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天学へようこそ 1

お久しぶりですが、番外編です。

美恵子ちゃんが高校二年生、学くんが三年生になった七月頃のお話



 突然だが、今、私は男子寮の前に立っている。そう、学くんが通う私立高校、その凄まじく広い敷地内の一角である。


「わ、女の子だー」「ね、どこの高校ー?暇ならお茶しなーい?」「ばか、下手に触ったら寮長に厳罰食らうぞ」「そうそう、女子は尊くも触れるべからず!」「いえすがーるのーたっち!!」「ごめんね、気にしないでー」「お嬢ちゃんアイス食う?」「あほ、物を勝手に与えるな!寮長に罰金させられるぞ」「そうそう、出逢ったばかりの女子にいきなり金品は時期尚早!まずは交換日記から!!」「ごめんね、本当気にしないでー」


「………」

 さっきから寮生らしい男子生徒に代わる代わる声をかけられているんだけど、私が何か反応する前に周りにいる男子生徒が止めに入って何やら意味不明なやり取りと共に退散、というのを繰り返していて、何がなんだかわからない。

天学うちは奇人変人の巣窟だから』

 何日か前、学くんが言っていた言葉を思い出す。ぴんと来てなかったけど、なんだか急に現実味を帯びてきた。

 なんなの、これ。


「ヘイ彼女、ウチに何か用?寮生の知り合い?なら俺が取り次ぐよ。さあ番号教えてアドレスもぷりーずついでにSNSのアカウントも教えてほしーなフォローしにいくよ」「下心隠せよこの童貞、ああごめんなさいレディに対し失礼を、僕に教えてくれますか貴女のお名前と番号と好みのデートコースと好きな食べ物と男のタイプ」「あーもうてめえら引っ込んでろ、ねえねえ俺なら大丈夫だよ」「はいはい寮長にシメられたくなかったら全員纏めて退散しろ」「「「ぅはーーい」」」


 街でたまに遭うナンパと同じようでいてなんか雰囲気が違うので、大変に反応しづらい。自分で追い払う必要が無いのは結構だけど、これ、どういう空気なの。男子校って皆こういうのなんだろうか。いや、これは特殊だと思いたい。

 部外者の失礼感覚ながら、心配になってくるからだ。

(大丈夫なんだろか)

 こんなところに学くんがいるなんて。


「うーんオレの予想ではあの知性的な雰囲気は北……そう、北高!北高生とみた!」「え~、ぼくはミナジョだと思うな~」「東高校だと予測。あの清楚さとうっすらと感じる芯の強さ萌え」「西高もあり。なんか手に職つけてそうな堅実さ」「も、もしかして高校生じゃないかも……!!」「なんでもいーじゃん可愛いし」「うん、可愛い女子至宝」「俺好みじゃねえ、もっとむっちりがタイプ」「デブ専だまってろ」「ぽっちゃり専といえ」


(聴こえてるし)

 さっきからセクハラすれすれの会話が堂々とした声量で聴こえてくる。しかも、何が一番奇妙かって、話してる人達が皆凄いオーラを放っているのだ。アイドルみたいな茶髪さらさらの爽やかイケメンがぽっちゃり専とかなんとか言ってて、赤メッシュの入った長髪のビジュアル系が可愛い女子至宝とか言ってて、ぴしっと道着のようなものを着こんだ短髪男子が「萌え」とか硬派な美声で言ってるのだ。聴覚情報と視覚情報が一致しない。

 その美形集団は、こちらと目が合うとキラキラした笑顔で手を振ってくる。そして物理的には近寄って来ないのに、視線を外すとまた堂々と変な会話してるのだ。なんなのその、こっちが鬱陶しがったら負けみたいな空気は。

「……、!?」

 不意に、どこからともなく現れたピンクのでかい物体。どうみても180cmは超えるブタの着ぐるみなそれは、美形集団にのそーーっと近づいていって、彼らの前で通せんぼするように腕を広げた。

「……」

 かと思うと身振り手振りで何か会話し、美形集団はちぇーっとした顔でぞろぞろ退散していった。去り際、カルそうな一人にウィンクされたけど無視することにする。

 奇妙な美形集団を追っ払ってくれた奇妙なブタの巨大着ぐるみは頷き、こちらに向き直る。そして会釈を一回したかと思ったら、またのそーーっと去っていった。校舎の方角に。

「……」

 普段は朗らか美恵子ちゃんだけど咄嗟に会釈返すのが精一杯で、さすがに声が出てこなかった。一体、なんなのこの世界。どっから現れたの、あのピンクの着ぐるみ。なんでブタ。

