天学へようこそ 2
寮の外は色んな人がうろうろしてたけど、寮内はそれほど人気が多くない。マンションみたいなところだから、みんな部屋の中に過ごすのが普通なのかな。寮監さんに散々怖いことを言われたしなるべく目立たないようにと気張ってたので、内心でホッとする。
寮内の共同給湯室はすぐ見つかった。学くんの寮室は二階なので、階段を上ってすぐのところ。誰かと鉢合うかと思ったけど、誰もいなかった。
ただ、学生寮にまったく人がいないということは、実際あり得ないわけであり。
「あっれーー! 女子じゃん!!」
早速見つかった。私はおかゆ入りのタッパーとゼリー飲料を入れたコンビニ袋を手にした状態のまま、びくっと肩を震わせてしまう。凄く大きな声だったから。
振り向くと、給湯室の入口に私より少し背が高い程度の男の人が一人。
(青ッ)
心の中でそうツッコんでしまうくらい、その人は髪の毛が青かった。目に大変鮮やかなコバルトブルー。
「こんにちはー」
「こ、こんにちは」
「寮生の関係者かなー?何してるの。あ、エルダーゼリー。俺、これ好きなんだわー週二回は買ってる。美味いよなー」
ずかずか近寄ってきて、私の手元を覗き込み、ひょいと勝手にゼリー飲料を袋から取り出し、ふむふむ頷きながら大きな声でべらべら好きに喋っている。なんか突然過ぎてどもっちゃったし、どうしたらいいかわからない。
真っ青な髪はツンツンとお洒落に逆立っていて、近くに寄るとふわんと香水っぽい爽やかな匂いがした。高校生だよねこの人。カラコンっぽい灰色の虹彩といい、広めに開いた首元の金のタグアクセサリーといい、大変派手だ。
「10秒チャージも俺にかかれば5秒で済むぜ。見たい?」
「え、いえ、結構です」
「だよねー。悪いなー調子こいたわー」
「野村ぁ、何やってんの……ってあれ、女の子!やべっちょうかわいい!!こんにちは!!」
いきなり割り込んできたのは、続いてスマフォをいじりながら給湯室に入ってきた別の寮生。
(パツキン)
こっちは金髪だ。青い髪の人に比べて少し短めなそれが、ぴったり綺麗に整えられている。耳にはピアスがいっぱい。整髪料いっぱい使ってそうだなと思ったら、整髪料よりいい匂いがした。この人も香水つけてんの。なんなの。
「こ、んにち「あ~~お粥!おかゆでしょこれ!」
「あ、はいそうで「わかった!! 風邪っぴきだな!?風邪っぴきにこれ持ってきたんでしょ!?!?」
なんなのこの人の前のめり具合。
「山田ー、落ち着け。お前がバカ声で遮るからこの子が喋れないだろ。会話はキャッチボールだろーが」
「あ~ごめんっ! 久々に寮内で女の子見たからさ。ちょっちコーフンしちゃったわ~」
「あぶねーな山田。女子の前でその言い方セクハラだぜ。有坂に知られたらシバかれる」
「そ~だね野村。でも今日はアリー、実家に戻ってんでしょ?ヘイキヘイキ~」
「ごめんなーこいつ口悪いお調子者だからセクハラ発言スルーしといて」
「野村だっておちょーしものだろ」
「うっせ。それにしても風邪流行ってんのかね、あいつもそうだったし。まさかインフルじゃねーよな」
「もう七月だし~ちゃうっしょ」
冷蔵庫の中から蓋が真っ黒に塗りつぶされたペットボトルを出し、ぐびぐびと飲みつつぽんぽん会話する二人。見かけが大変派手なお洒落メンだけど、大人っぽいとか思いたくない気がするのはなぜだろう。なんとなくだけど、一年生や二年生ではない気がした。
(この人達、もしかして学くんと同学年かな)
『同学年の一部にはあなたの素性を知られない方がいいね』
寮監さんの忠告が過った。これ、少しまずいんじゃ。
(逃げよ)
ぱたん、と金髪の人がペットボトルを冷蔵庫に仕舞ったのを皮切りに、その場を離れることにした。
「あの、すみません、」
「あ? あー悪い」
やっとゼリー飲料返してくれた。そそくさとそれをタッパーの蓋に置いて、袋の口をきゅっと縛る。横でじっと見てる人達がいるけど、なるべく気にしない。
「寮生のゴカゾク?」
