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この心臓に愛を  作者: 竜花
傷物の拍動 -自警団-
9/30

第9話 発熱

 ――さっさと休んでおくんだった。

 夜更けに机に伏せていると、鼠の魔獣ラースが一匹、肩に乗ってきてアンミの頬に触れた。キュッ、と小さく声を上げて巣穴に去る。

 デックス。流石というべきか、目敏い。彼もまた、アンミを守ってくれている。

 すぐに自室に戻って布団に潜り込んだが、まもなくそこへマダムがやってきた。


「デックスに聞いたよ、熱があるんだって?」

「寝れば治る」

「原因に思い当たりは?」

「……訓練中に鳩尾を蹴られた」

「そりゃ体調崩すわけだ」


 マダムはアンミの頭を撫で、治癒魔法をかけてくれた。

 治癒魔法は、万能ではない。熱も下がらないし、魂も癒えない。それでも、マダムの治癒を受ければかなり体が軽くなる。生涯を通して治癒魔法を極めてきた彼女の努力の証だろう。

 

「ほら、さっさと寝な」

「ありがと。それから、カンとフェルスには言わないでほしい」

「おやどうして?」

「心配されるから」


 特に、カンは。あれだけくどく言われておいてこの様だ、きっと本当に殴られてしまう。仮に殴られなくても、呆れられてしまうだろう。


「言わなくてもアイツはいつもアンタのことを心配してるさ」


 いつものようにマダムはけらけらと笑った。


 こうしていると、なんだか遠い昔を思い出す。

 元々――魂がこんなになる前から、アンミはあまり身体が強くなかった。幼い頃からよく風邪を引いては寝込んでいたものだ。

 高熱を出していると常に目が回っているような感覚になって、怠くてもなかなか眠りにつけない。そんなときはいつも、父が治癒をかけながら、側で他愛もない話をぽつりぽつりと語ってくれていた。


「……俺さ、そんなに脆く見える?」


 熱で弱っているせいだろうか、柄でもないことを呟いた。

 瞼を閉じていたのでマダムの表情はわからなかった。ただ、彼女が小さく笑う声は狭い部屋に響いた。


「そうだね。優しすぎるんだよ、アンタは」

「嘘だ」

「そっちは上手く振る舞ってるつもりでもね、内から儚さが滲み出てんだよ」


 些かショックな話だった。自分は大丈夫だと言い聞かせて、太く気丈に振る舞っているつもりだったのに。儚いなんて言われたら威厳が保たれない。


「若いってことだね。寿命百五十年の三十何歳なんて、まだまだ繊細でかわいらしいもんさ」

「俺はできれば、もう少し強くありたい」

「そうかい。大丈夫だ、アンタは十分に強い子だよ」

「全然」


 理想とするところには遠く及ばない。

 肉体的にも精神的にも強く。望みを望み通り叶えられるくらいに賢く。周りに心配をかけないくらいに逞しく。もう少し、欲張ればもっともっと。


「あんまり理想を見すぎるんじゃないよ。最善を目指しながら、常に叶わないと思っておくくらいがいい」


 それも一理ある。でも。

 叶わないと思いながら目指すなんて、もはや絶望とも思えるようなことを、誰が出来るものか。気持ちが諦めに向けば自ずと進む足も止まる。


「いずれわかる日が来るよ。――さ、今日はもうそろそろ寝な。明日まで不調を引き摺りたくないだろう?」


 おやすみ、とマダムが言ったので、おやすみ、と返した。そのまま、扉が静かに開いて閉じて、気配が遠ざかっていく。

 依然として身体は重く、暗闇の中でも視界は常に鈍く回っていた。ただ、彼女の治癒のおかげだろう、程なくアンミは魔界へと落ちていった。

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