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姫騎士はオークに捕まりました。  作者: 霧山 よん
姫騎士はオークに捕まりました。
4/10

あの日見た清楚な女の子の名前を俺達は知らない

「いい加減休みましょうよ。かれこれ三日ですよ。辛いっす」

「はぁ? “辛い”だと? お前戦闘いっつも見てるだけじゃねーか。『佐々木は様子を見ている』じゃねーよ。襲ってくる魔物退治してるの誰だと思ってんだ!  あげく携帯でモンスターの写真撮るってのはどういうことだよ! 俺たちはピクニックしてるわけじゃねぇーんだぞ!」

 王都を出発してもうすでに三日が経過している。ニュースサイトでは未だに姫様救出の報道はない。しかし是が非でも姫様を助けてあの貧乏貴族からお金をもらわなくていけない俺は焦っていた。結果森の中迷子になってしまった。

 季節は夏の少し前。俗にいう新緑の季節ってやつだ。樹と木が作り出す、天然物の迷路は来訪者である俺たちの体力を根こそぎ持っていく気らしい。右も左もわからない俺たちは完全に立ち往生してしまったのである。

「だから俺が魔法で倒すって言ってるじゃないですか。なのに勝手に戦闘で張り切ってるの先輩じゃないですか」

「あのさぁ……。君の使える魔法、自分で把握してるよね……? ムラムラムとライターに勝るとも劣らない炎系の魔法だけだよ? どうやって闘うんだ」

「敢えて辛い状況に自分を追い込むことで俺の真の能力が発動するんすよ! 先輩はなにもしらないんだから!」

「ふーん。じゃぁ俺が今から黄泉への階段、三段飛ばしで登らせてやろうか?」

 作った握りこぶしをアテもなくその辺に生えている樹に叩きつけると、ひらひらと舞う萌黄色の葉は俺たちを包み込んだ。

「またそうやって先輩はオークだからってパワーひけらかすんだから。そんなに力が有り余ってるなら、少しは荷物運ぶの手伝ってくださいよ。これ破けても俺の責任じゃないっすからね。先輩のせいですからね! これは予めはっきりさせておきますよ! 穴でも開いたら俺拾うの絶対手伝わないっすから!」

 荷物持ちとして遺憾なく才能を発揮している佐々木の背中には、旅が始まって以来手に入れた薬草やら魔物から掃き取った皮やら内臓やらがパンパンにつまっている。

 たしかにそろそろ街によって荷物の整理もしなくちゃいけない。だけどその整理するための街が見当たらない。なんせ迷子だからな。携帯で検索したルート通りに歩いてるはずなのに……。

「ルート検索間違えたんじゃないっすか? 先輩機械音痴っぽいからな~」

「うるせ~ぞ佐々木」

 俺たちがあーでもないこーでもないと騒ぎながら道を進んでいくと、ふと後ろからの気配を感じた。振り返ると、野盗っぽい身なりのオークが独り。右手には鉈の様な刃物を握りしめ、敵意むき出しで立っているじゃないか。

「止まれっ!」

 明らかにトラブルの匂いがした。ましてや俺たちは迷子で時間もロスしている。こんなよくわからない盗賊に構っていられる程時間はないのだ。

「んでルートなんだけどこれで合ってるはずなんだけど、もうめんどくせーからお前確認してくんね?」

「そうやってすぐ面倒事は俺ですか? あぁもうちょっと見せてくださいよ。あぁこれ完全に間違ってますね。やっぱさっきの道右だったんすよ」

「おいっ! 止まれッ!」

「いやだってここ道なりに進めって書いてあるじゃん。あの分岐どうかんがえても獣道って感じだったし」

「聞こえないのかっ! 止まらないと斬るぞ!」

「佐々木。呼んでんぞ?」

「今無理っす。俺地図見てるんで。先輩対応してくださいよ」

 なんだかんだ佐々木の方が携帯の扱いに長けている事はわかっている俺は、しぶしぶ目の前の盗賊に話しかけた。

「あの~どういったご用件でしょうか?」

「盗賊に用件聞くなんて野暮な真似してくれるじゃねーか。用件はただひとつ。死ぬか……っておい。なんでお前ら携帯いじってんだよ。人の話を聞け!」

「いやだって俺ら迷子なんですもん。あっそうだ。盗賊さんこの辺詳しいっすか?」

「お、おう。まぁこの辺で仕事させてもらってるからな。なに? 君達迷子なの?」

「まじっすか? ちょっとこれ見てくれません?」

「ちょっと! なに積極的にトラブルの火種を拾いにいってんのよ! やめてよ!」

 俺と初めて会った時もそうだったけど、コイツは人を見た目で判断するっていうことを知らないらしい。天然記念物級の警戒心の無さにあっけに取られた俺は目の前で起こる自体をただ見守ることしかできなかった。

