表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼の飛翔  作者: fey5
第6章 学園と仲間と ―2年度―
113/142

113話 獣王の自壊

新暦1348年 ガレリア大陸 サルンガ共和国 北部エイシャン大平原




ヴォオオオオオオオ


エイシャン大平原に轟音のような雄たけびが響き渡る。


今やこの地に他の野生生物は存在しない。


獣王ケイラードの怒りがそれらを遠ざけていたからだ。


抑えきれない怒りの中、獣王は研ぎ澄まされた感覚によって忌むべき敵を発見する。


自分に手傷を負わせた小さな生き物。


それをどのようにして識別したかは定かではないが、獣王はトキのことを覚えていた。


真っ赤な双眼は深みを増した紅色になり、トキを捉えて動かない。


そして、地を爆ぜて獣王は突進する。


その速度は以前を大きく上回っていた。


空中にいてもその震動が伝わってくるようだ。


一匹の草食獣が手傷を負ったことにより魔獣としての本来の姿を見せる。



「ハ、ハハ、ハハハ」



向かってくる巨獣の脅威にトキは思わず笑いをこぼした。


それは呆れと恐怖が折り混ざったもので、獣王の本気を前にしては軽口を叩く余裕もない。


幻覚のような怒りのオーラを纏って、巨体がさらに大きく見える。


トキは前回より早く回避することに努めた。


突進を躱された獣王は軽く飛び上がって体を空中で転進する。


四足獣らしからぬその動きは健在だ。


止まろうとして地面を削り、小さい丘ができる。


そして、それらを吹き飛ばし、またも突進してくる。


猪突猛進な行動にトキの心に少しの油断が生じた。


先ほどより大きく回避しようとしたトキの行動を瞬時に見分けた獣王が、直前で鋭く切り返し方向を変える。


(あっ……)


トキの脳裏に死がよぎる。


ギュウアアアアアア

ギュウアアアアアア


そこへシロクロのブレスが割り込んだ。


獣王の右上からの攻撃が顔と肩に当たり、突進の方向がさらに曲がって逸れる。


全身から一気に汗が噴き出ていたトキはシロクロに感謝の念を送る。


フォートの声も耳に届くが、うまく聞き取れない。


おそらくは油断大敵といった叱咤だろう。


ブレスが直撃した獣王は――ダメージはないようだ。


表皮が焦げたようにはなっているもののまるで貫通していない。


トキは目測で暴風竜の鱗より防御は上と判断した。


(一撃で仕留めるならやっぱり急所を突く他ないか。大刃風(ブラストスラッシュ)だったら少しは斬れるような気もするけど、あれはまだまだ隙が大きいんだよな。同じ箇所を斬らなきゃ足も切断できないだろうし、条件が厳しすぎる。一寸法師作戦は……怖くて無理)


考えていると獣王の様子の変化に気付く。


先ほどまでの暴走状態から一転、足を止めて首を持ち上げていた。


上空のシロクロの方を向いて注視しているように見える。


すると突然、大きく前足を挙げて振り落とした。


大きく地が揺れ、シロクロの真下から間欠泉のように土砂が空高くへと伸びる。



「逃げろぉおおお!」



トキの警告も空しく、土属性と思われる魔法によってシロクロとフォートは土砂に飲まれてしまった。


視線を切ったトキに獣王はすぐさま攻撃を再開する。



「くっ!!」



今度は単調な突進だけではなく、一足飛びの突撃を回避したトキに連続した動きで攻撃を仕掛けてきた。


その動きはまるで独楽のようだ。


体の重心を軸にして、横回転に前足を後足を振りまわす。


当たれば肉片と化す一撃が息つく間もなく次々と繰り出される。


大きく後方に下がったトキに獣王が右前足を振り上げて地を踏んだ。


先ほどよりは規模の小さい土魔法がトキを飲みこもうとする。


真下からの魔法攻撃を回避したトキに休ませる隙を与えることなく獣王が迫る。


(ジリ貧……だぁああああ!くっそ、やべぇ!的は小せぇし、動きが激しくて攻撃もできやしねぇええええっと!どうする?)


①目が回るのを待つ

②自分も回る

③アンドゥクルァ!


