美男美女の性格が必ずしもいいとは限らない
天気も快晴。のどかな雰囲気。これでドラゴンに王位継承者が攫われたっていうんだからなんだか不思議な気分だ。
街と草原の境には昨日とは打って変わって澄み切った笑顔をした司祭様が手を振るのを尻目に、俺たちは新たな目的地に向かうところだった。
あの後、騒いでいたところを飲み屋帰りの司祭様に見つかった。
別に見つかるだけなら問題は無かった。問題は見られた状況が、俺に馬乗りになったリーナとギャーギャー騒ぐ佐々木という第三者からみれば完全に乱交パーティの真っ最中みたいなシチュエーションだったからだ。
「手を出したんですからちゃんと責任持ってくださいね」
向けられた笑顔の奥に隠された瞳は笑っていなかった。
半ばなし崩し的に責任という名の厄介払いを押し付けられるだけならまだいい。
話も終わりかな?
そんな甘い考えで油断していたら、今度は朝になるまで貞操概念についての授業。いい大人が三人ならんで正座させられ、眠ることも許されず、俺の心と体はボロボロの極限状態に達し今に至る。
「んで西ですよね西。ゴーイーストっすね」
「イーストって東よ?」
「し、知ってるし!」
俺たち三人は西に進路を取った。相も変わらず徒歩移動っていうのが体には堪える。
そもそも社員さんももうちょいちゃんとした情報というか確証めいたものを手に入れてから仕事を派遣してほしいもんだ。
立場が立場だけにそんなことは口が裂けても言えないんだけどさ……。
「こっち近寄んなよ。短小!」
「うるせーよ。だから小さくねーって言ってんだろうが。ねぇ先輩金溜ったらコイツ解雇して新しい僧侶入れましょうよ。自分嫌っすよ~」
「アタシだって嫌よ!」
どんなものにも相性っていうものがあるらしい。佐々木とリーナは取り付く島もないほど口喧嘩していた。よく似たもの同士っていうものは惹かれ合うなんて言うけど、まさしくその通り。でもその論法から行くと俺までバカになってしまうから俺はこのパーティの最期の良心として頑張らなくちゃいけないんだ。
「ねぇ~弥太郎ちゃ~ん! アタシ佐々木と旅したくない! どうにかなんないの?」
リーナは俺の腕に肉の塊を押し付けながら哀願したようにこちらを見てくる。たしかに男だったらこの状況を喜ぶだろう。だけど俺はそんな事より今後の生活が心配でそれどころじゃないんだ。
「む、無理かな……」
「弥太郎ちゃんだってコイツの使える魔法知ってるんでしょ? 私が勇者だったら間違いなくリストラ候補だよ? 馬車ウォーマー佐々木だよ?」
「おい! 変な二つ名つけるなよ! 俺には『元素の支配者』という超カッコイイ二つ名が……」
「佐々木! 火貸して!」
「ういっす。」
佐々木が杖の先端に火灯すと、リーナは細いタバコを近づける。
「だってこれだよ? ライターじゃん。なにが『元素の支配者』だよ! ホストだってそんな便利なライターもってないよ!」
「まだ習いたてなんだよ! だったらお前は何が使えるんだよ!」
「そりゃ僧侶ですもの。回復魔法に解呪の魔術。それに殿方を喜ばすあの手この手の特技は習得済みよ。ポンコツとは違うのよ! ポンコツとはね!」
そう言って、煙を佐々木の顔に吹きかける。
「うわっなにすんだよ! ちょっと先輩!」
「俺をスーパーマンかなにかと勘違いしてんのか? それにお前“社会人”なんだろ? 自分で何とかしろよ」
「そうやってあの時の事根にもってるんすね! くそ~。」
「もううだうだ言ってないで行きましょうよ! 次の街にはいい男がいるといいなぁ……その前に弥太郎ちゃんは私と寝ようね!」
怖いぐらい真っ直ぐな瞳で言われたその台詞には、何故か鬼気迫るものがあって、俺はほんの少しだけ寒気を感じた。
旅の最中、リーナが自慢の乳を、俺の片腕に押し付けて歩いてくる以外はなんてこともない普通の旅だった。
「あの付き合ってるわけでもないのにそういうのはちょっとやめてくれるかな?」
「あっ全然気にしないで。それに弥太郎ちゃんこんぐらいしてもうんともすんともしないんだもん。インポなの?」
「違います」
「お前あんま先輩にベタベタくっつくなよ! 先輩は硬派なんだよ!」
このパーティは、リーナが何かやらかす、佐々木がキレる。もしくはその逆か。
静けさを楽しむだとか、自然の流れに身を任すとか。そんな侘びも寂びもこいつらには通用しない。歴史的茶人、リキュウ・センも天国で悲しんでる事だろう。
