第十一章:霧の山脈、あるいは未完の物理法則
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オークテリアの住人たちに見送られ、温かいエールの味を噛み締めながら、俺たちは再び荒野へと踏み出しました。不殺を誓い、武器を持たずに世界を巡る……。字面にすれば高潔ですが、実態は45歳の衰え始めた肉体との、孤独な戦いです。 第11章は、霧に包まれた険しい山脈への挑戦。一歩間違えれば滑落死、という恐怖の中で、俺はこの世界の「物理法則」という名の壁にぶち当たります。胃薬代わりに、冷たい沢水を煽る俺の奮闘、どうぞ見守ってください。
1. 膝の悲鳴と、キュアの正論
「……はぁ、はぁ……。ちょ、待て。キュア、休憩だ」
俺は、岩場に杖を突き、膝に手を置いて激しく息を切らせた。 オークテリアを出発して三日。目の前に立ちはだかったのは、雲を突くような巨岩の連なり——「忘却の山脈」だ。麓から見上げた時は壮大だと思ったが、実際に登り始めると、それはただの「巨大な障害物」でしかなかった。
「お兄ちゃん、まだ登り始めて一時間だよ? 45歳のおじさんにしては、根性なさすぎ!」 キュアが、白いドレスの裾をひらひらと揺らしながら、岩から岩へと軽快に飛び移る。彼女の肩には、セーフティの掛かったマシンガンが大人しく収まっていた。 「……貴様は霊体に近いからいいが、俺は血の通った45歳だ! 重力が、地球の1.2倍くらいある気がする……」 「気のせいだよ。この世界の物理法則は、スカルが『オート設定』で地球とほぼ同じにしてるから」
麓でスカルが、「僕の演算だと、このルートが一番傾斜が緩やかです!」と胸を張っていたが、騙された。45歳の膝は、すでに限界を迎えつつある。
「お兄ちゃん、创造主のチート能力で、自分の重力を軽くすればいいじゃん」 キュアが、岩の上から正論を吐く。 「……ダメだ。それをやり始めたら、俺はまた『力』に頼ることになる。不殺を誓った俺の手は、地面を踏み締め、岩を掴むためにだけ使うんだ」
俺は、ぐっと杖を握り直し、再び一歩を踏み出した。 創造主としての万能感を捨て、ただの人間の、45歳の男として、この険しい山脈に挑む。それが、俺なりの世界の「肯定」であり、赎罪だ。
2. 霧の深淵と、バグの予感
標高が上がるにつれ、辺りは白い霧に包まれ始めた。 視界は十メートル先も見えない。冷たい霧が肌に纏わりつき、体温を奪っていく。 「……嫌な霧だな。ただの自然現象じゃない気がする」 俺は、杖を持つ手に力を込めた。
「お兄ちゃん、その通りだよ。この霧、魔素が極端に薄くて、代わりに『情報の欠落』が混ざり込んでる。スカルの演算だと、この先に巨大な『世界のバグ』があるみたい」 キュアの瞳が、霧の奥を睨みつける。
「タイガさん、これ……マズいです。僕のコアプログラムが、この霧の奥から来る『拒絶』の意思を感じてます。この世界を『否定』しようとする、強力な力が……!」 ランドセルを抱えたスカルが、震えながら駆け寄ってきた。
「歩花か……?」 俺は、あの聖女の、清浄すぎる黄金の光を思い出した。 「……いえ、違います。歩花さんの光は『完璧な平穏』を求める黄金。でも、この霧の奥から来るのは……すべてを『無』に帰そうとする、どす黒い虚無です」
その時だった。 霧の奥から、地を這うような重低音が響き渡った。 「……何だ、今の音は」 「……お兄ちゃん、来るよ」 キュアがマシンガンを構える。その瞳(サファイアの輝き)が、戦いの悦びに冷たく光った。
3. 未完の物理法則:滑落の恐怖
霧が裂け、そこから現れたのは、魔物でも、魔獣でもなかった。 それは、岩石と霧が融合したような、形を持たない「巨体の何か」だった。 「……岩の……怪物?」 「違う! お兄ちゃん、あれは『物理法則のバグ』が実体化したものだ! 岩石を繋ぎ止める結合力が、霧のように霧散してる!」
岩石の怪物が、その巨大な腕を振り上げた。 「……ちょ、待て! あれは物理的にあり得ないだろ!」 「あり得ないことが起きてるから、バグなんだよ!」
怪物の腕が、俺たちの立つ足場に叩きつけられた。 ズォォォォンッ!! 凄まじい衝撃と共に、足場の岩が粉々に砕け散る。 「……うわあああああッ!!」
45歳のタイガ。 人生二度目の修羅場は、異世界の山脈で、物理法則を無視した怪物との、滑落死の恐怖から幕を開けた。
第11章、いかがでしたでしょうか。 45歳の衰え始めた肉体と、異世界の險しい山脈。 不殺を誓い、力に頼らないと決めたタイガが、最初にぶち当たった壁は、怪物ではなく、自分自身の肉体でした。そして、霧の奥に潜む、この世界の「物理法則のバグ」。 不惑の男が、この滑落死の恐怖をどう切り抜けていくのか。
【感想・高評価のお願い】 「タイガの膝が心配!」「キュアの正論が鋭い」など、皆さまからの感想や高評価をお待ちしております。 皆さまの一言が、タイガの「膝の痛み」を和らげる何よりの湿布薬となります!(ぺこり)




