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第四章:城塞都市オークテリア、あるいは共生の檻

皆さま、お越しいただきありがとうございます。

一万を超える死体が転がる地獄のような平野を抜け、俺たちはようやく「文明」の匂いがする場所へと辿り着きました。しかし、そこは優雅なエルフの都でも、堅牢なドワーフの村でもありません。豚のつらをした強靭な種族、オークが支配する城塞都市です。 不惑を過ぎた男の常識が、異世界の「多種族共存」という現実によって再び粉砕される第4章。どうぞ、彼らの奇妙な入国審査を見守ってください。


1. 地平線の鉄壁

「……ありゃあ、ちょっとした山だな」

戦場跡の血生臭い風を背に受け、街道を東へ進むこと数時間。俺の目の前に、陽炎かげろうを切り裂くように巨大な構造体が姿を現した。 それは、俺の知る「城壁」の概念を遥かに超越していた。高さは優に五十メートルを超え、重厚な黒鉄のプレートが表面を覆っている。その上には巨大な弩弓バリスタが等間隔に並び、空を飛ぶ魔獣すら一撃で仕留めんと殺気を放っていた。

「あれが城塞都市オークテリア。この大陸における物流の心臓部にして、不落の要塞だよ!」 キュアが、いつの間にかどこからか取り出した双眼鏡を覗きながら解説する。 「心臓部ねぇ……。あんな物騒なもん、心臓っていうよりは鋼鉄の拳に見えるが」 「ははは! タイガさん、あそこには僕が設定した『種族を超えた繁栄』の雛形があるはずです。楽しみですね!」 スカルがランドセルを揺らしながら無邪気に走っていく。

「おい、待てスカル! 忘れんな、ここは俺たちの『オート設定』と、お前の『改ざん』が混ざり合ったカオスな世界なんだぞ」 俺は慌ててその後を追った。45歳の膝には、この長距離移動はなかなかの負担だ。不意に、えびさビールの空き缶が道端に転がっているのを見て、昨夜の惨状を思い出し、胃のあたりが重くなる。

近づくにつれ、城門前の喧騒が聞こえてきた。 そこには、俺が想像していた「オークに怯える人々」の姿はなかった。 馬車を引く人族、荷物を担ぐ逞しい獣人、果ては小柄なドワーフまでが、整然とした列を作っている。そしてその列を管理しているのが、身長二メートルを優に超える、筋骨隆々の「オーク」たちだった。

2. オークの眼光と「おじさん」の危機

城門を警備するオークたちは、前世のゲームに出てくるような「汚らしい怪物」ではなかった。 彼らは磨き上げられた漆黒の甲冑を纏い、背筋を真っ直ぐに伸ばし、軍隊のような厳格さで入国者を捌いている。その目は鋭く、知性に溢れていた。

「次、止まれ」 地を這うような重低音。俺たちの前に、一人のオーク兵が立ち塞がった。 「……っ」 不惑の作家、斉木大河。これまでの人生で、これほど威圧感のある生き物と対峙したことはない。新宿の裏通りでガラの悪い連中に絡まれた時とは、次元が違う。これは、純粋な「暴力の頂点」が放つ覇気だ。

「種族は……人族か。隣の娘はハーフ、そのガキは……なんだ、その妙な箱は」 「あ、これ、ランドセルって言って、地球の伝統的な……」 スカルが口を開きかけた瞬間、俺は慌ててその口を塞いだ。 「……いえ、ただの荷物入れです。旅の商人でして、はい」 俺は精一杯の営業スマイルを浮かべた。45歳、社会で揉まれて培った唯一の武器が「愛想笑い」だというのは、我ながら情けない。

オーク兵は、俺をじろりと一瞥した。 「……覇気のない顔だな。だが、その目は死んではいない。奥にいる人族の役人の元へ行け。手続きを済ませれば、街への立ち入りを許可する」 「か、感謝します」 俺は心の中で、キュアに命じて用意させた「魔石」を握りしめた。この世界の通貨事情はキュアに任せているが、まずは換金しなければ始まらない。