そんな俺たち一行は、特に目立ったこともなく、ただただ野を超え、山を超え。着いた先は、褐色の肌と呪文適正が攻撃寄りという事以外はエルフ族とそう変わらないけれど、遺伝子学的にはイモリとヤモリぐらい違うので有名なダークエルフの多く住む村だった。
俺の貞操も無事なことも付け加えると、本当にヤマもオチもイミも無い旅だったようにも感じるけど、実際は全然そんなことはなかった。
なにより目の前の二人がしょうもない事でいつも喧嘩して、仲裁で忙しかったんだから当たり前だ。
「いや~久しぶりっすね~。この村で俺はまた強くなれる気がする……」
「アンタそういう台詞は戦闘に少しは貢献してから言いなさいよね。仮にも魔法使いでしょ? ただでさえこの辺はモンスターが強いっていうのに、戦闘中に携帯いじる。魔法は使えない。攻撃は当たらない。アンタの仕事っていったら敵からドロップしたアイテム持ち運ぶぐらいじゃないの!」
「それの何が悪いっていうんだよ!? そもそもお前だってなぁ!」
「まぁまぁ……。その辺にしてくれよ。俺も疲れてるんだ」
一緒に旅でもすれば仲もすこしは改善するかなと思った俺がバカだった。仲が良くなるどころか、悪くなる一方。もはや仲裁に入るのも面倒くさくなっていた。
「弥太郎ちゃんがそういうならいいけど。でも今日は宿で寝れるのよね。二人分のベットでいいわ。あっでもいい男がいるかもしれないし……やだ~リーナ困っちゃ~う」
男漁りに余年がないリーナは、体をクネクネさせ、まだ見ぬいい男へ想いを馳せている。しかし肝心のいい男が見つからない。というか男が独りも見当たらなかった。
「男が……いないわ……」
たしかに女子供の姿は見えるし、至って変な雰囲気が村を包んでいる感じもしない。だけど武器屋もパン屋も携帯屋もありとあらゆる施設の職員が女性なのは、村を回って五分でわかった事実だった。
「あり得ないでしょ! ねぇ弥太郎ちゃん! 男居ないよ! 地獄! 此処は現世の地獄だわ!」
地獄かどうかはよくわからないけど、違和感しか感じないのは確かだった。
「祭りでもあるんですかね?」
「なんで祭り?」
「いや男だけ褌一丁になって村を練り歩く的な……。そんな祭りあるって聞いたことが……」
「なにそれ?」
「それマジ? 天国じゃん。男が股間晒して歩くんでしょう。最高! ねぇ弥太郎ちゃん見に行こうよ!」
「股間晒してるなんて誰も言ってないよ! 話し聞いて! お願いだから」
佐々木がどこで仕入れたかも解らない知識にリーナのテンションは最高潮。暴走気味のリーナが先をいくもんだから俺たちも慌てて追いかける。がやっぱり男性は一人もいない。
「居ない! 男が居ないわ! なんで! なんでなの!? 股間祭りは? 佐々木ウソだったらはっ倒すからな!」
「だからあくまで一例であって、この村がその会場だって一言も言ってねぇ!」
余りの暴論に俺も佐々木の事が不憫に思えてくる。でもたしかにこの村をひと通り歩いても男性の姿は見えない。
「あぁもういいもん。今日は絶対弥太郎ちゃん襲うから」
「さらっっと先輩なに巻き込んでんだよこの雌豚が!」
「だってぇぇアタシ男居ないと寝られないのよ! 神よ! これがアタシに与えられた試練なのですね。放置プレイとして楽しみます!」
神様もきっと複雑な心境で苦笑いしていることだろう。
「もういいから宿でもとろう。さっき飲み屋併設の宿屋があったからとりあえずそこに行こう」
「ういっす」
「は~い」
木材の二階建て。こぢんまりとはしてるけど、派手すぎず静かすぎずの品の良い外装。中に入れば隅々まで手入れの行き届いている調度品。そしてやっぱり出迎えてくれるのは女性だった。
「はぁ……いらっしゃ~い」
なにがそんなにアンニュイなのか、人一人吹っ飛ばす勢いの大きなため息とともに出迎えてくれたのはおそらく店主であろうダークエルフの女性だった。
長い耳にはこれでもかっていうぐらい、ピアスをつけ、少しウェーブがかった髪をかきあげながるとあふれだす色気で少し吐きそうになるぐらいだ。
「うっ……」
「ちょっと弥太郎ちゃんどうしたの? 大丈夫?」
「いやちょっと吐き気が」
「それよりなんなんすかねあの女の人。困り事かな?」
「娘が超淫乱とかそういうやつねきっと!」
「ばっかそれお前の所の司祭様だろうが!」
