126話 七器を以て地を均す
新暦1349年 ガレリア大陸 アルゼン帝国 闘技都市コロムロ
もう訪れることはないだろうと思ってから、早二度目の来訪となってしまった。
ロリックへの報告を終え、例によって休学手続きを済ませたトキは、友人たちに簡単な事情説明をした後にすぐさま空の人となった。
同行するのはシロクロとギン。
いつぞやの如く、スピード重視のためハクはお留守番だ。
日々成長しているシロクロの速さは宰相バッカヌの予想を上回った。
2日目の夜半、コロムロに到着したトキは、ギンたちを南側の山中に待機させ、聞かされていた宿屋へと赴いた。
特に特徴のない普通の宿ではあるものの、やはりというべきか、食事をしていた客層を見れば闘技場を目的に集まった戦士が多いようだ。
騒がしい夕食の様子を横目に受付に向かう。
しかし、それを防ぐ形で一人の男が立ち塞がった。
その男はちょっと顔貸せや、と言わんばかりにトキを一瞥して顎で部屋の方を示す。
トキは何も言わずそれに従うことにした。
端から見れば貸すのは顔ではないように思えるが、別にやらないか的な誘いではない。
「潜伏中の連絡員はあんただったか」
部屋に入ったトキは男にそう話しかけた。
30代ほどのその男は以前、亡命手引きを任されていた黒華の構成員だった。
「懐かしむほど昔の話でもなければ、そんな気安い間柄でもないだろう。状況を説明する」
「……そうだな。で?」
男はコロムロ周辺と思われる地図をテーブルの上に広げた。
「ここが破壊された鉱山地帯。ここを中心としたこの楕円は時間的に導き出される対象の最大移動範囲だ。逃走経路として考えられるのはアウロ川源流を船で渡るか、下るルート。もしくはゴウホウ山地を踏破して帝国内へと至るルートの3つだ。帝国側からとアウロ川、インロ川の中州側から監視している者らの報告によれば、今の所、対岸に逃走用の船や対象の姿は見当たらないようだ。おそらくまだ山中にいるか、踏破するルートを通っているのだろう」
「北の川下りか西の山歩きか。この移動範囲ってのもどれほど信用できるんだ?」
「通常の相手であるならばほぼ確実に……だが、侵入も悟られなかったほどの極秘作戦だったようだからな。逃走路も何か用意してても不思議ではない。」
「なるほどね。もし、通常であるなら……この辺りか。」
トキはそう言って鉱山地帯から西南西――アウロ川の源泉との中間辺りを指し示した。
男の予想も同様であり、トキに同意する。
それに頷き返したトキはさらに質問を加える。
「特殊な方法――例えば俺のような魔法を使用する。もしくは対象者が実はいないといった事態は?」
「ふっ、前者であるならお手上げだ。時間が経ちすぎている。後者は具体的にいうとどういう意味だ?」
「今回の件は帝国側の策略によるものだろうが、結果で言えば成功とは言い難い。工作員があの破壊に巻き込まれて死んでいる可能性も十分にあり得るんじゃないのか、という意味だ」
「十分あり得る事態ではあるだろう。しかし、我らの任務は工作員、もしくは破壊に使用された道具や手法を奪取することにある。現在、鉱山跡地はタルムの軍隊が原因解明に奔走しており、我らの入る余地はない。こちらからも人を忍ばせてはいるが、これといった発見はされていないという話なのでな。変な話だが、生きて逃げている最中だと祈る他あるまい」
「……当然の話だが、タルムも追手を?」
「5大隊ほどの規模で山狩りのように追撃している。それでも、日が空いているので追いつくとは思えん。あちらのことは気にせず、空からの捜索に集中してもらう。いいな?」
先日の国王らといい、この男といい、トキは何か引っかかるものを感じていた。
「……ああ、わかった」
(飼いならしたい?躾けたい?今回は何か違う。なんで、そんなに俺の行動を限定したがる?俺ってそんなに反抗的か?……す、少しはそうかもだけど。どちらにせよ、上は放し飼いから鎖で繋いでおく方へ方針転換したと考えるべきか)