「ええ、まあ、そうです。お休みの前に体調を崩したと聞いたので、何か食べれるものを差し入れようと」
「ふ~ん。食堂は土日休みだかんね」
「ええ」
それを持ち上げてトートバッグに仕舞い直し、お愛想笑いを浮かべつつ「お邪魔しました、では」とその場を去ろうとしたところで、青い髪の人が声をかけてきた。
「――それ冷蔵庫にしまわねーの?」
聞いて欲しくなかった。
「え、っと、まずお部屋に持っていこうと思いまして」
「後でもいいんじゃね?この冷蔵庫、普通に使えるから。入れときゃいいじゃん、名前書いてさ」
(――どうしよう)
何やらみーの第六感が囁くのだ。この真っ青髪と真っ金髪の二人に、学くんの関係者であることは出来れば知られてはいけないんじゃないかと。
でも。
「エルダーゼリーは冷やしたほうが美味いぜー」
「そうそう。おいとけば~?」
「あ、えっと、……はい、そうします」
不確かな感覚は不確かだ。迷ったけど、あんまり固辞するのも不自然なので、するするとバッグをまた下ろさざるを得なかった。
――脳内で、なぜかまぁくんが怒ってる気がする。ごめん。でもどうしたらいいかわかんないから許して、まぁくん。
見てるなあ、見られてるなあと思いつつ、トートバッグとは別の鞄から筆記用具を出して油性マジックの蓋を開ける。袋の端っこに控えめに「3-A 桐原学」と記して、これでいいはずだよねと寮の冷蔵庫を開けた。――ペットボトルとか牛乳パックとかめんつゆのボトルとかに、凄く大きな太文字で学年と名前が書いてある。中には真っ黒に塗りつぶされてキラキラのデコペンで残り分量が示されてるのもあった。あと、蓋が金ピカのシールで厳重に封印されてる瓶詰めとか。色々と主張が激しい。そうでもしないと悪戯されたり食べられてしまうものなのか、学生寮の冷蔵庫って。
ともかく、袋をそっと奥に突っ込み、ぱたんと冷蔵庫の蓋を閉めて。
私はそこで、ぽかんとこちらを見ている青と金のコンビに気づいた。
「―――ね、きみって、」
「はい?」
「―――ね、もしかして、」
「……はい」
「「学(桐ちゃん)のかんけーしゃ!?!?!?」」
声が大きい。
「はい、そうで「うわあ、うわあ!どうしよ野村!こんなところで桐ちゃんの関係者にエンカウント!!すげえレアじゃね?!ガチャ一発目ですげえの引いた気分!!」
「落ち着け山田!レアではしゃぐのわかるがここで対応誤るな!逃げられるぞ!!―――ええと、失礼いたしました。あなたは桐原学さんのご関係者で間違いないでしょうか、お嬢さん?」
「野村それ変だよ。キャラ違いすぎ」
「黙ってろ山田。それは俺も理解してる」
「ああああでもマジ良かった、俺早起きして一棟に遊びに来て良かったよ野村!あと先月くだらねえの切っといてよかった!俺今フリー!超フリーだから!!」
「バッ、抜け駆けすんな山田、俺だって今フリーだし!お近づきになって全ッ然構わねえし!久々に凄くまともそうでタイプだし!!」
(――まぁくん、ごめん。やっぱり知られちゃいけなかった類だよねこれは)
……なんというか、口を挿む隙が無いしこの人達、完全に突っ走って喋ってる。この学校って、天学生って人を置き去りにしないと会話が出来ないのか。あと、何がフリーで何がタイプなの。一体なんの話してるのこの人達。
呆気に取られてる私の表情がそのまんまだったのか、金髪の人が慌てたように手を振った。
「あッやべっ……~ごめんね、ごめんなさい呆れたよねえ気にしないで! あのね、俺達も桐ちゃんのお見舞いにきてたの!桐ちゃんの――キリハラマナブくんの友達だから!大親友!!」
「そうそう!俺達、学のマブダチだから!大親友!!」
「「だから警戒しないで!?」」
そうハモって言われても。てかこの人達、本当によく喋るし大声すぎる。金切り声じゃないはずなのにそろそろ鼓膜が疲れてきた。
「なんの騒ぎだよ」「クソバカコンビ来てんのかよ、うるせー」
「!」
二人の大声のせいか、給湯室に人が集まってきてしまった。足音と複数の声が近付いてくる。やだ、もうこれ以上注目されたくないのに!学くん本当にごめん!!
