第33話 急襲
――おかしい。
ほんの数歩先で倒れたカンを見て、フェルスはそう思わざるを得なかった。
「悪いな、レベリオは今後の障害になるからさ」
身軽そうな騎士団の制服、その胸元で光る金色のバッジ。鮮紅に染まった剣を握り、返り血を浴びて立つその姿に、気圧される。みなが動きを止めて釘付けになる。
「まさか、幹部がいるとはな」
ハルウは、喜ぶ素振りも苦しむ素振りも見せずに、冷たい瞳で一面を見渡した。
「良い収穫だった」
ひゅっ、と息を呑む。衝動のまま、フェルスはとび出していた。馬鹿、と誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。
剣のぶつかる甲高い音が響く。剣を向けられた相手はびくともしない。歯を食いしばって追撃。それも弾かれる。だが、剣の交わった感触でわかる。勝てる。
『全員、撤退しろ!』
そのとき、頭の中にアンミの声が響いた。思わず舌打ちを漏らして、一度体勢を整える。
すると、視界から敵の姿が消えた。いや、かろうじて右側に移動した影が見えた。その影に向かって腕を振る。空回り。馬鹿な。背中に悪寒が走る。
反射的に、フェルスは身体を捻った。同時に、己の左の横腹から、鋭い剣先と血が噴き出してくるのが見えた。途端に足の力が抜け、地に手をついて倒れ込む。みるみる地面に赤い液体が広がっていく。立ち上がろうとするほどにその面積は増えていき、刺された箇所に痛みが走った。
「良い反応だ。だがお前、見覚えがあるな。山峡村の門番兵か?」
その言葉に、息が止まる。
「やっぱりあの村はグルだったってことか」
そう呟いた彼女はくるりと後ろを向いて、カンに近付いた戦闘員たちを薙ぎ払う。次々と倒れていく仲間たちを、フェルスはただ茫然と眺めていることしかできなかった。
ハルウが再びこちらを向いた。と、冷たい手がフェルスの背に触れた。そちらに顔を向けると、タキが引き攣った顔でカンの倒れている方向を見つめていた。
「どうして……」
それで同じ方向へ首を動かすが、芝が邪魔をする。首を伸ばそうとするも力は入らず、視界がぼやけて意識が朦朧としてくる。
ハルウの低い声が聞こえる。だがそれを聞き取る前に、フェルスの視界は暗転した。
***
フェルスを転送したタキはゆっくりと立ち上がり、もう一度、ハルウの足元に目を向ける。
どうして。カンの姿が、ない。
「チッ、回収されたか」
それを守っていたはずのハルウが舌打ちを漏らす。タキは眼球だけ動かして辺りを見渡し、残っている自警団員を数える。残っているのは魔術師二人とタキだけ。任務完了。
「帰る前に一つ、お前らの総長に伝言がある」
張りのある低い女声が呼び止める。黒い瞳が真っ直ぐにタキを見据え、思わず後ずさりしながら「なに……?」と、声にならない声が漏れた。
それは、挑発ではなかった。あたかもレベリオを心配しているかのような口調で、ハルウは言い放った。
「五年前みたいになりたくなければ、早いうちに降参することだな」
思わず拳を握り、腿に押し付ける。ハルウはそれを一瞥して、タキが去るより早く姿を消した。
薄暗い森の中、取り残されて立ち尽くし、タキは両手で顔を覆った。




