終章
――後日、某軍病院にて。
「やぁやぁ具合はどうかね君たち」
「お陰様で良くならねーよバカ野郎」
非常にお金が掛かってそうな二人部屋の病室の、これまた高級そうなベッドで半身を起こすバートは、見舞いに来た旧友に胡乱な目を向けた。
「ここ金軍持ちだぜ? 何が不満なんよ?」
「プライバシーと自由を要求する!」
バートが指差す先は窓。格子が嵌められており、大きさも人ひとりがギリギリ通れないくらい小さい。何より、対人レーザーと振動感知器が常に作動している。そして天井には全方位型の監視カメラが。カーテン閉めても赤外線モードで中見られてるという鬼畜仕様。
「安全は全てに優先するのさ、ウチの標語だ」
「工事現場かここはっ! いい加減退院させろや!」
「まだダメよ。そんなことより昨日遂にウチの息子が匍匐前進を覚えたんだ! ヤツには軍人の素質g(ry」
「それただのハイハイだから匍匐じゃないから」
ツッコミが聞こえてないらしく語り続けるパットを横目に、窓側のベッドを見遣るバート。
そこには寝息を立てる金髪の男が。彼は、サムは、あれから一向に目を覚まさない。後頭部を銃床で殴られたバートはピンピンしているが、彼は負傷によってではなくただ目覚めることなく眠り続けている。
「……ート、バート? おーい、起きてるかー」
友の声に我に返る。
「あぁすまん。まぁその、暫くはこのまま入院させてもらうわ」
「そうか」
「あと、奥さん息子さんを大事にな」
「ロンモチ。物心つく前からマガジンとバレルで遊ぶ英才教育を施してるからな!」
「やめろや」
――同日、旧バート宅。
あの夜パットと共に強襲してきた兵士――オニールとルオーはバート宅にいた。
「殺傷性を有するレーザーの宅内掃射かな。一介のガンスミスが仕込むには過ぎた装置だよな」
穴だらけになった壁や窓を見、こびりついた血を睥睨する。J-cysの死体は既に別のチームに回収されたが、それ以外は基本的にそのまま残っている。
「私は二階を見てきます」
そう言って去っていくルオーを見送り、半開きになって軋んでいるドアをそっと開けた。どうやら客間のようで、小机にベッド、一人用のキャビネットが据えてある。
ふと、ベッドの下に目が留まった。ハンドライトを向けた先に、光を反射するものがある。
金属の小箱、だろうか。近づいて手に取ると妙にずっしりくる。
「何だこれは」
鍵穴があり、開かない。振っても音はせず、重量の偏りも感じられない。
「……ふむ。あとで報告に上げておくか」
なにげなくライトで鍵穴を照らすと、少しだけ中身が見える。
「……? ……っ」
中身と、目が合った。
「ガンスミスですか……私もなってみたいですねぇ」
二階を見回っていたルオーは散らばる薬莢を見遣り、考え深げに嘆息した。
「っ」
廊下の突き当たりの天井に目を見張った。レーザーの影響かはたまたJ-cysによるものか天板が破れ、ガサガサになった布のようなものが風に揺れている。ゆっくりと胸の通信機に口を寄せ、囁く。
―― コード・ダークブラウン ――
「ルオー、マズいぞ」
「分かってます。しかし状態的にもう封鎖も無駄かと」
「あれから幾日か経つ。直後なら……、いや、それでも意味がないだろうな」
「家主が意図的に行っていたと」
「あの男に限ってそれはない。例の生物学者、奴じゃなかろうか」
「どちらにせよ、パットに報告します。すぐに尋問も開始させましょう」
「それと一応非常線もな。何か引っ掛かるかも」
「……ああ、分かった。無事に帰ってこいよ」
病室の外でパットは息を吐く。現場からの報告に頭を抱えそうになるが、まずはやるべきことがある。
「どうした」
ただならぬ様子にバートが部屋から首を出した。
「お前、金属の小箱、天井の布に心当たりはあるか?」
「は? 小箱って弾薬箱のことか?」
