オークは大変なものを盗んでいきました。
野盗さんをロープで樹に縛り付け、なんやかんや色々ありすぎて疲れ果てていた俺は、いつの間にか眠り込んでいたようだった。
いわゆる快晴。スカイブルーって言葉がぴったりの気持ちの良い青空。木漏れ日の眩しさで目を醒ませば、右肩が妙に重い。
顔をひねれば、間抜け面をした姫様が頭を俺の肩に預け、涎を垂らしている。呑気でのどかで何処か居心地のいいそんな昼下がりだった。
俺は鎖骨辺りの鈍痛でなんかムカついて、鼻を摘んでやると、フガフガといっている。威厳もクソもあったもんじゃない。
「ぐ、ぐるし」
流石にこれ以上やると、流石にまずいなと思い、ふと川辺りを見るとイカれた仲間たちがニヤニヤとコチラを伺っていた。
まずい。
これはまずい。
「い、いやこれはほらなんていうかその……」
「なんすか。自分達なにも言ってないっすよ」
何がそんなに楽しいんだ。何がそんなに嬉しいんだ。顔がうるせーんだよ顔が!
「いや~弥太郎ちゃんもやるねぇ。アタシ達も二人の仲が上手くいってない事に心配してたのよ? そりゃアタシだって弥太郎ちゃんとねんごろになりたかったけど相手が姫様じゃしょうが無いわ。いいわ。引くわよ!」
「おいなに下衆の勘ぐりしてんだよ! お前らほんとアレな。すぐ下ネタしか思いつかないのな!」
「お母さんが言ってたんですけど、喧嘩したカップルが仲良くなると、お互いの何かを埋めようととして必死になるって言ってました!」
ひなちゃんのお母さん! アンタの家庭の情操教育はどうなってるんだ!ええおい!
「いいじゃないっすか! 陽の光が柔らかに差し込む昼下がり、王女と二人でラブラブランデブーなんて! あぁ自分もイチャコラしてぇっす!」
俺たちが騒いでいると、杏樹が目を覚ました。疲労からなのか、それとも別の何かなのか分からないが腫れぼったい目をこすり、綺麗な金髪のボサボサを整えるとそこには一端の王女がいた。
「あぁ悪い起こしちゃったか杏樹」
「いま何時ぃ? はぁ~よく寝た」
俺たちの会話を聞いていたアホどもは一瞬固まり、静けさを取り戻したと思ったその瞬間。土石流みたいな言葉の濁流が流れこんできた。
「ちょっと佐々木さん聞きました? 『杏樹』ですって。呼び捨てよ呼び捨て」
「あぁ俺のクールでかっこいい先輩はどこいっちまったんだ! なんだよその一発しけこんだ感じの雰囲気は! おいリーナ俺死にたくなって来た」
「佐々木さん一発しけこむってなんですか?」
「ひなちゃん! しけこむっていうのはしけこむってことよ! 一発かましたのよ! 大人になったのよ杏樹は!」
「はいじゃぁ犯人確保ということで」
佐々木、リーナ、ひなちゃんの頭には大きな大きなタンコブが出来上がっていた。もちろん俺が作ったわけじゃない。杏樹がやった。
俺は悪くねぇ。
佐々木が痛そうに頭をこすり、痛みの軽減に全力を注ぎながらそう言うと、これまた頭を擦る姿もどこか愛おしいひなちゃんがどこから出したのかロープを取り出し、リーナと一緒に盗賊を丁寧にロープに結びつけた。
「盗賊確保!」
「盗賊確保よ!」
でもなんで野盗を亀甲縛りにしてるのかは聞かないでおこう。
胸の骨折と、全身に響く鈍痛以外特に異常は見られない。
俺はみんなに支えられながら、ボロボロの体を引きずりながら王都までののどかな道を歩いていた。
「ひなちゃんはここでお別れなの?」
「いえ、折角なんで最後までお付き合いしてみます。それに私合コン行きたいんで!」
「そうだよね。じゃぁまずは携帯買いなさいよ。不便で仕方ないから!」
王都にくるのも随分久しぶりな気がする。しかし王都は相も変わらず活気にあふれていて、いいもんだ。華やかで繊細でなんでもある。魅力が詰まった街だ。実際、初めて王都にきたであろう純ちゃんも鼻息を荒くしてキョロキョロ辺りも眺めている。
そういえば俺もこんな風に街を見たことは、今まで一度も無かったような気がする。それもこれも旅のお陰かもしれない。もし、就職活動で面接まで言ったらこの事を面接官に伝えてみよう。このハチャメチャな旅を。