「先輩がちゃんとナビってればこんなことにはならなかったんすけどね」

「す、すいません」

 佐々木が携帯を盗賊に見せようと駆け寄ると、盗賊はわざわざ武器までしまって対応してくれる。多分この人はいい人なんだろう。オークのくせに優しくて自己主張の少ない彼を見た時、俺は自分の姿を鏡で見るような劣等感に苛まれた。

「えっと多分、この辺りにいると思うんすけど、この街どうやったら行けます?」

「あぁ此処行きたいの? 今此処だから。このまままっすぐ行って突き当りを左に曲がれば平野に出るから。そこまでいけば遠目で確認できるよ」

「ありがてぇっす。よし! 先輩行きましょう」

「そうだな。有難う盗賊さん」

「おう。まっ旅はお互い助け合わないとな。あとこの変盗賊でるから気をつけてな!」

 お互いに健闘を祈りながら握手を組み交わし、俺たちは進み始めた。

 ふと振り返ると、盗賊さんは大きく手を振り見送ってくれいる。旅とは一期一会。こういう出会いの連続が想い出になったする。

 あぁ素晴らしきかな人生。

 名残惜しいからせめてもう一度と振り返ると、何故か盗賊さんは右手に大きな刃物を振りかざして全力ダッシュしているので、俺たちも全力でダッシュした。

「せ、先輩! ハァハァ、まだ、追ってきます?」

「わかんない!」

「先輩あとどれくらい走ればいいんっすかね?」

「わかんない!」

 まさか、お姫様を助けるために旅をしている俺たちが、B級パニック映画さながらのチェイスをすることになるとは夢にも思わなかった。

(くそーちゃんと就職活動上手くいってればこんなことにはならなかったのに)

 そんな後悔がまたしても俺の脳を支配してくる。とにかく街に行って、僧侶雇ってドラゴンから姫様助けて給料をもらう! やることは単純だ。ただやり切るのは大変。

 鬱蒼とした森を走り抜け、視界が一気に開ける。どうやらあの盗賊、嘘を教える事はしてこなかったみたいだ。

「すげぇ!」

 鮮やかな若草色のカーペットが一面に広がり、時折ふく風にあたりがざわめくのがなんとも素敵な光景だった。

「きっとこの辺りに住む人達もさぞいい人達なんでしょうね」

 こんなに雄大な自然に囲まれた街なんだ。田舎だろうけどアットホームな街なんだろうと容易に想像できる。

「アレじゃないか街は」

 小高い丘の上に、おそらく街の外壁が見える。

「行きましょう先輩!」

 背後からの気配はもう無い。俺たちはマイペースに街へ向かった。






「着いたぁぁ! 飯行きましょうよ! メシ! サイトで調べたらすげー美味しいシチューが食べれる店があるんですって!」

 俺たちが着いたのはエルシャロンと呼ばれる大きな宗教都市だった。

 元々、百年前のご先祖様の始めた戦争も、この街がそれぞれの種族の信奉する宗教の聖地としてかぶっていたってことで陣取り合戦を始めたのがきっかけだったりする。

 今じゃ、そんな歴史的背景がある事も忘れ、観光都市としても側面も持ち始め混沌は加速度的に進行中だ。

「えっと、とりあえず、街の人に宿の場所聞いて、荷物整理してって感じですかね?」

「そうだな。って肝心の街の人が居ない!」

「そういえばそうっすね。普通こういう街の出入口には、『ここはどこそこの街ですよ』的な紹介をしてくれる住民がいるはずなんですけどね。ま、まさか! この街の人間全員魔物で襲われちゃってたりして」

「はぁ? そんな事あるわけないだろ。そういう縁起でもない事いってんじゃねぇぞ」

「いやでも! ゲームとか絵本じゃたいていそういう感じじゃないっすか! 少し前に彼女が働いてる間ヒマだったんで一日中ネトゲヤってたんですけどそうでしたもん!」

 俺は流すように軽い相槌をうってから、辺りを見回した。うん、やっぱり人の気配はない。

「どうします?」

 別に魔物に襲われたとかそういう物騒な雰囲気は感じない。だってその辺を歩いている猫やら犬は呑気そうに欠伸をし、家だってドアが壊されたり、窓が割れてたりなんていう非日常系の何かが起こっている感じでもない。

