第7話 訓練
何かを極めることにおいて、最も自分の成長を一番に実感できる瞬間とは、出来なかったことが出来るようになった時だろう。武術において言うなら、自分より強い相手を打ち負かした時、というところだろうか。
フェルスは、負けず嫌いでストイックな性格だ。レベリオの自警団内でトップレベルの実力を持つ彼に勝る武人は数少ない。
「アンミ。相手しろ」
アンミはその一人だった。
訓練の時間がかぶると、彼は決まってアンミを手合わせ相手に選んだ。
「いいよ。ルールはいつも通りでいい?」
「ああ。魔術は禁止、相手に降伏させるか、急所に剣が届いたら勝ち。いくぞ」
早速フェルスが剣を構える。アンミは呼吸を整え、少し屈んで足腰に力を込める。
「来い」
カァン、と木刀のぶつかる音が響く。
アンミは、魔術無しの対戦の際は基本的に防衛の姿勢をとる。対してフェルスは攻撃の姿勢を崩さない。互いの得意戦法から展開される手合わせは、毎度持久戦になりやすい。迎撃をしつつ隙を伺う盾と、反撃の余地も与えぬ矛。緻密なバランスの上で、互いが己の役目を全うしながら、その均衡が崩れるのを今か今かと待ち構えている。
――そう、ほんの僅かな呼吸の乱れさえ、熟練の矛は見逃してはくれない。
アンミの鳩尾に衝撃が走った。攻撃を躱して出来た空間に、フェルスが足を蹴り上げて踏み込んできたのだ。
蹴られた勢いのままアンミは後退し、咽せ込む。当たりどころが悪かったようだ。
当然フェルスは追撃してくる。真っ直ぐに迫り来る彼の刃をどうにか弾いて、息を止めて、反撃。すると向こうは焦ったのか躱しきれなかったようだ、フェルスの利き腕に木刀が叩きつけられ、彼はようやく距離を取ってくれた。
止めていた呼吸を再開すると、気道に引っかかって繰り返し咳き込んだ。身体が嘔吐こうとするのをどうにか押し留める。
その様子を眺めつつ呼吸を整えていたフェルスは、幸いにも休戦を考えてくれたようだ。――いや、彼のことだから、こちらに降参の機会を与えようとしただけかもしれない。
「命に別状は?」
「……ねえよ」
再び息を止め、踏み込む。ここで負けたら悔しい。こうなったら攻めに転じて決着をつけてしまおう。
アンミは距離を詰めて、フェイントをかけて振る。流石に見破られ弾かれる。が、重心は崩せた。追撃をかけよろめかせる。そのまま足を伸ばしてフェルスの腹に蹴りを入れ、遂に尻餅をつかせた。ふ、と息を吐く。
彼は身を転がして回避を試みたようだが、そのままバシンと横腹に剣を叩き当てて制し、彼の顔間近の地面に剣を突き刺した。
「参った参った、俺の負けだ」
潔い降伏の声が聞こえると同時に、アンミは彼の頭上で勢いよく咳き込んだ。
「うわ、汚ぇ」
唾を撒き散らして申し訳なく思うが、ずっと喉元に出かかっていたのだ。人間の本能的防御を抑えつけるのには苦労させられる。
すぐに胸に手を当て治癒魔法。だんだんと違和感が治って、これで差し支えなく呼吸ができる。危うく窒息死するところだった。
「お前ほんと、呼吸器官弱えよな」
「狙って蹴っただろ、フェルス」
「当然だ。相手の弱点を知ってて狙わない奴がいるか」
あまり口にしないようにはしていたのだが、やはり悟られていたようだ。フェルスに知られたとて問題はないだろうが。
「それ、治せないのか」
「肉体じゃなくて魂の傷だからな。せいぜい時間が癒してくれるくらい」
それも、眠っている間に魔界で療養する、長い長い時間。
魔界、というのは現世の裏側にあると言われる、言葉通り魔の世界だ。現実で眠っている間に、魂は魔界で傷を癒し再生することができる。
しかし残念ながら、寝る間も惜しんでやらねばならぬことが多すぎる。現在アンミは、昼間は現世で組織運営、夜のみ魔界に帰る生活を送っている。この調子では恐らく、この一生の内に傷を完全回復することは不可能だろう。
構わない。血反吐を吐きながら生きていく。
「そりゃご苦労なこった。ビハインドがあろうと、ハルウ・バリーに負けたら許さねえからな」
バケモノ国家騎士団長、ハルウ・バリー。先代の総長タスカを殺し、アンミの身体――魂をこんなにした張本人。
今のところ、あの人と真っ当に対戦して生き延びる自分は想像できない。騙し討ちだって誤魔化すのが手一杯で、討つには至らないだろう。
「三十年後までにはどうにかする」
じゃないといよいよ死ぬ。それは困る。
肯定の意を込めてか、フェルスは軽く笑ってみせた。