なんていう俺の思い描いた理想像は一瞬で崩壊してしまった。
「これ……何なんですかね……?」
俺たちは貧乏貴族の家に向かっていたはずだ。道順も間違えていないはずだ。なによりここらへんに住んでいたっていう佐々木が道先案内人なんだ。間違えようがない。
なのに目の前にはとんでもない看板がぶら下がっている。
『国 有 地』
「なんなんだ! ここを旅立って、せいぜい一週間かそこらだぞ!? どうなってる! なぁ佐々木ィ!」
「俺に聞かれてもわかりませんって! ねぇ姫様どういうことなの?」
「たしかに最近貴族が税金を納められずに爵位剥奪は珍しくないぞ。」
「えぇそうなの!?」
「そりゃそうよねぇ……これだけ不景気なんだもん。実際問題姫様誘拐して一儲けって考える輩が出るくらい不景気なんだもん。まぁアタシは国家資格もってるからそんなことないんだけどねぇ」
ちらっとコチラをみるリーナの視線は派遣社員の俺たちには辛かった。
「た、大変ですね……私大丈夫かな……」
「大丈夫大丈夫! 魔法使いは“ちゃんとした”魔法使えれば職にあぶれることはないわ。一番問題なのがいわゆる前衛組よ。戦士に武闘家。あとはパラディンとか? 明確な違いがあるわけでもないのに職業が細分化されすぎてみんな仕事困ってるみたいよ」
「だから俺の方見て魔法使いの話するのやめろって! 先輩大丈夫ですか?」
「まじかよ……」
大丈夫なワケがない。横でみんなが話しているのもロクに耳に入らず、俺は呆然と看板の前に立ち尽くしていた。
「と、とりあえず先輩! 電話してみましょうよ? それからでも遅くないですって!」
「でんわ?」
「そうです電話ですよ! 電話! 会社に電話しないと!」
そうだ。俺の就職活動への道は閉ざされては居ない。
(頼む出てくれ! どうなってるのか教えてくれ!)
「お掛けになった電話番号は現在使われておりません。もう一度番号をお確かめの上お掛けなおしください」
「は?」
「どうしたんです?」
(嘘だろ? 嘘だと言ってくれ。なんでだよ。携帯電話からかけてるんだぞ? 番号なんて間違えるわけないじゃやないか? かかれかかれ)
俺は必死になってダイヤルする。が、ダメ。手打ちでもダイヤル。でもダメ。
「なんでつながらないんだよ!」
「もしかして……」
目の前の『国有地』と書かれた看板。爵位剥奪。不景気の余波。不安要素が脳内を駆け巡り一つの結論が思い浮かんだ。
「とう……さん……」
「行ってみましょう。会社の事務所! こっからそう遠くは無いっす。」
「行きましょう弥太郎さん!」
「弥太郎行くぞ!」
「先輩!」
「弥太郎ちゃんダッシュダッシュ!」
全身の痛みに耐え、カラダにムチを打ち込む。夢と希望をつかむ為に!
『 貸 物 件 』
本社事務所があったはずのドアにはそう書かれた看板がでかでかと掲げられていた。
「あっ、なんかネットにニュースが上がってる。『オークウィル人材派遣会社株式廃止、反政府団体に派遣。問われるコンプライアンス』だって」
リーナが見た記事にはこう書いてあった。
『日雇い派遣大手「オークウィル」が、労働者派遣法で禁止されている反政府団体への派遣など違法な派遣業務を各地で繰り返していたとして、騎士団は事業停止命令を発令した。対象は全事業所約三十箇所の、停止期間は数カ月となる見通し。期間中は、新たな派遣業務ができなくなる。また事情の説明を求め会社役員に任意で事情聴取を行っていたが、関連して姫様の誘拐に関係した従業員がいるとして、騎士団は捜査を進めている。今後有力な手がかりが見つかる事に国民は期待を寄せている。』
「フヒフヒヒヒイヒヒヒヒヒイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「あっ壊れた」
「壊れましたね」
「や、やたろうさん……?」
「先輩……」
おかしい。こんなおかしい事があってたまるか。全然笑えないはずなのに笑いがこみ上げてきてしまう。なんで派遣にでさえ首を来られたのか。なんでだ。俺がなんかしたのか?
