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はっぴー・でー!

作者: 壊拿

可愛らしい部屋の、片隅。

部屋中に散らかった衣装の中、ベッドに座り込んで悩んでいる様子の少女が一人。

年相応の外見に、黒い髪を束ね、黒い瞳は部屋中を見回している。困惑と迷いに揺れながら、考える。

藤咲フジサキ千尋チヒロは、頭を抱えていた。

その姿を、何をしてるんだろう、と思いながら見つめる影。ルームシェアメイトの、今井イマイ鹿子カノコである。


・・・・・・・・・・・・・


突然の出来事だった。

近所の商店街で福引大会を行っているらしく、一定量の買い物をすると籤の引換券がもらえる様だった。そう言えば、と。クラスの友達から渡された福引券たちを見つめる。福引券は、小さな紙切れで。しかも手作り感満載の券となっていた。其の手作り感が、何処か愛おしいように思える。

そして、商店街の中心部にある福引会場に向かう。

『すみません、五回お願いします!』

千尋の声は明るく、よく通る。受付役の人が、では反時計回りにお願いします、と微笑んだ。

『全部一気にやっても大丈夫ですかっ?』

『大丈夫ですよー!』

よし、と意気込む千尋に、受付を担当していた女の子―――かなり幼く見える―――は、微笑んだ。和んだのだろうか、はたまた。兎に角、千尋は籤を引いた。


ガラン、ガラン、ガラン。


一気に3回引いてみると、良いものが当たった。

参加賞のポケットティッシュが一つ、D賞の洗濯用洗剤が二つである。洗濯用洗剤は、一人暮らしだととても重宝する。だが買い置きが部屋にあるので、友達にあげよう、と思った。

そして、あと二回。


ガラン。


出て来たのは…黄金色に輝く、小さなビー玉。

鐘の音が、大きく鳴り響いた。周囲からは拍手が、目の前にいる少女が声を上げる。

その声を、千尋はよく聞き取れなかった。脳内が、真っ白になったのである。

『あ、あの。何が・・・?』

『おめでとー!S賞なのー!S賞は、水族館ペア無料ご招待券なのーーvv』

『えっ!!???!ええええええええええええええ!!!!!!!!?!?!』

幸運の女神は、科学室ではめったに微笑んでくれはしないのに。

購買でも、同様であった。

だが、これで報われた…のだろうか。千尋は、一生の幸運りあるらっくを使ってしまった気がしてならなかった。

自分が、一番いい賞を引き当てるとは思わなかったのである。パニックになって、渡されたチケットを握りしめて、走り出した。受付役の少女が引き留めても、相手は特殊な力を持つ。特殊な力を発動してまで、その場から立ち去りたかったのだろうか。

少女は首を傾げて、残った券を如何したものか、と考える。近くに居たバイト仲間に、どうしたらいいかな、と相談を持ちかけた。



千尋には、とっても大好きな恋人がいる。

イチイ諏訪スワと言って、学年が一つ上の先輩だが、とても自分の事を可愛がってくれる。身長が高くて、とても温和で優しく、少し伸びた様な口調は心を安らかにしてくれる。

とても凄いものを手に入れてしまった翌日、偶然にも廊下で鉢合わせる。千尋ちゃん、と微笑む萌黄色の彼は、顔を真っ赤にしている千尋を見て、ああ今日も可愛いな、と思っていた。しかし、もじもじしたような彼女に、少しばかり不安を覚える。

