事になると見境のないリーナもいざ同性になると面倒見の良いお姉さんなのかもしれない。だけどそんな事は今はどうでもいい。
「ハハハしかし今回の俺は鎖で縛られてるわけじゃない! リーナの腕力で俺を止められるわけ……ってアレ体が動かん! 何したんだよ俺の体に!」
全身に力をいくらかけても、首から下は使い物にならないようだ。足の指の先から指先までが金属にでも変質してしまったようだ。
「フフフフフフ! 実はあの料理には薬が仕込んであったのさ! しっかしアタシも驚いたっよ本当に効果あるなんて」
「なんだよ薬って!?」
「あのね、ダークエルフって魔法使い多いじゃないの。だから義務教育で薬学が普通にあるんだって。凄いよね!」
「ま、まさか!?」
「そうよ! みんなが食べたあの料理には薬が仕込んであったのよ! 麻痺性の毒がねぇ!」
「お前なんて事してくれてんだよ! おい佐々木起きろ! この流れ二回目だぞ! 佐々木ぃ!」
「騒いだって無駄無駄ァ! もう私の手のひらで転がるしか弥太郎ちゃんの生き延びるすべはないのよ!」
「いちいち発言が悪役っぽいのどうにかできねーのかよ」
「そんなの知らないわよ! いい? ひなちゃんこれが女の悦びよ!」
そう言ったリーナは、掛け布団を景気良くふっとばすと、俺の股間の上に馬乗りになった。
体が動かなくなっても、感覚だけは残っている。人肌のぬくもりのというやつがジョジョに俺の脳神経を刺激する。
「先輩……がんばってくだしゃい」
「おい佐々木! 意味深な寝言で励ましてんじゃねーぞ! 本当は起きてんだろ! なぁおい!? もうぜったい明日電話する! 社員さんに電話する! そんで佐々木を首にしてやるんだ!」
「それは佐々木の電話は是非ともしてもらいたいわ。もうバカと喧嘩するのも疲れちゃうもん。さぁてそんなアホの話題なんか置いといて、弥太郎ちゃんはアタシと楽しみましょうよ。別に初めてってわけじゃないんでしょう?」
初めてです。
そう叫びたかった。
しかし、ここでもし俺が初めてであるということをカミングアウトしたら喉元まで伸びた毒牙から逃げられるのか? いやそれは無いだろう。それこそ喜び勇んで狂喜乱舞って感じになるに決まってる。
『うそマジ!? オークが童貞!? いただきま~す』
おおかたそんな台詞が飛んでくるに決まってる。
そこまで大事にしていたものでもないし、取り立ててもったいぶる必要もないんだけど、この状況でリーナにされるのは是が非でも避けたかった。しかしその信念もここまでだ。蛇に睨まれたカエルのように竦み、怯え、覚悟を決めたその時、目の前の捕食者に異変が怒ったようだ。
「さぁいくよ弥太郎ちゃん……。あれ?」
「ど、どうしたんだよ!?」
別にリーナの何かを期待してたわけじゃないんだが、馬乗りになっていたリーナが突如として動かなくなるのはあまりにも不自然だった。
「あれ? アタシも体が動かない……。ちょっとひなちゃん!」
「はい……。」
「あぁもういいから入ってきて!」
「あ、あの初めてで……三人プレイっていうのはちょっと……」
「そういうんじゃないから! 早く!」
「はい……。どうしました?」
部屋に入ってきたひなちゃんは膝まであるワンピースをきてどこか不安げに室内に入ってきた。
「ちょっとこれどうなってんの? アタシの体まで動かないんですけど!」
「あっ!!」
「なによなによ。もしかして私の料理にまで薬入れたりしたんじゃないでしょうね?」
ひなちゃんが顎に手を置き、考える事三十秒。ハッとした顔から出たのは衝撃の一言だった。
「あ、あの……怒らないで聞いて欲しいんですけど……私……間違えちゃったみたいで、いれちゃいました」
「な、な、な、なに天然大爆発させてるのよ! アンタが見たいって言ったんでしょうが! どうすんのよこれ! これじゃぁアタシ生殺しじゃない!」
「ご、ごめんなさい!」
罪悪感がたっぷりつまった小声の謝罪に怒ったのはリーナだった。
「ごめんなさいってどうすんのよ~?」
「どうするもこうするもじゃねぇー! 頼むから寝かせてくれぇぇぇぇえええええ」
俺の断末魔は夜を征く。