社畜戦線異常あり
王都の外れの六畳一間。何もない部屋で窓の外からは小鳥が朝の集会でピーチクパーチク。あぁでもないこうでもないと騒いでいる。
あれから一ヶ月。俺はいつもと変わらない日常を過ごしていた。
朝起きて、
仕事に行って、
ヘトヘトに働いて、
死んだように眠る。
その上、昼も夜も自己嫌悪で忙しい。
それもこれも全部ドラゴンのせいだ。
あの日の朝。俺たちは盗賊団に姫様の身柄を受け渡し、お金をもらうはずだった。
途中ドラゴンに襲われ盗賊団共々壊滅状態になるまでは確かにその予定だった。
なのに……なのに……。
「いやさ、盗賊団からお金もらえてないから悪いんだけど今回のボーナス無しでいいかな?」
そんなこと社員さんに言われて俺がどうにかできるわけないじゃないか。
結局、俺の手元に残ったのは、全身やけどの診断表と、それにかかった費用の領収書だけ。
自分の部屋を見返しても、白い壁と白い天井ばかり。金目の物なんて一つもない。
テーブルの上にはリモコンの類と今月から使用魔力料金の値上がりの通知と預金通帳。
代わり映えもしない生活なのに、かかる経費は増すばかり。
本来だったらそろそろベッドから這い出て、もそもそ今日の仕事の用意をしなければ行けないんだろうけど、昨日の仕事の疲れからなのかやる気と言うものが一切体から抜け落ちているみたいだ。
なんとなく動く気力を持ちあわせていなかった俺は、テーブルに手を伸ばし、テレビをつければこれまた代わり映えのしない七三分けのアナウンサーが映しだされてる。
この一ヶ月、ニュースはお姫様を助けるためにどこそこの貴族が部隊を派遣したとか、王立騎士団がどこそこで姫様の救出に関する情報を手に入れたとか、その手の話題以外の情報が不足になるぐらいだ。
誘拐を手伝った身としては少し罪悪感が無いわけじゃないけど、自分の生活がままならない俺には気持ちはあっても行動に移せる気力がない。すまんな姫様。
「それでは今日の星座占いのコーナーです」
そう巷で人気のエルフの女子アナがそんなことを口走った時だった。
ピンポーン
この時間に誰だ?
脳裏にまず浮かんだのはそんな事だった。
恥ずかしながら王都に友達と呼べる存在も居ないし、なにより平日のこの時間にアポなしでくるような奴とは友達になろうとも思わない。
大方契約を取るのに必死な新聞の勧誘か、宗教の勧誘かなんかだろう。
「せんぱーい! 起きてます!? 佐々木っす!」
俺がそっとドアの覗き穴を覗くと立っていたのは見覚えのあるアホ面の金髪だった。
朝の静かな一時を邪魔される不快感に思わず舌打ちをしながら、ドアを猛烈な勢いで行われるノックをやめさせるため勢い良くドアを開ける。
ドゴォン
「あいたっ! ちょっと先輩なにフルスイングしてるんすか!」
お前こそ、朝の大切な時間をなんで邪魔するんだという言葉を押し殺し、ギロリと佐々木を見つめると、悪びれる様子も謝る素振りもみせず、むしろ満面の笑みをコチラに向けて送ってくる。あぁコイツはこういう奴だった。
「なんだよ。朝から。というかなんで俺の家知ってんの?」
「社員さんに聞いたらココだった教えてくれました!」
久しぶりにあった佐々木の存在自体のうるささにまずゲンナリして、次に服装とかが魔法使いっぽくなっていることに驚いた。樫の杖にローブ。パッと見て、この人は何をしているか街中の人にアンケートをしたらほとんどが魔法使いって答えるような出で立ちだった。
「その装備……。どうしたの?」
「いやなんか~彼女が買ってくれて~。いやまじでうちの彼女優しくて、この前なんかも『アナタは好きなことだけしてていいのよ』とか言ってくれて。まっ俺的にはそんな彼女楽させてやりたいんで早く大魔導なりたいっすね」
まず彼女を楽にさせてあげたいなら、定職に着いたほうがいいんじゃないのか……。
「じゃぁ彼女楽にさせる為に仕事しろよ」
「だからここ来たんじゃないっすか。もうあっ先輩食べます? 彼女が作ったサンドイッチなんですけど」
「あ、ありがとう」
そう言われ、はじめて自分が朝の食事をとっていない事に気づくんだから俺もどうかしていたんだろう。
思わず差し出されたサンドイッチを頬張ると、ハムとチーズとトマトという具材的にはシンプルなものながら、ほのかな香草の香りが旨味を引き出している。彼女は間違いなく料理上手なんだろう。