『どうしましたかー?』

『あ、あああの、あのね諏訪君!!』

『なんですかー?』

鞄から、封筒を取り出す。それを、そっと諏訪に差し出した。千尋は相変わらずゆでだこの様になっているが、受け取って中身を見た諏訪は、可愛い恋人の髪を撫でた。

『来週の日曜日、空いてますかー?』

それ即ち、一緒に行こうか、と言う。諏訪の承諾の証拠であった。

無論、千尋はうなずいた。一生懸命頷いた。花が綻んだような愛らしさに、諏訪は思わず抱き締めた。周囲はまぁ、微笑ましく見ていたとか、無かったとか。


・・・・・・・・・・・・・・


で、夕方。

帰宅した千尋が、まず衣装を考えなくてはならなくて。

冒頭に至る。

此処までに至るまでが長いですね、知ってます。

鹿子にも相談を持ちかけ、何を着て行けばいいか考える事になった。

「うーん…如何しよう。何色が似合うのかなー…?」

「そもそも、こんなに服ってあるんですね」

「あるよ!!!?」

鹿子が感心している中でも、千尋は頭を悩ませていた。

女の子らしく、様々な衣装を持っている千尋。だが、大切な人とのお出掛けとなると、より一層気合を入れなくてはならない。何を着て行こうか。クローゼットに取り付けられた鏡の前で色々と試行錯誤している内に、3時間は経過している。そして、夕飯に気付いていなかった事に、今更気付いた。

来週の日曜日。

即ち、明後日である。

宿題も、少し量が多めのレポートが残っている。やらなくては原稿用紙50枚の地獄が待っている。千尋は原稿用紙を避けるために前々から少しずつやっていたのであるが…あと、数枚が埋まらなくて困っていた。

「どうしよう…レポートは月曜日までだし…明後日はお出掛け…んー」

夕食もままならなくなってしまう。恋は、此処まで人を悩ませるのか。

「今日明日でやってしまえばよいのでは?」

「 そ れ だ ! ! ! ! 」

持つべきものは親友、鹿子の言葉に千尋は衝撃を受けたように叫び…かけて止まった。今は夜だから、隣の部屋から苦情が来るかもしれない。叫ぶのは思いとどまった。

何とか服装も決まって、お風呂に入る時間。

ふと、千尋は思い返す。

「…諏訪君と、お出掛け…。…で、デートってこと…なの…!?」

一人、浴槽の中で沈みながら。顔が赤くなっているのは、風呂の温度が熱いからでは無い。決して。




待ち合わせは、水族館の前にある噴水だった。

先に到着した千尋は、落ち着かない様子で噴水の前に立っていた。桜色のコート(※ファー付き)に、鮮やかな橙色のカーディガンに白いブラウス、フレアスカートはタータンチェック。ブーツは短いものにして、ニーハイを穿いてみた。精一杯の可愛い衣装を、恋人は喜んでくれるだろうか。いや、その前に。

「(で、ででででででーと…!!!どどどうしようこれで大丈夫なのかな…!!)」

デート、と言う名のお出掛けに、緊張が隠せない千尋であった。

そこへ、聞き慣れた声がする。

「千尋ちゃーん、遅くなりましたよー?」

「あ!す、すわくん…!」

藍色のコートに、白いシャツ。ズボンはジーンズだが、少しフォーマルなイメージ。コートの下に、ジャケットを着ている事が分かる。その姿を見ただけで、千尋は心臓が張り裂けそうだった。彼だけキラキラと、輝いているように見えるのである。不思議な事に、千尋は諏訪しか見えていなかったのである。

「待たせましたかー?」

「ううん、全然!大丈夫だよ!」

「千尋ちゃんは可愛いですねー?」

「す、すわくんも…か、格好良いよ!」

「じゃあ、行きましょうかー?」

にこり。

ああ、彼だけ輝いている。何でだろう。

千尋は、愛しい彼に手を引かれて、水族館のなかへ足を踏み入れた。





『お、お弁当作って来たの…!』

千尋の言葉で、館内にあるラウンジで昼食をとる事になった。正午ともなるとフードコートが混み合うので、フードコートから少し離れたラウンジにやって来た。ラウンジは比較的席が空いていたので、窓側の席を取った。窓のすぐ向こうはペンギンの水槽で、ペンギンたちの泳ぐ姿を間近で見る事が出来る席となっていた。