「なんでこんな人の気配ないんですかね……。まっいいっすわ。とりあえず荷物がクソ重いんでどうにかして欲しいんですけど」

 ゴォーンゴォーン

 カーンカーンカーン

 シャンシャンシャンシャン

「あぁそう言えば今日って日曜日だっけ……」

 俺たちの前方。街の中心部からは負けん気の強い鐘たちが、自分の音色が他の音色に掻き消されてなるものかと必死に声を上げ始める。

「えっ!? 何!? なんていいました? 全然聞こえないんですけど!」

 余りのうるささに、佐々木も耳を両手で塞いでバカみたいに大きな声を出している。

「行くぞバカ」

 俺は佐々木の手を引くと、騒音の中心に向かう事にした。

「さっきの鐘が礼拝の終わりの合図みたいだな」

 街の中心部に面した通りには、日曜礼拝を終えた信者の人達がアリのように教会その他諸々の宗教施設から這い出してきやがった。

「はぇ~。すっごい人の数。王都より多いんじゃないですか?」

「残念だったな。どうもこの街にお前の期待する異変なんて起きてもないぞ」

「いやわかりませんよ!? 大方あの教会の司祭あたりが、吸血鬼だったりするんですよ! 行ってみましょう!」

 まるで根拠の無い自信だけを頼りに、人波に逆らい進んでいく佐々木を見失わないようにするのが精一杯。半端に体が大きいせいもありこういう小回りの効かない場所っていうのは苦手だ。

 やっとの思いで、街の中心にそびえ立つ一際大きい教会に入ると、ステンドグラスを通して差し込む七色の光が俺を出迎えてくれた。奥にはお決まりの大きなパイプオルガン。荘厳って言葉ピッタリの教会だ。

「あれ司祭じゃないです?」

 人の津波が通り過ぎ、中にいるのは俺たちと司祭様と修道女だけだった。オルガンの前。ステージと言っていいのかもわからないけれど、参拝者よりひとつ高い位置に司祭様がいてしかも佐々木がやけに大きい声を出すもんだから、こちらに気づいてにこやかに微笑んでいる。

「はい? なんでしょうか?」

「先輩! やっぱり司祭でした!」

 時と場合と状況を少しは考えてほしいものだ。司祭様のその笑顔は俺たちを出向かるものじゃなくて、笑うしかなかったからなんだよ。俗に言う苦笑いってやつなんだよ!

 黒い髪をオールバックにまとめ、胸元には十字架。華美とは縁遠いシックな色使いの服装。肌は普段外に出ていないのが分かるぐらいの肌の白さ、しかし眼からは異常なまでの力強さを感じる。

「あの~旅の者なんですが、お聞きしたいことが有りまして」

「これはまぁわざわざこんな辺鄙な街へようこそおいでくださいました。してお二人が一介の司祭に何ようでしょうか?」

 そっと下を向いて、関係者ではない事を必死にアピールしたのに、どうやらそれも無駄だったみたいだ。

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。では問いましょう。ズバリあなた、吸血鬼でしょう?」

「」

「」

「」

 誰もが返す言葉を持ちあわせて無かったようだ。

 俺は左足を地面にめり込ませ、腰を捻り、全てエネルギーが右手にくるように体勢を整えると、佐々木の頭に全てを捧げた。

 バゴォォォン

「す、すいません。あ、あのこの辺に宿とか無いですかね?」

「えっと~この街に初めてきたんすけど、宿とかありますかね?」

「申し訳ございませんが、この街に泊まれるような場所はございません。というのも、今日は日曜礼拝で参拝される方が多く、宿に空きがないと思いますよ。何でしたら一つ山を超えた所に街が有りますのでそちらの方がよろしいかと……」