「んへ、なんはよこんふぁあひゃはやくきゃら?」
「いやなんか、社員さんに電話したら先輩も一緒って聞いて居ても立ってもいられずこうして迎えに来たんじゃないですか!」
「あぁ……」
言葉が出なかった。もちろん口の中にしこたま放り込んだサンドイッチを喉に詰まらせたわけじゃない。
どうやら俺の会社においてある辞書には、プライバシーもコンプライアンスもモラルもなにもかもが書かれていないということに驚いただけだ。
「じゃぁ行きましょ先輩!」
考えうる限り、最低最悪の一日が始まった。
王都の中心部に着き、まず目にするのが壁を埋め尽くす騎士団募集の張り紙や、貴族がドラゴン退治の人員募集の張り紙で埋め尽くされた掲示板だった。折り重なるように、隙間を縫うように貼られた求人広告には報酬と契約の日数が書かれている。不景気だというのにこれだけの求人要項が街に溢れるってことは、危険で割に合わないって思う人が余りにも多いって事の証明でもある。そもそも正社員でもないのにドラゴン退治なんて狂気の沙汰以外考えられない。ったく命の危険あるんだからバイトでどうにかしようとしてんじゃねーよ。
俺は掲示板を横目に目的の場所へ向かった。
今日の派遣先は今までの仕事とは違い貴族の家での仕事だ。なんでもシュバルツゲゼルシャフト家という貴族の家らしい。聞いた事の無い貴族だけど、そこは腐っても貴族。ギャラもわりかし良かったので社員さんに紹介された時に二つ返事で受けた。だって佐々木がいるなんて聞いてなかったんだから。
「いや~久しぶりっすね。元気でした?」
「元気だけど……」
何時買ったのかもわからないソフトクリームを頬張る佐々木はとても幸せそうな顔をしていた。でもな佐々木。朝から冷たいものは危ないぞ。お腹壊しちゃうからな。
「なんすか? そんなそっけない態度。一緒にお姫様誘拐した仲じゃないすか?」
「バカ! お前バカ!」
周りの人が怪訝そうな目でこちらをみてくるので苦笑いでその場をごまかすと、佐々木を路地裏に連れ込んだ。
「お前なに王都でそんなこと言ってんだよ。知ってる? ねぇ知ってる? 盗賊団がどうなったか。ギロチンだよギロチン。皆の前で。その片棒担いでるのバレたら一発退場だから。レッドカードだよレッドカード」
「へへへ」
「『へへへ』じゃねーよ! 事の重大さと常識わきまえて! んでメールじゃ俺一人って話だったけどなんで居るわけ?」
「あぁ昨日いきなりメール来て。先輩もくるからお前もどうって。それで即決っすよ」
まるで飲み会の出席者の点呼みたいな感覚で仕事の勧誘かける会社の方が問題なはずなのに、もっと別の所に問題があるように感じるのは俺だけじゃないはずだ。
「まぁいいや。そんで場所分かる? ゲゼルシャフト家って所なんだけど」
「分かりますよ。俺地元なんで、案内しますよ」
地元ってのは意外だった。なによりここは都内でも群を抜く一等地。それこそ俺の今住んでる間取りでも家賃はその倍はかかってしまう程だ。困惑した俺を置いて佐々木はドンドン先に進んでいく。たしかに道を行く足取りは地元の人間のソレだった。
「着いたっすよ」
まず目の前飛び込んだのは、今にも崩れそうな程度におんぼろのお屋敷。庭は荒れ、おそらく噴水であろうものは朽ち果てて黒ずんでいる。庭師を雇っていないのか、庭に生えた草が足首まで伸びていて足に伝わる感触はフカフカの絨毯みたいだった。
「ここが派遣先……?」
「社員さんからのメールにはそう書いてあるっすね」
「とりあえず中……はいるか……」
ボコボコになった石造りの道を歩き玄関まで向かうと、執事らしき人が出迎えてくれた。
「どうぞこちらへ」
「まじかぁ……」
佐々木が声を上げるのも無理は無い。だって廊下には至る所に蜘蛛の巣がかかり、床を歩けば板張りの廊下が軋んで今に穴が飽きそうだった。
「主人はこちらの部屋におりますので……」
執事らしき人はそそくさとどこかに言ってしまう。
「本当に大丈夫なの?」
「しらないっす。俺地元って言ってもそこまで長くここ居たわけじゃないんで」
「あぁそう……」
蝶番が金切り声を開け、出迎えてくれたのはバーコードヘアーのおっさんだった。
「そなたらが派遣されたものか?」
