第五章
半年振りですが、別に打ち切りにするつもりだったわけではないです。
忙しかったので……
「……うぅ……ん~…ん?」
「起きたか」
「うおおっ!! なんで寝てたんだ俺!?」
「思い出せ」
「まっっったく思い出せん」
「努力せい。ホレ、水」
「サンキュ」
喉を鳴らして水を飲むサムを見据え、バートは若干それと分かる程度の安堵のため息を漏らした。
さかのぼるは40分前。件の通信後のこと。サムが階下に降りる足音を耳にし、支援するつもりでキッチンへ急いだ。そして食器棚の裏にそれとなく仕込んだソウドオフ(=銃身を切り詰めた)散弾銃とスラッグ弾を回収し、足を忍ばせて車庫へ向かった。と、何やら鈍い音が響いた。
気持ち慌てて弾を込めつつ車庫への扉へ続く廊下に走る。
そこには床で大の字に伸びてるサムだけがいた。半開きのドアの向こうには什器が乱雑に積まれているのが見える。周囲の安全をなるたけ確保し、サムとレッドホークを二階の自室まで引き摺ってきた次第だ。
現在に戻る。
「バート、奴らが、入ってきた……」
「みたいだな」
「どうしよう……?」
「なるようにしかならんよ。やれることをやろうぜ?」
やけに飄々と言うバートの背後で窓がガタガタと鳴っている。風にしては音と振動が強すぎるような……
「窓、平気?」
「ん~連中が石か何か投げてんだろ。強化ガラスだからある程度は耐えられる」
「……で、どうするん? これから」
「察するにバカ教授のお陰で奴らが屋内に侵入してしまった、と。すでに車庫は押さえられているとみて間違いない。なら戦う一択だろうが」
「戦う……あいつらと……戦うのか……」
「でなきゃ近い内に殺されるわな」
「改めて考えてみると怖いわ……もろ正面から向き合っちゃったし」
「故郷の仇討ちだ。やろうぜ」
「……ああ」
バートは散弾銃を腰だめに構え、部屋のドアを開ける。
「どこ行くんだ?」
「装備を整えに。一緒に来いよ」
サムは無言で頷き、レッドホークの撃鉄を起こして追従する。
バートは先程同様にキッチンへ向かった。そして食器棚の裏側に手を伸ばし、大きめの黒い木箱を引っ張り出してサムに放る。
「投げんな! って重っ!?」
「黒檀製の弾薬箱だ。フタのところに【S.S.】って彫ってあるだろ? 【散弾】が入ってる」
「口径は?」
「ウチには12番径しかないよ。購入し易いからな」
散弾の口径は【番径】で表わされ、数字が小さければ小さいほど弾薬が大きい。即ち威力・反動が大きい。最も一般的なのが12番径である。
「奴らは異様に頑丈な外皮を持ってるからな……スラッグ弾使わないとキツいかな……?」
スラッグ弾とは散弾銃用の単発弾頭弾のことで、大口径ライフル並みの威力を誇る。が、装薬の性質と重い弾頭重量により初速が遅く、弾薬自体が大きい為に空気抵抗をモロに受け飛距離が短い。要するに、至近距離なら(大抵は)無敵ということだ。
「しまったなぁ……現状の弾数が……」
「具体的には?」
「20発くらいか……」
「上手くやっても20体しか倒せない、と」
「この前大型のイノシシに襲われた時になんだかんだで使っちまったんだった…………」
「それ今度詳しく話してね」
「あぁうん。それはさておき、兎にも角にも残りのスラッグを手元に持ってきた方が戦い易いのは確かだから、取りに行かにゃなるめぇ」
バートは床収納から金属製のトランクを取り出し、開いた。中には散弾銃が入っており、それをサムに渡し、言う。
「この家の構造上短い方が使い易いだろうけど、とりあえずはこれ使ってくれ」
渡された銃は黒く、全長は1m弱で、銃床が付いてない。
「モスバーグのM500ですか。中々の良品をお持ちで」
これは、12番径の民間向けポンプアクション(=銃身下のスライドを前後に動かして弾薬の装填・排莢を行う)散弾銃である。装弾数は6発と、より実践向けになっている。重量は弾薬を込めない状態で約3.3kgあるので、射撃時の反動で銃口が跳ねて狙いが狂うのをある程度抑え込める。
「良い友人がいるのさ……まぁ、等価交換だけどな」
手早く散弾を詰め終えたサムを促し、自前のソウドオフを腰溜めに構えながら、手始めにスラッグ弾の回収に向かう。静まり返った廊下を進み、目指すは仕事部屋。
「……で、地味にマズいことになったわけだが」
「詰んでるとか言うなよ! 絶対言うなよ! ……どうしてこうなった」
「俺たちはまず仕事部屋へ向かい、スラッグ弾20発をGet。そして諸々の備品と拳銃の予備弾倉及び予備弾薬を得て、とりあえずキッチンに篭城しようかという流れになった。ここまではよかったんだ、ここまでは……」
ガンッ
「廊下で鉢合わせるとはツイてない」
「ホントだよ」
ガンガン
「慌てて逃げてきたら居間に1体いるし……」
「ドア殴られまくってるよ!?」
ガンッガンッ
「9mm弾は自決用くらいしか役に立たないと身を持って理解した」
