第六章
実に2年振りの更新。
「ねぇ」
「うん?」
「あの日のこと、話してくれないの?」
「あー……もう少し大人になったらな」
「大人言ったら僕来月ハタチだよ?」
「俺自身が消化し切れてないし……」
「……じゃあできるだけ早く話してね」
「すまん」
「いいって、いつものことだし」
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「バート」
「んあ? 何だ?」
「故郷の話、してくれない?」
「……また、な」
「ここで聞けなかったらもう次は無いかもしれない。聞ける内に聞かせてよ、バートが見たものを、全部」
「あー……場が落ち着いたら、な?」
バートは一切目を合わせなかった。塞いだドアと揺れる窓を交互に見、苛立った様子でウロウロしている。それ以上何か言うのは得策ではなかろう。事あるごとにそう思って身を引いてきたが、この機を逃したら次は冗談じゃなくあの世になるかもしれないのだ。
「バート……」
「言っとくが俺はここで死ぬ気はないぞ。生き延びて、その上で今度こそちゃんと話してやるよ」
立ち止まり、しっかりとサムの目を見つめて言う。
「ん、分かった」
一先ず信じることにした。
「でもさ、」
「ん?」
「どうしようか、この状況」
「大丈夫だ、何とかする」
――未明。
「1、2……3!」
風に煽られたようにドアが開く。警戒したJ-cys達は入口付近で躊躇っていたが、しびれを切らして飛び込んだ。
ピィィンッと風を切る音が響く。室内に押し入った2体が宙吊りになり、二の足を踏んだ数体の目の前でドアが閉まった。間発入れず連続した銃声が聞こえ、哀れな死に番たちの頭部は消し飛んだのであった。
「成功なり。……にしても、よくまぁケイビング用のスタティックロープがあったもんだ、客間に」
「以前商売仲間と行く話が出てたから、外の倉庫からそれ系の物品をこっちに移したんだよ。ところがいざ仕舞う段になってスペース不足に気付いてさ、戻すのも癪だからとりあえず地味に使わないであろう客間に放っといたら完璧にド忘れしてた」
「教授に盗られなくて良かったネ?」
意地の悪い笑みを浮かべるサムに辟易した表情を返し、ぶらぶらしている死体に手を掛ける。
「それどうすんの?」
「食べら」
「却下」
「……いやホラ、蛇とか山椒魚って意外と美味いんだぜ? おいそれと食料を補給できない状況なわけだし、折角生きのいいのを捕らえたんだし……な?」
言いながら手早く骸を予め敷いておいたビニールシートの上に下ろした。ちなみに床板の一部を貫通させており、先程から溢れ出る血を床下の配管に流している。元々が狩った獲物を解体する時に血を排出する為のものなので、詰まる心配もあまり無い。
「ヒトを食べた後かもしれないじゃんか……。やめときなって」
「んなこと言ったら熊とか狼とか食えないぞ」
「元から食べないよそんなゲテモノ」
「……昔を彷彿とさせる会話であった。さて、捌くか」
「いやいや、んな会話したこともないわ。それよかズンズン作業進めるなっての! 基本的に生物兵器なんだから、色々とヤバい成分とか寄生虫とかあるかもしれないでしょうが!」
なるほど、一理ある。思いつきもしなかった。
「今回は素直に言うよ。……どうもありがとうございました」
「はいはい。で、死体どうしようか? 即座に腐るものでもないだろうけども」
「燃やしたいがな。最悪外に放置したい。このまま同衾するハメになるのは御免こうむる」
「外ってったって……窓から投棄する?」
相変わらず自己主張の激しい窓を見遣る。
「窓開けたくないんだが」
「なんかこう……全自動ダストシュート的なもの無いの?」
「どこぞのゾンゲーじゃあるまいしあるかそんなもん」
呑気に話す間も窓とドアが揺れている。
「よし、とりあえずだな……」
バチッ
「……」
「…………」
「え、ちょ、電気消えたよ!」
「ジェネレータに問題が起こったのだろうな……」
「破壊されたか……」
「いや、地味に見つからないトコにあるはずだからそれはない、と信じたい」
「え、じゃあ何? 故障?」
「故障というか、そもそも手動だから巻けばいけるはず」
「は?」
「俺が行きまーす……」
「いやお供するけどさ…………」
「よし、行くか」
「お、おう」
両者共散弾と残りのスラッグを交互に詰めたモスバーグを持ち、床下(もとい1階床と地下室天井の間のデッドスペース)を這う。所々排血用パイプが走っており、非常に動きにくい。
「これ重量過多で地下室に突き抜けないよね?」
「さすがにそれは大丈夫だろ……多分」
「多分て、バート……」
呆れつつバートに続いて這う。想像していた以上にひんやりとしていて、何かが歩く振動が伝わってくる。暫しの間無言で進み続けたが、ふとバートが呟く。
「おかしいな……」
「どしたの」
「いや、手元に妙な感触のものが……」
突如、バートがサムの視界から消えた。一瞬遅れて下の方からドサリと重い落下音が聞こえる。
「マジか……」
後を追って携帯のライトで照らすと、案の定大穴が口を開けている。……どうやら地下室の天井の建材が腐っていたらしい。更に悪いことに、頭上で足音が激しく入り乱れている。音が筒抜けたに違いない。
「最悪……」
若干毒づきつつも穴のふちに手を掛けてぶら下がり、飛び降りる。普通に飛び降りても大したことのない高さだが、念の為というやつだ。
「バートー、平気?」