「は、はい。派遣会社オークウィルから派遣されました。里中と佐々木です」
珍しく佐々木はかしこまっていた。
「そうか……いきなりで悪いんだが、早速仕事だ。君達には姫様を助けだしてもらおう」
「ファ!?」
姫様が拐われしばらくすると、王宮からお触れが出た。
『姫を一番最初に助けだしたものには、姫と結婚する権利も与えられる』
姫は婚活に失敗しているみたいだったし、拒否することも無いだろう。それに貴族は貴族で王位ももらえるし願ったり叶ったり。ただ問題はドラゴンがどこにいるか解らないことと、モンスターが強すぎて殉職者が多く出ていることだった。
「どうした? 驚いた顔をしているが?」
「いやそういうのはちょっと……。こちらも社員にそういう風な仕事とは聞かされていなかったもので」
「ふむ。しかしまぁそういう事だからあとはよろしく」
「いやいやいや。その~普通そういうのって自分で行く感じのやつじゃないんすか?」
佐々木が言うことはもっともだ。普通ドラゴンに拐われたお姫様を助けるのは王子というか、本人が果敢に助けるものだ。
「なんだと!? じゃぁそなたらはこのワシがドラゴンを助けられるようにみえるのか!」
どうみても見えなかった。なんだろう。どちらかと言うと、窓際係長ですっていう自己紹介をされたほうがしっくりするビジュアルだ。肩幅も身長もどっからどうみても人間の平均値だ。
眩しく光る頭だけが個性と言い換えてもいい。
「どうします?」
「どうしますって言われてもな~」
確かにこの仕事が終われば目標の貯金残高には到達する。だけど相手はドラゴンだ。
「ふん。いやしい奴らめ。仕方ない。おい電話を持て。今からクレームの電話も入れる。貴様達は今後割の良い仕事をできなくさせてやる!」
「クソきたねーぞ!」
「なんとでもいえ。私がこの通話ボタンを押すだけで貴様らの命など吹き飛ばしてくれるわ!」
係長は汚い男だった。コッチが強気に出れないのをいいことにやりたい放題だ。くそっ……クレームを盾に俺たちに仕事をやらせる気だ。
「わ、わかりました……」
「ち、ちょっと先輩いいんですか? 完全に相手悪代官ですよ。ここはズバッと正義の拳を!」
「バカ! 正義じゃお腹は膨れないんだよ」
生きるって辛い。
昼時には、ホワイトカラーでごった返している王都のオフィス街も、ランチタイムの喧騒が終われば静かなもんだ。
「でもホントいいんですか? 絶対アイツギャラ値切ってきますよ?」
「分かってる。でもこの不景気だ。俺には金が必要なんだ」
俺たちは、ワンコインのランチが食べられるという佐々木オススメのカフェのテラス席に陣取り。したくもない姫様奪還の仕事の今後の方針を決めるため、少し遅目の昼食をとっていた。
「いやでも~普通こういう旅に行くときって支度金とか渡すのがお決まりなのに、アイツいくらか渡したか分かってます?」
知ってるよ。一万エン札一枚ポッキリ封筒に入れて渡された時はなにかの冗談かと思って、何度も中身を確認した。
「う~ん……」
「ちょっと先輩!」
「あぁもうさっきからうるせ~な~。分かってるよんなことは! だけど仕事なの! お金欲しいの! お賃金いっぱいいっぱいほしいの!」
「ソレは分かりましたけど、どうするんすか? 俺たちだけでドラゴン倒して、姫様助けるなんて到底ムリな話ですよ」
攻撃魔法も使えない魔法使いにオークが一人。どうかんがえても佐々木の言うことは正論だ。しかしここでそうだねって言ってしまうと、目の前のバカが調子に乗る可能性もあるのでうんとは言えない複雑な心持ちだ。
「とりあえず、装備でも整えますか」
佐々木が指差したのは大型量販店『ドンキホーレ』の看板だった。
「まぁそうっすかー」
そうそうと昼食を切り上げ、ドンキホーレに向かうとあっという間に揃う必要物資。
『激安の殿堂』と謳うだけあって貴族からもらった軍資金に若干の余裕さえ産まれた。
「これで準備完了だな」
「いやまだっすよ。先輩結構ヌケてるなー。仲間が居ないじゃないすか」
「えっ?」
「普通ドラゴン倒しに行くのに、魔法使いとオーク一匹はないっすよ。薬草いくらあっても足りませんもん。ここは僧侶とか、あと~そうだな。戦士とか? そういう系のマトモな仕事についてる奴雇わないと」