「先輩どうします? 俺嫌っすよぉ? もう一晩も野宿なんて」

 俺だって嫌だ。

「申し訳ございませんが司祭様。どうにかならないものなんでしょうか……? 私共は三日三晩野宿しておりまして、体力も限界でございます」

 軽く自己紹介を済ませ、俺たちはすがるような目で司祭様を見つめた。俺だってベットで寝たいし、お風呂にだって入りたい。

「仕方ありませんね。神の愛は全ての人の前に平等です。ここに一晩。一晩だけお泊めしましょう。ただ一晩だけですよ」

 やけに念を押す司祭様の言動が引っかかりはしたけど、山一つ超える程の体力が自分には残っていない。俺でさえそうなんだ。人間族の佐々木ができるわけがない。

「有難うございます」

「あざっす!」

 俺たちがお礼をいうと、司祭様が近くで佇んでいる桃色の髪をしたエルフの修道女に目配せした。

「ではこちらに」

 エルフという種族らしく、おとなしそうで感じのいい修道女さんが軽く微笑んだあとに、案内してくれたのは教会らしく華美な装飾も一切ないシンプルなものだ。

「ではごゆっくりなさってください」

 そういって軽く一礼すると襟元から馬鹿でかい胸の谷間が一瞬だけ見えた。

 男っていうものは元来狩猟をしてきたらしいので、生物学的にどうしても動くもの目が行ってしまう。特にいやらしい事を考えてるわけでもない。そこに巨乳があるからという単純かつ哲学的な理由で胸の谷間を追ってしまうのだ。

「ホントに来客とかないんだなぁ……この街。見て下さいよ。窓枠なんてコレですよ?」

 俺が胸の谷間をぼーっと眺めている間佐々木は窓の外から見える景色を見ながらぼやき始める。

 しなくてもいいのに窓枠を指でなぞり、わざわざ俺に見せてくる。多分コイツが女だったいいクソ姑になっていた事だろう。

「別にいいじゃん。お風呂も入れる。ご飯もゆっくり取れる。もし仮に姫様なんて救出する必要がないんだったらここに住んでいたいぐらいだ」

「そうっすか? 俺はあの司祭? って人あんま好きじゃないっす。なんか司祭のクセに目怖すぎるんすよ。これが絵本だったら確実に魔物かなんかっすよ」

 たしかに司祭様には独特の雰囲気があった。だけどオークの俺が人の事いえた義理じゃない。

 だけどどうしてもこの平和以外では表せない様な街を凄惨な事件の起こる舞台にしたい佐々木は、司祭に親でも殺されたんじゃないかっていうぐらいの難癖をつけていた。

「さっ、街でて色々準備しよう。明日も早いんだ」




「金が無い!」

 道具屋に行って、いろいろアイテムを処分しても、俺たちは僧侶一人雇うお金も用意はできなかった。

 見えるもの全てがオレンジ色に染まる夕方の一時、俺はおニューの杖を買ってはしゃぎまくる佐々木の背中を見ながらトボトボと街を歩いていた。

「そんな凹むこと無いじゃないですか。俺たち二人でドラゴン倒してやりましょうよ! やりますよ!」

「君ねぇ……そうはいうけど闘ってるのほとんど俺だよ。しかも俺、剣もロクに買ってないんだからね? 今どき格闘家だって鉄爪とか装備する時代に、拳一つでここまできたんだよ?」

