136話 造られた能力
新暦1349年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン領南部ベルンザ
ベルンザはファウスタイン領の領都フリーレンから南南西に位置し、トキも何度か訪れたことがあるイースコット村から東に村三つ離れた場所にあった。
トキの故郷でもあるパイオニル村同様、元は大森林の開拓を目的として作られた最初期の村であるが、その規模は村というには大き過ぎるまでに発展している。
その理由としては街道整備によって生じる地理的要因が大きい。
ファウスタイン領は東西に長く、やや東寄りの中心地に領都フリーレンがあって、街道は大まかに『工』の形に整備されている。
街道の合間は未開発で主には北部領主らの領土となっており、南部領主が新規開拓するならば大森林を拓かねばならない。
当然、南北領主間での軋轢は存在しているが、そこは総領であるファウスタイン侯爵が日々尽力している事柄であって、今は割愛しておく。
つまり、南部の人間がファウスタイン領における経済の中心地であるフリーレンに至るにはベルンザを通らなければならないということだ。
このように流通の要衝とだけあって、ここベルンザはファウスタイン領第三の都市と呼ばれている。
夕方過ぎ、正面からではなく無断侵入という形でベルンザへとやってきたお尋ね者のトキは、アビスに問答無用で当初の目的通り酒場へと連行されていた。
簡単な食事も提供する場末の酒場、といった感じの店で、お上品とはかけ離れた大衆の喧騒に包まれている。
トキ達は身を隠すように薄汚れたローブを着ており、隅っこの方で向かいあって座っていた。
他の客からは少し離れているので誰かに話を聞かれることもないだろう。
「ふぅああああ!生き返る~!」
ドンとコップを置いたアビスは一口で飲みほしておかわりを店員に告げる。
ほどほどにしろ、と忠告しようとしたトキだが、無駄だと思い返して口を閉ざした。
ここにくるまで相当飛ばしたため、アビスはアルコールのせいもあって酔いが回ってひどいことになっていた、はずだった。
それが酒を飲むとすぐに全回復したかのような絶好調ぶりである。
ほとほとこいつはおかしい、とトキは疑問に思っていた。
次々と矢継ぎ早に追加注文を繰り返すアビスを見ながら懐具合を確認する。
手持ちは貯金に比べれば1分にも足りないが、それでも一人なら数年は食べていける額はある。
(大丈夫、なはず……。たぶん……)
ここの支払いは当然のようにトキの奢りとなっている。
遠慮?なにそれ?といった様子のアビスと、かつて自分を置いて食い逃げした老師の姿が重なった。
「と、ところで、あんた……この先どうすんだ?」
心配の種は放置してトキは今後のことを聞いてみた。
「もちろん、明日も飲むに『ゴキュゴキュ』決まってるじゃない」
「いや、そうじゃなくって。今回の件もだけど、仕事はどうすんのかって話だよ」
「うーん、そうねぇ。聞いた話だけど、あなた金持ちなんでしょ?養ってくれない?」
「なぜに?それに、お尋ね者になってからギルドに預けてた金がどうなったか知らねーよ。没収されちまったかもな」
と言いつつも、額が額なだけに完全には諦め切れておらず、資金管理を一部任せていたジャクエルや冒険者ギルドのギルマスがなんとかしてくれていないかと希望を抱いていた。
「え?じゃ~文無しなわけ?」
「いや、少しはあるけどな。他人を使えば稼ぎようはあるだろうし」
「それじゃ、やっぱり私のスポンサーになりなさいな。あなたが稼ぐ、私が飲む。素晴らしい関係だと――」
「誰も思わないからな?ただのヒモじゃねーか。働くなら考えてもいいけどな」
アビスの持つ能力と情報についてだけは喉から手が出るほど欲していた。
故郷の復興という目的において、優秀な治癒魔法の使い手はずっと探していたものだ。
人格云々を換算すれば、相手の働き次第といった程度だと、無理やり自分に言い聞かす。