「君さ……前から思ってたんだけど結構ものしってるよね。なんで?」
「そうっすね~。俺の彼女、幼稚園の先生やってるんすけど、寝る時に毎回絵本読んでくれるんスよ。その知識っすね。お決まりってやつらしいですよ」
「えっ、君寝る前に絵本呼んでもらってるの!? キモい! すげ~キモい。なにマザコン?」
「はっ? 人が知らないことを教えてるのになんなんすか? あぁキレそ。てーかこれキレてますわ」
「うっせ~行くぞ」
「行くってどこへ?」
「その辺のどっかだよ。僧侶仲間にするんでしょ? アレだろ? ナンパみたいなのやんだろ? 声かけて『すいません。これから僕達一緒にドラゴン退治行くんすけど~』みたいなかんじで!」
「ちょっと先輩! 先行かないで! ちょっと! 仲間の作り方知ってるんですか!?」
佐々木の忠告は的を射ていた。俺は余りにも世間知らずで身勝手だったんだ。
三時間後そこにはボコボコにされたオークと金髪のバカが居た。
行き交う人達の視線は、まるでと俺たちが猫の死体かなにかになってしまったんじゃなかろうかと不安になるほど冷ややかなものだった。
立ち上がろうにも、どこかの関節を動かすと別の関節が悲鳴を上げ、それをなんとかしようとするとまた別の関節が悲鳴を上げる。ドミノ倒しのような連鎖的な痛みに俺は顔が歪んでしまう。
「はぁはぁはぁ、だからなんで話聞かないで行っちゃうんすか」
「だ、だって、急いでたし……」
「先輩。トータルでマイナスって言葉知ってますか?」
コイツに正論を言われると余計凹むのは気のせいなんだろうか。
俺は、佐々木の話も聞かず手当たり次第に僧侶に声を掛けた。
『てめぇ人の僧侶に何声掛けてんだよ!』と殴られ。
『ちょっと迷惑なんでやめてもらえます? 警察呼びますよ?』と衛兵を呼ばれ。
そしてこのザマである。
「笑いたきゃ笑えよ」
「笑えませんよ……。“相棒”じゃないっすか?」
「佐々木……」
誤解してはいけない事が一つだけあって、カッコつけてる佐々木も俺と変わらず泥塗れのボコボコにされた姿だって事だ。
「じゃぁ行きますか?」
佐々木はうめき声と共に立ち上がると、そっと右手を差し出した。差し出された右手をグッと掴むと、左手で自分の体重を支えながらやっとの思いで立ち上がった。
「あぁありがと。んでどこに?」
「酒場ですよ酒場」
空は真っ暗。時間にすればお夕飯時。飲み屋が一斉に開店する時間帯だ。
しかしコイツもアレか? 飲みニケーションとか言い出す系の人間なのか?
「お、俺酒とか飲めないぞ」
「あぁもういいですから。その辺は俺に任せてください! 行きますよ!」
「ねぇちょっと。説明を! 説明をお願いします。飲み屋ってアレかおねーちゃんいるタイプのやつか? それとも普通の方? ねぇ! ねぇ! 教えてよ」
俺は手首を掴まれ、足を引きずられながら飲み屋に運ばれていった。まるで人に買われた子牛のように。
「さぁ着きましたよ」
暗めの照明。人の話し声が幾重にも重なった雑音が響く店内。どうやらおねーちゃんが居ないタイプの飲み屋みたいだった。
佐々木が店主であろう人と軽く話すと何かのファイルが手渡され、こちらに戻ってきた。
「これ。ここで雇える仲間のリストみたいです。能力とかはよく分かんないで。先輩が適当に選んじゃってください」
「そ、そうなんだ」
手渡されたファイルには履歴書みたいなものが何枚も入っており、『魔法いっぱい使えます』とか『体力には自信あり』みたいな自己アピール。それに装備までがきっちり書き込まれている。
「へ~。こんな風になってるのね」
きっと俺の履歴書もこんな風にファイリングされて誰かに見られていたんだろう。そう思うとなんだか悲しくなって来た。
「どうしたんですか?」
「いや……。俺に誰かを選ぶ権利なんて無いよ。だって……自分だってたいした人間じゃないのに誰かを選ぶなんて……。」
「そうすか? ま~難しい話分かんないすけど……」
「なんだったら佐々木選んでよ」
「わっかりました~。じゃぁこの子とかどうですか?」
見せられた写真には紫色の髪をしたエルフの女が写っていた。
「女!?」
「いやだって俺と先輩で男枠埋まってますよ。それに女の子一人でもいれば先輩だって嬉しいでしょう?」
「無理無理無理。女とか何考えてるか分かんないし。俺オークだし。男にしよう。男最高!」
