121話 節目、そして……
新暦1349年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
休日である今日、トキはジョーの店を訪ねていた。
獣王の魔石を鑑定、というより加工することができないか、以前婚約指輪を作ってもらった工房にお願いしていたからだ。
だが、もたらされた結果は不可能で――
「この魔石の硬度が高すぎて歯が立たんらしい。切ろうにも削ろうにも無理だったそうだ」
「ということは、用途は鑑賞用のみ、ですか?」
「あと手を加えるなら熱くらいだろうって親父は言ってたぞ。だが、そうすると品質を損なう可能性が高いともな」
「国には暴風竜の魔石を献上しましたし、このままオークションにかけたら……」
「とんでもない値はつくだろうな。それに付随して、さらに人が押し寄せるだろう」
「でしょうねぇ。とりあえず放置かな。あっ、そうそう。ウチのオルティナを卒業後に雇ってもらえるみたいで、ありがとうございます」
「まぁ腕はそこそこ立つし、お前さんとこのちびっ子コンビもオルティナの言うことは聞くからな」
「アハハ、ハ……すみません」
3年の細工職人を志望しているオルティナ=ヒウェンはジョーの店への就職が内定していた。
ジョーと並ぶと美女と野獣で、オルティナはよく見習いとして手伝っており、そのまま働かせてもらえるように長い間拝み通したらしい。
必死な上にしつこく、ジョーの根負けという形となった。
相変わらずのちびっ子コンビ、ミランダとサリーはトキの協力者としてパイオニル村へ行くことが決まっているので、ジョーの店から物がなくなるのも残り1年少しの我慢ということになる。
トキが2人に注意すると、女の武器を最大限に利用してトキがいじめているように立ち回るため、現段階では止める術がない。
2人が協力を表明した時も内心ではゲッと嫌がり、やんわり断ろうとしたのだが、毎度のお涙頂戴劇が展開されて結局トキが謝罪し、頭を下げて協力をお願いする形になっていた。
今ではちびっ子コンビには敵対するべからず、というのが学園ギルド男子メンバーの不文律となっている。
獣王の魔石の用途が見いだせず、仕方なく寮へ帰ろうとしていたトキはケオランたちと遭遇した。
ケオラン、ユユ、チーグルは学園ギルドの3年生2人組とパーティを組んでおり、今日も朝早くから依頼を受けると言って出て行っていた。
3年生はBランク間近のCランク、ケオランたちも最近Cランクとなっており、上位ランクの依頼を受けるために授業を休むことも偶に見かけるようになっている。
学園ギルドの中にも、卒業までにBランクに昇格できそうな人材はちらほらいる。
学業との両立は大変だが、それを支えるために学園ギルドという組織は役立っている。
現状では、先達である3年生の負担がやや重い印象はあるものの、概ね主旨に則ったギルド活動が出来ていると思う。
そう、トキを除けば――
「あら、トキ。今日も独り?」
談笑しながら冒険者ギルドへ向かう途中で、トキを見かけたユユが会うなり言葉の暴力を振るう。
早々にSSランクとなってしまったトキは、学園ギルドはおろか誰かと一緒に依頼を受けることは未だ出来ずにいる。
学園から外に出てギルド活動する者は大抵仲間と一緒。
トキはぼっちで、国内でのギルド活動は休止中。
本部に行けば会議と書類に向き合うのみ。
「今からギルド活動?そう、いってらっしゃい」が常日頃。
そんなトキをユユが喜々としていじり倒すのもまた同上。
「あっ、今日も、じゃないわよね。ギンやハクが一緒の時もあるものね」
「ソウデスネ」
勝手に消えて独りで依頼を受けて飛び回り、守秘義務があったからと碌な説明もしなかったことを未だ根に持っている。
トキの誕生日の際もユユだけは不機嫌そうにしていた。
とは言っても、ユユのトキいじりは今に始まったことではない。
今回の件も、トキは毎度のことなのでそのうち収まるだろうとタカをくくっていたのだが、それが気に食わないのかユユの不機嫌はなかなか治らなかった。
朝のトレーニングもずっとギスギスした空気のままだ。
間に入るケオランとチーグルもどうしたものかと困っている。
実のところ、ユユ自身トキの事情は理解している。
理解はしているが、納得ができないというわけだ。
初めてできた仲間であるからこそ、隠し事はしてほしくなかった。
だが、トキは以降もそうなる可能性はあると宣言している。
助力を願うには自分たちでは力不足だと言われたようなものだった。
1年以上経っても変わらない自分達との差、立場。
無力な自分への不甲斐なさが溢れ、ついトキにそれをぶつけてしまう。
「……ふん。行きましょ」
短くトキに別れを告げてケオランらは立ち去って行く。
トキに対するユユの不機嫌な言動はなかなか改善されず、かなり長引くことになる。
特筆することもない平穏な日常が過ぎていき、後期試験を迎えた。
出遅れた分もあって、トキの成績はとうとう十席から外れることになった。
実技は問題はなかったが、やはり筆記テストで躓いたのだ。
仲間内では一番優秀なユユが非協力的だったのが痛い。
それでも進級単位は取れていたのでひとまずは一安心。
2年後期
首席 ファエル=ジブリスタ
次席 クウ=シャオラ
三席 ロインツ=クロムヴォル
四席 ユユ=クリストット
五席 ナナテア=エブリッツァ
六席 クェーリ=ミグリー
七席 ゴルトウィッツ=インテリーア
八席 シンク=テルガー
九席 コンドル=フィレンツ
