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天学へようこそ 3


 学くんの寮室は120号室。これは「第一棟の二階の最奥部屋」のこと。相部屋となるのはほぼ同学年同士で、入寮時にくじ引きで組まされる。事情や寮生同士の要望が無い限り、三年間ずっと変わらないらしい。が、ごくたまに、奇数であぶれた先輩後輩が同室になったり調整のために一部入れ替わったりするらしい。


「三年になってから選ばれる寮長は代々個室なんだけど、今の寮長は無駄が嫌いであぶれた一年と同室選んだ変わり者。有坂ありさかっていう男なんだけどね」

「アリーはすげえよ。全国模試一位の男だから。天学うちの定期テストも満点以外とったことないから。あと合気道出来て腕っぷしも強いから。超人だから。カナヅチだけど」


 実は、天学には生徒会というものは存在しない。代わりにあるのは、階ごとに毎年決められる班長と、彼らを束ねて全寮生を纏める「寮長」という役職。寮長は、名前からは想像もつかないほど権力が強いらしい。毎年前期の寮長から直々指名され受け継がれていく役職で、天学の予算編成にも関わっているとかなんとか。毎年の天学生の方針は、ほぼこの寮長が決めるらしい。


「有坂の中身は人間嫌いの潔癖症で、不純異性交遊とか以ての外。あいつが厳罰するってんで、今の天学寮は規律正しいよ。彼女連れ込みは相当ヒンコーホーセーじゃないと無理。そうじゃない奴が敷地内でナンパしたことバレたら間違いなくシメられる」

「そうそう、だからカワカミさん、安心して」


 以上、給湯室でリンゴを水洗いしてる最中に野村さんと山田さんから得た情報である。相槌すら打てないほどマシンガントークだったので聴き取るのが大変だったけど、今の天学寮の寮長は何やら凄い人らしい。ということはわかった。でも安心してって、何に。

「学はさ、その有坂と仲いいんだよ。唯一の友達ってカンジ」

「――学くんが、ですか?」

 学くんの名前に反応して聞き返してみたら、山田さん達の目と声がきらきら輝き始めた。

「そうそう!アリーはもうね、人間嫌いの特に男嫌いで、なんで全寮制の男子校入ったんだよってツッコミたい奴俺的NO.1なんだけど」

「わかるわかる。俺なんて挨拶しただけでゴミ見る目になられたもん」

「だよなだよな。俺なんてアリーって呼ぶ度にシャーペンダーツの的になりそうだもん」

「呼ばなきゃいいじゃん」

「呼びたいんだもん」

 話が脱線したけど。

「桐ちゃんはさ、知ってるとは思うけどアリーに負けないくらい頭いいから」

「俺びっくりしたよ、あいつも模試上位なんだよな。有坂と学年順位ワンツーだし。あと有坂のよくわからん話題にもついてけてる。有坂好みのヒンコーホーセーだし。有坂が馬鹿にしない唯一の男だと思う」

「二人してローテンションだしさ、お互いに似てるんだよなあ。だからダチなんだと思う」

「俺らみたいに?」

「俺らみたいに」

 掻い摘むと。どうやら、私の彼氏である学くんは、そのアリサカさんという人と親しい友人関係にあり、アリサカさんの性質上それは凄く珍しいことだと。そういう意味でも、寮内で一目置かれていると。

「有坂よりはとっつきやすいから、俺ら学とよく話すんだよなあ。クソバカコンビ言われてるけど、あれ照れ隠しだと思う。俺ら大親友」

「うんうん、桐ちゃん照れ屋だから!たまにアリーと一緒になってシャーペン投げてくるけど、俺ら大親友!」

 本当かどうかは置いといて。


「だから、カワカミさんが学の彼女だってことは、隠さなくていいと思うよ?」

「そうそう。『私は桐原学の恋人ですが何か?』って堂々としてな」


 その言葉が、ちょっと嬉しかった。





 とにかくよく喋る二人の派手な天学生に圧倒されつつ、リンゴを洗い終えた。

 そろそろ学くんの寮室に行きたい。その意を伝えると、金髪の山田さんが、「あ、そうだ、冷蔵庫に入れたやつだけど、もっとでかく名前書いといた方がいいよ!桐ちゃんだし!俺が付け加えといてあげるね!!」……と言って、冷蔵庫に仕舞ったばかりの袋を引っ張り出して勝手にマジックで上書き始めた。私の頼りない『桐原学』の横に凄まじく大きく達筆な文字で『桐ちゃんの!食べるな!』と。青髪の野村さんは「あ、じゃあ俺も」と言ってボトムパンツのポケットからなぜか青ペンを取り出し、私の文字をデコりはじめた。すごい可愛くて巧かったけど、学くんの字画にペイズリー風飾りとか正直要らないから、ほんと。まぁくんきっと怒るよ。

 ……なんか、予想外のことが立て続けでちょっと疲れつつ、ご機嫌に手を振ってくれた二人と給湯室の前で別れる。お近づきの証に、洗ったばかりのリンゴを一つずつおすそわけ。二人とも凄く喜んでくれた。

