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この心臓に愛を  作者: 竜花
傷物の拍動 -拠点-
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第4話 来訪

 おかしい。

 この村に続く道は山に挟まれた一本道で、坂の上にある村の門前からは見通しが良い。人が歩いてくれば間違いなく気付くはずなのに。

 山峡村の門番役・フェルスは、声を掛けられるまでその気配を察知することができなかった。


「村長はいるかい?」

 

 少しハスキーな、低い女声。

 気付けば正面に、女が立っていた。服の上からでもわかる体躯の良さ。無造作に一つに括られた黒い髪。ウール素材のマントが風にはためくと、腰に下げているご立派な長剣が覗いた。


「誰だ」

「ああ、すまない、先に名乗るべきだったな。ハルウ・バリー。これでわかるかい?」


 マントを軽く後ろに払って、翼と剣を象ったバッジを、トントン、と指してみせる。国家騎士団の中でもトップを表す金色が、逞しい胸元で眩しく煌めいた。


「……失礼しました、騎士団長様。村長は村にいます。国の検閲官の対応をしているかと」

「ああ、だろうね。構わない、ちょっと顔を見るだけだから」

「そうですか」


 フェルスは上目遣いで女騎士をじっと見つめ、あれこれ思案を巡らせつつ次になされる行動を待つ。心理が読めない。読めないのは、恐ろしい。


「……ふ」


 視線に耐えかねたのか、ハルウは笑みを零した。子供を見守っているときのような、なんとも穏やかな笑い方だった。


「そんなに警戒するな、仕事人。私のフリを演じられる奴なんてこの国にはいないさ」


 豆がついてゴツゴツした手でフェルスの肩を叩き、彼女は脇をすり抜けていった。

 振り返って睨みつけて唾でも吐きたい気分だったが、フェルスの理性が正常に働いた結果、無事その衝動を抑えることに成功した。

 フェルスの知る限り、()()に勝てる人間は現時点存在しない。


***


「はじめまして、ペウル村長?」

「えぇ!?」


 突然の訪問に思わず素で叫んだのち、ペウル――の皮を被ったアンミ――は慌てて両手で口元を覆い隠した。


「騎士団長様、いらっしゃっていたんですか」

「ほんの少し、調べ物に。すぐに帰るから、もてなしは結構」

「はあ、左様ですか」


 ばくばくと心臓が脈打つのを感じる。それを悟られまいと、ペウルは息を殺して深呼吸を繰り返す。猛スピードで回る脳内で、嘘が発覚した際の対策を考えつく限り羅列しつつ。

 ハルウは村をぐるりと見回して、ペウルのところで視線を止めた。


「この村の魔術師は、村長だけかい?」

「いえ、魔力を持っているのは三名。私と、この村に移り住んでいる砂漠の民の母子。そこの少年は、先日十五歳を迎えて魔力を得たばかりです」


 先程国の検閲官にも同じ説明したところだとは言わないでおいた。

 「村長ペウル」は、国はもちろんのこと、ハルウを忌み嫌う理由などない。(やま)しいことだってない。騎士団長の突然の押しかけにも寛容に対応し、定まった事実を伝えればいい、それだけでいい。

 ハルウはじっとペウルを見つめていた。獲物を狙う虎のような、全てを見透かす(ふくろう)のような、そんな目つきだった。

 怯えるな。ペウルは、ほんのりと口元に笑みを浮かべて、次の動きを待つ。


 ――突如その背に、ぞわ、と悪寒が走る。

 次の瞬間、目の前の女が剣を抜いて一歩踏み出したのがわかった。二人の距離は数歩分、僅かに迷う時間が生じる。腰に挿してあるナイフに反射的に手を伸ばしかけて、止めた。

 アンミが一番に信じるのはアンミ自身だ。こんな、無作法で荒っぽくて、ちっとも論理性のない女を信じられるはずがなかろう。

 キラリと光を反射して、剣先が迫る。

 顔が強張るのを感じたが、それでいい。武器を持たない両腕が縮こまってしまったが、それでいい。

 村長ペウルなら――戦い慣れていない中年の凡人なら、こうなるで正解。

 ひゅっ、と息を呑む音が体内から鼓膜を震わす。

 

 ――騎士団長の鋭い刃は、喉に触れる直前でピタリと止まった。

 まだ淡く薄ら寒い青空が眼下で剣に反射して、妙に眩しかった。


「合格。どうやらあなたは偽物ではないようだ」


 眼下の空が消え、チャキと音を立てて剣が腰に収められた。舌打ちの代わりに、ペウルの口から溜め息が漏れる。


「失礼したね、村長殿。検閲に乗じてレベリオの連中を直々に炙り出してやろうと思って来たんだが、アテが外れたようだ」

「ありがたいことですが……危うく心臓が飛び出してしまうところでしたよ。他の方にはやらないほうが良いかと」

「ははっ、名案だと思ったのになぁ。こうすればレベリオは反応してくれるはずだからさ。あなたが言うなら、次からは他の方法を考えておくとするよ。――じゃあ、私はこれで。邪魔をした」


 そう言うや否や、彼女は姿を消してしまった。

 まさか、これだけのために来たというのだろうか。騎士団長という、暇でもない身の上で。


「……恐ろしい方だ」


 そう呟くと、隣で一部始終を見ていた砂漠の検閲官が、当然だとでも言うように鼻で笑った。

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