第27話 就任前夜
「――調子悪そうだね、アンミ」
理由は聞かれなかった。ただ、流し台の傍でぐったりと蹲るアンミの頭を、マダムがそっと撫でて治癒をかける。
「大丈夫だよ。気にするなと言ってもアンタは気にするだろうが……見誤ったのはあたしたちのほうだ。アンタは悪くない」
「……いや」
腹の奥底から絞り出されたような、掠れた声が零れた。
表に出ていなくても、人々の声はよく聞こえる。現状に不安を覚える声、救いを求める声。そして、熱があって身体が思うように動かなくても、思考だけはやけに回る。休息に専念することを、この頭が許してくれない。
「仮に悪くないとしても、埋め合わせができるのは俺しかいない」
迷う心が己の精神を削るのならば、いっそ背負ってしまえばいい。元々、自分のためだけを理由に頑張れるほど強い人間じゃない。
ゆっくりと立ち上がり、マダムを振り返る。
「俺が総長になる」
こちらを見上げるマダムは、何か言いたげな不安そうな表情をしていた。だが時間を掛けてその言葉を飲み込み、渋々、といった感じで頷いてくれた。
「しゃーない、あたしがアンタのお守役を買って出てやるから、無茶するんじゃないよ?」
「わかってる」
すると、部屋の扉がノックされ、自警団員の一人が顔を覗かせた。
「すまない、アンミに聞くことじゃないかもしれないが、カンさんがいない間の隊出動は自警団側の判断で進めるべきか?」
「あー、いや、基本は任せるけど一言だけ俺にくれると助かる」
「了解。やっぱり、総長代理はアンミがやるのか」
「ま、ひとまずね」
アンミの返事に、彼の表情が和らぐ。やはりリーダーの不在というのは皆に不安を呼ぶ。代理でも総長がいるだけで違うのだろうし、それができるかどうかの器も試される。
「そのまま正式に総長になったらどうだ?」
「前向きに検討中。でもそれ、あんま人に言いふらすなよ」
「わかってるって。じゃあ、また」
閉じた扉を眺めながら、責任の重さを実感する。レベリオくらいの規模の組織をまとめるのは、決して容易いことじゃない。少なからず批判の声を受けるのは大前提。それでも、のしかかった期待に応えて信頼を背負う、それだけの覚悟は、ある。
「カンと話しにいこう、マダム」
「そうだな」
常に思考は止まらない。きっとこの先しばらく休む暇もない。でも、自分のことで延々と悩み続けているよりは、現実的な未来を考えている方がまだましだ。