「でも時間ないからね。面倒事は勘弁だから。俺たちの目的はドラゴンから姫様救うことだから! いいね? わかった?」
「わかったっす~」
「了解よ」
一応、共通認識として面倒事は引き受けないっていうことを小声で確認した上で、俺たちは店主に話しかけた。
「あの~今夜部屋とか開いてますか?」
「はぁ……開いてますよ……はぁ……」
あいかわらず店主はため息混じり。
「あぁどっかに勇敢な冒険者居ないかなぁ……」
「は?」
「あ、いえコッチのことよ。それで何名様ですか?」
「ちょっと先輩!」
店主と俺が話しているとさっきのトーンで佐々木が話しかけてきた。
「なんだよ!」
「待ってますっって」
「何をだよ」
「だから、店主の女の人待ってますって」
「あ ぁ 誰 か 勇 敢 な 冒 険 者 がい れ ば な ぁ……」
「ほら~、露骨ですもん。完全に先輩の事待ってますよ?」
「絶対嫌だよ。どうせアレだろ。なんかおつかい頼まれるんだろう?」
「かわいそうだから助けてあげようよ。ほらアタシの時もなんだかんだ助けてくれたじゃん! あれよね。基本的に弥太郎ちゃんはいい人だもんね」
この空気感はまずい。首を縦に振った五分後にはこの村に男が居ない理由が明らかになって、その上近くの洞窟での魔物退治ツアーが始まるやつだ。
「あ ぁ ド ラ ゴ ン の 巣 の 場 所 わ か る の に な ぁ」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「洞窟じゃなくて森のパターンでしたね。でもいいんですか? 姫様救出そっちのけで人助けなんて」
近くには川が流れているのか、水流の音が辺りを包み込む。『ダークエルフ』という暗黒儀式めいた名前とは裏腹に緑も溢れている。俺の地元にも似た風景に懐かしささえ感じる。
俺たちは、宿の艶っぽさ全開、フェロモンムンムンな店主の甘い誘惑、もとい厄介事を引き受ける事になってしまった。
だってしょうがないじゃないか。露骨なんだもんあの宿屋の店主。
「弥太郎ちゃんなんだかんだノリノリじゃん! つーか男が居ない理由聞くの忘れてたわ。」
余りにも衝撃的な事実を目の当たりにして、それまで気にしていた事が頭から吹き飛ぶというのは俺もよくある。
「仕方ないだろ。背に腹は変えられないんだよ! まぁ村の秘密は帰ってからでいいでしょ」
「多分この娘さん救出イベントでフラグが経ちました。おそらく娘さん連れて帰ったらボス居ますよボス! いやー腕がなるなぁ!」
リーナは相も変わらず、俺にピタリとついて離れない。それはまだいい。いい加減感触にもなれ心拍数が上がることもなくなったからな。問題は佐々木までも捨てられたペットのように震えながら俺の左手にしがみついて離れないってことだ。
「またまたぁ~、なんだかんだ弥太郎ちゃん優しいよね。そういう所すきだよ!」
「あぁそう……もういいから娘さん探すぞ!」
「でも先輩……なんかここすげー強そうなモンスター出てきそうですよ。絶対はぐれない様にしてくださいね」
まるで小動物みたいに震える佐々木は、勇敢な台詞とは裏腹に俺の左手をぐっと握って来る。汗ばんだ佐々木の体が不快で仕方がない。
「さっきから言ってることとやってることが合ってねぇんだよ佐々木!」
「だってしょうがないじゃないですか! なんすか先輩もこのビッチと一緒で俺の事邪険に扱うんすね……」
「ビッチとはなによ! 人よりちょっと愛情に深いだけよ! アンタみたいな肝っ玉も股間も小さい人間に言われたくないわ!」
「あぁもう喧嘩はやめろ。俺を頭痛で殺す気か! ほらっアレみろ! モンスター近くにいるんだぞ?」
俺を挟んで行われる痴話喧嘩にも似たしょうもない言葉のやりとりを聞き流していると近くからなにかがいる気配を前方から感じた。
木と木の隙間を覗くと、角が一本頭から生えている馬の様なモンスターが川辺に立って水を飲んでいる。キラキラとした白い体毛が風に吹かれ爽やかでのどかな光景だ。幸いこちらには気づいていないようだ。さてどうするか……。
「あのモンスター知ってるか?」
「アタシはしらな~い」
「佐々木は?」
「知らないっす。でも三人で闘えば余裕でしょ。あっ今のウチに写真とっとこう」
「は?」
佐々木はおもむろに自分のポケットから携帯を取り出すと、付属のカメラのレンズを川辺に向けた。
カシャッ!
