人は見た目が九割
「俺は社会の歯車になりたい」
俺はそれこそ必死になって就職活動をした。最終学年でわざわざ学校なんて行かなくてもいいのに、毎日学校に行っては数えきれない程の履歴書と数えきれない程の志望動機書を書いた。自己分析に企業研究だってやった。
努力できる部分は限りなく努力したはずだ。
そして一年前の四月。
希望に満ち溢れた社会人生活を迎えるはずの俺は見事無職になって居たのである。
じゃぁ何が理由でこんな事になってしまったかと言われれば、この神様の悪ふざけとしか思えない外見のせいだろう。その上学生時代にウェットな人間関係を作って居なかったお陰でコミュニケーションにも難がある。
更に言えば、後悔と自己憐憫で忙しい身の上の俺を、企業が採用するとも考えづらい。
田舎に戻って実家の跡を継いで農業に勤しもうかなとも思ったが、半端な気持ちで来る日も来る日も大根の育成方法に頭を悩ますっていう事はしたくは無かった俺だから、今こうして派遣として生計を立てている。
「あぁ内定が欲しい……」
じゃぁ就職活動しろよという至極真っ当な意見をいただくだろうが、就職活動にもお金も時間もかかる。家賃に携帯料金、食費だってかかる。そりゃ実家からは山のように大根は送られてくるけど大根ばっかりじゃ体は持たない。それに各種公共料金に年金。就職活動をしようにも働きながら時間がしっかり取れるわけでもない。
だから俺は決めたのだ。貯金をしようって。それも半端じゃない額の貯金を!
そうすれば就職活動にも集中できるってもんだ。
「よし、今日もがんばろう……」
誰にも聞こえないようにそうつぶやいたはいいものの、いざ言ってから周りが気になった俺が辺りをキョロキョロと確認すると、俺以外にも同じ派遣先に派遣されるであろう人達が思い思いに時間を潰している。
携帯で最近流行りのゲームする奴がいたかと思えば、スポーツ新聞で贔屓のスポーツチームが負けたのか足を小刻みに揺らす奴もいる。
タバコを吸いながら社員さんから配られた工程表とにらめっこする奴。
中でも目を引くのが隣に座っていた奴だった。半開きの口から発する咀嚼音がなんとも不快に俺の聴覚を刺激してくる。
「はーい。もうすぐで現場着くんで渡した資料しっかり確認してくださいね~。それから佐々木さんちゃんと制服来てくださいね。服装の乱れは心の乱れ。今日も元気に仕事しましょう!」
生え際が黒くなってプリンみたいになった金髪をかき上げたそいつは、ダルそうに服装を正すと、不満を誰かにいいたくてしょうが無いって顔で辺りをぐるりと見回した。
「ほんとめんどくさいっすよね~」
(俺か? 俺に話しかけているのか?)
普段から話しかけられる事に慣れていない俺が返答しようとまごついていると、間髪入れずに佐々木くんは話し始めた。
「絶対将来はビックになってアイツみたいな大卒に無茶押し付けてやりますよ!」
雰囲気から察するに年下であろう佐々木くんは、攻撃的で野心的みたいだ。
「そ、そうなんだ……」
もうちょっと上手い返しができれば面接の時にもっと好印象がとれたのにっていう後悔もさせてもらえぬまま更に佐々木君はしゃべる。
「やっぱ長いんすか? この仕事? え~っと里中さん? でしたっけ?」
「あぁそうだっだね……里中です。俺は……一年……ぐらいじゃないかな……」
「そうなんすか。自分新人なんすけどなんでも頼んでくれていいすっからね! これでも大魔導目指してるんで。地元居た時は喧嘩とかでブイブイ言わしてたんで体力には自信有りますよ!」
「ふ、ふ~ん」
何をトンチンカンなこと言ってるんだ。
魔法使い?
人間がなれるわけねぇだろ。一瞬頭によぎった言葉を表情に出さないように興味なさげに相槌をすると。電波な佐々木くんは続けざま話し始めた。
「自分前はホストやってたんですけど、初めてなんすよね。昼職。だからすげー不安だったんすよ! マジよろしくお願いしますね」
もし仮にだけど、俺がマイナスのコミュニケーション障害だったとした、コイツはプラスのコミュニケーション障害だ。暴力にも似た押し付けがましい程のコミュニケーション能力が俺の余裕をドンドン奪っていく。誰か助けて!
「なんだ佐々木お前ホストだったのか? よしじゃぁ今日は佐々木の歓迎会だな! 勿論里中も来るよな!?」
キャリアの長い先輩派遣社員がその一言を発した瞬間、俺の視界に入る全ての人間が両手を挙げ、まるで動物園みたいに騒音の大合唱。なんでこいつらはこんなにも飲み会が好きなんだ。
酒だけならまだしも口を開けば
女
喧嘩
昔は悪かった自慢
そもそも酒なんて会話が会う人間と一緒に飲んで初めて楽しいと思えるものだろ? 喧嘩なんて学業に専念してきた自分にとっては無縁の世界。さらにもっと言えば俺は童貞だ。
じゃぁ断るか?
無理に決まってる。
もしこの誘いに断りを入れようものなら『へっ! 最近の若いやつは酒も飲まねーのか。そんなじゃ社会じゃやっていけねーぞ!』なんて煽られて、その上ノリの悪い堅物の烙印まで押されてしまう。
俺は会話の中心が俺じゃなくなったことを確認しまた窓の外を眺めることにした。
「正社員になりたい」
誰に伝えるわけじゃない。自分への戒めと覚悟を揺らがぬようにするための儀式みたいなものだ。土日もきちんと休んで、九時から五時で働く。そりゃたまには残業だって多少はあるだろうけど、きっと楽になるはずだって信じてる。
その為にはまず貯金だ。貯金して生活に余裕を持たせて、仕事を減らしながら就職活動をする。だから俺には金が必要なんだ。
「盛り上がっている所大変申し訳無いですけど、点呼とりますよ!」
目的地はもう近いみたいだ。最終確認の点呼が始まる。
「ささきさ~ん。佐々木・ウォーロック・裕司さ~ん」
「は~い!」
「さとなかさ~ん。里中・オーク・弥太郎さ~ん」
「はい」
俺はいつになったら派遣オークなんて辞められるんだ……。