第八章
年内に終わるなんてことはなかったぜ
――米陸軍某所基地
「バーソロミュー=コルソーンから救援要請です。今なら件の生物兵器も回収できるかもしれません」
「うむ。出撃許可を出す。行ってこい」
「はっ」
野戦服に身を包む精悍な男は歩いていた。軍にとって10年越しの悲願となる戦いに赴く為、旧知の友を救う為、彼は進む。
人員救助と生体捕獲を両方行える機体と装備、準備は万端。彼は、空へ飛び立つのだった。
――閑話休題
「軍来ねー」
「呼んでからそんなに経ってないじゃない」
バートとサムは誘導灯近くの木立に潜んでいた。
「そういえば今って落ち着いてるよね?」
「まぁ若干な」
「てことは色々話す余裕あるよね?」
「進行形で話してますがな」
「バートさんが渋りに渋った故郷での話をそろそろして欲しいんだけど」
「……いやあの重いというか、100%俺のせいというか、確実にお前に軽蔑されるというか、むしろ撃たれても文句言えないというか…………ネ?」
適当に凌ごうとするも、真隣のサムの眼力に負け、促されるように重い口を開く。
「あれはしんしんと雪の降る夜だっ」
「いやそういうのは結構だから」
「……はい」
少し言葉を纏めてから話し始める。
「……あの日、俺はネディと一緒に裏山に墜ちたものの正体を見に行った。ネディは覚えてるよな? ……まぁ忘れるはずもないか。俺らはそこで大型の輸送ヘリが大破してるのを発見したんだ。色々調べてたらネディ曰く”野犬”の群れに囲まれてな、走って逃げたんだが、よく考えてみれば犬にしては視点が高いし何かちょっと違う感じはしていた。家に帰りついてからそう思いはしたが、互いにさして気には留めなかった。
その夜のことはお前も分かっているだろう。突如町に火の手が上がり、悲鳴と絶叫が夜を支配し町を包み込んだ。俺はお前んチでポーカーやっててそれに気付き、壮絶に嫌な予感が脳裏を掠めた。お前がご家族の安否を確かめてる間、ネディを叩き起こしに行ったんだ。でも途中で、奴らに遭遇した。それも、丁度奴らが神父を食ってるところにだ。……我ながら自分が意外と小心者だと理解した瞬間だったよ。ネディの家はそいつらの向こうにある。迂回するとか陽動するとか何も浮かばなかった。
逃げたんだ。自分の知る世界の外側を見てしまったと、ただただ怖くて、怖くて、何も考えられず、何もできなかった。何もしなかったんだ……俺は……」
「……」
「それから、お前と合流して、ご両親のことを聞かれて……また逃げた」
「だから逃げようって言ったのか。俺の両親が教会で仕事をしているから、もう無駄だと思って」
「救えたかもしれない、まだ生き延びていて一緒に脱出できたかもしれない、サムに家族を失わせたのは実質俺なんじゃないか、そう思い続けてきた。すまなかったと、ここにきて言ったところで何の意味も無い。無いが、でも――すまなかった」
「……バートがどう思っていたとしても、俺にとってバートは恩人で親友、それだけ。マイナスの感情は無いし、好感度的にむしろ大好きですよ」
「……」
「後悔は後から湧くもので最初からどうこうできるわけじゃない。多分あの時どんな選択をしたとしてもバートは何かしら後悔していたと思うよ。俺だって色々思うところがあったしね。それに、結果論として、俺もバートも生きてる。振り返ることは必要だけど、そこで止まったらオシマイでしょ。だから進み続けるしかない。自分本位な考えだけど、それでいいんじゃないかな?」
「そうか」
「そーさ。もしそれでも含みが残るなら、この夜を凌いだあと何か奢ってくれ。それで手打ちにしよう」
「考えておこう」
不意に、くぐもった駆動音が聞こえた。
「聞こえたか?」
「ああ。かなり遠いけどね。救援かな」
「ある程度の戦力を展開してくれないことには逆にピンチになりかねんからな……」
「映画のテンプレみたいに少数精鋭で乗り込んできて全滅とか」
「やめてくれ、縁起でもない。しかもものっそいありえそうで困る」
少し経って木々の隙間から光が差し込み、誘導灯とバートらが登ってきた登山道を照らしてゆく。走った光の中に蠢く影が無数にいる。恐らく気付かれてはいないだろうが、ヘリ側にも正確な位置が伝わらないと纏めて掃射される恐れがある。そう考えたバートは着陸(予定)地点の脇に移動し、ランタンを灯火、頭上で大きく振る。これで誤射は防げる。が、当然追手にも位置バレしただろう。
「うん? 何だあれ」
サムが何かを目で追っている。何か黒光りする物体が複数、ヘリの方から飛んでくる。……嫌な予感しかしない。
――数分前、上空ヘリ内部。
「誘導灯確認。ターゲットの姿は視認できず」
「サーチライトを流せ。こちらが何かすれば向こうもアクションを取るはずだ」
「了解」
山頂から麓まで一気にライトの光を走らせると、報告書で見た異形が一瞬光の中に浮かび上がった。数はそう多くはない。だがバートらが付近にいる以上、下手に機関銃で掃射するわけにもいかない。なおかつ任務は可能な限り生け捕りである。
「よし、G-Smog弾打ち込め。5発くらい」
「了解」
ふとランタンの灯りが揺れているのが目に入ったが無視の方向で。
「死にはせんだろ……多分。悪運強いし」
――地上。
謎の黒い物体はバートとJ-cysたちの間に着弾し、破裂。山の夜闇よりも黒い煙が一気に広がる。見るからに危険そうな光景である。
「サム、誘導灯の近くに! 煙に撒かれるな!」
「頼まれても近付かないよ」
いつの間にかバートの真後ろで待機していたサムは呟くように言った。頭上ではやってきた大型の軍用ヘリがホバリングしている。縄梯子でも降りてくるのかと思うとゆっくりと下降し始めた。一旦着陸するつもりらしい。
「フラグ回収だけは勘弁してくれよパットよ……」
彼らの動向を見守る中、ヘリは無事着陸し、ドアが開いた。
ここから先は予期したのとは違う方向性の悪夢であった。フラグ回収を警戒しながら注視していたことによって反応が遅れた。黒装束の兵士の姿が見えた瞬間視界が真っ白に染まり、続いて耳鳴りがするほどの轟音で聴力がやられた。警察が鎮圧用に使う閃光音響手榴弾と思われるが、恐らく目の前にひとつ放られたのではないか。嫌がらせにも程がある。
「おい誰だ! 腕を掴むな!」
不意に万力のような力で左腕を引かれ、反射的にカウンターを見舞おうとしたところ、後頭部に衝撃が走り全身の力が急速に失われてゆく。意識の片隅でくぐもった破砕音や人の声が反響している気がするがもう反応できない。バートはそのまま気を失った。
これで残るはあとラス1。長かった……いやホントに。