「違う。お前んチの客間にあったらしい」
「客間なら、教授を泊めたぞ」
「やはり奴か。今まで生活していて、変なことはなかったか」
「たまにクマと猪と教授がこんにちはしたくらいだな。何かあったのか?」
「少しな。ちょっとやることが出来た、また来る。大人しくしてろよ」
言うだけ言って、パットは足早に姿を消した。まだ何かが起こっている、それだけは分かった。
その謎はすぐに氷解した。その晩、ストレイズ中尉がやってくるなり、現状と想定を話してくれた。
「率直に言う。君と友人君を完全に軍の監視下に置くことになりそうだ。君の自宅の天井裏のデッドスペースに大型の生命体が複数棲みついていた形跡があった。二人にはJ-cysを繁殖していた疑いが掛かっている」
「ねーよ」
「分かっている。だが同時に保護の必要性も出てきた。名目はともかく、我々はこれより完全警戒体制に入る。戦争一歩手前だ」
「何との戦争だ?」
「J-cys、あるいはそれに組する人間との戦争だ。君を利用し、今回の一件を引き起こした者がいる可能性が否定できん。でなければJ-cys自身がそれを行ったことになる。まあ? それもそれでありえる話ではあるがね」
「ベデットに訊いてみればいいよ。俺やあなたなんかよりずっと詳しいらしいから」
死者には質問できまい、皮肉でそう言い放つ。だが意外な反応があった。
「うむ。あとで本人に尋ねてみるとしよう」
「……生きてる?」
「そうだが。…………知らなかったのか?」
「パットは何も……」
「奴も割と抜けているからな」
さておき、と手を打ち鳴らす中尉の後ろで複数の足音が。急いたノックの後入ってきたのはパットともうひとり見知らぬ兵士だった。
「パット」
「バート、悪い。少々厄介なことになったようだ。暫くはお前らを開放してやれない」
「そうみたいだな」
「というかお前んチ設計どうなってるんだ? あらゆるところに謎のスペースがあり過ぎる」
「仕事で知り合った友人に格安で造ってもらった」
「ダチは選べよ……。今回そこで何者かが暗躍してたんだぞ」
「そうみたいだな」
「ったく。中尉、ベデット教授が目覚めました」
「尋問を開始させるのだ。関係しているかは分からんが、余計な知識を全て吐かせる必要がある。容赦無用」
「承知しました」
一旦病室に戻されたバートはなんとはなしに窓の外を伺い見る。今にも降り出しそうな暗い空だった。保護というのがどういう形になるのかはまだ分からない。軟禁状態か建前上の自由が与えられるのか……。
サムはまだ、目覚めない。バートは今回の一夜とこれからの日々に思いを馳せながら、格子の隙間から曇天を見つめ続けていた。
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「――以上が、今回の報告になります」
薄暗い会議室に凛としたパットの声が響く。彼の前には複数の人影が並び、それぞれが思案投げ首といったところだ。
「保護した民間人2名の処遇はいかがしましょう」
その声に答える者はいない。
「もしよろしければ私に身柄を預けて頂けませんか」
否を唱える声は無い。
「……失礼します」
敬礼して退室する彼を気に留める者は誰もいなかった。
ところ変わって中尉の自室にて。
「ご苦労」
「いえ。伝えるべきことは伝えました」
「J-cysが解き放たれた。これからはそれ関連の問題が山ほど現れるだろう。あのふたりを守ってやれ、それが君の任務だ」
「はい」
ブラインドを下した窓から細かい水音がした。降り出したようだ。パットは陰鬱な雨空を想い、再び礼をして部屋を出た。
心なしか雷鳴が遠くに聞こえていた。
お疲れ様でした。これにて【招かれざる客】終幕です。御読み頂きありがとうございました。ちなみに一応三部作なので、どれだけ読み手がいなくても続編は書きます。
では、失礼します。