 ぽかんとしていたら、横をまた男子生徒が通り過ぎていった。ボサボサっとした髪型に瓶底眼鏡、さっきのキラキラしい人達とまったく違う雰囲気。女子わたしに目もくれず一切視界に入らないといった風情で本を読みながら、寮のドアを認証キーで開けて中に入っていく。その足元はなぜか左右で違う靴。

「――」

 カオスだ。そしてこのカオスが、私の彼氏の居る全寮制の高校。

(学くん、こういう雰囲気の中で過ごしてるの……!?)


 私、河上美恵子が生まれて初めて訪れた男子校。

 それはまごうこと無き、奇人変人の巣窟でした。



〇 ● 〇



 私立天草転生学園しりつあまくさてんしょうがくえん。冗談みたいな名前だけど、私たちの世界ではれっきとした古い歴史もつ私立高校である。

 私が通う北高校が大昔に男子校から共学へと移り変わった時期、様々な事情とお金持ちの有識者達によって設立された高校で、現時点に至るまで地域で唯一の男子校。つい最近共学化された元女子高の南高校、通称ミナジョとは距離も近いことがあって姉妹校な関係らしい。ミナジョに入学した友達によると、「天学むこうの方が予算が多くて設備が全体的に良い」そうだけど。

 天草転生学園、通称天学あまがくは、ミナジョ以外あまり他校と交流しないこともあって、全体的に謎に包まれた学校だ。少なくとも他の公立高校生徒からすると、そう。だいぶ特殊な奨学生特待制度といい、全寮制且つ全校生徒には一部守秘義務が徹底されている様といい、単なる私立高校としては独特すぎる気風なのだ。入学自体敷居が大変高く、お金持ち以外には厳しく狭い門戸なので、第三者は噂程度にしか天学の内情を知れない。知られていることといったら、学寮が大変快適だということくらいか。大抵は相部屋で、たまに退寮者が出たり都合で空きが出たりすると個室になるらしい。学くんは今月から相部屋の人が外国に留学し、個室になったとのことだ。快適度もますます上がってそう。

 天学の寮は、他にも色々な噂がある。


 曰く、「寮生の部屋に入れる部外者は家族でも一人だけ」とか。

 曰く、「天学寮に無断で入ろうとした者は二度と敷居を跨げないばかりか、その近辺に住むことさえ出来なくなる」とか。


 ……先月、当の寮生である学くんから言われた言葉を思い出す。


「来月から個室になるから。美恵子なら、いつでも来ていい。けど、校内に入る前に必ず俺に連絡すること。それから、なるべく他の寮生には見つからないようにしろよ。お前に害は無いだろうけど、アホばっかだから」


 ごめん学くん、早速見つかってしまいました。でも無理でしょ、天学の敷地ってすごく広いんだもん。迷っちゃったんだもん。校庭(多分)にどうみても高校っぽくない変なのがいっぱいあるし、全寮制だから建物多くて、入口も数か所あって、どれが学くんの住んでる寮棟なのか見取り図だけじゃわかんなくて混乱したんだもん。結局、通りかかった優しそうな男子生徒に訊いてたらいつの間にか注目集めてて、場所が判明した後もぞろぞろついてこられただけなんだもん。

 正直戸惑ったし鬱陶しかったけど、実害は確かに無かった。ナンパ勢その他もなぜだか周囲が取り押さえるという抑止力つきで、ホッとした。知らない男の人に取り囲まれるのって、正直こわかったから。抑止力な人も一部着ぐるみ被ってたりと意味不明だったけど、でもなんだかんだで秩序があることは感じ取れたし、新しい世界を知れそうなワクワクもほんのちょっとあって、来て良かったと思ってる。アホというか、リアクションに困る人達ばっかりだなという印象は受けたけど。

 そして。

 近くに来てからも、学くんに連絡しなくてごめんなさい。だって、びっくりさせたかったんだもん。 



● 〇 ●



「河上美恵子さん、ね。三年A組、120号室、桐原学くんの関係者で合ってる?」

「あ、はい」

「用件は?」

 さて、冒頭で色々とあったけどなんとか私は学くんの居る寮棟にたどり着き、玄関手前の管理室、つまり寮監さんの部屋にて質問を受けている。寮生以外の人間が寮生の付き添い無しで屋内に入る場合、この方を通らないといけないのだそうだ。

