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まなぶくんのじこまんぞく 1

ヘタレ視点入りまーす



 小さな頃から当然のように思っていた。みーは俺のものだって。




 自分が世間にどう見られているのか、周囲の視線に気づく頃合い、それは人間によって様々だと思う。でも、ある程度の能力を持つ者ならいつしかわかるものだ。「ああ、自分はこういう風に見られているんだ、これを期待されているんだ」という悟りに似た感慨。それをどう受け止めるかは個々による。

 受け止め方はそのまま、運命の分かれ道だ。どんなに有能な人間だって、要領が悪ければ期待の大きさ深さに押し潰され、自滅の道を歩む。つまり、部分部分で鈍感になりつつ、幾多にも分かれている道を選り分けつつ、最短行程で目的に到達するべし。言うは易しだが実際におこなうは難しだ。

幸いなことに、俺は要領の良いほうだった。自覚が早く、切り替えも速い。何より、自分自身に関して良い意味でドライだったことが功を奏した。客観的に「桐原学」という人間を見ることが出来たから。

(優秀になりすぎるな。出る杭は打たれる)

 そのようなことを、俺は保育園当時で悟っていた。見た目は他と比べて目立つ方だったし、他と同じことをしていても幼児らしく無駄にはっちゃけも出来なかったから、自分は異質な人間なのだということをおのずと感じ取っていた。面倒ごとを避けるため、他と同じく能力を埋没させれば楽に暮らせるんだろうとも。

 今は、思う。俺は昔から、無気力なだけだったんだと。



 すべてが転調したのは、入園してからわずか一年後のことだ。そう、みーと出逢ったから。

『どじ』

 深く考えずにそんな言葉が出てきて、当の俺は焦っていた。入園したてのちっこいガキが目の前ですっ転んだのを見て、仕方なしに助け起こしてやって。そのうるうるとした瞳に真っ直ぐに見つめられて、なんだか居た堪れなくなったのだ。

『どじ……? どじってなあに』

 ほら見ろ。アホなガキが、理解も出来ずそう返してきやがる。

『おまえみたいなやつのこと、そういうんだよ』

『みー? みーはどじなの』

『そう。おまえは……』

 真っ直ぐな視線。それに見つめられて、俺はこくりと息を飲んだ。そうしてまた深く考えず、次の言葉を放っていた。


『おまえは、おれだけの、どじみーだ』


 あいつは、覚えていない。けど、その言葉が刷り込みみたく、作用しちまった。そういうことだ。




 みーに出逢ってから、俺は早々にそれまでの考えを翻した。理由は単純、みーがあまりにも要領の悪い人間だったからである。

(なんだこいつ。何もないところでいつも転んでる。そうしてしょっちゅうケガしてやがる)

 そう、みーの膝はいつも絆創膏で覆われていた。ひどいときは肘だとか手の平だと柔らかい箇所を擦り剥いて、痛さにびいびい泣いてるときもあった。小さな脚の露出部分は、いつも傷だらけだった。

(このままじゃ、いつかもっとひどい大ケガする)

 ぞっとした。それは、今まで無い心地だった。

(じょうだんじゃない。こいつは、おれのなのに)

 そう、それは。

(おれだけの――)

 自身以外、それまで何事も関心が無かった俺が初めて抱いた、他人への執着心だった。


 考えを翻した俺は、また早々にこれからの予定を変更する。すなわち、全てに埋没させるつもりだった自分の能力を、可能な限り発揮させることにしたのだ。

(『いしゃ』になるんだ)

 ガキなりに、知識はあった。

(そのためには、優秀でいないといけない。そうして「えりーと」にならないと)

 目の前でびいびい泣いてるガキ。俺より小さなその手の平を握り締め、うるうるした瞳に見つめられながら、今日も決心する。


(こいつがいつケガしてもいいように、おれは医者になるんだ)


 保育園の時点で、俺は進路の決意を固めていた。そしてそれは、無気力なガキが無気力でなくなった瞬間でもあった。

 俺が今の俺たる人間になったきっかけ――文武揃った人並み以上に優秀な高校生「桐原学」を作り上げるに至ったのはなんのことは無い、ただ単に女に惚れたからやる気が出た、それだけの話だ。

 以降、俺は出来る限り自身の能力を周囲に知らしめるよう、行動していく。大人に対しては聞き分けよく、同年代のガキに対しては付き合いよく。ふとした匙加減、気分的な配慮もこめれば、いかに優秀すぎても不自然には思われない。そうやって周囲との折り合いをつけつつ、俺は「桐原学」たる日常をそうやって練り上げていった。苦労もしたことはした、鬱陶しく募ってくる周囲の期待に応えることが正直面倒くさくもあった。しかし、俺は俺で満足していた。だって、当のみーは俺にべったりだったから。みーの姿を見るたび、そのうるうるとした視線を感じるたび、「まぁくん」と呼びかけられるたび、例えようもない優越を覚えた。

(こいつは、俺がすきなんだ)

 好きな女が俺のことを好いてくれる。その心地はたいそうよろしいものだ。みーは自分の感情を隠そうともしないので、特にわかりやすく俺を心地よい気分にさせてくれた。その気分の良さは相乗効果を促し、良い意味での余裕も日常に齎した。そう、みーが傍にいれば「桐原学」としての型にはまった生活も特段苦痛ではなかったのだ。

 しかし、当時の俺はその相乗効果には自覚が無かった。ただ、表面的な優越のみに捉われていた。みーがあんまり素直に俺を慕い、正直に好意を示すもんだから調子に乗ったのだ。

 優越感は、悪いかたちで増長する。

(ちょっとぐらい冷たくしたって、こいつはずっと俺がすき)

 そのうち、ちょっとした突き放しが快感にもなった。どんなにすげなく扱っても、みーは瞳をうるうるさせて俺に付いてくる。素っ気無い言葉を投げたとしたって、「まぁくん」の言うことはみんな悪くないと思ってる。


(どんなことしたって、こいつは俺から離れないんだ……!)


 それは、あまりに自分本位な満足感だった。




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