「じゃぁここは先輩が自腹きって、剣とか買っちゃえばいいじゃないですか」

「お金溜めるために仕事してんだよ! それなのに仕事でお金使うとかもう本末転倒どころの騒ぎじゃないよね? 経費だってどうせ請求できないんだよ!?」

「まぁ難しい話はよく分かんないんで好きにしてください」

「いや全然単純な話だって! 君が回復魔法とか覚えるとか、もっとマトモな魔法つかえたらこんな旅が苦しい事にはならなかったんだからね?」

 十分もかからないぐらいの帰り道の行程を口論しながら歩き終えた俺たちは、仰々しくて、重苦しくて、儀式めいた紋章まではいった教会の扉を開け、礼拝堂を通り抜けた。

 ここを出る時は七色のプリズムが神聖な空気っていうものを存分に発揮していたのに、今ではその神聖な空気感も今では夜の訪れを告げる橙の光で占拠されていた。

「ん?」

 何の変哲もない教会の日常に、違和感を覚えたのははちょうど俺たちが部屋までの階段を登っている最中に突然現れた。

「どうしたんすか先輩?」

「いや女の人の声が聞こえた気がして……」

「先輩溜ってるんじゃないですか? キモいっす。近寄らないでください!」

「うるせーよ! 本当だし! ちょっと静かにしてみろよ」

 もうコイツの会話には乗らないことに決めたんだ。

 息を潜めると確かに運動した後みたいな荒い声が聞こえる。

「ほらな?」

「あれっすよ。さっきの修道女の人の声じゃないんです? でもなんか苦しそうですね。体調悪い感じですね」

「それはどうだか解らないけど、まぁ気になるな」

「見にいきましょう!」

 佐々木の脳みその中にはこの街で異変が起こるという設定がまだ生きているようだった。

 先を行く佐々木は追いかけるようにドアの前に立つと、ドア越しにでもはっきりとした息遣いが聞こえる。

「やべー。ぜったいこれモンスターか何かっすよ! 俺の大魔導伝説もここからスタートかー」

「ぜっっっっったいそんなこと無いからね! ほら鍵穴あるんだから覗けよ!」

「いやっす。 怖いんで先輩見てください!」

 怖いってなんだよ。お前がモンスターとかワケの分からん事が起きるの期待してるのに肝心の部分は俺任せかよ! ネズミの心臓並に小さい佐々木の肝っ玉のせいで俺が第一発見者になってしまう。

 苦情を言ってやろうとも思ったが、勿論そんなこと言えるはずもなく、俺は促されるまま鍵穴を覗きこんだ。

 狭い視界を凝らして見ると、修道女の口には猿轡がされ、ヒモみたいな下着を着けた修道女さんがベッドに横たわっている。頬は紅く染まり、異常事態が起こっているってことだけは確認できた。

「嘘だろっ!」

 さっき見た時にはフードで隠れていた桃色の髪はみだれ、紐みたいな下着の奥には冗談みたいな大きさのオッパイが!

「ちょっと先輩! 自分ばっかりズルいっす。吸血鬼すか? それとも狼男が襲ってるとか? なんすか! ちょっと見せてくださいよ」

 安全と安心がきちんと確保されたのを確認した佐々木は喜び勇んで、見せろ見せろと俺の体を揺らしてせがんでくる。

「ちょっと先輩! 見せてくださいよ」

 俺が覗いていた場所を強引に奪い、中を確認する佐々木。

「こ、これは! た、助けましょう!」

「なんでちょっとノリノリなんだよ」

「これあれっすよ。実は司祭は吸血鬼かなんかで村を支配してる的なやつですよ。だって先輩見たでしょう。あの清楚そうな修道女ちゃんが猿轡されてるんすよ? あぁやばい国やばい! あと三年とかしたら確実に吸血鬼帝国が!」

 ドカンッ!

 佐々木が勢い良く肩からタックル。ニ、三回もすると扉はすぐに壊れた。

「……!!!!」

 あらためて修道女を確認すると猿轡の他に、手錠も足かせもされているじゃないか。

「ひ、酷い……大丈夫ですか?」

 何の術にかかっているかは解らない。ただ白目を向きよだれを垂らすその姿が異常な事を俺に教えてくれていた。

「どうする?」

「どうするって……俺回復魔法は使えないっすよ」

「いやまぁそうなんだけど……。やっぱ司祭の所行かなきゃいけないわけ?」

「そりゃそうなりますね。」

「もしね。もしだよ。仮に吸血鬼だったとするじゃん。俺ら勝てないと思うんだ。だって夜王だよ? 不死のノーライフキングだよ? 知ってる? あいつら心臓に杭刺さないと死なないんだよ?」

「先輩!」

「なんだよ!」

「先輩一人でお願いします!」

「おかしいよね。さっきまですげーノリノリだったじゃん! やだよ俺だけ行くとか。一緒にいこうよ!」

「先輩! もうお互い社会人ですよ! 割り振り考えてくださいよ! それに聞きますけど女の子の介抱の仕方とか分かるんすか? 姫騎士の時だってずっとオロオロしてたじゃないですか!」

「あってめーきたねーぞ。なんだよお前が言い出したんじゃん!」

「あぁ大丈夫ですか!? イマスグニデモカイホウシナイトシンデシマウ!」

「棒読みやめろや!」

 是が非でも一緒に行きたい俺がそう言うと、佐々木はわざとらしく無視を決め込んだ。

「もう先輩行ってきてくださいよ。オークでしょ? 大丈夫平気平気。どうせ腕の一本吹き飛ばされても粘土と一緒にくっつけとけば治るんすから!」

「バカ! あれすげー痛いんだぞ!? 普段不信者の俺ですらあの時ばかりは神に祈るんだから!」

「あぁそれ分かるっす。自分も腹いたくてトイレ籠もってる時と、金玉ぶつけた時は、思わず『神よ……』って言っちゃいますもん。とりあえずもうさっさと行ってきてください!」