「体調を崩していると聞いて。ご家族がお仕事で来れないそうなので、代わりにお見舞いに来ました。あの、食べ物の持ち込みとか大丈夫でしょうか」

「構いませんよ。寮生が使う冷蔵庫も階ごとにあるから、もし必要なら、そこに入れておけますよ。学年と名前を書いておくのが絶対だけどね」

 なんでもこの寮は、食堂と別個に給湯室があるのだそう。流しとガスコンロと電子レンジと冷蔵庫だけらしいけど、食材と道具を持ち込めば簡単な調理も出来る。定期的に使われるらしく綺麗にしてあるので安心してと言われた。安心って何に。

「名前は、袋詰めにマジックとかで書いておけばいいでしょうか」

「ああ、うん。桐原くんは……全棟で一目置かれる存在だし三年生だし、冷蔵庫のものが勝手に食べられるってことはないでしょ。あと中身が勝手にすり替えられるなんて心配も多分必要無いでしょうね」

「!?」

 なんか予想外の言葉がきた。学生寮の冷蔵庫ってそういう心配しなきゃいけないのか。てか凄いね学くん!全棟ってつまり全校生徒ってことだよね!?生徒会役員でもないのに一目置かれてるって、むしろ何してそうなったの学くん。さすがだけどさ!

「失礼ながら、一応確認だけど。――あなたは桐原くんとプライベートなお付き合いをしている、恋人という意味での彼女さんで間違いない?」

「え、えっと、ええ、はい、そうです」

 やばい、ちょっとどもっちゃった。未だに学くんの彼女ってことが慣れない。照れる。もっと堂々としなきゃ。

「わかりました。なら、余計に同学年の一部にはあなたの素性を知られない方がいいね。逆手をとって悪戯イタズラされますから。体調悪い時にそれはさすがにキツいでしょう」

「!?!?」

 と思ったら、更に予想外の言葉がきた。イタズラって!?

「悪戯ってどういうことですか」

「悪戯するんだよ、天学生が天学生に、ね。寮生ってなると新入生は大抵洗礼受ける。それを躱したり受け流したり時にやり返してマウント取り、じゃなかった懲らしめるのが天学生の裏の伝統でもあるんです。迷惑極まりない伝統だけどね。純真な子にとっちゃ、下手すりゃ虐めだよなあ」

 イジメっぽい伝統ってなんなの。学生寮ってそういう場所なの!?

「怖がらせてごめんね。天学生はあなたが思っているより曲者揃いなので、用心して欲しいんですよ。比較的自由な校風もあって、校内並び生活共同区では好き放題やってるの。教師への無礼や深刻な暴力沙汰、目に余る非行とかは即退学になっちゃうけど、それ以外ならなんでもやっていいから、みんなそういう意識なんです」

 確かに、天学は門をくぐった時点から凄かった。校舎の手前に綺麗な花壇が広がってるなと思ったら隣には変なオブジェ、あとお化け屋敷みたいな謎の洋館があったり木材石材が積みあがってる倉庫みたいなところの裏でもくもく煙があがってたり。見てみたらなんと小さな線路があって、作業着の人達の横で小さな蒸気機関車が走ってた。別の場所ではゴーカートみたいなのに乗った人達がライン引いた上で競争してたり、小規模の天体観測めいた装置があったり。どこの遊園地かと。

 そして在校生らしき人達のファッションもキャラも濃かった。色んなジャンルの特待生が集っているとは聞いてたけど、そして校則による服装の縛りは無いと聞いてたけど、フリーダム過ぎる。着ぐるみもいたし。

「それにうちの寮は知っての通り、部外者の立ち入りには厳しいのでね。生徒側が予め登録して名簿に名前のある人しか入れないし、給湯室利用も以ての外。たまーに寮内にご家族とか知り合いとかが入ると嫌でも注目集めてしまうんです。特にあなたのような可愛らしい彼女がってなると、変な興味を抱いたり嫉妬する輩がいるんですよ。男子校のかなしさでね」

 だ、男子校のかなしさ……。

「すみませんね、寮監といえど生徒の素行までは縛る権限が無くて。良くて寮内で行き過ぎたオイタはさせない、あと関係者の皆さんにはなるべく用心してもらって悪戯を予防することが精々です。一番権力あるのは在校生の寮長なんだけど、今は彼、留守してるから。寮生同士の細かい嫌がらせには対応出来ません」

 ああ……そういえばナンパを止めてくれてた人たちが言ってたな……。あのカオスを纏めてる寮長さんってすごくない……?