(駄目だ。まともな作戦が思いつかねぇ。うおっと!回ったら死亡フラグ立つだろうな)


考えがまとまらないトキは上空へと退避しようとした。


そこへまたもや土魔法が下から迫りくる。


これを後方へと回避したトキに二段構えの第二手が襲う。


獣王は再度同じ足を踏みつけ、土砂を空中で爆散させたのだ。


疾風の鎧(ゲイルアーマー)によってダメージはほとんど受けなかったが、トキはその影響によって作られた周囲の状況に戦慄する。


土煙りに包まれて視界はゼロ、感知魔法も土煙りが濃すぎてうまく感知できない。


電気が走るように体が震え、すぐにトキはさらに上空へと逃げようとした。


そこへ左下から土煙りを突き破って獣王の頭部が飛びこんでくる。


反射的に自分をその反対方向へと吹き飛ばす。


当たる直前に獣王の態勢が崩れた。



「ぐぅっ!!」



それでも緊急回避は間に合わず、獣王の顔が左半身に当たり呼吸が止まる。


土煙りから突き出て、空中で態勢を立て直す。


(甘かった、とことん。魔法について予測しておくべきだったのに。……左足が動かせねぇ。肋骨も……ヒビは入ってるな)


背骨や急所にダメージを負わなかったのは幸いだったが、あまりの痛みに自然と涙が溜まる。


ウヴォオウヴォオオオ


一撃で満身創痍となったトキに対して、獣王が勝利を確信したかのような雄たけびを上げる。


(んの野郎っ!!……いや、ここで熱くなっちゃ駄目だ。クールに、クールに。勝つ手立てがないなら逃げるしかない)


獣王を倒す大技や急所突きは隙がないため繰り出せない。


そう結論付けたトキは逃走を選択しようとした。


しかし、その時、獣王とは違う鳴き声が聞こえてきた。


ギュアアアアア

ギュアアアアア


馴染みのある声――シロクロだ。


フォートも健在だったようで、皆土まみれだが果敢に攻撃を再開していた。


しかし、ブレスも接近しての爪撃も、通常の生物なら一撃死するものだが、獣王には効果がない。


フォートも目を狙って矢を放つが、動きまわる獣王相手では当てるのも難しいようだ。


現状、シロが接近してかき回し、クロとその背に乗ったフォートが遠距離攻撃を仕掛けている。


それを見ていたトキは小さな勝機を見つけた。


すかさず位置を調整して、獣王の真後ろへと移動しながら叫ぶ。



「シロクロ!上空へ上がって魔法を誘え!」



涙を流しながら、あらん限りの腹からの叫びを聞き届けたシロクロが距離をとる。


初めての試みのためトキも集中を高める。


両剣を縦に繋ぐように右後ろに振りかぶって構え、大刃風(ブラストスラッシュ)を発動する。



「うぅぅらっ!!」



予想通り獣王は足を止めて、両前足を挙げて魔法を発動しようとした。


(いってぇーーーー!!)


