まなぶくんのどくはく
※連載終了時に活動報告に載せたネタです
美恵子がこの先俺のことを「嫌い」になり「顔も見たくなくなる」ことなんて、もう想定の範囲にある。一番怖いのは、そのことじゃない。
怖いのは、完全に繋がりが絶たれること。そう、どんな手段でも、どんなやり方でも、あいつに関わっていたいんだ。だって、それが俺の命綱だから。
汚い方法でだって、自身がキツいと感じることだって、あいつに仇なすもの、害となり得るものを打ち消せるんだったら俺はなんでもする。例えばそれが俺自身ならば、可及的速やかに美恵子の視界から消えうせる。そうして、美恵子に毛ほども気づかれないように陰からストーカーの如く付きまとう。そんな仮定の未来があっさり想像出来る辺り、俺はやっぱり美恵子無しじゃ生きてゆけないんだろう。
今のところ望みに近い形――恋人となれたことは僥倖だ。
飽かれないよう、鬱陶しく思われないように細心の注意を払いながら女に尽くす、今までとは正反対の付き合い方。それは思った以上に面倒でなく、反対に素晴らしく幸福だった。今更ながら、俺は美恵子に関することだったらどこまでも生き甲斐を覚えるのだ。
これまで受けてきた、無償の愛情に返せる誠意とは、同じ以上の無償の愛情に他ならない。そしてそれは、最も望むべくことでもあった。親友が指摘した通り、「美恵子より優位な立場になりたい」なんつう考えは元から意味が無かったのだ。
「もっと早く、決心できてたら」
「え?」
バイクの後ろから、ひょいとしなやかに降り立つ姿。メットを外しながら独りごちた呟きが、聴こえたらしい。
「いや、なんでもない」
「ふうん」
同じくメットを外したその頭部から、さらりと零れ落ちる黒髪。手櫛で整えられる、朝陽に縁取られたそれはつやつやとしていて、思わず触りたくなる。
「……」
「どしたの、学くん」
「なんでもない」
「また?」
くすくす笑いながら、俺にメットを手渡してくる細い指。やや乱れた制服を直す手元。朝っぱらから無駄に色気振り撒きやがって、と理不尽な憤りがこみあげる。だって、早朝とはいえ周囲には男の目があるのに。
「じゃあね、今日もありがとう」
「別に」
そして、どうして俺は今の今になって素っ気無い言葉しか出てこないんだろう。もっと、それらしい言葉を発したいのに。例えば――
「まなぶくん!? 顔真っ赤だよ、どしたの、具合悪いの!?」
「……別に」
駄目だ。あの時の告白で表面的な気力を使い果たした。面と向かってだともう言えない。照れ臭いとかそんなんじゃなく、一旦正直な気持ちを切り出したら止まらなくなる。うるうるした真っ直ぐな視線を見てると、冗談じゃなく苦しくなって、泣きたくなる。抑えようとすればするほど胸の中で別の生き物みたいに気持ちが暴れ狂って、ところ構わずこいつを滅茶苦茶にしたくなる。
ああ、最初の告白時に全部正直に話せばよかった。あんな非常時でも変な打算が働いてしまった自分がつくづく憎い。
「電話で、言う」
「そ、う?」
多分、電話でも「すきだ」の一言が精一杯。それが今の俺の限界なんだろうな、と考える。