「それじゃコイツはどうです? 戦士なんですけど、経歴すごいっすよ。学生の時に部活で部長やってて、しかもすげ~コイツ生徒会長も兼任っすよ。絶対責任感的なヤツ強いですよ」
なんだろう。コイツの写真から香ってくるオーラは。今まで人生の日陰を歩いたことの無いですオーラ。たぶん劣等感で死ぬ。
「う、う~ん」
「えっ!? コイツ? じゃぁコイツは? エルフ弓で男。文句無いでしょ!」
見せられた相手は確かにエルフにしては目鼻立ちはぼんやりしている感じだ。履歴書を眺めてみても特に違和感を覚えるポイントも……あった。
「なんすか!」
「志望動機がムカつく! 却下!」
「志望動機……『彼女との結婚資金を溜めるために』だって。いいじゃないですか! 応援してあげましょうよ!」
「あぁん? そもそも、これから所帯持つ予定の奴が死ぬかもわからんドラゴン退治なんてこねーだろーが!」
俺たちがカウンターの近くであーでもないこーでもないと騒いでいると店の店主がこう言った。
「話してる所悪いんだけどさ、お前ら金あんの?」
逃げるように、飲み屋を後にした俺たちは一路進路を西に取った。どうやらあのインチキ貴族が言うことには、ドラゴンは王都から西のどこかに居るらしい。
ともあれ俺と佐々木は二人、王都から少し離れたのどかな田園を歩いていた。
「なんであんなたけ~んだよ人雇うのって!」
「しかたないっすよ。あそこ都内ですもん。人材も高いっすよ。それに二人旅っていうのも悪くないじゃないっすか?」
「おめ~が言い出したんだろうが。薬草より僧侶ってよー」
「すんません」
いざ人を雇う側になってみると人件費ってバカにならない。派遣の傭兵でこんだけかかるんだ。正社員ってものの待遇の保証っぷりの凄さが改めて感じられると共に、俺は本当に正社員になれるんだろうかっていう不安感がひしひしと湧いてくる。これが世に言う社会経験ってやつなのかもしれない。
「まぁいいや。んでこれからどうすんだよ。いきなりドラゴンとか無理だぞ。いくら俺がオークでもドラゴンに噛まれりゃ普通に千切れるかな。超人とか勘違いするなよ」
「わ~ってますって! えっとですね。あのインチキ貴族からもらった資料だとドラゴンは西の方に言ったみたいですね。んで移動は?」
「馬車乗る金あると思うか?」
「無いと思います」
正解だ。俺の防具一式を買ったら手元に残った金はごくわずか。我が隊は旅立ちですでに苦戦を強いられている。
「まぁ行きますか……」
「だな……」
時刻は十二時を過ぎ、盗賊やら何やらが動き出す大人の時間。とは言え俺たちは宿に泊まる金さえも惜しい財政状況。
「なんか怖いっすね。盗賊とか出てきそうな……そんな感じ。でも安心してください。この佐々木・ウォーロック・裕司。あれからの一ヶ月なにもしてなかったわけじゃないっすから」
「もうムラムラムとかはいいからな」
「フフフ。あれから一ヶ月。俺は修行に修行を重ね、とうとう覚えたましたよ新魔法。喰らえ!」
佐々木の周りにオーラが広がり、いかにもな雰囲気。掛け声とともに俺に杖が向く。
「エイッ!」
「………………な、なにが起こるの?」
鎮まりかえる空気に耐えかねて辺りを確認すると、柔らかな光が杖の先端から佐々木を照らしていた。
「…………ライターかな?」
「違いますよ! 炎系魔法『プロミネンス』っすよ。これで炎系はマスターしました。後は風系と氷系の魔法さえ覚えれば『元素の支配者』に!」
「なるわけねーだろ。炎系ってライターとそう火力変わんねーぞ。百エンだよ百エン! その魔法の価値! んでお前ソレ何回使えんだよ。ライターだったらうん百回と使えんだよ!」
「んなこと言わないでくださいよ。これでいつでもタバコに火つけられるっすよ?」
「そんなんだったら大魔導じゃなくてホストでもなっとけよ。さぞかし女の子に気に入られるでしょうね」
そもそも人間が魔法っていうのが難しいんだ。魔力の類は基本的にエルフの専売特許。人間が大魔導なんてカエルが蛇目指すようなもんだ。
「あつッ!」
佐々木は杖の先端を触って熱がってる。大丈夫なのかこのパーティ。
いや多分前代未聞だ。
「いいから行くぞ。バカ」
「ちょっと待って下さいよ先輩!」
あぁ冗談みたいな旅が本当に始まってしまった。