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その5


 考えてみた、その結果。



 ここまで回想してきたざっと十年以上、しつこく私は学くんのことを想い続けた。そりゃもうしつこく一途に。

 子供にとって一年が結構長い感覚を以っていることは言うまでも無い。それが、十年。我ながらなんとまあしつこく、なんとまあ根気の良い……諦めの悪い十年だったと思う。それだけ気持ちが大きいのだと言えば格好は良いが、私の場合まさに諦めが悪いだけ。脈も何もないというに、しつこく未練たらしく付きまとっていただけ。

 告白は、した。

「学くん、だいすき」

 中学に上がってから(自覚から一年後、同じ学校に通うようになってから)はっきりと伝えた。彼女が今日は部屋にいないことを確認し、学くんも忙しそうでない時を見計らってからありったけの勇気を振り絞って、言った。

 それに対しての学くんは、ベッドに転がって数学ⅢCの教本を捲りながら一言。

「知ってたし」

 以後、態度変わらず。拒むわけでも、受け入れるわけでもなし。宙ぶらりんなまま、お察しの通り私がだいすきな学くんと離れられるはずもなく。

 諦めよう。

 そう思ったのは一度や二度じゃない。けれど。

 距離を置こう。

 そう思ったのは、初めてだった。

 愚痴から始まった香織との会話、それがきっかけで私は悶々と考え続けた。このままでいいのかな? このまま、学くんの一挙手一投足に一喜一憂しながら、笑って泣いて怒って泣いて泣いて泣いて、傷ついたままそれでも学くんをだいすきでいられるのかな?

 香織が言いたかったことは、冷静になれということなんだろう。恋は盲目というけれど、盲目どころか雁字搦めになっていた私に落ち着けと諭してくれたのだろう。落ち着いて今の立ち位置を考えろと。

 道理だ、全くの。

 会えない時間が長すぎた結果、気持ちに若干の隙間があったせいなのかもしれない。すとんと何かが落ちたような気持ちになった私は、それから相変わらずメール返信の来ない携帯電話を握り締め、取り敢えずの決心をした。今まで十年、一度たりとて思わなかった決心を。本当に今更なこと。けど、やっと覚悟が出来たことを。

 今後の学くんへの接し方を考えるためにもひとまず。


 距離というものを置いてみよう、と。


**


「よお学。あれ顔色悪くね? 付き合いも悪いし」

「別に。期末近いし」

「勉強疲れってわけ? 学年ほぼ主席のくせに」

「まあ……そんなとこ」

「メグミが言ってたぜ、最近学が構ってくれないって」

「ふうん」

「ふうんって……まあ事情があんならいいけどさ。さっきからずっとスマフォのメッセくぎ付けじゃん。誰か待ってんの」

「……」


**


 さて月日の流れるのは早いもので、かのファミレスの愚痴大会からあっという間に数ヶ月が過ぎた。中学三年という時期は学校行事等色々あるにしても、取り敢えず優先されるのは進路が大きく左右される高校受験だ。推薦枠の内定者から始まり、ぽつりぽつりと決まっていく。公立の北高を受けるつもりの私は、次々と出る私立や推薦の合格者を横目に黙々と受験勉強をした。何せ私の場合、他教科はともかく例の数学が大きなネックだったから。

 そして年が明けた三月。

 高校前に貼られた合格通知には、なんとか私の番号があった。良かった。更に嬉しいことに香織の番号もあった。本当に良かった。

 家族や親戚や友達に報告、一通り祝ってもらった後で香織と二人だけで密かに祝杯を挙げた。といってもお酒じゃない、例にもよってファミレスでどどんと奮発、おっきなパフェを頼んで二人で食べた。

 それから一ヶ月もすればもう卒業式、ベタだとは思ったけどやっぱり泣いた。普段はそうそう泣かないような子も泣いてた。教室で、三年間お世話になった結婚退職する担任の先生に代表で花束を渡した時も泣いた。普段は絶対泣かないような子も泣いてた。友達と一緒に写真を撮りまくったあと、クラスの壮行会ではしゃいだ。最後に皆と別れて、寂しくてまたちょっぴり泣いた。普段は人前では泣くという行為をしたことのない香織もその時になってからじんわりと瞳を潤ませていた。

 四月。とうとう高校へ入学。

 色々期待も不安も混じった(何せ北高はそれなりに基準の高い進学校だ)心境で始まった新しい学校生活はまずまず順調。新しい友達も出来た。学校の雰囲気にも早々に馴染めた。何か中学と違った雰囲気があるけれど、大体が心地よいものだった。

 部活はバドミントン部に決めた。聞けば、北高のバド部は昔からそこそこの伝統があり、毎年例に漏れず県大会上位レベルだとか。だから決めたわけじゃないけど、やっぱり運動部に入りたいと思っていたし、何より部の雰囲気が凄く良かったのでほぼ即決だった。初心者だから付いていくのは大変そうだけど、出来る限り頑張ろうと思う。ちなみに香織はまったく彼女らしい文芸部。こっちも楽しそう。

 こうしてみると、中学と高校ってだいぶ違う。小学校から中学に上がった時も変化を感じたけれど、その比じゃない。授業とかクラスとか行事とか部活とか学校の仕組み自体がそうだけど、何より皆の意識が違うような気がする。中学時代はかっこいいと思っていたものがダサく感じられ、逆にダサいと思っていたものがかっこよく思えてきたりして。大人になった、そんな言い方してもいいのかな。少なくとも私の周囲は考え方や話し方は勿論、外見でも大人っぽい子が増えた。

 周りの影響からか、なんとなくお洒落に気を遣うようになった。クラスの何人かがしてるようにばっちりお化粧とまでいかないけど、手鏡と日焼け止めと油取り紙にリップとか持ち歩いちゃったりして。

欲しい服とか靴とかも増えたし、携帯電話も多く使うようになったのでバイトをすることにした。高校生になってからの利点は、自分でお小遣いを稼げるようになったことだと思う。バイト先は中学時代よく香織と二人で行っていたファミレスにした。高校一年ウェイトレスの誕生。始めのうちは慣れないことばかりで失敗もしたけれど職場環境はすこぶる良く、店長も先輩店員さんもみんな親切で面倒見がいい。

 何をするにも初めてだから大変だけれど、それなりに充実。

 高校生活は、本当に楽しい。



**


「ねぇ学、今度の日曜あそこ行こうよあの新しく出来たトコ」

「……用事があるから行けない」

「なんでぇ!? 最近の学、ホントに付き合い悪い! ずぅっとスマフォばっかり見て、なんにもしてくれないし!」

「……」

「もういいわよ! …………。えっと、ねえ、ごめん言いすぎた。あのさ学、ヤスも言ってたけど本当に顔色悪くない? なんだか痩せたみたいだし。具合悪いから行けないんじゃないの?」

「……べつに」

「だったら行こうよ、気分転換になるかもだし。………。ね、ねえ、学」

「……」

「私たち、付き合ってる、のよね。そうでしょ?」

「……」

「どうしたのよ、学」

「……」


**



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