値踏みするような目つきのトキを見て、何か気付いたようにアビスは目を逸らした。
「……そう、わかった。体で払え、そう言いたいんでしょ」
アルコールで頬を赤くしたアビスはそう言ってトキをチラ見する。
「四六時中、酒を飲むかゲロを吐くかって女と同衾しようとは思わん」
勘違いしてんじゃねーぞテメーこら、と冷めた目で見返した。
「愛だって吐けるわっ!」
「やかましいわ!ボケ!」
お互いに立ちあがって声を荒げるも、周囲の喧騒のせいで目立ちはしなかった。
頭を掻きながら着席したトキは頭を冷やし、とりあえず情報を吐き出させようと方針転換する。
「ったく……。まぁ、とりあえず飲めよ。少し落ち着こう」
「そうね。あら、ありがとう」
そう提案し、一気に追加注文してしばらく店員を遠ざけることにした。
アルコール度数が高い酒にして、これは少しずつ飲むのが普通なのだが、アビスはクイっと小さなコップを煽っていく。
「確かにあんたの腕はピカ一だしな、雇うのも吝かじゃ~ない。けど、多くの者は得体の知れないものってのに恐れを抱くもんだ」
「……ふん。何が言いたいの?私はそんな有象無象に興味はないわ」
「ま~ま~。時として自分自身のことさえ理解できないこともあるしな。他人の、しかも奇特な力を理解できないこともあるだろう。けど、これまでもスポンサーはいたんだろ?」
「愚か者ばかりだったけどね」
「その愚かな連中ってのはあんたの力を調べたり、そんで真似しようとか思わなかったのか?」
「そういった輩もいたけど、失敗していたわね。そもそもできるはずがない。これは母が授けてくれた私だけの力。それに、これは魔法であって魔法じゃない」
「……俺も治癒魔法に関しちゃ素人に毛が生えた程度の知識しかないんだが、どういう意味だ?」
どうぞどうぞ、と話を続けながらもトキはお酌する。
「ん――。私も、そして母もこの力を教わったわけじゃないの。だから曖昧なものなのだけれど、簡単に言うと魔力を操作して復元と阻害を作用できるのよ」
「阻害と復元?なんとなく察するが、具体的に何ができるんだ?」
「慌てないの。そもそも、少なくともこの大陸にはだけど、一つを除いて世界のありとあらゆるものには魔力が宿っていることは知っているかしら?」
「ありとあらゆるもの?一部の人間だけじゃなく、石とか木とか水にもか?」
「ええ。今、私たちの周りも魔力が漂っているわ。その多寡にも差はあるけどね」
初耳だと呟いて話の先を促す。
「その中でも一部の人間や生物、魔物には濃い魔力を宿す者がいる。これはいいわね?」
「ああ」
「相当な魔力量を持っていたけど、石王コラン、だったかしら。あれは最後に自爆しようとした。どうやってそうしようとしたと思う?」
「魔力を暴走させて、だろ?」
「そう、魔力の暴走ね。母はあれを『命』属性、その中の『散表』という魔法だと言っていたわ」
「命属性……ね。あれも事象の改変と捉えて、魔法であると?」
「魔法といっても、定義からしたら外法の類ではあるわね。魔力そのものが作用を及ぼす。それが命属性よ」
「ちょっと……話がずれてねーか?結果論であって、魔力そのものが物質に作用するってわけじゃねーだろ?」
「『散表』についてはね。詳しくは昔の人に聞きなさい。とにかくとして、命属性は外に作用する表道と内に作用する裏道があって、さらに二分して4つに分類されているの。ちなみに表の表『表加』についてはあなたも知っているはずよ」
知っていると言われてもトキには心当たりがない。
そんな様子を見かねてアビスは口を挟んだ。
「身体強化するガチムチの連中よ」
「あっ……あいつらか」
異常と思える腕力や脚力を誇った者達を思い出した。
現代では体系化されていない未知なる能力であったが、実は過去から存在し、秘匿されてきた魔法の一部だったということになろうか。
「人によって異なるみたいだけど、基本的には魔力による肉体操作の補助をしているようよ。ただ、それも無意識的な部分が強いみたいだけど」