「木材が腐ってたらしい。ていうか業者の野郎、鉄板入れてる言うて入ってないじゃねーか……。次あっち行ったら出会いがしらに張り倒してやる……」
「氏名所属教えてくれればこっちで処理しとくよ、ツケで」
「金取んのかい……てか何する気だ」
冗談混じりに言葉を交わし、そっと地階へのドアを見遣る。すぐに乗り込んでくるかと思ったが、そうでもないようだ。騒いでいるが音の出所とそこへ至る経路が分からないらしい。これは好機。
「しかし発電機を再稼働したところで、なんだよなぁ」
内部に侵入され、弾薬も枯渇しかかっている。まともに正面から挑んでも勝ち目は無く、かといって籠城もできなくなってしまった。どうすればいいのか…………
薄く小さい鏡で廊下の様子を伺う。動体は無い。バートが先行し、サムが後方を守る。足音を忍ばせ、キッチンへ転がり込む。件の勝手口を少し開け、警戒を解かずに自宅脇の倉庫の戸を引き、二人共急いで中に入った。散らかる器物を跨ぎ、床の出っ張りに手を掛け引き上げる。普段は畳まれている梯子を蹴りおろし、気持ち焦りながら下の空間に降りてゆく。
中は水の底のように静まり返っており、その空間の真ん中に割と古い型の中型発電機が据えてあった。計器類と操作系統はメーターとハンドルのみのシンプルなタイプだ。
「これね」
「俺が回すから適当にその辺見といて」
「はいよ」
兎にも角にもハンドルを(手動で)回転させれば起動でき、特定回数・特定時間回すことで手放しでもしばらくの間発電し続ける装置なので、それまでひたすらメーターと睨めっこすることとなる。
「バート、これは何?」
不意にサムが声を上げた。壁の隅にひっそりと設置してある計器を見ている。ライトが3個に謎のメーターがひとつ。配線は床下に伸びている。
「知らん、そんなもんあったのか。多分施工主の粋な計らいだろうさ」
「全部のライトが点いたら自爆とかするのかな」
「勘弁してくれ。塒と仕事場と商売道具失ったら生きていけんよ」
しばしの沈黙の後、1つ目のライトが点灯する。
次いで2つ目も点灯。
3つ目。メーターの針がFと刻まれた縁に届きそうだ。
「嫌な予感がするのだが……こう漠然とマズいことになりそうな感じがひしひしとする……」
「奇遇だね、俺もだよ」
と、発電機のランプが点き、手動回転の不要を告げた。が、それに気づかず、余計に数回転してしまう。
ピーンという甲高い音が響き、刹那の静寂の直後、頭上からJ-cysのものと思しき絶叫が木霊する。
「おいちょっと待てよ……」
「いやでも爆発音や破砕音はしないけど……何だろう」
顔を見合わせ、散弾銃持ちのバートを先頭に、表の様子を窺いに天板を少しだけ開いてみた。銃口で戸をそろりと開ける。するとどうだろう。家の外に面したガラスというガラスに穴が開き、内部で狂ったように暴れまわる複数の影が見て取れる。
「なんじゃこりゃ…………」
「どんな状況?」
「分からん。ただ逃げる良い機会かもしれん」
倉庫入口から右斜め前方に獣道のような小路が辛うじて目視できる。
「教授が逃げ戻ってきた手前下山するのが最善手とは思えないから、逆に山を登ってみようか」
「マジで頂上決戦やるんかい」
「下ってる最中に遭遇したら前後挟まれて御陀仏になる確率が高い。それなら頂点まで登って渓谷に降りて反対側の街に向かった方がまだ安全かもしれない」
「スタティックロープ持ち出せば良かったかな?」
「今更だよな」
完全に家の方に気を取られているJ-cysたちを尻目に、忍び足で小路へ足を踏み入れ、急いで進む二人。
「とりあえず電池式のランタンとピッケルとザイルは見つけたから持ってきたが、使うかは分からないな」
「兎に角電波が入るところまで辿り着いたら、即軍に連絡取ろう。バートの知り合いってまだ在軍してるよね、確か」
「士官のはず。詳しい階級は知らん」
「了解」
ここの山道は決して険しいわけではないが、真っ暗闇の為かなり気を付けないと危険である。ライトも光量が多いと後方の連中にバレる危険性があり、極力光を細くして進むしかない。
早足かつ音を立てないように歩き、少し開けた場所に出た。
「このまま直進し続ければ崖とそれを繋ぐ橋への下り坂、それと頂上への急勾配に行き着く。奴らのいなさそうな方を選択するとしよう」
「……なんとか生き延びられたらさ、例の件絶対に話してね」
「余計な死亡フラグは立てんでよろしい。さすがにそろそろ話すから」
「速攻でフラグ回収……うん、無いな」
「橋を渡れないとか普通にありそうだけどな、損壊とか腐食とか」
「あー……」
案の定、一寸先は闇。そんな言葉が相応しい場景が広がっていた。橋が絶望的な揺れ方をしており、崖を直接越えての突破は不可能と判断せざるを得ない。というかそれ以前に、底で濁流が唸り声を上げている。ある意味でJ-cysよりも険しい道のりになってしまうだろう。
「いかんな。頂上行くしかないか」
「なんとなくそんな予感はしてたよ……」
ぼやきながら急な上り坂へ進む。左右の森林から謎の嘶きや物音が聞こえてくる。ほとんど見通せない暗闇の先にライトを向けると、辛うじて木の看板が見えた。
近寄って見てみると、看板には1本の矢印のみが印されている。
「この先には頂上への一本道しかありませんよ、ってことだ」
「後ろからは……来てないっぽいね、見えないけど」
「例え追われていても先に進むしか道は残されていないからな。……んじゃ、行こう」
武器を確認し、もう一度だけ背後を窺ってから、岩場に程近い山道に足を向けた。
残り3話前後で終わる予定。