2話 回顧
新暦1339年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 領都フリーレン
んっ――
重い瞼をゆっくり開ける。
トキニアは上半身だけ起き上がり、ボーとした頭で周りを見渡して呟いた。
「どこ……?」
かなり広々とした部屋には自分では大きすぎるベッドとテーブルセット、ソファーと子供用の服を吊るしたハンガーラックがあった。
日の加減から昼前といったところだろうか。
再び同じ言葉を吐いた直後、奥の扉からノックと声が聞こえてきた。
「失礼致します」
入ってきたのは給仕服を着た若い女性だった。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「お初にお見え掛かります。当家、ファウスタイン家に仕えます、レイスと申します。体調に問題ないようでしたら、旦那様と奥方様がお待ちしておりますので、そちらの服に着替えてついてきていただけますでしょうか」
レイスと名乗った20代くらいの鋭い雰囲気を持った女性は、腰の締まったスレンダーな体型がその服装からも見て取れる美人であるが、つり上がったその目つきと声が近寄りがたさを滲ませていた。
丁寧な言葉とは裏腹に、四の五の言わず早くしろ、と言われている気がする。
怒らしたら怖そうだと感じ、すぐに着替える。
レイスにって長い廊下を歩き、先ほどより大きな部屋へと案内された。
リビングであろうその部屋のソファーには30歳程の男女が並んで座っている。
「おはよう」
「おはよう、よく眠れたかな?」
2人が挨拶をして、男が尋ねた。
「おはようございます。はい、よく眠れました」
「そうか、それはよかった。こちらに掛けなさい。……では、まずは自己紹介といこう。私はファウスタイン侯爵家当主シリウス=ファウスタインだ。これは私の妻でマルサという」
「マルサよ。よろしくね」
マルサが柔和な笑顔でそう言った。
シリウスが名乗った瞬間、若干トキニアは目を見開いた。
侯爵というトップクラスの上流階級の人間と相対していたのだから当然ではある。
あの広い部屋や家具といい、この屋敷といい、言われてみれば腑に落ちることではあった。
そして、こうも思う。
(なぜそんな所に自分は……)
思考を加速させつつ、できる限り無難な応答を心がける。
「は、はい。私はトキニア=ゼペルルクスと申します。以後お見知りおきください」
すると、トキニアの返答を聞いて、今度は侯爵夫妻がとても驚いた様子で大きく目を見開いた。
「ど、どうかなされましたか?」
トキニアは何か無礼を働いたのかと焦ってしまう。
「君が……そうか。君があのトキニアか」
二人が驚愕から笑顔に変わる。
「えっと、私をご存知なのですか?」
「あぁ、ああ!よく知ってるとも!いや、よく知らされていた、というべきかな」
「えぇ、言われてみれば髪と目の色はともかく、確かにロクスさんの面影がありますわね」
ズキン!
「ロ……クス……?」
「ああ!君の父であるロクスとは学生時代の親友でな。よく一緒に遊び、冒険もし
た仲だ。結婚して子供が生まれてからも手紙のやりとりはしていて、君をはじめ家族のことをしつこいくらいに自慢されていたものだよ」
ズキン!!
「か……ぞく……」
シリウスは途切れ途切れに言葉を紡ぐトキニアに、村で何があったのか問おうとした。
だが、段々と青白く険しくなっていくトキニアの顔色に危機感を覚えた。
「トキニア、大丈夫か?」
シリウスが尋ねるが、次第に倍化していく頭の痛みに耐えられなくなっていく。
「……かぞく……とう………かぁ……り……あ――」
言葉を紡ぐごとにトキニアの体から濃厚な圧力が放たれる。
暗転する視界。
トキニアの意識は深く暗い闇へと落ちていった。
「「トキニア!?」」
2人がソファーに倒れこむトキニアに駆け寄る。
どうやら気を失っただけのようで、おそらくあの凄惨な事件を思い出させてしまったショックによるものであろう。
2人は幼い子供であるが故に、ゆっくり慎重に事の顛末を聞こうと思っていたのだが、思わぬ友人の子供との巡り合いに話題を振ってしまったのだった。
「はぁ……」
思わずため息をつき、失態に2人は落ち込む。
経験が経験だけに自分たちの子供とは違った応対の難しさに困惑する。
「どうするべきか……」
危険を排除し、領地を治める上ではかの村での情報が必要だ。
もし、他の町や村にも関わるような事態であれば、と思うと焦燥感が募る。
しかし、心に傷を負った小さな少年へのさらなる負担を鑑みると、どうしようもなくやるせなくなった。
(それに……)
そんな夫の苦悩を理解しつつも、マルサはいつもの一歩引いた位置から前に出て彼に進言する。
「急を要す件ではあると思いますが、時間でしか解決しないこともあります。間を置いてみる必要もあるのではないでしょうか。それに先ほどの力は……」
他の近くの村や町では兵に警戒態勢をとらせてはいるが、襲撃を受けたなどの情報は届いていない。
悩むシリウスは妻の言葉にゆっくりと頷きを返した。