気に入らないというのが本音ではあったが、実害が生じているわけではないので、今の所は我慢することにする。
相手は国家だ。
表立って対立するには相応の覚悟がいる。
翌日、早朝からトキは捜索へと飛び立った。
黒華の男にはそう言ったが、捜索はギンに任せることにして、自分はひとまず鉱山跡地へと向かうことにした。
どれだけの被害が及んだのか、自分の目で一度確かめておきたかったからだ。
(まっ、それだけが理由じゃないけどな)
自分の疑念を晴らすべく、トキは破壊の爪跡へと赴く。
到着したのはその日の夕方前のことだった。
場所はおおよそに飛んできたのにすぐに気付いた。
そして、その真上上空に到達したトキはそれを見下ろし、言葉を失ったまま冷や汗をかいていた。
ゴウホウ山地とタルム女王国の領地となる平原の境目を中心として、一切の地形を無視した形でできた半径5,6kmもの巨大クレーター。
クレーターの中心地点にはこんもりとした山があり、そこに(これが魔法によるものならば)術者がいたのだろうと予想される。
そこ以外は整地されたように何もない更地で、砂漠のような砂の波が中心地点から渦巻く形で広がっている。
(被害者や手掛かりを探しているのだろう)地上には多くの人影が見え、道具や魔法を使って掘り起こそうとしているが上手くはいっていないようだ。
森や山が削られてこのような跡になっていることから察するに、魔法であるなら土魔法によるもので、と考えてところでトキは頭を振った。
(Sクラス以上の土魔法使いが100人いてもこうはならんだろう。となると、やはり『七器』か?それにしても……これほどとは。戦略級か……。少し……いや、かなり認識不足だった。これは……この力は……」
「…………」
惨状を目にしたトキはしばし黙考した後、身を翻してこの原因となった者たちの捜索へと向かう。
湧きでる問いに自問自答しながらもその胸中で深く渦巻いていたもの――それは迷いだった。
ピュイイイ
ギンを探しながら口笛を吹く。
捜索範囲に入ってそうしていると程なくしてギンが姿を現した。
「ギン、ご苦労さま。見つかったか?」
キュエェ
なんとなく困惑といった様子を感じ取った。
どうやら対象らしき人間を見つけたようだが……。
「どうした?まぁ、とりあえず案内頼めるか?」
キュエエ
付いて来いと飛び立つギンの後を追う。
少し西に移動して、木々が閑散とした山岳地帯を歩く兵士の姿を発見する。
だが、どうやら発見した集団はこれだけではないようだ。
(あれは……帝国兵士か。なるほど、確か小隊規模に分かれて侵入してたって話だったな。事が終わってそれぞれ撤退している最中ってわけか。こりゃまた骨だな)
外套で身を包み、背嚢を背負った集団は一列縦隊で並んでいる。
直接関わった者は各集団の一部だろう。
文字通り虱潰しに当たっていってもいいが、効率は悪い。
また、当たりはあれだけの力を有している。
そこで少し考え込み、ギンに問いかけた。
「ギン、見つけた集団の中で最もタルム側に近い場所にいるやつらの所へ案内してくれ」
キュエ
おそらく、あの破壊に加わった人間は最後尾に近い場所にいるはずだと考えたのだ。
(殿ではないにしてもそれに近い場所にいるはず。消耗か負傷をしている可能性もあるしな)
縦横無尽な高速移動を可能とするトキたちはすぐさま要望の集団へと至る。
人数や姿恰好は先ほどさして変わりない。
およそ30名ほどが険しい山を歩いていた。
行軍速度はさほど速くない。
「じゃあ、ちと行ってくるわ。お前らはこのまま上空待機な。」
キュエエ
ギュウアア
ギュウアア
3匹にはいってらっしゃいとばかりにトキを見送る。
(さて、どうしてやろうかね)
目下の兵士の料理方法を考えながら、トキは静かに地上へと降りて行った。