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第一話 少女と待ち人

 見上げれば、雲一つない突きぬけるような青い空。太陽が今まさに天頂にさしかかっている。さんさんと降る陽光を遮るものはない。しかしそれでも、大地を覆う大気は冷たかった。吹き荒れ続ける寒風を前にして外套はまったく意味をなさない。外出中の人間たちは、己の骨の奥まで寒さに侵されるのをただ震えながら堪え忍ぶしかなかった。

「ううん。今日は実に冷えるな~」

 雪を踏む音がした。少女が一人、自分の身体を自分で抱き締めるようにして突っ立っていた。少女は自分の吐く息が白いのを確認したり、目の前を通り過ぎていく人々をなにげなしに眺めながら、なかなかその場所を動こうとはしなかった。時折ちらちらと背後を見やる。視線の先には雪をかぶった木造の館があった。

「住人許可証がないと玄関で弾かれちゃなんて、めんどうくさいアパートメントだ。せめて通路に入れれば風にふかれることがなくなるのに」

 少女は誰かを待っているようだった。風が吹き付けるたびに首にまいた毛糸のマフラーをいっそうきつく締め、待ち人がやってこないことへの苛立ちを強めていく。しかし館の正面扉が開く気配はいっこうになかった。できることは待ち続けることだけ。寒さを払うように身体を震わせて動かない少女の姿はさながら氷の彫像のようであった。

「もしかして手紙が届いていないのかな~。それとも私、時刻を書き忘れたのか」

 鼻をすすりながら少女は深くため息をつく。手も足もとうの昔に冷え切っている。今は少しでも寒さから逃れるように身体を縮ませていた。背中をまるめ悲しそうにうつむく。意味もなくブーツの先で新しい雪をざくざくと踏んでいた。

 それからまたしばらく時間が経過する。陽はまだ高いが少し傾いてきていた。これ以上待つことは無意味なのではないか。寒さに加えて芽生えてしまった諦めの念が、少女の活気をみるみる奪っていく。

 そんな時、一段と強い突風が彼女の正面をうった。

 十二分に寒さをはらんだ風に、とうとう少女は決意した。

 待ち人は諦めよう。

 あの人がこの待ち合わせ場所へやってくることはないのだろう。

 だから……だから……

「ふっふっふ~」

 今、少女は目を輝かせ、鼻歌交じりに外套のポケットを探っている。やがて取り出されたのは一冊の活版本だった。よほど読み込まれているのか、酷くくたびれた緑色の表紙をしている。厚さは人の小指一本に匹敵するほど分厚いくせに、たて横の大きさは少女の手のひらをほんの少し越す程度。

 少女は取り出した本を慣れた手つきでめくり出す。ほとんどのページが幾何的図画や表で埋め尽くされていた。その数たるや膨大で、少し離れた場所からの目視で見開きのページが真っ黒に見えるほどである。

「確かこの項目に載ってたはず。よしよし、みっけみっけ。時刻制限はっと……」少女はマフラーの下から金色の懐中時計を取り出した。「ホロニウスさんの系列だからルーバゴス時間軸であと……うわ~。倍数計算めんどくさっ。ええと……、おっ。結構すぐだ。神様幸運をありがと~。24かな、いいや22だ、21、20、19……」

 少女は時を数えながら懐中時計の上部にある出っ張り棒を慎重に回し、続いてそれを内側へと押し込んだ。するとすぐに懐中時計からカチリ、カチリと耳に聞こえるような大きさで秒針の音が鳴り出した。手から放した懐中時計がマフラーの上に垂れる。風に乱された髪を整えながら、平行して少女は呼吸も整える。

 秒数を唱えることから解放された少女の口が、やがて気取った声でつぶやいた。

「『ライセンスナンバーOT.EQAC8657』より法支局へ通達。私、ミュウ・イルジアーナはこれより魔法行使を開始します」

 その言葉が終わると同時に少女の姿が陽炎のように揺らぎ始めた。その揺らぎの中に蛍火のような青白い光がいくつも出現する。光の粒はまたたく間に増殖し、少女はうす明るい光塵に包まれた。と、少女が二本の腕で空気をかき回すような仕草をする。不思議なことに、光の粒は曲線形の流れをなして少女の意のままにある形へと収まっていく。

 少女は目を閉じた。

 カチリ、カチリ、カチリ

(……3、2、1)

転移魔法テレポーテーション、起動!!」

 はりのある声が冬の大気に吸い込まれていく。

 路上に少女の姿はなかった。

 少女の立っていたあたりには、青白い光の残滓が吹き荒ぶ風を無視してわずかに漂うだけだった。

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