「もう弥太郎が痛々しくて見ていられないな。これがオーク種とは嘆かわしい……」
「笑えないです……」
「つうかさ。派遣先も派遣会社も潰れてるんだから、自分で姫様を王様の所につれてくんじゃダメなの?」
あまりにも組織に飼い慣らされてしまった俺にその言葉は雷に撃たれたような衝撃だった。そうかその手がまだ残ってる! というかそもそもなんで最初にソレを思いつかなかったんだ。
「ん? たしかに別に貴族に届ける義務もないしな……」
「でしょでしょ? アタシ天才じゃね?」
「しかしそれでは弥太郎が逮捕されてしまうな」
「え?」
予想外の答えに思わず声を出してしまった。
「なにを呆けているんだ。リーナの読み上げた最後の一文。聞いてなかったのか? 『関連して姫様の誘拐に関係した従業員がいるとして、騎士団は捜査を進めている。今後有力な手がかりが見つかる事に国民は期待を寄せている。』だぞ? 要するにお前は賞金首と同列なのだ」
「アバババババババババババババババババババ」
「先輩!」
「私も同世代の友達も初めて作れたし、ドラゴンから助けだしてくれたことも感謝している。仮に私がドラゴンに攫われるきっかけを作ったヤツでもな。まぁ差し引き若干のプラスと考えているわけだ。しかしこれではなぁ……罪を償うしかない……」
空気は重く、何を言っても的外れになる気がして次の言葉が出てこなかった。俺はなにを言えば良い。頭を垂れて弁解と許しを請えばいいのか?
「そ、そんな事になったら弥太郎ちゃん就職活動どころの騒ぎじゃないわよ。いいの? アタシは嫌よ! アホみたいな旅だったけど楽しかったもの! なんかないの佐々木!」
「いやそんなこと言われても俺も片棒担いじゃってるし」
「あの!」
重苦しい雰囲気の中、純ちゃんが勢い良く手を挙げる。
「今度はなんだよ天然娘!」
「だから天然じゃないって言ってるじゃないですか佐々木さん! ようするに、弥太郎さんの身代わりがいればいいんですよね?」
「そ、そうだけど、そんなの無理に決まってるだろ」
「居ますよ! 明け方木に縛り付けたじゃないですか! あの盗賊さん」
「アイツか!」
「確かに家無いとか言ってたな、たしか」
「行きましょう!」
「なんだお前ら雁首揃えて。俺に捕まえて欲しいのか?」
木に縛リ付けられた盗賊は恨み節を唄いながら、コチラを睨みつけている。
「あの……。家無いっておっしゃってましたよね?」
「あぁそうだよお嬢ちゃん」
「もう牢屋はいって一生過ごしたいとも言ってましたよね?」
「あれ? 俺そんなこと言った? 言ってないと思うんですけど!」
「分かりました。望みを叶えてあげますよ!」
「え? ちょっとなになに? いきなりロープ切って……。いやなんでみんな無言なの? ねぇ誰かねぇ! ねぇちょっと? おいオークのお前もなんか言えって!」
俺たちは再び王都に向かった。
「貴様ら何用だ!」
夕日が空が染め上げ、酒場に灯りが灯る午後六時。王宮の前では怪訝そうな顔をした衛兵が俺たちを睨みつけていた。
俺たちの後ろには先ほど確保した俺の身代わり。
「いやぁとうとう来ましたね」
「長かったな」
「とりあえず行くか」
「本当に大丈夫なのかよ。俺ちゃんと牢獄入れる? 死罪とか嫌なんだけど」
「こういう犯罪は主犯が極刑って相場は決まってるものだ。それに私も口添えしてあげるから!」
「ホントか? マジ頼むよ! ホントだよ!? いやだよギロチン」
「わかったから犯人らしくしてろよ! えっと。お姫様助けだしてきました!」
「何!? どうせ姫様の偽物だろう! 最近多いんだ。結婚目当てで偽物を連れてくる奴が。ほら、やっぱり偽物だ。ウチの姫様がそんな似合わないドレスなんて着ないからな!」
「え? うそ……似合ってないの……?」
「大丈夫だって杏樹! 似合ってるから! 凹むな凹むな」
俺がそういうとどこかご満悦な表情で後ろに下がっていった。しかしこの衛兵も、時が過ぎたら地方に飛ばされてしまうんだろう。世の中には仕事を真面目にしていても振りかかる災厄みたいなものもある。達者で暮らせよ護衛兵。
「いや本物だって!」
「じゃぁなんか証拠でもあるのか?」
「ほら姫様証拠だって。なんかないの? ほら王家の紋章の入ったナイフとか、王家に伝わる秘伝のアイテムとか」
「ない。全然ない! だってドラゴンに捕まった時下着だけだったもん」
「下着だけか~。なんかロゴとか紋章とか入ってないの? 普通そういうのって王家御用達とかで紋章とか入ってるんじゃないの?」
