第32話 罠
「ねーねーアンミさん、お仕事の合間に手合わせ付き合ってくれません?」
仕事部屋にカイが入ってくる。アンミは手を止めて、目の前まで来た彼の顔を見上げ、首を傾げた。
「他に相手いねぇの?」
「今日、カンさんもフェルスも盗賊退治に行ってるじゃないですか」
「自警団員は他にもたくさんいるだろ」
「だってぇ、せっかくなら自分より強い人と戦って学びたいなぁって」
結局彼も上昇志向、言ってしまえば武術馬鹿、フェルスと同類である。武芸の腕はフェルスの方が強いようだが、カイだって負けていない。そりゃあ、あんなふうにおちゃらけて揶揄うこともできるわけだ。しかもこちらは甘え上手で素直、かわいげがある。
「じゃあこの仕事終わってからな」
「はーい。じゃあ終わるまで見守ってよっと。あ、気が散ります?」
「いいよ、いても」
カイは黙って近くのソファに座ったようだった。ペン先の滑る音だけが耳を揺らす。やがて思い出したようにカイが口を開いた。
「今カンさんたちが片付けてる盗賊、またレベリオを名乗ってたんでしょ?」
「らしいな。前回倒したのとは違う面々だとさ」
「なんか、嫌な感じですよね」
そう。非常に嫌な感じ。前回はあまりに容易く討伐が済んでしまったため大して問題視していなかったのだが。こういうことが今後も続くようなら、何か対策を考えなければ。
「今回は何か被害出される前にって俺らが討伐に行ったけど、次から放置で良いかもな。盗賊討伐は本来騎士団の役目だ」
「確かに」
再び部屋に沈黙が落ちる。
――その静寂を、突如デックスの叫び声が破る。
『アンミくん!!』
身体をびくりと硬直させて、アンミは顔を上げる。その様子に驚いたカイがこちらを見たのがわかった。
「どうした、デックス」
『カンさんが……』
あのデックスが呼吸を乱している。まるで目の前の光景に怯えているように、言葉を失っている。カンに何かあったことだけはわかった。ひとまず、カンに伝達魔法を送る。
「もしもし、カン? そっちの状況は?」
そこまで声にして、違和感に気付く。魔力が、消費できていない。つまり、伝達が、届いていない。
嫌な予感が頭を過る。そんなわけないと頭を振って、今度は伝達をタキに繋ぐ。
「タキ! 今何が起こってる!?」
魔法は確かに届いた。数秒。返答はなかった。その間に思考を巡らせる。今回の討伐隊で他に魔術を使えるメンバーは。
すると、タキから返答が届いた。泣きそうな声で、震えながら。
『カンさんが、ハルウに刺された』
ハルウ? ハルウ・バリー? どうしてここで。思考が止まる。追ってタキから連絡が入る。
『待って、フェルスが、馬鹿!』
ええい、迷っている暇はない。討伐隊の全員に伝達で指示を出す。
「全員、撤退しろ!」
『カンさんの傍にハルウが張ってて、回収できない!』
「カンは生きてる!?」
『わからない、でも、胸を刺されてる』
そんな。目の前がぐらりと傾く。
彼を置いていったら、治癒も蘇生もできなくなる。ラードは? 拠点にいる。彼に蘇生できるか? 言ってる場合じゃない。だがそもそも、ハルウと戦っても勝ち目はない。
決断しろ。最善を。いやだ。いやだ。
「――とりあえずカンはいい、回収できる奴だけ引き揚げろ」
そう指示を出して、頭を抱える。胸が痛い。呼吸が浅くなる。カイが「大丈夫ですか」と傍に来たが、返事をする余裕もなかった。どこかでカンを救出できないか。考えろ、考えろ。ハルウを出し抜け。果たして、アンミにできるだろうか。
部屋の外から、何やら騒めく声が聞こえる。討伐隊の帰還。カイが外まで様子を見に行く。その間もアンミはじっと、頭を抱えて策を考えていた。