「バート! 何で落ち着いてられんのさ!?」
ガンガンッ……ゴスッ
「やはり大口径でもないと拳銃弾じゃあ歯が立たないのか……」
「バート……?」
ガリガリ……ガリガリ……
「大丈夫大丈夫、扉は破れないから」
「え」
バートはおもむろに鍵を外し、下がる。勢い余ったJ-cysが前のめりに入ってきた。と、
ドガンッ
目と鼻の先からスラッグ弾が撃ち込まれ、胸に大穴を開けて後方に吹っ飛ばされた。ワンテンポ置いて飛び込んできた奴を次弾で迎撃する。飛び散った血と臓器で、あたりは凄まじい様相を呈していた。
「スラッグTUEEEEE! いくらでも掛かってこいやぁぁああ!!」
さすがに学習したのか、遮蔽物の陰から出てこない。これ幸いとドアを閉める。
「2体やったぞ」
「なんというクレイジーなことを……」
「あのタイミングであの距離なら絶対避けられないからな」
話しながら2発装填する。サムに渡したのとは違い、バートのはソウドオフという特性上2発までしか装填できない。要するに、さっき3体目が来たらヤバかったわけで……
「実は数日前までC4があったんだが……」
「何故……ある……?」
「あれが残ってればなぁ……」
「一体何の仕事してんだよ」
「地味にタスクフォースの中継地点とか依頼されたり?」
「こんな山奥に住むなよ……」
ふと勝手口を見やると、風に煽られたようにドアが開く。間髪入れず、数体が入ってきた。
「手伝え!」
「分かってる!」
サムが散弾で牽制し、動きが止まったところをスラッグ弾が襲う。なんなく2体を倒し、3体目はレッドホークを拝借して仕留めにかかる。が、ほぼ垂直に撃ち込んだはずだが絶命せず、結局は至近で頭部に2発でどうにか静かになった。
「やれやれ……奴さんも死ぬ気でくるなぁ……」
「これ弾足りないんじゃなかろうか……」
弾込めを終え、ドア付近で様子を窺っていた奴をスラッグで吹っ飛ばし、ドアを閉めて什器を積んでおいた。鍵が駄目になっていたからだ。これで暫くは持つ。
「車庫が押さえられてるのは痛いな。脱出できない」
「あの教授殿のお陰で……」
「あんな奴清掃員に格下げされりゃいいんだ」
「それもう教員ですらないよ」
「人に物教える資格無いよあの人。死ねばいいのに」
「死んだよ多分」
そんなアホなやり取りをしつつ、現状をどうするか無い知恵を絞る。
「ぶっちゃけ足も無しに下山するのは自殺行為だよな」
「逆に山のてっぺんまで行くかい? そこで迎え討つ」
「山の頂上だけに頂上決戦てか? やかましいわ」
「つか携帯の基地局も兼任すれば警察呼べたのに」
「恐らく俺も御用になるんでやめてくれ」
「健全な仕事をして下さい」
「ラクに楽しく生きる為には汚れたこともしないとな、って俺のヒーローが言ってた」
「それ普通の仕事してる人全否定やん」
言ってるそばから、居間に通じるドアが破られる。
「今度はこっちか! 修理代バカにならねぇんだぞ!!」
「破られないんじゃなかったんかいっ!?」
「うるせぇっ、ごたごた言ってないで銃構えろ!!!」
怒鳴り合いつつも二人の頭には共通の懸念があった。曰く、ジリ貧じゃなかろうか(弾薬的な意味で)、と。
「まずい、残骸を乗り越えて1匹入ってくるぞ!」
「散弾で怯むだけってどんな生き物なんだよ!?」
「装填終わったからどけ!」
言うが早いかサムを押しのけ、J-cysの鼻先に銃口を突きつける。避ける間もなく頭部を消失した敵は、仰向けに倒れた。見える範囲には動くものは無い。とりあえず波を凌いだようだ。
「ヤバいなこれは……。とにかく動いた方がいい。もうここは立て篭もりに向かないから」
図らずもJ-cysの斎場と化した血みどろキッチンからやむなく退場。恐る恐る廊下を進み、階段下に着いた。
だが階上に上がることは叶わなかった。踊り場はとうに制圧されていたのだった。見れば、あれだけ厳重な施錠をしたはずの玄関口が突破されている。
「逃げ場が無いなこりゃ」
「客間に逃げ込む……3で行こう」
「1」
バートは目線を切らないようにしつつ、目的の部屋を視界の端に収める。
「2 ……のわぁぁあ!?」
右手側の強化ガラスが突然弾け飛んだ。最早、一刻の猶予も無いことがはっきりと感じとれる状況だった。
「3!」
どちらが叫んだか分からないが、その言葉を合図に一目散に逃げ出す。背後に迫る複数の足音を聞きながら、気持ち慌てて部屋に駆け込んだ。
「閉めろ!」
入ったと同時に二人の金剛力で叩きつけるようにドアを閉め、キャビネットを据えて封鎖することに成功したのだった。
つかの間の安心とは裏腹に、全体的な状況は刻一刻と悪化していく。抜本的な解決策を見出せない限り、明日の夜明けまで無事でいられる保障も無いと言えた。バートはどのような選択をするのだろうか……
次回ようやく後半突入。
またのご愛読をお待ちしています。