「おい、何してんだよ」
目の前にモンスターがいるっていうのに佐々木は不用心にシャッター音を鳴らしている。
「いやネットに上げようと思って……」
「もしかして……今まで戦闘中に携帯いじってたのって……?」
「そうっすよ。ネットにあげてたんス。結構見てくれる人多くて嬉しいっす」
「はぁ? それマジで言ってんの? ホント信じらんない。アタシたちが必死こいて闘ってんのに! ねぇもうホント次の街でコイツ首にしようよ~」
「生憎なんだけど、そういうのの裁量権って俺じゃなくて、派遣元の社員さんが決めるんだよね」
「サイアク。あぁこんな肝っ玉もアソコも小さいやつと寝よう一度でも思ったアタシがバカだったわ」
「だからなんで小さいって言うんだよ! 先輩もなんかイッてやってくださいよ! 俺そんな小さくないっすよね?」
わざわざ男の股間を凝視する趣味を持ち合わせていない俺が無視を決め込むと、どこか悲しそうな顔をした佐々木はそっと携帯をポケットにしまいこんだ。
「もうほっとこう。それで……どうするの?」
「なんで話題を流すんですか! 否定してくださいよ! 俺このままだと短小マンになっちゃいますよ?」
「アタシは戦闘は避けたいかなぁ。だってあの凛々しさは確実になんか強い特技とか魔法使ってくるタイプだって! 人間もそうだけどイケメンに限って腹の底ではネジ曲がってるのよね~」
多分実体験も入った説得力しかないアドバイスに俺も同意だ。前の盗賊の時もそうだけど目的も間違えちゃいけない。今は宿屋の主人の娘さんを連れ帰ることが目的なんだ。
「じゃぁスルーしよっか……」
「えぇ殺んないんですか!?」
「君ビビリの割に血の気多いよね」
「どうせ、ネットに『これからかっこ良く戦闘してきます』的な事書いたんでしょ、この短小」
「そうなのか?」
「か、書いてますん」
「どっちだよ! はぁぁぁぁぁ、もういいや。次からタンジョン入ったら携帯の電源切っとけよ? 今だってすげー携帯なってるし」
軽くため息をつくと、佐々木が携帯をしまったポケットが猛烈に自己主張を始めていた。
「おっ! 多分反響がでかかったんすよ! うれしぃなー! レアモンスターかもしれないし、ドロップも良いアイテムかもですよ? ってアレ?」
佐々木が携帯を覗くと、そのままの姿勢で固まってしまっている。
「お~い。ささきぃ~」
呼びかけても返事はない……。
「携帯壊れたんじゃね?」
いつもはこわれたラジオみたいにしゃべり続ける佐々木が黙っているという違和感に、俺とリーナの脳裏には嫌な予感みたいなものが走る。その予感を拭うため。いや……確信に変えるっていうほうが適切だろう。俺たちは携帯の画面を覗きこんだ。
『その生き物、国が定めた天然記念物ですよ』
『逮捕確定! お前の人生終了だわ』
画面いっぱいにありとあらゆる罵詈雑言。そして嘲笑の声。これは?