寮監さんの怖い忠告、「天学生同士は弱みを見せると嫌がらせされる」という話がぐるぐる回る。頭の中は学くんに対する謝罪とどうやって場を切り抜けようという気持ちでいっぱいになった。妹だって名乗って信用されるかな。
(どうしよう、どうしよう)
すると。
「俺のエルダーゼリー山田のやつが勝手に飲んだからちょっとシメてただけー!なんでもないー!」
「野村が名前書いてなかったのがわるいー!俺はわるくないーー!!」
青髪の人が入口に立ち、次いで金髪の人が私の近くに立ち、二人して更なる大声をあげた。それを聴いたらしい何人かの声が「なんだ、そんなことかよ」「土曜なんだから静かにしてろ」「他所の棟のくせに、うちの冷蔵庫にもの入れんな」などと言いつつ去っていく。足音と一緒に。
(……もしかして、隠してくれた?)
目を丸くして金髪の彼を見上げると、いい匂いと共に「ごめんね」という口パク、そしてウィンク付きの笑みが返ってきた。
「ええと、さっきは失礼しました。改めて自己紹介するね。俺は天学三年の野村剛史。桐原学くんのクラスメイトで大親友です」
「同じく山田篤志。桐原くんの大親友です」
「「是非ともよろしく」」
それから、やや落ち着いた声量で自己紹介を受けた。同時に手を差し出されても。てゆうか「大親友」すごい強調されたなあ。
(青いのが野村さん、パツキンが山田さん)
「……どうも」
「……」
「……」
お辞儀をしたけど、二人とも手を差し出したまま、引く様子が無い。握手すればいいのか、と取りあえず両手を差し出した。にぎにぎ。男の人ってやっぱり手が大きい。青髪と金髪の二人は、私の手を包むように握り返してにこぉ~と笑った。愛想笑いを取りあえず返し、そっと手を引っ込める。
……さっきと違ってそんなに嫌な気分がしないのは、この人達が(大親友かどうかってのは置いといて)学くんの近い知り合いってことは事実で、悪い人ではなさそうだ、と判断できたからだろうか。
「――北高二年の河上美恵子。です」
変な形のダブル握手のあと、迷ったけど本名を言った。みーの第六感はまぁくんに怒られるんじゃ、とまたびくびくしてたけど、でも、誠意を示してくれた人を無碍には出来ない。この人達なら大丈夫なんじゃ、という根拠の無い確信もあった。
「今日は、学くんの風邪のお見舞いにきました。すみません、さっきは……寮監督さんから、あまり素性を明かさないようにと言われてたので」
「ああ~わかるわかる。俺ら以外の三年生には身バレないほうがいいね~、桐ちゃん色んなのに恨み買ってるし。俺ら口カタイし」
「わかるわかる。俺ら以外には言わないほうがいい。学の秘密守れんの、俺らくらいだし」
よくわからないけど、二人とも鼻を膨らませて得意そうだ。学くんの人望(?)すごいな。
「……ん?あれ?するってと、その、カワカミさんは、」
「……もしかして、その、桐ちゃんと、」
と、その二人の顔が揃って真顔になる。この人達、顔は似てないのに双子かコンビのお笑い芸人みたいな息の合い方するなあ。
「ええ、――お付き合いさせていただいてます」
おかしくなって、ついするっと本当のことを言ってしまった。
「「……!!!」」
途端に、青髪と金髪ダブルのムンク顔が出現した。
「!?」
「おいおいおいおいおいどうする野村、彼女だよ!桐ちゃんのモノホンの彼女がきちゃったよ!!この超ド級レア遭遇、なんか起こるんじゃね?パワー動いてない?ちょっとガチャっていい!?!?」
「落ち着けおちつくんだ山田、回すのは後だ、いいかこのことは誰にも話すな、有坂はもちろん学本人にもだ!」
「そうだよねそうだよねこれ自撮りツーショでからかえないし自慢も出来ない自慢だよね、どうしよどうすんべ野村ぁ!!」
「落ちつけってば山田、元から撮るのNG!学にゃとことん隠せ!特に下心を死んでも隠せ!可愛い手にぎにぎしちゃった事実も無かったことにしろ!真面目に殺されるぞ!俺達は学の大親友で紳士!いいな!!」
「大親友で紳士!いえっさー!!」
「………」
だから、どうして天学生ってのは人を置き去りにして会話するんだろう。
「あの……」
「だいじょーぶ!俺らキリハラマナブくんの大親友だから!」
「だいじょーぶ!俺ら賢くて可愛い女の子の味方だから北高生とかウェルカムウェルカム!キリハラマナブくんの大親友だし安心していーよ!!」
「……」
意味不明な上、こっちが不審がったら負けみたいな空気を出さないで欲しい。
二人とも本編に声だけ登場しております(※しかし特定せずとも全く支障はありません)