 一応「学くんの部屋に一緒に行きますか?」って訊いてみたけど、

「一緒にいきたいけど遠慮するよ、学に殺されたくないし」

「桐ちゃんの前に彼女さん連れてったら、間違いなく俺ら死ぬからやめとく。じゃあね、お大事にって伝えといて~あっやっぱ伝えなくていいや、うん。じゃあね」

と、あっさりさよならされた。気を利かせてくれたのかどうなのかわからない。本当、天学生ってわからない。

 ともかく。

 やっと、本当にやっと、私は学くんの寮室に辿り着いたのである。




――120 桐原


 そのネームプレートがドアのフレームに入っている部屋の前で、一回深呼吸。とうとうここまで来た。


こんこんっ


 ノックしてしばらく。無反応。寝てるのかな。でも、ここまで来てそれって空しい。


こんこんっ


 何度も叩いてみる。


こんこんこんっ


 何度も。


こんこんこんっ


 ちょっと手が痛くなってきたところで、部屋の奥から物音がした。ドタっと何かが落ちるような音、しばらくしてダンダンダンと荒々しい足音。

 そして。


「寝させろと言ったはずだクソバカ―――……!?!?」

 ドスの利いたがらがら声、荒々しく開いたドアの向こうに―――学くんがいた。




 ぼさぼさの髪の下、眼鏡無しの少し腫れぼったい瞳が私を見つめて大きく開いている。

「……みー……!? な、んでここに」

 あ、急に声が元のに近くなった。風邪でやや掠れたそれが、動揺してちょっと震えてる。わあ、レアだ。学くんのそんな顔も、声も、反応じたい大変レアだ。不謹慎ながら、さっきの野村さん達のテンアゲ状態が少しわかる。桐原学という人は、普段はとても冷静な人だから。

 学くんは、冷静過ぎるほど冷静な人だ。嵐の無い凪のように、静かに前後を繰り返すだけの海際のように、変化をそれと他人に見せない。そしていつの間にか変えてしまったものを懐から取り出すのだ。そうして周囲を慌てふためかせ、自分は涼しい顔でまた波間へと還っていく。自身は変わらず、他人を変えていく。他人の嵐を、冷めた視線で眺めてる。そんな人。


 だから、私は知ってる。


「みー、どうしてここにいる。なんで連絡しなかった。ここまでひとりで、ッああくそ、なんでまた、ひとりで、」


 学くんがこんなに動揺するのは、相当だってこと。


「おい、みー! 大丈夫だったんだろうな!? 変なのに声かけられたとかちょっかい出されたとか、そんなことあったら俺そいつ殺、」


 学くんがこんなにも、他人にそうとわかるくらい感情を露わにするのは、滅多に無い。というか、数年前の私なら思いつかなかった。学くんはいつだって冷静で、冷徹で、他人の言動に動揺することなんて一切無いと思ってたから。いつだって完璧に事をこなし、こちらを待ってくれるばかりか手を引いてくれる余裕すらあって、たまに馬鹿にしたように笑う。そんな仕草に悔しくなるけど、でもどうしたって敵わないから、やり返せない。いつだって万人の先をゆく、追い付けない存在だと。

 小さな私はその背中にいつも頼り切り、いない時すら学くんの影をいつも追っていた。恋心にうっすらとした幻想を被せて。

 完璧な人間なんてこの世にいるはずないのに。


「おいっ……美恵子……ッ!」


 だから、知ってる。

 学くんは、確かに動揺しない人だ。少なくとも、自分で把握し計算づくで起こした事態には。そして自分が想定できる範囲のことでは、何が起きても絶対に驚かない。いつでも冷静な学くんが動揺するとしたら、自分では把握できない・予想がつかない事態に陥った時だろう。そしてそんな時すらきっと表には出さない。さながらポーカーフェイスの無表情版のように、冷静な顔で冷静に処理する。

 処理できない問題ならどうするか?という問いに対して、私はこう答える。「学くんはそもそも処理できない問題は抱えない」「問題を放り出して構わなければ、一切躊躇わず放り出す」。だから、彼は滅多に動揺しない。動揺するほど、物事に執着しない。

 元来ドライな彼が、内面の動揺を隠しきれず表に出すとしたら。桐原学きりはら・まなぶが感情を露わにする瞬間とはそう、彼が彼だけでは処理できないものを抱えてしまった時。そして、それをどうしたって放り出せない時。

 何事にも執着しない、冷静な学くん。でも、その認識は実は違う。あまりに冷静な仮面を被るのが巧いものだから、そして盲目なほど傍に居すぎたから、私はずっと騙されてきた。騙されてたことに気づく暇も無いほど、盲目だった。一時期でも離れてから、やっとそのことを自覚できた。

 やっと学くんの彼女になれてから、もうすぐ一年目。

 私は、もう知ってる。



――桐原学という人は、河上美恵子という人が予想外のことをするたび、こうしてはっきりと驚いてくれるのだ。



 なんでもできるまぁくんが、面倒くさいことなんて嫌いな冷静冷徹人間が、どうして今現在、こんなに動揺してるのか。

 小さい頃、どじみー、ばかみーって言いつつ、なんで私の手を引き続けてくれていたのか。

 ……私はもう、わかってる。


 内心でずるく嬉しく深いものを噛みしめつつ。私は、用意しておいた会心の台詞を放つことにした。



「――えへっ。来ちゃった★」


 

 ドア、閉められた。ひどくない?




割とひどい(※みーちゃんが

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