 なんかわからない理由で部屋から俺一人追い出され、司祭の所に行くことになってしまった。今考えると確かにあの目力に肌の白さ。吸血鬼とか言われても納得がいく。やだなーこわいなー。やっぱり手とかちぎれるのかな。痛いんだよなーあれ……。

 そんな心配をしていると、あっという間に礼拝堂の奥にある司祭の部屋についてしまった。

 ノックをコンコンとすると、中からはくぐもった声が聞こえる。

「あ、あの~」

「はい。今開けますので少々お待ちを」

 ガチャリ。

 ドアが開くと同時に司祭様の視線が俺に突き刺さる、吸血鬼かもという予想が脳内を駆け巡っている今の状態で、この人の目を見るのはやっぱり怖い。

「どうしましたか里中様? 何かわからないことでも?」

「い、いや~その~なんていいましょうか~」

「お手洗いなら上にもありますし……。お酒ですか? 生憎ここは教会でして刺激物の類は……」

「いや、そうじゃなくてですね、えっと、その~なんといいましょうか。修道女の方ですね……。その~」

 何かを悟ったように司祭様の表情が変化していく。

「見てしまったのですね……。」

「は、はい。まぁできれば今日一日だけは泊めて頂いて……明日朝一で出て行くんで、全然口外とかしないんで。」

「いえいいんです。そんな心配されなくて結構です」

「あぁやっぱり……」

 ぜったい殺す気だ。吸血系の司祭様だ。あぁ田舎の親に手紙の一つでも書いておくんだった。

「もうみなさん知っていることなので……」

 ため息混じりのその口調が余計に怖い。

「あぁやっぱり吸血鬼なんですね。もうこの街は手中におさめているんですね」

 親父、おふくろ。俺は今絶体絶命のピンチです。親孝行できなさそうだ。すまんな。

「吸血鬼? ハハハ確かに私の肌は透けるほど白いですが、それは懺悔室にこもりっぱなしであってですね。なかなか人間というのは業の深い生き物ですね。まぁ説明しなければいけないでしょう。お連れの方は?」

「上で彼女を介抱するとかなんとか……」

「あぁならちょうど良いでしょう。一緒に上に行きましょうか」




 階段を上がると、誰かと誰かが言い合いをしているのが聞こえる。ここに俺たち以外の宿泊客なんていないんだから、当然口論をしているのはあの二人。

「な、なんだなんだ!?」

「はぁ……。またですか……。困ったものです。申し訳ありませんが、怪我をするかも知れません。どうかご容赦を……」

「はぁ……」

 騒音の元に行くと、佐々木とエルフの修道女が絶賛口論中だ。

「てめぇ男だろうが! なに逃げてんだよ! 据え膳食わしてやるっていってんだから食えやこらぁ!」

「はぁ? こちとら彼女居るっつってんだろうが! 絶対やんねーからな!」

 ベッドの上には二人。佐々木はベッドの上で手錠を掛けられ、修道女の方は馬乗り。状況がよくわからない。

「だからバレやしねぇだろうが! いいでしょ! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから! お願い!」

「なんだその不敵な笑みは。わかったぞ。お前ぜったい最後までやるだろ。わかってんだぞ。こうなりゃ意地でもやらねぇからな」

 なにがなにやらわからない言葉の応酬だった。

「あのーこれってどういうことですか?」

「実は……ですね」

「あっ先輩! 先輩助けてください。この女頭オカシイっす。早く助けて!」

 俺が助けて欲しいぐらいだ。ひどく痛むこめかみを抑えながら司祭様をみると、同様にこめかみを抑えていた。

「こらこら梨奈! そのぐらいにしなさい」

「あっ司祭様。私めはまた過ちを犯してしまいました。どうか悔い改める為にお仕置きを!」

「はぁこの娘はまた……。あなたにお仕置きしてもご褒美になってしまうでしょう……。もう怒るのも疲れました」

「どういうことですか?」

「まぁ落ち着いて話しましょうか。梨奈! ご挨拶を!」

「はぁい。アタシ、佐藤・エルフィン・梨奈っていいま~す。職業は修道女。趣味は男漁りで~す。リーナって呼んでねぇ♪」

 両手にピースをしてニコッとウインクするその小悪魔チックな表情は、初めて会った時のおとなしそうなイメージをどこか遠くの別の惑星にふっ飛ばしていった。

「お分かりいただけと思いますが、この娘はなんというか……その好色でして。街の男を片っ端から」

 気持ちは痛いほどよく分かる。身内にバカが一人居るだけで苦労は倍になるってもんだ。

「 “まだ”百人斬りだから全然だよ!」

「心中お察しいたします」

「痛み入ります」

「で、でもエルフってそういうイメージないんすけど……どうなんすかその辺?」

「たしかに貞淑なエルフは多いです。ですがレアケースも存在します。別にそれは問題ではありません。問題はそんな特性のエルフが聖職者をしていることなのです。私もほうぼう手を尽くしましたが……力及ばず……」