「入ってはいるが……まさか見せろと言うんじゃないだろうな!」
「それしかないんだからしょうが無いでしょうが!」
「杏樹早くパンツ見せて! ほら!」
「杏樹さん! 早くしてください!」
おそらく自分の中にそうとうの葛藤が合ったんだろう。姫様はゆっくりと後ろを向き、ドレスの裾をたくしあげ、衛兵に王家の紋章がプリントされたパンツを見せつけた。そのうち王位を継承するはずの人が持つ威厳見たいなモノが失墜した瞬間だった。
「くっ、殺せ……!」
「こ、これはまさしく王家の紋章。失礼しました。お通りになってください!」
「本当に大丈夫なのかこの国は」
佐々木に心配される国の未来は暗い。
「もう殺せっ! これ以上生き恥を重ねたくない……」
泣く杏樹を慰めながら城内を進むと、俺の体の何倍もある扉が目の前に現れた。
「でっけ~ドア。巨人でも中にいるんですかね?」
「佐々木そういう所ぬけてるよな。普通門から真正面に進んで大きなドアの前に行き着いたらそりゃ王様の間でしょうよ!」
「そっか……」
「じゃぁ行きますか?」
「行きましょっか!」
「ゴーゴー!」
ドゴォン
目の前のドアが開くと、重そうな音が広間に響き渡る。赤い絨毯がまっすぐ伸び、正面の一段上がった場所には金の細工で装飾された高そうな椅子。そこに座っていたのは髭面でいかにもな王様の姿だった。
「あれ姫様のお父さん? 渋~い。ねぇお妃様居ないのよね?」
「あぁ母は私を産んだ時に死んでしまった」
「マジィ? 玉の輿狙っちゃおうかなぁ~」
「お前マジ節操ねぇな」
「なによ佐々木! いいでしょう? 節操ないのがアタシなんだから。今更、『あたしぃ~男の人苦手でぇ~』みたいな逆にキモいでしょ?」
「もうみなさん。王様の前なんだから静かにしてくださいよ」
このパーティ唯一の良心である純ちゃんに促されるまま。前に進み、一礼をして正面を向くと、王様は渋みのある重低音で喋り始めた。
「あ、杏樹なのか?」
「左様でございます。随分とお父上には心配をかけたと思いますがなんとか帰ってこれました。」
「そうか。誠に心配しておったぞ」
「ヤバイ。マジカッコイイ。杏樹がピンぼけだからどんなお父さんかと思ったけど、超マトモじゃん!」
一瞬注意しようかなって思ったけど、あまりにもバカらしくなったので俺は事の顛末を黙って見守る事にした。
「して、この者達が杏樹を助けてくれたのだな?」
「はい。弥太郎。自己紹介を」
「あ、はい。えっと里中・オーク・弥太郎です」
「佐々木っす」
「リーナでぇ~す」
リーネは国王さまがお気に入りなのかピースをして最大限の自分の武器である胸元を強調した。
「小日向・ドラウ・ひなです。はじめましてよろしくお願いします」
「なるほど。誠に大義であったぞ皆の者。それでは褒美の方を取らせなければいけないな。そこのオークのもの何が欲しい。金か?」
「いえ、金は入りません」
「なに? 金が要らないだと? オークというのは欲望に忠実と聞いていたがならば名誉か。姫との婚姻ということだな?」
「いえ婚姻もいらないと申すのか! これはまた……ではなにもいらないと。なんという騎士道精神。私は嬉しいぞ」
「いえ、金も名誉も婚姻もいりません。ただひとつ。一つだけほしいものがあります」
「なんじゃいうて見ろ!」
「俺に……いや僕に内定をください!」
今までは更新予定日を後書きに書いてたんで何も気にならなかったのに、いざ更新予定日が無いと何を書いていいのかもよくわかりません。助けてください。
まずはじめに『姫騎士はオークに捕まりました。』読んでいただき有難うございます。
話題は変わるんですが、男同士の飲み会っていうのは不思議なものでくだらない事で何時間も話してられるんですよね。
この前はおしぼりでいかにリアルな男性器を作れるかっていう話で盛り上がってました。
そんな飲み会の席でオークと女騎士の話で盛り上がってしまったことがきっかけでこのお話が生まれたわけなんですが、飲み会のテンションだと楽しい話も、いざシラフとのテンションの乖離が著しくて飲み会の時の自分を呪いたくなります。
しかも姫騎士とオークのお話っていうよりは、佐々木っていうバカとオークの茶番になってましたね。タイトルに期待された方はごめんなさい。
続編を書きたいとは思っているので気長に待っていただければと思います。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