門を潜ると、そこには異様な光景が広がっていた。 大通りは石畳で舗装され、両脇には石造りの商店が建ち並ぶ。驚くべきは、そこで働く人々の多様性だ。 人族の店主が獣人の客と値切り交渉をし、ドワーフの鍛冶屋がエルフの魔石細工師と議論を戦わせている。そして街の至る所にある監視塔からは、オークの兵士たちが冷徹な眼差しで「治安」を見守っていた。

「お兄ちゃん、見て! ここは完璧な警察国家だよ。オークが圧倒的な武力で治安を維持し、実務は知能の高い他種族に任せている。だからこそ、多種族が共存できるんだね」 キュアが感心したように呟く。

3. 魔石の価値と、揺らぐ平和

「さて、まずは軍資金の確保だ」 俺たちは、大通りにある「万種族商会」の看板を掲げた建物に入った。 受付にいたのは、長い耳を揺らす美しいエルフの女性だった。だが、彼女の瞳には慈愛などはなく、冷徹な算盤そろばんの光が宿っている。

「買い取り希望ですね。どのような物品を?」 俺はキュアから手渡された、キメラから採取したという「魔結晶」をカウンターに置いた。 その瞬間、店内の空気が凍りついた。 エルフの店員が目を見開き、奥にいた恰幅の良い人族の商人が椅子を蹴って立ち上がる。

「……これは、高純度の魔獣核。それも、森の主クラスの……」 店員の声が震える。 「お、おいくらになりますか?」 俺の問いに、商人が駆け寄ってきた。 「お客さん! これだけの品、今の市場なら城が建ちますよ! というか、貴方方は何者だ!? 傭兵団の生き残りか?」

45歳のタイガは、思わずスカルとキュアを振り返った。 キュアは「てへっ」と舌を出し、スカルは「さすが僕の設定した魔獣!」と胸を張っている。 「……キュア。お前、これ『小銭程度になる』って言わなかったか?」 「え? 創造主の基準だと、そんなもんかなって」

どうやら俺たちは、街に入って数分で、望まぬ注目を集めてしまったらしい。 街の外では一万の死体が転がり、街の中では一千万の価値がある石が、無造作にカウンターに置かれている。 この不条理。このいびつさ。 俺は、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「……とりあえず、換金は小分けにしましょう。タイガさん、この街には『前任者』に繋がる情報があるはずです」 スカルが珍しく真剣な顔で囁く。 俺は大きくため息をついた。 「……わかった。だが、これだけは言っておく。俺は平穏な隠居生活を求めてたんだ。ビールを飲んで、たまに原稿を書くような……。なのに、なんで城が建つような大金を持って、オークの街で追いかけっこをしなきゃならんのだ」

俺の嘆きを余所に、キュアは街の掲示板を見つめていた。 そこには、戦場跡で見たものと同じ、不吉な紋章が刻まれた手配書が貼られていた。 「お兄ちゃん。平和を愛する博愛主義者には悪いけど……どうやら、この街もじきに血の臭いに包まれるみたいだよ」

俺は、ポケットの中のえびさビールのプルタブを握りしめた。 どうやら前途多難どころか、破滅への特急券を握らされているようだった。


第4章、いかがでしたでしょうか。 ついに辿り着いた文明の地「オークテリア」。しかし、そこは理想の楽園ではなく、オークの武力がかろうじて平和を繋ぎ止めている、薄氷の上の秩序でした。 創造主としてのチート能力(と資産)が、かえってタイガをトラブルに巻き込んでいく皮肉。不惑の男が、この状況をどう切り抜けていくのか。

次章、換金した大金が生む火種と、ついに姿を現す「世界の改ざん」の真実。 タイガの胃に、また穴が開きそうな展開が待ち受けています。


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