「だって司祭様が、『汝の隣人を愛せよ』っていうから! これってアタシが悪いの?」

「この調子でして、最近は教会への風当たりも強く、私ももうどうしたらいいものやらと言った感じでして」

「そ、そうですか」

「不躾なお願いで申し訳無いのですが、この娘を旅に連れて行っていただくわけには行かないでしょうか。おそらくですが姫様を助ける旅をしているのでしょう? でなければこの街にわざわざ立ち寄る冒険者の方なんていませんから。これ以上この街の風評が悪くなる前にお願いします。この年寄りの頼みを聞いてもらえないでしょうか?」

 年上の人に頭を下げられると返答に困る。断りたいとは思うけど、たぶんこの司祭様も相当の苦労をしているんだろう。

「どうするっす?」

「どうするって言っても、本人の意思がな……。これでも一応ドラゴン退治ってことなんで……」

「アタシですか? 旅ってこの男の人達二人なんですよね? いいですよ。むしろ嬉しいっていうか、グフフフフ」

 頭の中でなにを考えているのか言わなくても分かるその表情から湧き出る笑いはいやらしい笑い声というのがなんともしっくり来るものだった。

「とりあえず、一晩考えさせてください」

 そう一言司祭様に告げると、俺たちは逃げるように自分たちの部屋に戻った。




 佐々木と今後について話しても、結論が出ないまま床に着いた。

 時計の針は三時を指していた。

 久しぶりのベッドなのか、はたまた疲れすぎてなのかわからないけれど、不意に起きてしまった俺が窓の外を覗くと光も差し込んでいない。まだ真夜中って事なんだろう。

 横のベッドでは間抜けな顔に半開きの口からよだれを垂らした佐々木の寝顔。しかもイビキがうるさい。

「ん?」

 寝起きの微睡んでる感じというのはなんとも貴重な時間だ。特に朝の二度寝程気持ちのいいことは無い。だけどおかしな事に体が動かない。

 金縛りか!?

 そんな事が一番最初に思いついた。

 自分がオークでいつも人に驚かれてばかりなのを棚にあげるけど、俺はホラーの類がダメだ。

 心霊体験なんてしたことないけど、だからこそおっかないのだ。

 そんなことを考えつつ、辺りをもう一度確認してみると、俺の両手はベッドに鎖で縛り付けられていた。

「は? なんだこれ!?」

 ベッドの上で万歳している格好で更に辺りを注視すると、布団の中がもぞもぞと動いている気配と、生暖かい感触が俺の下半身の上にあるの感じる。

 その生暖かい感触は這うように、ゆっくりと上半身へと伸びてくる。そしてその感触は胸の辺りで止まった。

 恐怖で固まるしかないというのはこういう感情なんだろう。

 鎖で縛られた両手を動かしても、金属のこすれ合う音が虚しく響くだけ。

 もうこうなったら仕方ない。声を上げよう。そして佐々木を起こそう。それしかない。

 すがるような思いで大きく息を吸い、声をあげる準備を整えた瞬間。布団の中から這い出た腕が俺の口を押さえつけた。

「うぅうううううううううううううううううううう」

 必死に叫んでも、それがなにを伝えるのかも解らない。他人から見れば悪夢を見てうなされているようにしか見えない。

 落ち着け。落ち着くんだ。

 口元から伸びている柔らかい腕の先。つまりは布団の中をじっと見つめているともぞもぞと動き、そこから顔を出したのは。

「佐藤さん?」

「リーナって呼んでって言ったでしょ?」

「つかぬ事をお聞きしますけど、何故ここに?」

「へ? なんでって決まってるじゃないですかぁ~。しかも~鎧で顔隠してたから分かんなかったですけどオークなんですね。ウフッ楽しみぃ~」

 砂糖みたいに甘ったるい声。首元には蛇みたいに這いよる柔らかい腕。小悪魔みたいに笑うその笑顔。間違うことはない昼間の修道女だった。

「男女が夜と夜を共にするんですから、さぁ楽しみましょ。あとそれからその鎖、祝福儀礼で加工した特別製なんでそう簡単には壊れないですからね」

「いや、そういうの困るって! ねぇ佐々木起きて。助けてよ。佐々木ィィィ!?」

「フフフ……。佐々木は起きないですよ。あんな意気地なし、私が起きないように呪文かけておきましたから。すごいでしょう?」

 たしかに凄いよ。でもその魔法って普通敵に向かって使うものでしょうが?