「おー!おいしそうですよー!」

「わ、ありがとう!これ、使って?」

「千尋ちゃん有り難うですよー!」

お弁当箱のふたと、割り箸を、諏訪に渡す。おにぎりとおかずがいつもより多めに盛られていて、彩りもこだわってくれたのだろう、とても可愛らしい。

この時の千尋の気持ちを、顔文字で代弁すると。

『.+:。ヾ(o・ω・)ノ゜.+:。』←こんな感じである。

すると諏訪が、ポテトサラダに入った人参を取って、千尋に差し出す。視線が泳いだ彼女だったが、そっと口を開けて、人参を受け入れた。自分が作った事もあるけれど、こうして大切な人と御飯を、こんな特別な場所で食べられる事が、よりおいしさを増した。

心から、美味しい、と思った。


イルカ・アシカのショー。

ペンギンの餌やり。

大水槽。

水のトンネル。

この日体験したものは、全て二人の記憶に刻まれた。

とても充実し、楽しかった。

そろそろ帰宅時間であるが、思い出が欲しい、とお土産コーナーに寄った。

滅多に目にしないものが沢山あって、どれも欲しくなってしまう。

ふと。

「?」

小さな、イルカが尻尾を追うように輪を描いた、そんな指輪。目の部分には石がはめ込まれていて、少しだけ気になった。どうやら、その場の温度によって色が変わるらしい。温かい程明るい色に、寒い程暗い色に変わるのだとか。

でもやっぱり私生活で使える物が良いよね、と。ハンドタオルを買った。諏訪と御揃いで、一枚ずつ。キーホルダーも買ってしまった。


そして、久遠ヶ原の寮の前に帰って来た。

「今日は楽しかったですよー!千尋ちゃん有り難う御座いましたよー?」

「ううん、諏訪君も!急に誘っちゃってごめんね?」

「大丈夫ですよー?」

じゃあ、と帰ろうとする千尋に、諏訪が引き留める。小さな紙袋を差し出してくれた。記念ですよー、と微笑む諏訪が、プレゼントに2人分買ったのである。あの、指輪を。

千尋は嬉しくなって、すぐ指輪をはめる。ぴったりだった。サイズは、彼が「勘」で選んでくれたようだったが、千尋は勘の鋭さにも恐れ入った。

「気に入ってくれましたかー?」

「うん、凄く嬉しい!!諏訪君有り難う!」

満面の微笑だった。

その笑顔に、諏訪が千尋を抱き寄せる。背中に回された腕に戸惑いながら、彼女はそっと、諏訪の大きな背中に腕を回した。きゅ、と効果音が付きそうな程だったが、その中で諏訪が言った。

「千尋ちゃんが、可愛すぎるのですよー…!」

「ふぇえええ!!?」

そして、真っ赤になっている千尋に追い打ちをかけるように、諏訪は千尋の額に口付けを落とした。彼女が固まって動けなくなっていたが、諏訪は気にしなかった。自分も恥ずかしくて、余裕が無かったのである。

す、諏訪君、と。声を絞り出した彼女の髪を撫でる。

「す、諏訪君!屈んで!」

「え?」

「はやく!」

千尋と、同じ目線になる様に屈む。

こうしてみると、千尋は本当に可愛らしい。


頬に、柔らかい衝撃。

何かと思ったら、愛しい彼女がいる。

頬に、キスされたのか、と気付くまで10秒かかった。

そのまま家に入ってしまった彼女の背中を見送って、諏訪は彼女が可愛い事を再確認する。

「…これから、大丈夫ですかねー…?」

何が大丈夫かは、聞かないであげて下さい。はい。

敢えて言うと、そう言う事です。



その日。

もだもだしてベッドに入る千尋の元に、数日前の少女が姿を見せた。

引き忘れた福引で籤を代わりに引いた所、ペアのぬいぐるみが当たったらしい。

わざわざ持って来てくれたので、受け取った。

すると少女が、何かを見透かしたかのように微笑んだ。

「デートは、楽しかった?」

きょとんとして、また思い出したように、爆発した。


その少女が大学生であったことを知るのは、それから数週間後である。

<おわり>

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