「才能ってことか。でも、なんで知られてないんだ?」
「それには少々私の一族の、長ったるい歴史を話さなきゃならないから遠慮させてもらうわ」
そう言ってアビスが溜め息代わりに吐いたアルコール成分多分なゲップを手で仰ぎながらトキは話を続けた。
「表道はそんな感じで、あんたが使ってるのは裏道ってことか?」
「さっき言った復元が裏の表『裏束』、阻害が裏の裏『刻裏』ね。治癒速度を限りなく上昇させるのが裏束で、魔力を分離させて物質を切断するのが刻裏なわけ」
「ついていけなくなってきたな。原理がわかんねーんだよ、原理が」
「仕方ないわね。いい?魔力適性は知ってるわね?これは裏束を使えばわかるんだけど、人はもちろん他のものの魔力には小さーくしていくと形みたいなのがあるのよ」
「その形がそれぞれで異なっているから、その傾向によって適性が別れる?」
「基本的にはその通りね。あなたが風属性を得意とするように、魔力も薄くて尖がってるのが多いわ」
お似合いね、という言葉はスルーする。
ちなみに私はハートマークよ、というのは冗談だろう。
「ただ、形やその割合は千差万別ってわけだけど、魔力そのものにも性質があるの。ほとんどの人が放出という性質で体外魔法と言えばいいかしら。一般的な魔法の使い手になるわ。これ以外というと、かなりごく稀な例になるんだけれど――」
「あんたがそのごく稀な例、だと?」
「そう。でも、私はさらに稀少よ。それ以外の魔力性質を2つ持っているの」
外套の下で豊満な肉丘を揺らし、胸を張るアビスの顔に若干いらついた。
黙して酒を注ぐ。
「私の魔力性質は同調と反発。どちらも接触しなくちゃならないって条件はあるし、無くなった腕を生やすようなことはできないけど、大概の病気や怪我ならすぐ治せるわ。反発は逆に悲惨ね。人なんて簡単に細切れにできちゃうし、時間はかかるけど魔力を完全に排除すれば肉体自体を消し去ることだってできる。こっちは修練不足ではあるわ。この2つを使い分けているの」
「ようするに、だ。そういった試みから魔力は宿っている肉体や物質に対して何らかの作用をし得る、ってことでいいのか?」
「ようするに、よ。できちゃうんだからそういうことでしょってことよ。人でいう肉体が表であるなら魔力が裏ね。そしてそれらは表裏一体と言えるわ」
(魔力が動けば知らずして肉体もそれに反応して動く。逆もまた然り。それを利用するのが命属性って感じか)
一区切りついたところで、疑問をあげていくことにした。
「普通の魔法でも魔力は動くし、放出されているよな?今更だけど、それって実はかなり危険な行為ってことになるんじゃね?魔力がなくなると肉体が消えるんだろ?」
「宿主から魔力が尽きるとすれば、生物が死んだ時くらいよ。さっき言った一つの例外。それ以外では体中に満遍なく行き届いているし、その兆候があれば自己防衛しようとして気を失う。これが魔力切れというやつね」
「あ~そういうことね」
「生きた生物における例外は魔力暴走――散表くらいね。私見だと、あれには理性を度外視した強い感情が必要なんだと思う。でも私たち魔法を使う者は自覚の有無に限らず理性が働いてそれを阻止しようとしているわ。魔物に感情があるかは知らないけど、赤ん坊でそれが起きてしまうのは感情の起伏が激しく理性がないから、と仮定しているの」
加えてとアビスは話を付け足す。
「赤ん坊の場合、理性って蓋がされてないから性質が不安定でね。感情によって性質すらもぶれるのよ。それでも多くが外側に対して魔力を放出するから、結果として最悪でも気を失うくらいだけど、厄介なのが内側に魔力を濃縮するパターンね。これが収束という魔力性質よ」
「それが魔力暴走、か。成長にしたがって魔力性質は固定されていくって認識でいいのか?」
「いいんじゃない?魔力暴走も端から見ればどちらかはわからないけどね。赤ん坊が環境に対してじゃなくて、自分に強い感情を向けるって相当変な子じゃないと、ねぇ?だから、そんなことが起きることは滅多にないわ」