「頼むぅ~佐々木! こんな時に寝てんじゃねーよ。相棒のピンチだぞ。起きろバカ!」

「無理無理。これでも私魔法は得意なんです。あぁオークのってどんなのなんだろう。デカイんですか? 太いんですか? 女の子壊しちゃうんですか? やっぱイボイボとかついてるんですか? どうしようアタシ壊れちゃうかも♪」

 俺に馬乗りになった目の前のバカ二号は天を仰ぎ、感嘆の声を上げている。

「そういう話してるんじゃないでしょ! っていうか魔法つかえるの?」

「あっ……もしかして里中さんこういうことする前はお互いのことちゃんと知らないとダメな人ですか? 得意ですよ。魔法。これでもエルフですからね。そ れ に、回復魔法が使えないと殿方すぐへばっちゃうし、フフフ」

 多分俺が童貞のせいもあるんだろうけど、なんなんだろうこの恐怖感は。

 冒険者で言えば存在だけはネットとかの媒体で知ってるモンスターと、ルートを間違って遭遇してしまった時の感情が一番近いんじゃないだろうか。

 どんな攻撃をしてくるのか、どんな攻撃をすればダメージを与えられるのか、そもそも逃げられるのか。

 右も左もわからない、童貞ビギナーなんだから仕方がないじゃないか。

「誰か助けて! はっ司祭様! 司祭様がいる! 司祭様~! あんたんとことの修道女がオイタしてますよぉぉ!」

「あぁムリムリ。司祭様なら飲み行っちゃいましたから。もう私達を邪魔するものはなにもありません。さぁときめきと快楽の坩堝に連れていって」

 パコーン

「痛っ! なにすんのよ!」

 誰かの手首のスナップを聞かせた張り手がリーナの後頭部に炸裂すると乾いたいい音がなった。多分リーナの頭蓋骨も空っぽなんだろう。

「佐々木っ!」

 俺の枕もとで腕組みしながら立っていたのは、司祭様でも、白馬に乗った王子様でもなく佐々木だった。

「もうなにしてんすか先輩! 普通にヤラれそうになってるじゃないすか」

「佐々木ぃ~こわかったよぉ~助けろよぉ~」

 俺の目からは完全に涙があふれていた・

「ちょっとウチの先輩に何してんすか」

「てめぇ! なんでアタシの魔法を! さては反射の呪文を!」

「フッ……フフフ……ここはエルフの街ですからね。先輩が鎧新調している間に覚えたんですよ。新呪文!」

「な、なんだってぇぇぇええええええええええええええ!」

 たしかに俺が鎧を選んでいる時、佐々木はどこかに一瞬どこかに行っていた。てっきり飽きてその辺を散策しているものばかりと思っていたが……。

「名づけて……『カイミン』! なんと寝る前にかけると短時間で八時間分の睡眠が!」

「それさ……一回魔法かかってたよね……魔法の効果で起きたわけじゃないじゃん……うるさくて起きただけだよね!?」

「クソッ! アタシの魔法が破られるなんて! でもね、アタシはアンタみたいな人間の興味はないの! だってオークよ。オーク。アンタの股にぶら下がってる粗末なもんとはものが違うのよ!」

「ふっざけんなよ! 見たことあんのかよ! 前の彼氏より大きいって彼女に言われとるわ!」

「だからアンタはダメなのよ! だいたいね、女はたいてい大きいって言うのよ。社交辞令よ社交辞令! 男の小さなプライド守ってあげてるんだから感謝しなさいよね!」

「俺の彼女はちげーんだよ!」

「それからもう一つ教えてあげるけど、女がよく言う、『モテそうなのに……』っていうアレ。アレも社交辞令だから勘違いしないでよね」

「う、嘘だぁぁぁぁぁ!」

 もう……どうにでもなれ……。

次回更新は2014.08.21の18時前後を予定しています。


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