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その2


 繋がりが絶たれてしまう不安。それを否定してくれるのはあなただけだったのに。

「関係ないだろが」

 そうだよね、伝わってなきゃ意味が無い。

 繰り返すようだが、片思いって結構辛いものだ。特に、期間が長ければ長いほど。




 桐原学、通称学くんは、私のひとつ年上の幼馴染だ。

 付き合いは溯ること保育園の入園時より、それこそ十年以上前からになる。保育園の門を潜った早々に生来のドジ振りを発揮して、派手に転んだ私(3さい)を助け起こしてくれたのが年では一個上、すでに在園児だった学くん(4さい)だった。

「……」

 おでこから地面に激突し、鼻の頭に擦り傷を作った私はその瞬間そのことを綺麗に忘れた。ひりひりする痛みに泣き出す寸前だった口をぽかんと開けたまま固まった。見惚れた。

 駆け寄って助け起こしてくれた手の主はお母さんでも保育園の先生でもなく、自分と同じ年くらいの男の子だった。その男の子はなんというか、これまで見たことがないひとだった。物ではなく人に対してのすてきとかかっこいいとかいう語彙は幼児の頭脳ではまだ出てこなかった。とにかく、その瞬間私はそのひとしか見えなくなった。

 男の子は私を引っ張り起こしてぱんぱんと膝に付いた土を払ってくれた。汚れた頬もスモックの端っこでごしごしと拭ってくれた。ぼーっと見つめる私の鼻の先は袖の端っこで優しく拭いてくれて、今にも笑い出しそうな、噴き出しそうな(別な言い方をするなら心底バカにしたような)顔で言った。今でも覚えてる。

「どじ」

 今考えるとあんまりな一言だった。当時は意味わからなかったけど。

 学くんは小さい頃からスーパーヒーローだった。かけっこは誰より早かったし皆が知らないような難しい言葉を知っていたり。今考えれば可愛くないことに年不相応に品行方正な素行、おまけに顔も都会だったら幼児服のモデルにスカウトされそうな理想的造形をもつ「美幼児」というやつで、保母さんやよその子のお母様方にも人気があった。要するに、保育園で一番‘すごい’男の子だった。

 対する私は至って普通、取り立てて目立つこともないそこらへんにいるような平凡な幼児……いや、付け加え。何も無いところで転ぶのが得意なドジっけがあるだけの平凡な幼児だった。そう、とにかくよく転んでいたということ以外、ごく普通の子供だった。多分。

 そんななんの関わりも無さそうな私たちだったが、きっかけというのは何になるのかわからない、入園当初、その「どじ」をきっかけとしてなんとなく私たちはつるむようになった。そのうち学くんのおうちがうちの隣に引っ越してきて、一緒に登園したり家族ぐるみの付き合いなどするようになってからは成り行きとはいえますます親交も深まった。

 保育園でいちばん‘すごい’学くんといつも一緒。

 女の子と言うものは小さな頃から結構単純なもので。学くんが卒園するころになって大泣きするほどに、私は学くんのことがだいすきになっていた。卒園式当日、お母さんとおばさん、保育園の先生まで巻き込みじたばたジタバタして小一時間ほど「みーもしょうがっこういく」と泣き叫んだ。とにかく、だいすきな学くんと離れるのが嫌だった。

「美恵子、もう泣くのやめなさい」

「だってまぁくん、いっちゃうぅぅぅ」

「みーちゃんもあと一年で卒園じゃない」

「そうよ美恵子。それまでのがまん、出来るでしょ?」

「やだあああ、まぁくんといっしょがいいのおおお」

「美恵子!」

「あらあら」

「……ごめんなさい、桐原さん。うちの娘が」

「いいのよ。学のことをこれだけ好いてくれるのは嬉しいし」

 途方に暮れる保育士さん達、怒りながら呆れるお母さん、微笑むおばさん。泣き叫びまくり暴れまくる(普段は比較的大人しいはずの)私。

「うるさい、みー。……しかたないな」

 そんななりふり構わない我儘娘も、紺色の証書入れを弄りながら面倒くさそうに目を細めていた当の想い人(当時から学くんはそんな感じだった)の一言でぴたりと泣き止んだっけ。

「がっこうで、まっててやるよ」

 まっててやる。

「……ほんと?」

「ほんと。まっててやる。だからあんしんしろ、みー」

 あんしんして、そつえんしてこい。

「ほんとにほんと?」

「ほんと。」

「――やくそくね!」

「(欠伸をしながら)おう」

 まあ家はお隣だし、学区分が一緒だから小学校が同じになるのは当然なのだけれど、当時の私は知る由も無い。幼児だったし、おばかさんだったし。

 学くんの一言で霧散したものは寂しさだけじゃなかった。離れるほんの少しの時間、学くんがどこか私の手の届かないところへ行ってしまうような、漠然とした不安。

―――まっててやる。

 それは、断固とした約束に思えた。いずれ確実に一緒になれるんだよって言われてるような気がして。

「まっててね、まぁくん!」

 あれほど大泣きした私は泣き止んで、代わりにぶわあと湧き上がる嬉しさのまま学くんにしがみついて笑ったっけ。お母さんが苦笑してた、「ゲンキンねえ」。そう、ゲンキン。そして単純だったな、私。

 ……今もそう大して変わらないか。

 まあそれは置いといて一年後の待ちに待った卒園式、終わると同時に学くんのおうちへ走っていっておばさんに挨拶もそこそこ、学くんの部屋に駆け込んだ。勝手知ったる気安さでばあんとドアを開け放ち、卒園証書を見せびらかして報告。

「まぁくん、そつえんしたよ!」

 対する学くんは机に向かい算数ドリルをしながら一言。

「ふうん、良かったな」

 対する私は満面の笑顔で言った。

「うん! これでみー、まぁくんといっしょ!!」

 そうして念願の学くんと同じ小学校に晴れて入学。もう気分は浮き浮きるんるんだった。

 まぁくんと一緒。一緒の学校。それはそれだけで例えようも無い幸福感と安心感。そのときは毛ほども感じていなかった、学くんとの繋がりが絶たれてしまう不安なんて。

 昔から私は、こうなのだ。


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