7話 口は災いの元
ここから視点変わってます。
新暦1338年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 パイオニル村
「はぁっ!」
カン!カン!と木を叩く甲高い音が響いていた。
「よし!ここまで!」
「あ、ありがとう、ございました」
肩で息しながらロクスに礼をするが、息が整わなくて途切れ途切れになる。
そして、思わず力が抜けてへたりこんでしまった。
リアゼが生まれ、守るために強くなりたい気持ちが一層高まり、ロクスに剣を教えてくれるように頼み込んだのはよかったものの、如何せんまだ5歳のトキには木剣でも振るのに筋力が不足していた。
振り回されていることに加え、トキは剣の形や長さに違和感を覚えていたのだが、まだ初心者の域にも達していないこともあり、ただ懸命に練習していた。
ロクスもリリーも魔法とは違ってまだ早いとは思いつつも、妹を守るために頑張ろうとするトキの姿につい応援してしまう。
今も昼休憩の合間にロクスは家に戻って稽古をつけているのだった。
疲れ果てたトキは重い体を引きずりながら、癒しを求めて自分のオアシスへと向かう。
「あぁ……かわいいなぁ」
生後1ヶ月のリアゼは元気に育っている。
「トキ~。ご飯の用意するから手伝って~」
「は~い。じゃ~また後でね、リア」
疲れも痛みも妹を見ると吹き飛んでしまう気がするほどトキはリアゼが可愛くて仕方なかった。
剣の扱いはまだまだだが、勉強に関しては進展があった。
この世界の文字の読み書きや計算を習得したことで(リリーには非常に優秀と褒められた)、午後からは2つ隣のサクおばあちゃんの家にいき本を読ませてもらったり、話を聞かせてもらうことが多くなった。
サクおばあちゃんはリリーと同じ魔法使いで、裏庭の小さな菜園を営みつつ、豊富な知識で薬草を摘んだり、産婆として村に貢献したりしている。
トキとリアゼを取り上げたのもこのサクおばあちゃんだ。
サクおばあちゃんは一人暮らしで、生まれてからずっと見てきたためか、トキが来ることを毎回歓迎してくれる。
まるで本当の孫のようにかわいがってくれるとってもやさしいおばあちゃんだ。
リリーに薬草採取を頼まれ、サクおばあちゃんと一緒に森の浅い所まで行き、実地で学ぶようにもなった。
食用の野草、毒を持つ植物、解熱作用を促すもの、止血に効くもの。
軽い症状になる程度で口に入れてみたり、匂いを覚えたり、どういう場所に生えるのか、ひとつひとつ教えてもらった。
アルコール成分みたいなものが含まれていたのか、食用の実と似ているラコの実という珍しい物を食べて酔っ払ってしまったり、鎮静作用があるカファの樹皮の煙を吸ってラリったりなど、その身をもって様々な経験を積んだ。
近辺に生えていないものは、図鑑に描かれている絵を見て説明してもらいながら覚えた。
ところで、この世界には紙は存在するのだが(品質はよくない)、本は全て手書きで印刷技術は確立されていないようだ。
近代技術や農業改革など、そういったことがされた歴史があることは知っているものの、実際に実践できるかというとまず不可能だ。
ピンポイントでそんな記憶が残っているなんて都合のいい話はない。
マヨネーズは植物油をなんかと混ぜて攪拌する、味噌は大豆を発酵?させるといった具合に曖昧なものだ。
より良い暮らしをとは思うが、今の生活に不満があるわけでもない。
なんとなく、こんな生活が続けばいいんじゃね?と考えていたりする。
魔法に関しては色々と試行錯誤を重ねている段階だ。
最初は適正属性にならって風3闇2水1くらいで練習していこうとした。
軽く目を閉じて前に手をかざし、そこに魔力を集中させる。
(さて……魔力を放出して……)
「風よっ!!」
ギイっと後ろで音がした。
「あ、ごめんなさいね。邪魔しちゃって。ど、どうぞ続けてっ」
バタン。
魔法の練習のときはリリーが付き添うことになっていたのだが、このときはリリーが来る前に一人で始めたのが仇となった。
家の裏で魔法の練習をしていたところを母に見られたトキは、半身振り返ったまま泣きそうになっていた。
(泣いてねーし!)
この時、感情の高まりによって放出された魔力が、涙のみを凍らせるという無駄に洗練された無駄のない無駄な才能になぜかトキは気づくこともなく、膝を抱えて黄昏るのだった。
そもそも、風って確か気圧差から生じるもので、気圧が高いところから低いところへ向かうもの、だったっけ?という程度のところから思考にふける。
できるかどうかわからないが、試しに風そのものを作ろうと思い立った結果が先ほどの行動であり、あえなく失敗に終わったのだった。
仕方なく手元で右から左へ緩い風を発生させるところから再開した。
これは適正属性を測るときに発動させる「ウインド」という初期魔法で、リリーが手本に見せてくれた魔法だ。
(右手側が気圧が高い、つまり冷たい空気があって、左手側が気圧が低い、つまり暖かい空気があるのか?暖かくも冷たくもないんだけど)
中学生の科学実験かよ、と一人で突っ込んだ。
もっとこう楽々っとできたらいいのになと近道をしたい気持ちがある。
しかし、中学生レベルもうろ覚えということにため息をつきたくなった。
(強い風を起こすには気圧差が大きくなればいいんだっけ?つまり、初期魔法でそこそこな風を起こせた俺は、空気を温めたり冷やしたりすることに優れているのか?)
それとも、人工的にだと扇風機みたいに空気を動かすことに優れているのか。
答えは出ない。
(実験でいいカンジに風起こす方法を探っていくか)
初っ端から躓いていることに先が思いやられる。
昼をすぎ、晴れた空には真っ白な雲が漂っていた。
「そ~らを自由に~飛びたいな~。はい、タゲコブダー(トキなりの物真似)」
ギイっと後ろで音がした。
「ご、ごめんなさいね。また邪魔しちゃって。と、飛べるといいわねっ」
「ち、ちが「バタン。」……」
タゲコブターを取り出し、空に掲げた右手は母へと伸ばされたが、届くことなく行き場を失った。
無性にカファの樹皮の煙を吹かしたくなった。
「もう余計なことは口に出さないようにしよう」
言葉にできない大切なものを失いながらもトキの修行は続いていく。