十席 チーグル=クアン
コツコツと積み上げた努力が実り、チーグルが十席に名を連ねた。
上位は生徒会が独占し、ユユも変わらず優秀な成績だった。
ちなみに卒業する3年生は最後までエレスが主席をキープしたらしい。
有言実行して胸を張るエレスを撫でてあげると喜んでいた。
同じく真面目なイリアも、1年で八席と優秀な成績を修めた。
知り合いを含めて悪くなっていくのはトキとケオランだけだ。
けれども、二人ともあまり気にしてはいない。
魔法学園に入学して早2年。
創立以来初となる卒業式が行われた。
入学式とは違って世話になった先輩方の晴れの舞台。
流石のケオランも今回は居眠りしていない。
今回は国王マルキス自ら出席し、大勢の来賓が並んだ。
お偉いさんの話はいつも通り長く、学園長ロリックも珍しくそれに倣っていた。
在校生代表はファエルで、卒業生代表はもちろんエレス。
エレスの挨拶に感涙する者数多く、記憶に残る幕引きとなった。
式が終わって下級生が卒業生に花を送る場が設けられた。
それぞれお世話になった先輩の元へ自由に集まっていくので場が混雑する。
人が多くてよく見えないが、エレスの近くには下級生が大勢群れている。
仕方ないのでケオランたちと一緒に学園ギルドのメンバーが集まっている所へ行くことにした。
「先輩方、ご卒業おめでというございます」
「おいおい、ギルマスが敬語使ってるんだけど」
「俺、先輩って呼ばれたの初めてだぜ?」
「ギルマスー、らしくねーぞ!」
普段の態度とは違うトキを卒業生らがいじり倒す。
ご希望に応えていつも通りの口調で皆に言う。
「ふっ、オ~ライ。おめーら、卒業おめでとう!偶には帰ってきて後輩に飯おごれよ!」
「ギルマスがおごれー!」
「ってか、まずは卒業祝いにギルマスからおごってもらわなきゃ駄目じゃね?」
「上の人から率先垂範しなきゃね」
「「「「じゃ~ギルマス、そういうことで!」」」」
「そういうことでじゃねーよ!」
いつまで経ってもギルマスはこういう扱いである。
拒否を示すトキを、隣のケオランが肩を叩いて任せろと言ってきた。
「学園ギルド、裏規約第一条!!」
張り上げたケオランの声に合わせてギルドメンバー全員が唱和する。
「「「「トキの財布は皆の物!」」」」
「そういうことだ!王都で一番高い店を貸し切っぞ!!」
「「「「よし、きた!」」」」
ケオランの意味不明な仕切りで皆が一致して声を上げる。
そこからの行動はギルマスいらずの見事な統制がとれたものだった。
「お、お、お、おい、ケオラン?裏規約って何でございましょう?私、ギルマスなのに初耳なのですが?」
「ん?まぁ~気にすんな。こんな時はな。ほら、あれだ。遊びは本気でしなくちゃ面白くないっていうだろ?」
「あ、遊び?金額的に遊びの範疇を超えませんか?な、何人いるとお思いで?ってか、そんな規約誰が作ったんじゃ、ボケェ!?」
いつの間に自分の周りはジャイアンだらけになっていたのだろう。
ケオランの胸倉を掴んで憤るトキにジャクエルから計算終了の声がかかる。
「北地区の高級飯店『ボッタク・リー』ですと、200人は予約できそうです。ギルマス、白金貨3枚ほど下ろしておいてください」
「し、白いっちゃうの!?しかも3枚っ!?どういった計算でそうなるんだよ!?ってか、名前!せめて違う店にしようよ!」
日本円換算して1500万円ほど。
200人だとしても1人頭7万5千円という超高級店というわけだ。
一食に費やす費用としてはあり得ない額である。
トキがぎゃあぎゃあ喚いている間にトキ名義で貸し切り予約を取ってきたという情報が舞い込む。
300人まではいけるそうですと笑いながら報告してきた1年生男子メンバーにアイアンクローをしたまま剣を抜く。
「お、お前アレだろ?死にたいんだよな?な?」
「あががが……キャ、キャンセル料金は、し、白金貨5枚と言っておきました」
「てんめぇえええ!余計なことしやがって!」
最早後には引けない。
そんな勇猛果敢な1年生を庇ったのはギルドメンバー女性陣。
「やめてあげなよ!可愛そうじゃない!」
「この子は皆の代弁者よ」
「いじめ、格好悪い」
「ギルマス、往生際が悪い」
その1年男子は顔を3年生の胸に抱かれて、デヘヘと鼻の下を伸ばしている。
(や、やべえ。マジ殺してぇ!)
「まぁまぁ、落ち着きなよトキ」
チーグルがトキを嗜める。
「フェレアちゃんを誘うけど問題ないよね?」
「フンッ!!」
「ガフッ……」
被害を拡大させようとする愚か者に頭突きで答えてあげた。
だが、こうした振る舞いはあちらこちらで行われており、学園ギルド以外の者まで話が広がっていく。
「私たちもお呼ばれしいいかしら?」
「お呼びなわけあるかぁ!!」
反射的に叫び振り返ると、そこにいたのはエレス、イリアら生徒会メンバー。
トキの完全拒否を受け、エレスの目に涙が溜まる。
「そ、そうですよね。私なんかに……来てもらいたくないですよね」
慌てふためくトキを軽蔑の視線が襲う。
「いや、いや違うから、エレス!来てオッケー!ぜひ来て!」
「グス……本当に?」
「ああ!もちろん!」
「……うん、じゃあお呼ばれさせてもらおうかな。皆、トキが来てもいいって!」
「あ、あ、あれ?皆?」
トキの疑問は周囲の歓声に掻き消えてしまった。
なし崩し的に多くの者が集まることになり、大宴会が開かれることになる。
こうしてトキのサイフに魔法が掛けられ、予想を遥かに上回って白金貨6枚が消えてしまった。