「さ、佐々木くん?」
「…………………………」
「おい……佐々木! 弥太郎ちゃんが……フフ……呼んでるよ!」
リーナの笑いのダムは崩壊寸前。
「なんなんすかね? コイツら……マジうぜー!」
「くっ……アハ、アハハハハハ! コイツ炎上してる! ハハハ! 死ぬ。お腹痛い! 『元素の支配者』とか自分で言ってるのに! 火の呪文使えないのに炎上してる!」
佐々木の発言でダムはあっけなく崩壊してしまった。
体を丸め、地面に伏せ土下座でもしているような体勢になったリーナは地面をバンバンと叩き大笑いだ。
「ちょっとリーナうっせーぞ! せ、先輩これどうしましょ!?」
「どうしましょじゃねーよ! お前が書き込んだんだから俺関係ねーだろーが!」
「ちょっと冷たいっすよ! 相棒じゃないっすか!?」
ネットっていうのは誰が見ているか解らない。だから気軽な発言は控えましょう。
そんな簡単な事を義務教育で教えない国も国だけど、自分の発言にリスクがあるって言うことが分かっていない佐々木も佐々木だ。だから俺はネットをやる時も実名なんかでやりとりするなんて事が信じられない。
こういう発言はあまりしたくはないんだけど、今の若い子ってそういう意味で大丈夫かなーって心配になる。
「相棒とか言われてもなー。とりあえずよくある手法としてはまずアカウント消すとかかな?」
「け、消したくない場合は!?」
「弥太郎ちゃん優しいから、やんわり消せって言ってるんだよ。パーティにこれ以上迷惑かけないでよゴミ虫!」
旅が終わる頃には佐々木の評価はどこまで下がるんだろう。
「はぁ……もうなんかほんとお前アレだな、彼女がいるのが奇跡だな」
ひとしきり笑い転げたリーナの意見には激しく同意するけど、すこしだけかわいそうな気もする。まっいいか。佐々木だし。
俺たちが佐々木の炎系魔法で明後日の方向が燃えている事に俺たちが騒いでいると川辺りから視線を感じる。
そうして気づいたわけだ。イケメン程腹の底にどす黒いモノを持っている。もしこの場が乗り切れたら、今後この事は忘れない様にしよう。
さっきまでは純白と言っていい程くすみがなかった体は、全身の血が沸騰しているような朱色のオーラを纏い、首から伸びる鬣はバリバリと音をたて帯電している。
仮にここが動物園で、檻の中に居るっていうのが分かっていたとしても後ずさりしてしまうような迫力。
辺りがプレッシャーで張り詰め始めるのが、俺の分厚い肌でも簡単に感じられる程だ。
「あぁ~そういう感じ? これどうしよっか?」
敵意むき出し、前傾姿勢。左前足は砂を蹴って準備万端。
「おい佐々木これどうすんだよ! 得意の魔法でどうにかしろよ!」
「これ俺なんですか!?」
「どうかんがえてもお前だろ。アタシ知らないからね。絶対お前の事回復しないから!」
「助けて下さいよ先輩!」
そういって俺の背中をグイグイと押す佐々木。この戦闘に生き残ったら、絶対に社員さんに電話しよう。そしてコイツの代わりを呼んでもらうんだ。
でもこういうのってフラグっていうんだよな……。
ガァルルルルルルルル
「ねぇちょっと! アタシ死にたくないよ! 佐々木ィ! なんとかしなさいよ! 魔法使いでしょ?」
「む、無理だよ! 俺人間だぞ。こんなモンスターどうにか出来るような素晴らしい人間だったらここ居ねーよ!」
馬とは似ても似つかない泣き声。あぁもう死ぬんだ。限界まで張り詰めた緊張の糸は目の前のモンスターの嘶いたその瞬間に途切れてしまった。
飛び交う佐々木とリーナの悲鳴。
こんなことになるんだったら、もうちょっと自分に正直に生きていけば良かった。
脳内にはそんな後悔がよぎった。
ごくごく普通に平々凡々な人生の唯一の心残りといってもいい。彼女つくったりとか、同級生と海行ったりとか。そんな社会からみたら当たり前の事もしてこなかった自分の人生のつけをまさかこんなところで支払わされるとは夢にも思わなかった。
角が俺の体に突き刺さろうとするその瞬間。
「刺しちゃダメぇぇぇぇぇぇ!」
目の前に突如として現れた影が、向かってくるモンスターと狼狽する俺たちの間。ほんの一メートもない隙間に入り込んだ。聞こえてくる声は若い女の子のソレだった。
「な、なんだ!?」
足がすくみ、尻もちを着いた俺たちの前に現れた黒い影。影は、馬の突進から来る風圧で巻き上がる砂埃で姿形は定かじゃないけれど、砂埃と一緒に流れてくるシャンプーの甘い香りがソレを確信づけてくれる。
「だ、大丈夫ですか?」
粉塵が舞い上がり隣で俺の腕を必死に掴む二人の顔さえもはっきりと見えないような状態が収まり、そこに現れたのは、黒髪のショートヘアーにカフェモカ色の肌。それに眼鏡を掛けた女の子だった。
服はなにかの運動着の様に動きやすいカジュアルな格好で、一般的なダークエルフの醸し出す色気で酔うような感じの雰囲気は一切感じなかった。
どちらかと言えば、少し日焼けした、部活に真面目に取り組んでいる中学生みたいな感じだ。
「だ、だれ?」
俺もリーナも佐々木も、自分の安否も確認しないまま頭の上にはてなマークを出していたことは言うまでもない。