魔法学園の授業でここら辺のことは学んでいたが、魔力性質や魔力が感情、理性に左右されるというのは教わらなかった。
また、自分自身に怒りを向けていたトキは冷や汗をかきながら、母リリーとアイスマンに感謝した。
「その名残というかな?成長しても人間って魔力が感情に乗ることがあるのよ?」
「それは無意識にか?でも、だから何?って感じなんだけど……」
「意図したものじゃないわ。そう、あなたもしてることよ?」
「俺も?思い当たる節が皆無ですが?」
「人間の感情で強いものって何だと思う?」
「……生理的な欲求か?食欲、性欲、睡眠欲」
「それはあくまで生きるために必要な感情ね。受動的、と言えるかしら。聞いてるのは能動的なものよ」
「……憎悪」
「ええ、そういった向ける対象がある感情。怨み、怒り、妬み、殺意なんて最たるもの。その発露は魔力を刺激して外へと向けられる。殺気なんてまさにそう。あれ、殺すという見えない意思に気圧されるんじゃなくて、乗っかって出てきた魔力に圧迫されてるだけだから」
害なんてないわよ、と手をひらひらと振る。
「それでも、あなたくらいになると、わかっててもキュンキュンしちゃうけどね」
同じように帰れとばかりに手を振ってやった。
「ま~確かに意識してはやってなかったな」
「実際、初めて人を殺した後なんて、失礼。処女を喪失した後なんて、それまでより確実に多くの魔力が乗っかるようになるわよ。というか、なったでしょ?」
経験ない?と聞かれると確かにそうだった。
ちなみに、言い直した件についてはスルーが正しい対応だと理解した。
(Bランク昇級試験だったか。言われると威圧感は上がったような気がするな)
「っと、話が逸れたな。先日、俺を捕獲した網ももしかしてあんたの仕業か?」
魔力操作が上手くできなくなり、あえなく捕縛された事例をとりあげる。
「あれね。あれは、苦労したわ。粘着性を損なわないよう間を空けて魔力を打ち込んでいったのよ。内側は同調で形を維持して、外側は反発するよう細工してね。1週間も費やして……。もう嫌よ、あんな仕事!」
「対魔法使い用としてはかなり有用だとは思うけどな」
「私は職人じゃないっ!」
そう断言して酒を煽る。
使われる側としてはたまったもんじゃないのはその身で実感していただけに、トキとしては一つくらいは作ってもらいたかったが、アビスの様子からして無理だと判断した。
「そもそも、その能力ってか、魔力性質になるのか?あんたの母親から授かったって言ってたけど、どうやって身につけたんだ?」
「……人は死んでもすぐに魔力が消えるわけじゃない。徐々に消えて行くのよ。それを反発による刻裏で無理やり追い出しながら体を修復しつつ、同調による裏束で自身の魔力をまるごと移譲して無理やり定着させる」
「おい、それって……」
「ある意味であってはならないはずの蘇生魔法。自己犠牲を伴う、ね」
「…………」
戦慄すると同時に、触れるべきではない過去があるようだと、トキは口を閉ざした。
「神業とも言える複雑で精密な魔力操作よ。そして、何よりも強靭な意志が必要になるわ。魔力切れなんて堤防を軽々と破壊するくらいのね」
杯を空にしてアビスは言う。
「私の技量は未だ母の域には至っていない。まともではあるでしょうけど、未熟もいいとこ。でもいつか、いつか受け継がれてきたものを次代に渡さなければならない。あの日の、母のように……あの日の……」
酒が回ってつい出た本音か。
その言葉を最後にアビスはテーブルに伏せてしまった。
「まぁ……人それぞれ、色々あらぁな……」
言ってみれば人造の魔法使いといったものなのだろう。
空になった酒瓶をひっくり返すと、数滴の滴が杯へと落ちる。
何気なしにそれを口につけたトキは小さく呟いた。
「……まじぃ」
次話はアビス回の閑話、過去のお話を予定。
相当黒くてグロい設定でしたが、アウトだと判断して内容を変更。大丈夫なはず。さらに1話挟んで次はポックリ回?を2話に縮めて投稿予定。