第十章:旅立ちの祝杯、あるいは未踏の白紙
皆さま、お越しいただきありがとうございます。
「完璧な救済」を掲げる聖女・歩花を、作家特有の屁理屈と、泥臭い人間のノイズで追い返した俺。不惑を過ぎてなお、これほどまでに心臓をバクバクさせたことはありません。 第10章は、平穏を取り戻しつつあるオークテリアに別れを告げ、一行が再び広大な世界へと旅立つ節目の物語です。別れはいつだって寂しいものですが、書きかけの原稿(世界)を完成させるためには、一箇所に留まってはいられません。創造主大河は新しい靴を履き潰す覚悟の旅立ち、どうぞ見守ってください。
1. 復興の光と、静かな決意
「……よし、これで時計塔の心臓部が動くはずだ」
俺は、オークテリアの広場にそびえ立つ、修復されたばかりの時計塔の歯車に手をかけた。 不殺を誓った俺の指先から、微かな魔力が流れ込む。ガチリ、と重厚な音が響き、数日の間沈黙していた巨大な長針が、力強く時を刻み始めた。
ゴォォォォン……。
低く、誇り高い鐘の音が街中に響き渡る。瓦礫を片付けていた人族も、荷を運んでいたオークも、一斉に顔を上げてその音を聞き入った。それは、この街が「バグ」と「浄化」の嵐を乗り越え、再び自らの時間を歩み始めた合図だった。
「お兄ちゃん、時計修理工としても食っていけそうだね! 100点満点中、60点!」 キュアが、新調した白いドレスの裾を揺らしながら、からかうように笑う。 「……点数が上がったな。だが、本職を忘れるほど暇じゃない」 俺は、広場に集まった住人たちの顔を見渡した。そこには、バルザス将軍を失った悲しみは消えていない。だが、聖女が与えようとした「虚無の安寧」を拒み、自らの足で立とうとする力強い意思が宿っていた。
「タイガさん、準備できました! 僕のランドセルに、オークテリアの全データと、歩花さんの残していった聖エネルギーの残滓をパッキングしましたよ!」 スカルが、相変わらずのランドセルを背負って走ってきた。 「……よし。出発だな」
2. 惜別の酒と、託された想い
街の北門。そこには、ガストン総支配人をはじめ、街の有力者たちが勢揃いしていた。 「タイガ様、本当に行ってしまわれるのですか。貴方がいれば、この街はもっと早く……」 ガストンが、心底惜しそうに身を乗り出す。
「支配人。俺は『神様』じゃない。ただ、物語を書き始めただけの男だ。……物語には続きが必要なんだよ。この街だけを綺麗にしても、世界のどこかでまだバグが泣いているなら、俺のペンは止まれない」
俺は、腰のポケットから最後の一本の……いや、今回はガストンが用意してくれた、オークテリア特産の最高級エールを取り出した。 「これは、バルザス将軍の魂に。そして、この街の未来に」 俺は、黄金色の液体を一口煽り、空に向かって掲げた。
「ガストン、街の運営はあんたたちに任せる。オーク、人族、獣人……互いに反発しながらも、その摩擦で火を灯し続けてくれ。それこそが、俺がこの世界に見たい『ノイズ』なんだ」
「……心得ました。貴方の物語に恥じぬよう、この泥臭い共存を貫いてみせましょう」 支配人は深く頭を下げた。背後に立つオークの戦士たちも、拳を胸に当てて、かつての将軍に向けたのと同じ敬意を俺に示した。
45歳の独身作家、斉木大河。 人からこれほどまでに真っ直ぐな敬意を向けられたのは、人生で初めてだった。胃が痛い。だが、心地よい痛みだった。
3. 未踏の地へ、歩み出す「不殺」
街の門を潜り、俺たちは再び広大な平野へと足を踏み入れた。 背後で城門が重厚な音を立てて閉まる。
「さて、キュア。次はどこへ行く?」 「北西だよ、お兄ちゃん。スカルの演算によると、霧に包まれた『忘却の山脈』の奥に、歩花が危惧していた以上の巨大なシステムの歪みが発生してるみたい」
「……山登りか。45歳の膝が泣きそうだな」 俺は苦笑いしながら、一本の杖を地面に突いた。もちろん、ただの木製の杖だ。武器ではない。
「タイガさん、歩花さんのこと……また会うと思いますか?」 スカルが不安そうに尋ねる。 「……ああ。あの子は、あの子なりの『救世』を諦めていないだろうからな。……次に会う時は、ビールの一杯でも奢ってやりたいもんだ。聖女様が酒を飲むかは知らんが」
俺たちの歩む先には、まだ名前も付いていない白紙の地図が広がっている。 そこにはどんな不条理が待ち受け、どんな悲劇が書かれているのか。 だが、俺の手にはペンがある。不殺を誓った指先がある。 どんなに歪な物語でも、最後には誰かが笑える一行を書き足してみせる。
「行こう。……まずは、次のキャンプ地で『えびさビール』を冷やすところからだ」
45歳のタイガ。 世界を創る責任を背負い、一歩一歩、泥臭い地面を踏み締めて進む。 不完全な世界を、不完全なまま守り抜く。 それが、俺にしか書けない、たった一つの物語だからだ。
第10章、お読みいただきありがとうございました。 一つの大きな区切りを迎え、物語は次なるステージへと進みます。 不殺を誓い、聖女という強大な対立軸を得たタイガ。彼の「作家としての矜持」が、これから出会う数々のバグ(悲劇)をどう書き換えていくのか。45歳のリアルな視点で、これからもじっくりと描いていければと思います。
【感想・高評価のお願い】 「タイガの旅立ちに乾杯!」「次の山岳地帯も楽しみ」など、皆さまからの感想や高評価をぜひお聞かせください。 皆さまの一言が、タイガの歩む未踏の道を照らす光となります。 (ぺこり)