「彼の教育的指導が行き届いているので、この天学敷地内で部外者の女の子に無体をするようなのはいません。でも、肝心の天学生徒同士に嫌がらせの抑止力は実質ありません。だから、あなたも今現在体調の悪い彼を気遣いたいのであれば、彼女ということは隠しておいた方がいい。もし一人の時に素性を訊かれたら、桐原くんの妹だとか名乗っておいた方が無難ですよ」

「わ、かりました」

 あんまりわかりたくないけど……学くんのためだもんね……。

「また、わからないことや困ったことがあったらここまで来てやってね。寮監室はここに棲む珍怪獣どもを最低限躾けるお助け部屋なので」

 珍怪獣……天学生って珍怪獣なのか……。

(学くん、本当にそんなとこに居て大丈夫なのかな)

 余計心配になってきた。しかし、そこではたと気づく。

 中学以前の記憶をたぐっても現時点の学くんを思い起こしても、嫌がらせや虐め程度に負けてる姿がまったく想像出来ない。学くんはやられたら絶対泣き寝入りしないでやり返すタイプだ。それも相当にえげつなく。まず毒舌で叩きのめし、行動も晒しあげて反撃も封じ、涼しい顔で再起不能にして終了。そしていつの間にか頂点に立っている。あれ、この場合ってむしろ、嫌がらせする方が最終的に可哀想なパターンじゃない?

(――あ、そうか、学くんだから大丈夫なのか。一目置かれてるってそういうことか)

 なんか、一周回って納得してしまった。珍怪獣も、知的魔王にはきっとかなわない。

 さすがだね、まぁくん……。でも、みーはただの一兵卒だから、足を引っ張らないよう頑張って素性を隠すことにするよ……。




 ともあれ、親切な寮監督さんから色々と教えてもらい、未知の情報にぐるぐるしつつも寮内立ち入りの許可を得た。

 寮監さんの認証キーで玄関の扉を越えると、出迎えてくれたのは大きな観葉植物。空調も穏やかで、すっといい香り。部屋ごとのポストの下、床はあんまり汚れてない。なだらかなスロープ(何気にバリアフリー)には泥落としを筆頭に汚れた足ふきマットが幾つも敷いてあって、目立つ場所に大変達筆な筆文字で「土足OK・泥足厳禁」の張り紙がしてある。玄関から階段の手前までマットが敷き詰められていて、どうしたってこのマットで靴を綺麗にしろという執念を感じた。なんかあれだ、少し前のアニメ映画に出てきた強制的に魔法を使えなくする魔法陣みたい。

 屋内は(マットのしつこさ以外)清掃業者が入ってる建物のように綺麗で、異臭もしなければ私物もゴミも落ちてない。男バドの部室周辺が腐海であったことを思い出すと、およそ青少年の空間らしからない。ここは高級マンションか何かだろうか。

 肩透かしを通り越してちょっと動揺したけど、これがお金かかってる私立の学生寮なんだろうと自分を納得させて歩き出す。目立ってはいけないと思うけどあんまりオロオロウロウロしててもただの不審者だ、寮生の関係者としてある程度は堂々としてなきゃ。

 寮監さんが持たせてくれた寮内の見取り図を広げつつ、腕に通して抱えているトートバックをちらりと見る。入れてきたのは果物とコンビニで買ったゼリー飲料、それと一応おかゆ。レンジでチンしてすぐ食べられるようにタッパー入り。

(取りあえず、ゼリーとお粥は冷蔵庫に入れておこうかな)

 そんなに暑くもない初夏なのだけど、寮部屋に冷蔵庫は無いそうだしそっちに入れておいて損は無いだろう。私が勝手に持ってきたものだし。果物は学くんちのおばさんが持たせてくれたオレンジとリンゴ。果物ナイフとおろし金も実は持参してる。リンゴは軽く洗った後で部屋に直接もっていこう。

 どきどきする。


(まぁくん、びっくりするかな)

 綺麗な寮の長い廊下を歩きながら、へへへと笑ってしまった。



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