心中で叫びながらもトキの攻撃は続く。


薙ぎ払いから両剣を持ちかえ、左構えから再度大刃風(ブラストスラッシュ)を放った。


感嘆すべきは傷を負った状態にもかかわらず、研ぎ澄まされた照準精度。


発動準備時間の短かかった二撃目の風刃は初撃より威力が落ちてしまったが、ほとんど誤差のない軌道で獣王の後足――下腿部を斬り裂いた。


大刃風(ブラストスラッシュ)の二連撃をもってしても切断には至らなかったものの、足の半分以上は食い込み、獣王は声も上げずに体を地につけた。


しかし、それでもなお闘志は消えず、前足を立てて踏み留めている。


これ以上動くことはできないだろう、そう判断したトキがゆっくりと正面へと回り込んでいく。


改めてみても、その体は山のようだ。


ヴォヴォと、火が噴くような荒い呼吸をする獣王の目からは深い紅色が消えていた。


正面空中で止まったトキをじっと獣王は見つめる。


後足を失っては生きていくことは無理だろうが、致命傷には至っていない。


とどめをどうするべきかと考えるトキはふと気がついた。



「……えっ……?」



先ほどまでの荒い呼吸が聞こえなくなっていたのだ。


獣王は前足を立ったまま息を止めていた。


何故と困惑するが、目の赤い輝きが消えている。


獣王ケイラードは死んでいた。


その姿は王にふさわしい最後ではあったが、納得がいかない最後でもあった。


そう思っていたトキは異変を感じる。


今まで幾度となく感じてきた死の気配、それを何十倍にも濃縮したものがトキを覆った。



「っつああああ!シロ!フォート逃げろっ!!」


「はっ?うううえええええ!?」



シロを呼び寄せながら警告を発する。


シロクロも身の危険に勘づいて最大速度で避難する。


すると、一気に加速したトキらの背後で大爆発が起こった。


それは獣王のいた場所を中心に輪のように広がり、爆風がエイシャン大平原に吹き荒れて破壊尽くした。





後に、この出来事は『獣王の自壊』と呼ばれることになる。


魔力を持った人間の幼少期にも例がある魔力の暴走、それを獣王は自ら引き起こして自爆したのではないかと推察された。


これによってエイシャン大平原には巨大クレーターが出来上がり、緑豊かだった大地は見るも無残な荒原と化した。


しかし、春になると草花が生い茂って今までと変わらない姿を取り戻し、サルンガ共和国に富をもたらすことになる。


不滅不朽の豊穣の地として、以降永らく呼ばれ続ける。





後日、トキらも加わった調査団が派遣され、周辺域の調査が行われた。


全てとはいかなかったが、獣王の素材は各地に散らばりながらも回収可能だった。


あの大爆発でも原型を留めているものもあったので驚きだ。


条約通り、トキはその素材の中で二つのものを受け取ることにした。


獣王の魔石と心臓の一部だ。


魔石は暴風竜のものよりも二回りは大きく、色あいも違っていた。


鮮やかな黄色で中から揺らめく光が見えてとても眩しい。


硬度も相当なもので、トキの剣でも歯が立たない。


心臓の方は念のためといったところだ。


こちらは暴風竜のものと大差ない。


若干大きいが、軽くて白いただの石のように感じる。


七器封印の条件にあったので、これはトキがこっそり管理しようと思っている。


他に回収されたものは表皮と思っていた分厚い外殻と骨、角、歯、蹄など。


元の大きさに比べるとかなり減ってしまったが、それでも馬車30台以上の量になっていた。


乗せられない大きさのものは馬で引いていくらしい。





予定していた状況とは異なったため、トキはあちらこちらと説明に追われてしまい、カルティア王国へと帰国することになったのは討伐から20日経ってからのことだった。


ようやく着いたカルティア王国からの正使に後のことを丸投げした後、とも言う。


討伐した後に招かれざる客――暗殺者がくるかとも用心していたが、そのようなことは一切なかった。


武芸を嗜むサルンガ共和国に対する侮辱だったかと反省した。


そして、今日トキはヒッポフを出発してヴァレンシン経由でハクと合流し、カルティア王国に帰ろうとしていた。


ヒッポフ魔法学園の校庭で見送りに来たフォートが別れの挨拶をする。



「一生に一度っきりにしてほしい貴重な体験だったっす。次は観光するだけにしてほしいっすね」


「まぁまた来るわ。クロもまた会いたそうだしな」


ギュウア



長い間騎乗していたフォートとクロの間には友情のようなものが芽生えていた。


寂しげにクロが鳴き、フォートがその首を撫でてやる。



「箔が付いたことだし、お前も家のことは強気でいけよ」


「ハハ、あーたがそんなことを気遣って俺っちを参戦させたとは思ってないっすよ」



それくらいのことはわかるようになったとフォートが暗に告げ、トキもバレてたかと苦笑いを浮かべた。



「じゃあな」


「またっす」



指し示したようにお互いの拳を合わせて再会を祈る。


シロに乗ったトキは空へと舞い上がった。





トキの姿が見えなくなるまで見送ったフォートの元へライレリックの者が駆け付けた。



「本家より急報です。――――」


「……なっ、バカか!?わかった。すぐに向かうと親父に伝えてくれ」



フォートの伝言を聞いた男はすぐに踵を返した。



「誤報か、それとも……。忙しくなりそうだな、やれやれ」



一難去ってまた一難。


いや、これはあの男が呼び込んだ嵐の予兆なのかもしれないとフォートは考えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